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30人に1人しか合格しない…競争倍率日本一「東京藝大 油絵科」の信じられないほどシンプルな入試問題

プレジデントオンライン / 2024年7月5日 10時15分

肉体労働の職を数年したあとに入学した人もいる(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/fotokraftwerk

東京藝大美術学部の絵画科油画専攻は競争率が高く、倍率30倍以上の年もあるという。アート・アンド・ロジック取締役社長の増村岳史さんの書籍『東京藝大美術学部 究極の思考』(クロスメディア・パブリッシング)より、東京藝大の入試についての解説をお届けする――。

■倍率が30倍以上の年もある「東京藝大の油絵科」

東京藝大の油絵科(正式名称:絵画科油画専攻)は常に17〜20倍、時には30倍以上の年もあるという、日本の大学の中で最も競争率が高い学科です。

ちなみに、競争率が高いといわれる早稲田大学でも6〜7倍です。

この日本で最も狭き門をくぐり抜けて合格する人は、どのような人なのでしょうか?

合格者を偏差値的な属性で見ると40台から70台までとさまざまで、定量的なデータによってひと括りに測りづらい大学だといえます。

■なぜユニークな学生が多いのか

一般の大学と比べると、入学するまでの経歴がユニークな人が多いのも特徴です。

紙幅の関係で、私が知っている油画専攻の藝大生・卒業生のうちの一部に限っても、次のようなユニークなプロフィールの方々が多々います。

・高校卒業後に美容専門学校に行き、ヘアメイクのアシスタントの仕事を経て入学した人
・高校卒業後にフリーターを経て肉体労働の職を数年したあとに絵を学びたくなり、入学した人
・企業を早期退職した元メーカーエンジニアの人
・女性の方で親から「女に教育などいらん、もし大学に行きたかったら東大か藝大であれば学費を払ってやる」と言われ、「なんとなく絵を描くほうが向いてる」と思い高校時代に絵を描き始めて入学した人
・農業高校で花に興味を持ち、花の美しさに感銘を受けて入学を志した人

■多種多様な人々が集まる「究極のダイバーシティな場」

私の周りだけでもこれだけバラエティに富んでいるので、探せば「元○○」の藝大生はもっと多いはずです。

また、他の美術系の大学にいったんは入学しながらも、仮面浪人を経て入学する人が多いのも特徴です。

このように、一般の大学のように偏差値に基づいた定量的な基準がないため、多種多様な人々が集まる「究極のダイバーシティな場」というべき大学なのです。

多種多様な人々が集まる「究極のダイバーシティな場」
写真=iStock.com/AndreyPopov
多種多様な人々が集まる「究極のダイバーシティな場」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/AndreyPopov

では、どのような基準で、どのような試験を経て入学が許可されるのか?

これについて興味を持たれる方も多いと思います。こちらはこのあと詳細を述べていきます。

■8浪して入る学生もいる

一般の大学に比べると多浪生(2浪以上での合格者)の割合が高いのも、東京藝大の大きな特色といえるでしょう。

2020年の大学入試全体における現役合格率は77.6%となっている中で、東京藝大が発行している「大学案内2021」によると、美術学部の現役合格者比率はわずか22.5%です(参考までに、東京藝大の音楽学部の現役合格率は78.8%と、一般の大学入試の現役合格比率よりもやや高い数字)。

私が今まで出会った卒業生の中では、8浪されたという方がいました。

8浪、つまり小学校入学から中学2年生までと同じ年月を浪人生活に費やして合格を果たしたのです、驚嘆すべき事実ではありませんか。

■むしろ現役合格者は生きづらい?

この点については、笑えるような笑えないような話もあります。

実は現役合格者にとっての1年生の時期は、とても生きづらい場であるそうです。

現役合格をされた卒業生の坂本博史さんによると、入学するや否や、先輩はおろか同級生にさえも子供扱いをされたとのこと。

いじめとは言わないまでも、「浪人生活という苦渋を舐めず、苦労を知らずに入学しやがった青二才が」と言わんばかりの冷たい視線を浴びたそうです。

ちなみに2年生に進級したあとは、このような扱いは受けなかったそうですが、坂本さんは、それまで自分では味わうことができなかった先輩風を吹かせる醍醐味(?)を知りたいがゆえに、あえて留年をしたそうです。

■変幻自在な入試問題が毎年出題

では、なぜ他の大学に比べて、また現役合格者の多い音楽学部と比べても、美術学部はこんなにも浪人生が多いのでしょうか?

