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なぜタクシーが捕まらないのに、ライドシェアが進まないのか…「クルマづくり世界一の国・日本」の根本問題

プレジデントオンライン / 2024年7月8日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aozora1

タクシー不足やバス路線廃止など、日本各地で公共交通が危機にある。どうすればいいのか。デロイトトーマツグループ執行役の松江英夫さんは「要因のひとつとして、交通事業者の組織が縦割りで、外部事業者との連携に後ろ向きなことがある。生活者目線をもって改革を進めていくことが必要だ」という――。(第2回)

※本稿は、デロイトトーマツグループ『価値循環の成長戦略』(日経BP)の一部を再編集したものです。

■「地方の公共交通問題」が起きてしまう根本原因

日本が目指すべきは、高齢化や地方の人口減少などの社会課題が深刻化したとしても、モビリティーサービスを通じて幸せに暮らせる社会の実現だ。

地方における人口減少、高齢化は日本が先陣を切る形で進んでいるが、世界的な課題でもある。世界銀行によれば、世界の地方地域(郊外)の人口は、1960年の66%から都市化の進展により2022年には43%に縮小となっている。

高齢化も世界共通の傾向として見受けられる。海外でも人口が減少する地域では日本と同様に公共交通の破綻が相次ぎ、病院や公共機関など個人の生活に必須な機能へのアクセスも困難になることが想定される。

このような課題を乗り越える日本ならではのモビリティーデザインを確立できれば、そのハードやソフト、運用ノウハウなどをまとめて世界に輸出するチャンスも見えてくるだろう。

ものづくりとしての「自動車大国」から、人々の幸福を実現する「モビリティー大国」へ進化を目指すべきだ。

しかし、こうしたビジョンを実現するのは容易なことではない。現実を直視すると、乗り越えるべき高い壁があることが分かる。

■要因① 「モノ偏重」から抜け出せない

「モノ偏重」とは、車の機能性やスペックなどばかり意識して「クルマ」を作ることに終始してしまい、エンドユーザーが享受するサービス体験からの満足を軽視してしまう、意識や思い込みの壁のことである。

自動車産業を中心とするものづくりの領域では、製品(モノ)の機能価値を追求する思考パターンが根強く、ユーザー目線で「体験価値」や「生活の質(QOL)向上」をデザインする必要性が叫ばれながらも、なかなか実現・定着していないのが実情だ。

その結果、モビリティーの性能・機能自体は優れたものが実現しながらも、地域では免許返納や地方交通機関の廃止・縮小などが進み、そこでの体験価値や生活の質が劣化する一方だ。内閣府によれば広義の「交通弱者・移動困難者」はすでに全国民の4分の1程度まで増加している。

自動車会社を中心としたモビリティー企業はこれまで、車体(ハードウエア)の価値を高める開発を中心に企業努力を重ねてきた。長く続いたガソリン車の時代には、グローバルの自動車メーカーが燃費の向上を競い合い、テレビCMで消費者に「ガソリン1リットル当たり○○km走行可能」など、こぞって燃費効率を訴えかけたのもこの意識の表れだ。

昨今過熱する電気自動車(EV)の開発競争においては、バッテリーの開発、航続距離の達成、インフラの開発などハードウエアを中心とした開発競争が話題、関心の中心となっている。

自動車の競争軸の根幹を機能開発に向ける「モノの偏重」の思考から抜け出し、ユーザーにとっての体験全体をデザインし、体験価値や生活の質を高める思考に変化できるかが重要である。

■要因② 異業種との連携を嫌う「よそもの排除」

ここでの「よそもの排除」とは、特に日本のモビリティーに関連する多様な産業や組織が縦割りとなっており、個別にサービスを磨き上げようとして、外部事業者との関係構築に後ろ向きとなっている、業種・業界間の壁を指す。

モビリティーが与える体験価値を高めるためには、その価値を生み出す多様な生活サービスと掛け合わせることが必要になる。しかし、自動車産業内の連携であればまだしも、ITや飲食・小売り・ヘルスケアなど異業種との連携は、日本においては各企業が自前で有するデータインフラの閉鎖性などに阻まれて難しいのが現状だ。

