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日本一の翌年に大失速…工藤公康がホークス監督2年目で痛感した「私のやり方でやってください」の限界

プレジデントオンライン / 2024年7月11日 16時15分

西武に敗れ、3連敗し厳しい表情のソフトバンク・工藤監督(中央)=2016年8月18日、京セラドーム - 写真提供=共同通信社

優れたリーダーとはどんな人物か。元ソフトバンクホークス監督の工藤公康氏は「日本一になった翌年に大失速を経験し、強権的なリーダーシップは脆いことを痛感した。みんなが意見を言える場を準備することで、チームがうまく回り始めた」という――。

※本稿は、工藤公康『プロ野球の監督は中間管理職である』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。

■日本一になって一方通行のコミュニケーションが増えた

私は2015年にホークスの監督として就任するにあたり、ユーティリティプレイヤー(複数のポジションを守れる選手)の育成をはじめとする数々の策を打ち出しました。

そして現実に、日本一になれた。確たる結果を得たことで、「このやり方でいいんだ」と自信がついた反面、選手やコーチ、トレーナーに対しても、「私のやり方でやってください」という一方通行のコミュニケーションが増えていったように思います。

選手・コーチ・トレーナーから上がってくる意見や提案も、表面的には聞いたものの、話し合いの最後は「私のやり方でやってください」で終わっていました。

「なんだ、結局は自分の話を聞き入れてはくれないではないか」「自分は監督がやりたいことを実現するための存在でしかないのか」――。選手・コーチ・トレーナーの中に、このような不満が溜まっていったことは想像に難くありません。

ただ、2015年は日本一になり、2016年シーズンも、開幕してからしばらくは首位を独走していましたから、ある程度、「まぁ仕方ない」と納得してもらえる部分はあったのでしょう。

しかし2016年のシーズンを終えたとき、私は「自身の立ち居振る舞いを見直さなければならない」と痛感することになります。

■うまくいかなくなると不満やいらだちが表面化する

序盤こそ、2位チームを大きく離して独走していたホークスですが、中盤以降に急失速。最終的には、最大11.5ゲーム差をつけていた日本ハムファイターズに大逆転を許し、シーズン2位という結果に終わってしまったのです。

不満やいら立ちは、うまくいっているうちは、さほど大きくはならないものです。しかし、ひとたびうまくいかなくなると一気に表面化します。

リーダーが「私のやり方でやってください」と要求するコミュニケーションは、窮地に立たされたとき、とても脆いのです。

歴史的な大逆転を喫して優勝を逃すと、前年はあれだけ褒め称えてくれたメディアから、数多くのお叱りを受けるようになりました。

前年に比べて、チームの力が落ちたわけではありません。失速の原因は、私のコミュニケーションがつたなかったことにあるのです。

■「監督とはどうあるべきか」を再考するために組織図を書いた

失意のシーズンを終え、私は、「監督とはどうあるべきなのか」を考え直すことにしました。

そもそも「監督」とは、どういうものなのか。考え直そうとしたとき、最初につくってみたのがチームの「組織図」です。

【図表1】チームの「組織図」
『プロ野球の監督は中間管理職である』(日本能率協会マネジメントセンター)より

私は本当に、ゼロから、「監督」とは何者なのかを考え直そうとしたのです。

チームに携わるいろいろな方々を組織図に当て込んでいく中で、ひとつの事実に気づきました。

監督とは、絶対的なリーダーでも、大きな組織を率いる長でも何でもなく、会社の「中間管理職」のような立ち位置なのだという事実です。

ホークスというチームのトップは、監督である私ではなく、孫オーナーです。その直下に王会長が位置し、球団社長がいて、GMがいて、ようやく私が出てきます。

――1軍の監督とは、自身の野球観を頼りに方針を押しつける唯我独尊のリーダーではなく、編成部長(今のチームに足りない部分を考え、ドラフトやFA、トレード、外国人選手獲得などの人事戦略を行うポジション)とともに、勝つチームづくりをする仕事なのだ。そのためには、各コーチ陣や2軍監督、3軍監督、トレーナー、データスコアラーたちとともに、選手がレベルアップする環境を整える必要があるのだ。そして選手たちとも常にコミュニケーションをとり、日々パフォーマンスを発揮しやすく、成長しやすい状態でいられるよう心掛ける必要があるのだ――。

