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プーチンの本当の狙いはウクライナの領土ではない…小泉悠「ロシアの軍需工場を狙わないと最悪の結末になる」

プレジデントオンライン / 2024年7月5日 9時15分

2024年6月26日、ロシア、モスクワ地方セルギエフ・ポサードにある至聖三者聖セルギイ大修道院を訪問し、ロウソクを立てるウラジーミル・プーチン大統領(右)とモスクワ・全ロシア総主教キリル - 写真=Sputnik/共同通信イメージズ

ロシアのウクライナ侵攻はいつ終わるのか。東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠准教授は「ロシア軍はじりじりと占領地を広げており、ロシア国民のプーチン支持は盤石と言える。このままではロシアの完全勝利という欧米にとって最悪の結末を迎える」という――。(後編/全2回)(インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

■プーチンがウクライナに侵攻した本当の理由

(前編から続く)

――プーチンは核の脅しの一方で、たびたび「停戦」についても言及し、2024年5月末にも口にしています。真意はどのあたりにあるのでしょうか。

【小泉】プーチンは「停戦を排除しない」と割合早い時期から言ってはいるのですが、これは実際にはウクライナに対する「降伏勧告」でしかありません。「停戦してやってもいい、ただしわれわれの条件をのむという前提で」ということですし、当然、併合したと主張している4州に関しては一切譲らない。

プーチンが戦争目的として当初から掲げているウクライナの「非ナチ化・非軍事化・中立化」についても、「まだ何も達成できていない」とプーチン本人が述べています。

戦争目的についても、実際のところはウクライナの領土を分捕るということ以上に、ウクライナの主権を認めないというところに本意があるように思います。

プーチンの世界観は「ウクライナが主権国家などと称し始めたがために、ロシア全体の安全が脅かされ、われわれの起源であるところのキーウを発祥とするルーシ民族としての一体性が損なわれている」というものですから、歴史的一体性を取り戻すためにはウクライナにロシアとは別の主権が存在してはいけない。

これはプーチンが開戦前の2021年7月に書いた論文でも明らかです。

■だからこの戦争はまだまだ続く

その論文ではソ連建国の父たちの政策の誤りも指摘しています。

ソ連は民族別共和制を導入しましたが、その際に地域ごとの基幹民族を定め、民族ごとにソビエト社会主義共和国を持たせる方式にしています。

この時に、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国を作ってしまったことで、ウクライナをロシアとは別の民族であるとみなし、ソ連公認のお墨付きを与えてしまった。これによってウクライナ領内では独自の文化政策や教育が行われ、ウクライナ文化が強まってしまって今に至るのだとプーチンは批判しています。

ウクライナなんて国はなかったはずなのに、ソ連がウクライナという行政単位を作り出したことで、ロシアとは別の領域だったかのようになってしまったのだ、と。

もう一つは、ソ連憲法の中に連邦離脱の自由を書き込んでしまったこと。建国の父たちがソ連離脱条項を入れたことで、ソ連崩壊時にウクライナが本当に離脱してしまったではないか、と。

この2つが「レーニンの時限爆弾」であり、ソ連時代の過ちが今の事態を生んでいる。だからこれを正すために戦争を行っているというのが現在の状況です。

ウクライナの独立性を一切認めない議論ですから、こういうことから考えても、プーチンが言うところの「停戦」は、やはりウクライナに対する「降伏勧告」でしかない。ウクライナがこれを受け入れることはありませんから、戦争はまだまだ続くのではないでしょうか。

■側近メドベージェフの変節の理由

――「ウクライナなど存在しない」という世界観が、ロシア国内では共有されているのですか。

【小泉】ロシア国内には有象無象の言論がありますが、もっとあからさまで、開戦前の段階でもウクライナ政府に対して思いつく限りの罵詈雑言を浴びせるような人もいました。

その中でプーチンはむしろ抑制的だったのですが、開戦前に過激なものになった。側近の中ではリベラルで知られていたはずのメドベージェフもタガが完全に外れてしまい、プーチンでさえ口にしないような、とんでもない悪罵を公言するようになります。

プーチンはこの戦争に当たって、いろいろなものを先祖返りさせています。スターリンばりの、とまでは言わないまでも、ソ連崩壊後では最も厳しい恐怖政治を始めたことは確かですから、そこでメドベージェフは存在の危機を覚えたのかもしれません。