例えば、北米のライドシェア大手であるウーバーとリフトはともに、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を使い、病院の予約システムとシームレスに連携した配車サービスを提供している。

ウーバーとリフトのアプリが入っているスマホ
写真=iStock.com/5./15 WEST
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/5./15 WEST

ここでは、ヒトやモノの移動ニーズを把握できる異業種の需要データとモビリティーの供給データを、いかにマッチングするかが重要となる。

しかし日本では、モビリティーと生活サービスを掛け合わせたモビリティーサービスを共創しようにも、異業種間横断でデータをやり取りすることはまだ一般的ではなく、「よそもの」に開かれていないのが実情だ。

このような状況を打破し、「よそもの排除」の壁を乗り越えることが重要である。

■要因③ モビリティーデザインの「指揮者不在」

モビリティーデザインの「指揮者不在」とは、複合的なスキルや経験を持ったリーダー的人材が見当たらないという人材不足の壁のことだ。

体験価値や生活の質の総和の向上を実現するモビリティーをデザインするためには、異業種連携なども推進できる経験豊富な人材が求められる。

海外では、雇用の流動性が高く、社会人になった後の学び直しの機会も多く与えられるため、いくつかの専門性を基に複数の業界を行き来する人材が多く存在する。一方、日本国内では、雇用の流動性が上がってきているとはいえ自動車関連企業、その中でも完成車メーカーを中心に雇用は安定的といわれている。異業界の経験やスキルが評価されにくい状況となっているのが実情だ。

このままでは、クルマなどの個別のモノや移動手段のデザイン・開発は実現できたとしても、生活の質全体を高めるような、モビリティーの全体設計を担う「指揮者」が不足してしまう。

日本でもこうした指揮者となるような、複合的なスキルや経験を持った人材を輩出していくことが求められる。

■3つの壁はこうして乗り越える

ここまで日本でのモビリティーの発展を阻む3つの「壁」について見てきたが、こうした障害を乗り越え、日本としてどのような勝ち筋を描くことができるのかを、順に見ていこう(図表1)。

【図表1】【モビリティー】「自動車大国」から「モビリティー大国」へ
出典=『価値循環の成長戦略』
◆勝ち筋①:地域単位×生活者目線によるモビリティーのデザイン

まず「モノ偏重」の壁を乗り越えるためには生活者の体験に目を向けることが重要だ。各地域の状況に応じて、地域の人々の生活像に基づく最適なモビリティーを設計していくことが、日本にとっての勝ち筋となる。

これは、人にとっての「コト」「体験」の価値を基準に、人口分布や交通・都市などの状況に応じて、生活の質を高められるモビリティーをデザインするという発想だ。

中でも、日本の地域が抱える「交通弱者・移動困難者」といった多様な社会課題や地域事情も加味して、生活者目線で最適なモビリティーを確立することが重要だ。

そのためには、モビリティーが生活者にもたらす生活の質(QOL)を測定しつつそれを高められるサービスを異業種のサービスと掛け合わせながら創出するというサイクルを、地域単位で進めていく必要がある(図表2)。

【図表2】生活者目線のモビリティーデザイン
出典=『価値循環の成長戦略』

■モビリティーは生活の質を左右する

実際に、モビリティーのデザインによって高齢者などの生活の質が左右されることが徐々に分かってきている。

先行研究では、高齢者モビリティーと生活の質は深く関連しており、モビリティーにより①医療施設や食料品店、公共交通機関などの生活必須機能へのアクセスが提供された場合と、②社会活動およびコミュニティーへのアクセスが提供された場合に、生活の質が著しく向上するとの検証結果が報告されている。

このように、モビリティーとは単なる移動機能の提供ではなく生活の質を左右する代物として捉えるべきだ。

例えば、モビリティーデバイス(=乗り物)の面では、シェアリングの電動キックボード開発を行うLuup(ループ)が、高齢者向けのパーソナルモビリティーとして「低速電動ウィールチェア」を開発したことが話題となった。