その原因は「入試問題」にあると私は考えています。

一般的に入学試験には、「お受験」と呼ばれる小学校受験から、中学入試、高校入試、そして大学入試に至るまで、必ず学校ごとの傾向があります。当たり前ですが、傾向があるからこそ対策が立てられるわけです。

入試には学校ごとの傾向がある
写真=iStock.com/atakan
入試には通常は学校ごとの傾向がある(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/atakan

読者の皆さんも、志望校の入試の過去問を解いて、受験の傾向と対策をしたはずです。

しかしながら東京藝大の美術学部、特に油画専攻においては、明らかな傾向がまったくみられない変幻自在な入試問題が毎年出題されるのです。

■試験課題の傾向がない

ちなみに藝大の卒業生で、現在は私が主宰するアート・アンド・ロジックの美術講師をお願いしているアーティストから聞いた話があります。

東京藝大以外の各美大受験については、実技試験の傾向と対策があり、予備校講師は各美大の出題傾向に合わせて指導するとのことです。

しかし、こと藝大受験に関しては、出題される試験課題の傾向がない。そのため美術予備校では「東京藝大を卒業した講師たちが、過去問も参考に、藝大の先生たちが出しそうな課題を考え、その課題で受講生が絵を描く」というのを繰り返すそうです。

試験課題の傾向がない
写真=iStock.com/bee32
試験課題の傾向がない(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/bee32

では、実際にはどんな試験問題が出題されるのでしょうか?

東京藝大に限らず、美術系の大学の入学試験は、学科試験と実技試験に分かれます。

たとえば、油画専攻の具体的な試験科目としては、①センター試験、②第1次実技試験(素描=デッサン)、③第2次実技試験(絵画=油絵)となります。

2020年度(令和2年度)までの4年間の油画専攻の入試問題は次のとおりです(東京藝大ウェブサイトより。出題に関わる条件や注意書きなどの詳細は場合により省略)。

■「出題 絵を描きなさい」

〈令和2年度 第1次実技試験 素描〉

出題 「三つの手」

【条件】「りんごを持つ手」「紙を持つ手」「何も持たない手」の全てを描くこと。
【モチーフ】りんご・トレーシングペーパー

〈令和2年度 第2次実技試験 絵画〉

出題 絵を描きなさい。

【条件】
・カンバス、スケッチ用紙を試験室から持ち出すことはできません。
・制作にイーゼルを使用する場合は、室内の置き場所から1人1台持ってきてください。
・また、椅子は1人2個まで使用できます。

■「枠内の言葉をテーマに描きなさい」

〈平成31年度 第1次実技試験 素描〉

出題

世界に目を向ける(Looking at the world.)
世界を見通す(Seeing through the world.)
世界を映す(Reflecting the world.)

枠内の言葉をテーマに描きなさい。

〈平成31年度 第2次実技試験 絵画〉

出題

世界に目を向ける(Looking at the world)
世界を見通す(Seeing through the world)
世界を映す(Reflecting the world)

枠内の言葉をテーマに描きなさい。

「枠内の言葉をテーマに描きなさい」
写真=iStock.com/PrathanChorruangsak
「枠内の言葉をテーマに描きなさい」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/PrathanChorruangsak

■「組み合わせて自由に描きなさい」

〈平成30年度 第1次実技試験 素描〉

出題 「空中」「地上」「水中」の三つの言葉から一つを選び、与えられた二つのモチーフ(石・ゴムシート)と組み合わせて描きなさい。

〈平成30年度 第2次実技試験 絵画〉

出題 「(台の上に置かれた)モチーフを描きなさい」

〈平成29年度 第1次実技試験 素描〉

出題 剥製・エアー緩衝材・紙箱の中から一つを選び、下記の言葉と組み合わせて描きなさい。

「変化」

〈平成29年度 第2次実技試験 素描〉

出題 室内の氷と光、絵画棟内の風景を組み合わせて自由に描きなさい。

■「上野動物園や葛西臨海水族園の動物や生物を自由に選んで描く」

実際に目を通していただいて、見事なまでの「傾向のなさ」に驚かれたのではないでしょうか?