小泉悠氏
撮影=プレジデントオンライン編集部
「少なくとも現在、ロシア国民は自分たちが戦時下だとは思っていない」 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■戦争中であることを「忘れている」

――ロシア兵にも多くの戦死者が出続けている中で、「ウクライナなど存在しない」という論調が年単位で続く戦争を支える“物語”になりうるのでしょうか。

【小泉】国民レベルではおそらく、もう物語も必要ないというか、戦争をやっていることを「忘れている」のではないかと思います。もちろん本当に忘れてしまっているわけではありませんが、日常化してしまったというのでしょうか。

例えば私たちも、少子化が危機的だ、尖閣問題も大変だ、北朝鮮の核が……と日本を取り巻く問題が山のようにあることは知っていますよね。あえて聞かれれば「大変な問題です」と答えると思いますが、毎日そのことを考えて生きているわけではなく、生活は生活としてあるわけです。

ロシアの戦争もそうなりつつあるのではないか。仮にプーチンが大規模な動員を行っていれば話は別です。ロシアにおける総動員とは、単に人間を戦地に送るというだけではなく、マスコミを統制し、選挙は停止になり、工場も24時間稼働になるという、まさに大戦中の戦時下のような状態です。そうなれば否応なしに多くの国民が戦時下であることを意識することになりますが、今はそうなっていません。

■戦争のおかげでハッピーになったロシア国民

【小泉】ロシアは2022年9月に一度、兵の動員を行っていますが、この時にプーチンは国民から総すかんを食らって支持率が低下し、以降、動員を実施していません。

代わりに現在はじゃぶじゃぶの財政出動で軍事費を平時の4倍程度支出し、移民や貧しい人たちを軍隊に採用する経済徴兵によって、危ない仕事は彼らにやらせている。軍需工場はフル稼働で失業者を吸収し、この4月の失業率は過去最低の2.6%だと報じられています。

※「ロシアの失業率、4月は過去最低 賃金大幅上昇で労働市場逼迫」(ロイター、2024年6月6日)

中産階級や都市部の普通の労働者は、普段通りに仕事をしています。ロシア経済の専門家に話を聞いたところ、ロシアの賃金の伸び率はインフレ率を上回っているそうですから、ロシア国民は可処分所得が増えてむしろハッピーになっている。

もちろん、戦争に行かされている人、死んでしまった人たちやその家族などは全くハッピーではありませんが、こうした人たちは政府による締め付けが強まったことで声を上げにくくなっています。

逮捕される人たちの数も桁違いに増えていますし、動員された兵士たちの解除を訴える母や妻の団体である「プーチ・ダモイ」はとうとう「外国の代理人」に認定されてしまいました。

■プーチンは好きだけど、戦争にはいきたくない

――「外国の代理人」とはスパイ認定ということですよね。

【小泉】そうです。しかしそれによってロシア国民のプーチン支持が揺らぐことはありません。なぜなら、プーチンが強権をふるうときは国家の安定に必要だからだと認識されているためで、「プーチンはわれわれのため、国益のために頑張っている」という評価になってしまう。

だから弾圧されている人たちを見ても、「スパイだから捕まったんだ」「外国のエージェントだから仕方ない」と見えている。

ただし、先ほども述べたように動員を行った際には、戦争始まって以来最大の支持率の落ち込みを見せました。ロシア国民は威勢のいいプーチンは好きだけれど、「お前も戦争に行ってくれ」と言われるとなると話は別です。

しかし現在のように動員もなく、ロシアの外で戦争をしていて、経済も潤っているうちは、戦争と言ってもロシアの人たちにとってはまだまだ他人事です。そう思わせるように、また自身の支持率が落ちないように、プーチンがかなりの“努力”をしているとも言えますが。

小泉悠氏
撮影=プレジデントオンライン編集部
最近は、衛星画像サービスを用いて原潜艦隊を含むロシア軍の活動を「勝手偵察活動」しているという。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■プーチンへの支持は絶対ではない