これは、椅子のように座って乗れる3輪・低速のモビリティーデバイスであり、倒れる心配が少なく、誰でもすぐに乗ることができる。足腰の弱い高齢者や長距離移動が困難な人の移動支援としてデザインされた事例だ。

さらに、地域の状況を踏まえたモビリティーサービスをデザインする試みも進んできている。

■Win-Winの事業連携をいかにつくれるか

MaaS(次世代移動サービス)の社会実装を推進するMaaS Tech Japan(マーステックジャパン)は、石川県加賀市での実証で、地域の子育て世代への支援や、高齢者の免許返納後の暮らしの支援、さらに観光による来訪者の活動が最適化するようなモビリティーの検証を開始。また長野県塩尻市でも、地域コミュニティーと交通・モビリティーが連動するような仕組みを実装している。

人々の生活の質を高められるように、データによる可視化を行いつつ、モビリティーと他産業を組み合わせたサービスを創出する試行錯誤を、様々な地域ごとに実践していくべきだ。そして、生活の質を高められるモビリティーサービスのパッケージを、世界に先駆けて確立していくことが日本にとっての勝ち筋になる。

■「便利」のためだけでは人は動かない

◆勝ち筋②:「共助」の異業種連携の推進

協調と競争のメリハリをつけた「共助」の異業種連携によって、「よそもの排除」の壁を乗り越えていくことが日本の第2の勝ち筋だ。

これは、勝ち筋①で言及した、生活関連サービスとモビリティーサービスを掛け合わせた新たなサービスを、Win-Winとなるような異業種連携によって創出していくことを意味する。

この際、単に便利になるからといって、生活関連サービスプロバイダーがもうからないのではサービスは広がっていかない。そこで、継続的な発展のために必要となるデータ基盤を整備して、生活関連サービスの需要データや移動データを複数の事業者で連携する。その上で、集まったデータに基づいてモビリティーサービスを最適化することで、生活関連サービスでの集客増やモビリティー費用の削減などの経済効果の創出を狙う。

このようにWin-Winの異業種連携を構築していくことがポイントだ。

■米国通院配車サービスの成功例

こうした「共助」の異業種連携の実践事例を紹介しよう。

米国では、医療機関への訪問に困難を伴う人が600万人おり、受診ロスによる経済損失が1500億ドルと試算されている。これに対し、大手ライドシェア企業が米国の特定の医療機関向けに病院予約システムと完全に連動した通院配車サービスを提供したことにより、年間で約7万件の利用が達成され、さらに輸送コストなどが約40%削減された。

モビリティーサービスによって収益増とコスト削減の双方が達成された形である。

また、日本での萌芽ともなる取り組みとしては、「クックパッドマート」の事例がある。

これは、料理レシピサイトと食材提供者、受け取り場所(スーパーマーケットやコインランドリーなど)の3者がどの食材をどこに移動させるべきかの情報を連携して、レシピサイトの利用者に対して、作りたい料理に応じた食材を指定されたポイントまで配送するというサービスである。

利用者は自宅近くの指定可能地点まで運ばれた食材を取りに行けば、配送料無料で受け取れる。自宅までの配送は有料となる。クックパッドの調査では、珍しい商品が購入できる、お店で並ばなくても買い物ができるので便利といった利用者の声も得られている。

■人材不足の解消法

このように異業種間のデータ連携により、生活者の利便性向上と、食材提供者や場所提供者の売り上げ向上を実現し、Win-Winの仕組みとなっている。異業種のデータを活用してモビリティーサービスを提供することにより、生活の利便性を高めた好事例だ。

このように、生活サービス産業やモビリティー産業が「よそもの排除」の壁を乗り越え、「共助」の異業種連携を推進していくことで、人々の生活の質を高めるモビリティーサービスが広まっていくことが期待できる。

◆勝ち筋③:モビリティー人材輩出のエコシステム構築

「モビリティー大国」を目指す上で障害になるモビリティーデザインの「指揮者不足」の壁を乗り越えるためには、モビリティーデザインの全体設計を行うことができる人材「モビリティーアーキテクト」を、意識的に輩出・育成していくことが重要だ。産学官の連携により、モビリティーを軸にした多様な実務経験を積めるような育成環境を創出していくことが日本の勝ち筋となる。

