個性ゼロの書店が「日本人の読書離れ」を加速させた…「レジ3時間待ち」の大行列を生んだ有隣堂社長が考えること
プレジデントオンライン / 2024年7月10日 18時15分
■教養を身につけるのに、本ほど便利なものはない
VUCAという言葉が若干古臭く聞こえるほど、これまでの成功体験が通じない不確実な時代である。
このような時代に、一人ひとりが個人として尊厳を持って生き、尊重され、自己成長し、自己実現して幸せに生きていくためには、「自分の頭で考える」「自分のことは自分で決める」ことが不可欠だ。
自分の頭で考え、自分のことは自分で決めるためには、自分をより高めていく力が必要である。自分を高める力とは、経験、体験、知識、教養、擬似体験、こんな要素が構成要素になろう。
経験・体験はともかく、知識、教養、擬似体験について、本は圧倒的な力を発揮する。これほどまでに安価で簡便なツールがほかにあるだろうか。まさに、有隣堂のキャッチコピーに言う「本は心の旅路」の通り、本は個人の成長や幸せに直結する商品なのだ。
また、グローバル化の時代と言っても、全ての若者が海外に出ていけるわけではない。日本が国力を上げ、もう一度輝きを取り戻すことが必要だ。
石油や天然ガスが出るわけでもないこの国が、もう一度輝きと自信を取り戻し、全ての人にとって夢と希望が溢れる国にするには、国民一人ひとりの情報収集能力を含む知識レベル・知的レベルを上げなければならない。
■2028年には街から書店が消える
本はそのための最適・最強のツールだ。すなわち、個々の国民が読書を通して知識を増やすことがこれからの日本には不可欠であって、本は国力回復にとっても重要な商品なのである。
本の大切さ、有用さはこれ以上多弁を要しないだろう。出版業界に籍を置いていようがいまいが、この点に特に異論はないように思う。
こんなにも有意義、有用な「本」を売る場所である書店が、この国から姿を消そうとしているという。本書のタイトルによると、それは2028年だそうだ。「これは由々しき事態である、さて、どうする、どうする?」と慌てふためいているというのが今の書店が置かれている状況なのは確かだ。
しかし、先に述べた本の有用性と、書店が生き残ることは残念ながら別の話だと考える。
いかに本が個人の幸せや国力回復に有用だとしても、その態様や形態、あるいは流通は時代により変化するのだ。本が有用だとしても、その有用性は「本だけ」が提供し得るものではない。特にデジタル化社会において、その傾向は顕著だ。技術革新はそれらの役割において「本」以上の有用性を発揮することを意味する。
![有隣堂「ヒビヤセントラルマーケット店」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/c/1200wm/img_0c98a781705844e0b5a4ec47a45326a7691500.jpg)
■「紙の本は大切です。守ってください」は甘い
「書店」は、しょせん小売業であり、文化産業ではない。文化的な商品を扱う小売業に過ぎない。小売業を含む全ての企業は、社会の変化や消費者の変化を分析し、予測し、わがままとも思える顧客の要求に徹底的に応え、その期待を上回るサービスを提供して初めて生き残ることができる。
「紙の本は大切です。だから私たちを守ってください」は通用しない。
「私たちの扱っている商品は『文化』そのものです。だから私たちを助けてください」
それは甘いんじゃないか。それでは、多くの消費者の賛同を得られないだろう。
肉や魚から得られる栄養は、人の成長に不可欠だ。でも街からは肉屋・魚屋は消えてしまった。呉服屋、布団屋、豆腐屋、お米屋も人が生きていくのに必要なものの商いをしていたけれど、スーパーに吸収され街から消えてしまった。
肉屋、魚屋、呉服屋、布団屋、豆腐屋、お米屋は、それでも形を変えて残っているから本屋とは違うかもしれない。でも畳屋はどうだろう。日本家屋の減少とともに、ほとんど街で見かけなくなった。
![書店](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/0/1200wm/img_309c89a565b8025a22e700938c0144e1795375.jpg)
■出版業界と世の中の評価のズレ
「畳は日本の文化です。社会の変化(洋風化)で商いが難しくなってきました。だから守ってください」と言われても、私たちはどこまで真剣に考えただろうか? 「洋風建築が主流だし、今はフローリングだよね、仕方ないよね……」という程度にしか考えてこなかったのではないか。