組織図を書き上げて、私は自身のコミュニケーションが、組織の中の「中間管理職」として求められているコミュニケーションとは大きくかけ離れていたことを、改めて思い知りました。

このままではいけない。遅まきながら、でも今すぐに、自分自身を変えていかなければいけないのだと決意しました。

■スタメンと打順は監督が決めるものだと思っていた

監督は「中間管理職」である。

そう自覚してから、選手・コーチ・トレーナーとのコミュニケーションは劇的に変わりました。

その変化が顕著に見えるのが、スターティングメンバー(スタメン)や打順の決め方です。

2015年、2016年シーズンは、ほとんど私がスタメンと打順を決めていました。試合前練習の際、バッティングコーチに各選手の状態を聞いたりはしていましたが、最終決定は私が下していました。「スタメンと打順は、監督が決めるものだ」という先入観があったのです。

しかし「私のやり方でやってください」という2016年までのコミュニケーションを反省した私は、今のスタメン・打順の決め方が本当にベストなのか、バッティングコーチに意見を聞いてみることにしました。

すると、意外なことがわかりました。

「試合前練習を見て状態を見極めてからからスタメン・打順を決める」より、「試合前練習のときにはすでにスタメン・打順が決まっている」ほうが、調整をしやすいというのです。

なるほど、そうだったのか。新たな気づきを得た私は、スタメン・打順を決めるタイミングを早めるようにしました。

球場
写真=iStock.com/Willard
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Willard

■それぞれに原案を持ち寄って相談する合議制に変更

自分の知らなかったことを教えてもらい、その意見のおかげでチームがうまく回り出すのは、楽しいものです。

やがて私は、「ヘッドコーチやバッティングコーチは、どんなスタメン・打順がベストだと考えているんだろう」と思いを巡らせるようになりました。

もちろん、私は私なりに、毎試合、ベストだと思えるスタメン・打順を考えていました。

しかし、ヘッドコーチやバッティングコーチが考える「ベスト」は、また違うものなのかもしれない。チームにとって、よりよい案が見つかるかもしれない。そう思い、スタメン・打順の決定を、私とヘッドコーチ、そしてバッティングコーチ2人の計4人による合議制に変えました。

私は4パターンのスタメン・打順を考え、ヘッドコーチとバッティングコーチにもそれぞれ原案を考えてもらい、それらを持ち寄って、どれがベストかを話し合います。

私も各コーチも、原案を提示しながら、「なぜこの選手を起用したいと思ったのか」「なぜこの打順を組んだのか」を説明します。コーチの意見を聞く中で、「なるほど、さすがによく観察しているな」と感じることが多くありました。私は現役時代、ピッチャーでしたから、バッターの状態の些細な変化には、なかなか気づかないものなのです。

■試合前にみんなで綿密なシミュレーションを重ねる

すべての意見を聞いた後で、「このオーダーは面白いから、今日使わせてください」と言うこともあれば、「すみません、今日はやっぱり自分の案でいかせてください」と言うこともあります。ただ後者の場合も、最初から「私のやり方でやってください」と押し付けていた時期とは違い、みんなが納得して当日の試合に向かえている雰囲気を感じられるようになりました。

ピッチャーの起用についても同様です。

ピッチャーには、先発、中継ぎ、ワンポイント、勝ちパターンのリリーフなど、あらかじめ割り当てられている役割がありますが、試合展開の中で現実に「誰をマウンドに送るか」はシビアな判断が求められます。

試合展開は、1点差で負けているとき、同点のとき、1点差で勝っているとき、大量得点差で負けているとき、大量得点差で勝っているときといったように多岐にわたり、同じ中継ぎピッチャーでも「どの中継ぎを起用するか」には複数の選択肢があります。