なぜなら、今後のモビリティーデザインに求められるのは、今までのような産業に閉じた個別分野の特化型人材ではなく、複数産業の視点を持つモビリティーの総合型人材であるからだ。

前述の勝ち筋②で言及した異業種連携においても、それを支えられるような人材育成が重要となる。そのため、モビリティー人材の育成・輩出には産学官連携によるエコシステムを構築することが必要である。

デスクワークをするビジネスマン
写真=iStock.com/time99lek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/time99lek

■会社の内部ではなく外部で経験を積む必要

これからのモビリティーデザインを担う人材「モビリティーアーキテクト」に必要になるのは、モビリティーにとどまらず、複数領域に関する高度な知見と実践力である。

具体的には、地域や生活者、来訪者の状況や、街の機能との相互関係を理解して、全体として生活者の生活の質の総和が向上するようなサービスを設計するスキルが求められる。

このような高度な人材を育成・輩出するエコシステムの具体的な施策として、「産」での人材育成の実践機会の提供、「学」での理論の学習機会の担保、人材育成を後押しする「官」の資格制度が考えられる。

順に見ていこう。まず「産」では、実践の観点で、モビリティー産業の内部ではなく外部において、実践経験を積めるようにすることが効果的だ。例えば、モビリティー産業から関連サービス産業への人材出向といった人材交流機会を整備することが考えられる。

すでに徐々にではあるが、「地域活性化起業人」(企業人材派遣制度)などの人材派遣の枠組みを使って、モビリティー産業の人材が地方自治体などの現場で、地域のモビリティーをデザインする動きが出始めている。

「学」においては、専門スキルを習得する大学・大学院のコースの設置が重要だ。

スマートシティーの分野ではあるが、米国のトーマス・ジェファーソン大学が「スマートシティーアーキテクト」に対応した修士課程プログラムを設けている。これは、複合的な知見が求められる高度な人材輩出を目指したものであり、まさに「モビリティーアーキテクト」にも応用できる取り組みだ。

■資格制度の整備は急務

このような専門の学部や修士課程を設け、人材を輩出することも重要であろう。「官」においては、「モビリティーアーキテクト」の人材に関する資格制度などを整備することが効果的だろう。

デロイトトーマツグループ『価値循環の成長戦略』(日経BP)
デロイトトーマツグループ『価値循環の成長戦略』(日経BP)

例えばデジタル人材の分野では、経済産業省と情報処理推進機構(IPA)が、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進人材に求められるデジタルスキルなどを定義した「デジタルスキル標準」を策定し、企業の人材育成を後押ししている。

このような取り組みを、モビリティーデザインの領域でも進めていくことが必要だ。

グローバルでも「モビリティーアーキテクト」となるような人材は希少である。学習するインフラを整えながら、実地経験を異業種の観点から積んだ人材を大量に輩出することができれば、日本ならではのモビリティーデザインを創出することが可能になるだろう。

■自動車大国からモビリティー大国へ

日本は世界に先駆けて地方の人口減少や、高齢化に苦しんでいる。高齢化に伴う危険運転が取り沙汰され高齢者は免許返納を余儀なくされる一方で、公共交通は衰退。移動そのものの負担が問題となり始めている。

今後は、人口が減少する地域でも、人々の生活が豊かになるモビリティーサービスをデザインしていくべきだ。このようなモビリティーデザインのパッケージをつくり上げることができれば、人口が減少する地域でも人々の笑顔を増やすことができるだろう。

かつて日本が自動車大国として世界を席巻したように、モビリティー大国として世界に先駆けてモデルを輸出するまたとないチャンスが来ている。

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松江 英夫(まつえ・ひでお)
デロイトトーマツグループ執行役
1971(昭和46)年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。中央大学ビジネススクール、事業構想大学院大学客員教授。経済同友会幹事、政府の研究会委員、テレビの報道番組コメンテーターなど、産学官メディアで豊富な経験を持つ。

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(デロイトトーマツグループ執行役 松江 英夫)

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