――それほどまでのプーチンへの信頼感とは何なのでしょうか。

【小泉】ソ連崩壊後の貧しい状況からわれわれを救い出してくれた、生活の安定をもたらしてくれた、という認識があるからです。例えば軍はソ連崩壊後、予算もなく名誉もなく、ひどい状況に置かれていました。その中で、プーチンは兵舎や制服を新しくし、名誉を与えてくれた恩人でもあります。

ソ連時代からの貧しい生活を知る人たちからすれば、プーチンは生活に安定をもたらしてくれた、まさに救世主です。だからこそ、不安定をもたらすプーチン、となると存在意義が否定されて人気がなくなる。プーチンの暴力が自分たちに向いてくるとなったら支持を失うので、プーチンはギリギリの線を探っているのではないでしょうか。

――動員がない限り、政権が揺らぐことはないとすると、この戦争はどのように終わりうるのでしょうか。

【小泉】当初は「停戦は朝鮮戦争モデルを参考にすべきだ」という指摘もありましたが、朝鮮戦争の際には南北朝鮮は双方ともに甚大な被害が出て、初めて停戦という話が出てきましたし、スターリンが死んだのも大きな要素でした。

共産党の行進・スターリンポートレート
写真=iStock.com/AlexeyBorodin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AlexeyBorodin

■どうやってこの戦争は終わるのか

――スターリンは74歳で脳卒中で死亡。一方プーチンは現在72歳ですが……。

【小泉】本人はあと10年は生きるつもりでいるでしょうし、後継者次第ではよりどうしようもない事態に至る可能性すらあります。プーチンが表舞台から去り、さらに穏健な指導者が誕生するという二重の幸運に期待するのは、あまりにも望み薄と言わざるを得ません。

ではどういう終結が考えられるのか。

この戦争の終わり方を考えた場合に、両極を「ロシア完全勝利」か「ウクライナ完全勝利」だとすると、お互いの「完全勝利」の条件は相手の消滅となります。

ロシアがキーウを占領してウクライナという国家を消滅させてロシアに併合するか、ウクライナの戦車部隊がクレムリンまで進撃して、ロシア国家がなくなるか。その2つの極を考えた場合、ウクライナ完全勝利のシナリオはほぼあり得ません。

一方でロシアが完全勝利するシナリオは全く考えられないものではない。さらに、もっと手前の段階の、ロシアの傀儡政権をウクライナに樹立するとか、フィンランド化(「民主制と資本主義を維持しつつ、ソ連やロシアの意思には絶対反抗しない」という前提の外交政策)など、さまざまなオプションは考えられます。

■ウクライナが狙うべきロシア領内の施設

そのように両極の間で考えた場合、ありうるのは現状固定の停戦から、ウクライナがかなりの主権制限を受け入れたうえでの停戦、つまりマイルドな降伏から、かなりシビアな降伏をせざるを得ないというのが悪い方のシナリオ。

もう少し良い状況で考えると、現状からある程度の領土を取り返しての停戦で、主権には一切手を出させない、ということが考えられると思います。

現在、考えなければならないのは、この両極のシナリオの間で、いかに「ロシア完全勝利シナリオ」から遠い状況を実現するか、です。

放っておけば「ロシア完全勝利」にドンドン近づいてしまう。また、現状ではロシアがじりじりと占領地を広げていますから、今プーチンが停戦するメリットはない。

となれば、ロシアを交渉のテーブルにつかせるためには、やはりウクライナに反攻能力を持たせてロシア領内を攻撃できる状態を作ること、来年の春にもう一度、大反攻ができるようにすることが重要になります。

できれば軍需工場を叩く能力も与えた方がいい。ロシアの軍需産業は巨大ですがボトルネックも少なくもありません。例えば戦車の新規生産をできる工場やその戦車に積む戦車砲を製造できる工場は、それぞれ一箇所だけです。こうした工場を叩くことができれば、ロシアの継戦能力に影響が出てきます。

その意味では、5月末から6月頭にかけてアメリカや欧州の各国がロシア領内への攻撃を認めたことはその第一歩ではあると思います。

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小泉 悠(こいずみ・ゆう)
東京大学先端科学技術研究センター准教授
1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、未来工学研究所客員研究員などを経て、2022年1月より現職。ロシアの軍事・安全保障政策が専門。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー文芸賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)、『ロシア点描』(PHP研究所)などがある。

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(東京大学先端科学技術研究センター准教授 小泉 悠 インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

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