その起用法も、スタメン・打順と同じように、試合前ヘッドコーチやピッチングコーチと話し合って、ある程度固めておくようにしました。

試合前にみんなで綿密にシミュレーションを重ねることで、試合中に「想定外の事態」はなかなか起きなくなりました。「三人寄れば文殊の知恵」とはよく言ったものです。

■監督とは「決める人間」ではなく「準備する人間」

スタメンや打順、投手起用について、コーチと合議しながら決めるようになり、私は「監督とは、『決める人間』じゃないんだな」と思うようになりました。

監督とは「準備する人間」だ。そう考えるようになったのです。

みんなが意見を言い合える場をつくる。原案をつくる。根拠を聞かれたときに説明できるよう映像とデータをチェックしておく。自分の考えにはなかった素晴らしいアイデアがコーチから出てくることに期待する。これらひとつひとつの「準備」こそが、自分に求められていることなのだ。そう思ったとき、「監督とは中間管理職である」という考えは、実はそんなに間違っていないのではないかと自信を深めるようになりました。

中間管理職とはきっと、様々な部署や役職の「中間」に立ち、周りのみんなが機能するよう、常に準備する人間なのです。

スタメンと打順を合議で決めるようになり、私はバッティングコーチの観察眼の鋭さを心強く思うようになりました。

■ピッチャー出身としての意見をコーチに伝えるようになった

実はもうひとつ、合議制にしてよかったと感じたことがあります。

私は確かに、現役時代はピッチャーであり、バッティングの技術論については、バッティングコーチにはかないません。ただ、「ピッチャー側から見た、バッターの打ち取り方」という、バッティングコーチにはない視点を持っています。その「ピッチャーからの見え方」をバッティングコーチに伝え、すり合わせることができるようになったのです。

「今日の相手の先発ピッチャーのこの球種、この選手の今の状態では、打ち返すのが難しいかもしれない。彼よりも、左バッターのこの選手のほうが対応しやすいんじゃないかな」。このような意見を、私のほうからも伝え、バッティングコーチに考えてもらえるようになりました。

スタメン・打順の決定には、以前よりも多くの時間がかかるようになりましたが、その分、試合展開のシミュレーションはより綿密になり、あらゆる視点をもとにあらゆる状況を想定した最適なスタメン・打順が組めるようになりました。

■選手が100%の力を発揮できるようにサポートする

もしかしたらみなさんは、「監督」という仕事に、「チームを引っ張るリーダーである」というイメージを持っているかもしれません。

工藤公康『プロ野球の監督は中間管理職である』(日本能率協会マネジメントセンター)
工藤公康『プロ野球の監督は中間管理職である』(日本能率協会マネジメントセンター)

私自身、2016年に失敗と挫折を経験するまでは、そのようなイメージを持っていました。

しかし今では、監督は「みんなを引っ張る存在」ではなく、「みんなを押す存在」なのだと考えています。

グラウンドでプレーをするのは、監督ではなく選手たちです。ならば、監督が先頭に立って選手を引っ張るのはおかしい。選手たちが不安なく、自分の持てる力をグラウンドで100%発揮できるよう後ろから押してあげるほうが、監督のイメージとしてはしっくりきます。

「先頭に監督ありき」で選手たちが走るのではなく、選手たちがのびのびと走るのをサポートしながら、ときには軌道修正してあげるのが監督の仕事だと、今では考えています。

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工藤 公康(くどう・きみやす)
野球評論家
1963年愛知県生まれ。1982年名古屋電気高校(現・愛工大名電高校)を卒業後、西武ライオンズに入団。以降、福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズなどに在籍し、現役中に14度のリーグ優勝、11度の日本一に輝く。2011年正式に引退を表明。2015年から福岡ソフトバンクホークスの監督に就任。2021年退任までに5度の日本シリーズを制覇。2020年、筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻を修了。体育学修士取得。

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(野球評論家 工藤 公康)

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