また、過去の試験では、上野動物園や葛西臨海水族園にいる動物や生物を自由に選んで描くということもありました。

「上野動物園や葛西臨海水族園の動物や生物を自由に選んで描く」場合も
写真=iStock.com/winhorse
「上野動物園や葛西臨海水族園の動物や生物を自由に選んで描く」場合も(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/winhorse

このように、予測不可能な問題が毎年出題されるのです。

■「出題意図」を読んでみる

また、2019年度(平成31年度)以降は、入試問題の出題意図も同じく東京藝大のウェブサイトで公表されていますので、少し長いですが、2020年度(令和2年度)のものを引用します。

〈令和2年度 絵画科油画専攻学部入学試験 出題意図〉

本専攻の入学試験は思考力、観察力、表現力を重視し、面接試験を含めた総合的な評価により芸術家としての可能性を見出すものである。

・第1次実技試験
(出題文)「三つの手」
素描では、絵画の基本的な表現力を判断する。対象物をよく観察し、固有の形態や質感、色彩を的確に描写したか、出題をどのように理解し、表現したかを問うた。

・第2次実技試験
(出題文)「絵を描きなさい」
「絵を描きなさい」という出題、つまり何を描くか? は自由。おそらく沢山ある選択肢の中から自分で決めなければならない。それをどう描くか? どのように描くか? を問うものである。

■誰もが判る「林檎の絵」とは何か?

林檎を描け! と言ったって誰もが直ぐに林檎だと判る林檎を描く者などほとんど居ないではないか。それに誰もが判る「林檎の絵」とは何か?

「私は林檎を描いた」と言うのは個人の自由だ。林檎をどう描いたか? もっと言えば「どう描こうとしているか?」を我々は見る。そこには君たちが世界をどう捉えているか? どう捉えようとしているか? どう考えているか? どう模索しているか? が現れるからだ。

我々は未完成でも小さい発芽でも見落とさないようにしたいと思っている。君たちを試験する我々も試されているはずだ。絵を描くとは、絵を見るとは解釈する事だ。画家の解釈の仕方がさまざまな描き方を生みだしてきた。

今2020年「絵を描きなさい」という出題をどう考えどう解釈するか? 自分の頭で考える。追い詰められてしまった時こそ楽しく考えなければいけない。

「自分の頭で考え描きたい絵を描いて入学する」でなければこの時代に生き残れるはずがない。これが出題意図である。

■思考力・観察力・表現力を観る

・面接試験
1 第一次実技試験で描いた、あなたの作品について話して下さい。
2 美術の歴史の中であなたが一番興味を持っていることを教えて下さい。
3 「作品を鑑賞すること」について、どう考えますか?
以上の設問から自身の作品と制作をどのように考えるか、美術・絵画の歴史も含めた多様な表現について、どのように関わっていくか、あるいはその作品に含まれる意味をどのように感じ、どう解釈するかを問うた。

増村岳史『東京藝大美術学部 究極の思考』(クロスメディア・パブリッシング)
増村岳史『東京藝大美術学部 究極の思考』(クロスメディア・パブリッシング)

以上が2020年度の出題意図ですが、いかがでしょうか? この入試課題の出題意図をまとめると、次のようになります。

①思考力・観察力・表現力を観る
②重要なのは「何を描くか?」ではなく「どう描くか?」
③物事に対する自分なりの価値観を持っているか?
④構想力と構成力を問う
⑤試験する側も試されている

抽象度の高さは、私たち大人でさえ容易に理解しがたいのではないでしょうか。特に令和2年度の2次試験「絵を描きなさい」の出題意図は、まるで禅問答のようです。

これらのように、傾向がまったく見えない、変幻自在な問題が毎年出題されるからこそ、22.5%と非常に低い現役合格率も納得できるでしょう。

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増村 岳史(ますむら・たけし)
アート・アンド・ロジック取締役社長
学習院大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。マーケティング・営業を経て映画・音楽の製作および出版事業を経験。リクルート退社後、音楽配信事業に携わったのち、テレビ局や出版社とのコンテンツ事業の共同開発に従事する。2015年、アートと人々との垣根を越えるべく誰もが驚異的に短期間で絵が描けるプログラムを開発、企業向けにアートやデザインを通して脳を活性化し、新たな知覚と気づきの扉を開くアート・アンド・ロジック株式会社を立ち上げ、現在に至る。代々のアート家系で、人間国宝・増村氏の血筋。著書に『ビジネスの限界はアートで超えろ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

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(アート・アンド・ロジック取締役社長 増村 岳史)

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