本も同じだ。私たちは本を売ることを生業としているから、本の大切さを訴えているけれど、そうでない人たちからすると畳屋の事例と同じである。「本は大事だよね、それはわかるよ。でも、ネットの時代だしね。スマホで読めるし、仕方ないよね、読みたい人だけ紙で読めばいいんじゃない?」というのがむしろ普通の感覚だろう。
自らが取り扱う商品に対し、愛情と愛着を持つことは大切だが、客観的な評価を捻じ曲げてはいけない。「大切な文化的商品。なくしてはいけない」と私たちが思っても、世の中の人はそれほどまでの意識はない可能性が高い。
出版業界に身を置く我々が、畳や畳屋の心配をそんなにしなかったことと同じだ。1996年のピークから販売高半減というマーケットシュリンク。これが「本」という我々の大切にしている商品への世の中の評価なのだ。ほかに代替できるものができたから、あるいはいらなくなったから「買わない」という単純なものだ。
「文化」は特別なものではあるかもしれないけれど、特権ではないし、まして、「文化的な価値のある商品」なんて本以外にもたくさんあるのだ。
■「金太郎飴書店」はもう必要とされていない
どんな業態も、何の変化もせず、改革もせず永続的に存続するなんてことはあり得ない。
このことは歴史が証明している。老舗と呼ばれる企業ほど、革新、改革を連続させてきた。イノベーションを起こしてきた。
私たちも自分たちのビジネスを永続的なものにしたいと考えるならば、イノベーションを起こすしかない。勝てるまで起こし続けるしかない。
確かに出版業界は制度疲労を起こしていて、(書店ビューからすれば)改善されるべき点も多々あろう。仕入れ価格も安いに越したことはない。それはそれで内(うち)で話し合っていけば良い(改善はあまり期待できないけれど)。
そんなことよりも、外を見て、自身の強みと顧客の要望をきちんと分析して、自分たちのビジネスを社会や消費者から評価される業態に変えていくイノベーションを起こすことにこそ、エネルギーを使うべきだ。
例えば書店のマージンが30%以上になって、書店の淘汰が一時的に減速したとしても、書店に対する消費者からの評価が変わるわけではない。時代にそぐわなくなった必要とされない「金太郎飴書店」という業態が続くだけであれば、早晩、今と同じ状況になるのは明白だ(マージンを30%以上にしなくていい、と言っているわけではありません。是非お願いします)。
■文具から生活便利用品へと拡大成長するアスクル
危機に苦しむ書店が「現状維持」のために内向きの努力をするのではなく、それぞれ新しいイノベーションを起こし、多様な「シン・書店」を誕生させるほうが世のため人のためになり、明るい未来ではないか。
有隣堂はアスクルエージェント(アスクルの正規取扱販売店)であるが、アスクルは当初、文具事務用品の通販事業だった。しかし、文具事務用品を再定義し、今では生活便利快適用品へと取り扱い商品を拡大して成長を続けている。このイノベーションがなければ、時代の変化を先取りした後発事業者に追い越されていたかもしれない。
イノベーションとは少し違うが、有隣堂としてもアスクルエージェントになることは、それに匹敵するくらいの挑戦だった。当時、店頭では定価で文具を販売していたにもかかわらず、ECサイトで、しかも値引きをして売る、というアスクルのビジネスモデルには批判的な社員が多く、エージェントになることについては社内で厳しい意見があった。
![「誠品生活」日本橋店](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/4/1200wm/img_643a1ea51c77ea16e74ccc6603956e37913039.jpg)
■優秀な若い人材を獲得するために
しかし、もしその時にアスクルエージェントになることを選択していなければ、今の有隣堂はない。残念ながら利益が創出できなくなった書店事業のマイナスをカバーし、今現在の有隣堂を支えているのはアスクルエージェント事業だからだ。
ともあれ、書店は誰かに頼ることなく、自らの力でイノベーションを起こしていくべきだ。多くがそうであったように、イノベーションの端緒は「危機」だ。業界の危機、企業の危機、個人の危機。ここからイノベーションは生まれる。私たち書店が危機に瀕している今こそ最大のチャンスだ。
イノベーションを起こし、「次に稼ぐもの」を見つけるための挑戦には、優秀な若い人材が必要だ。既成概念や業界慣習にとらわれず、新たな発想でイノベーションを起こしていく人材。中小企業がほとんどの書店は、この人材確保がすごく難しい。
採用、求人こそ企業成長の源泉なのだから、経営者自らが様々なアンテナを張り、自分の思いを語り、賛同してくれる優秀な人を探すことが不可欠だろう。
![書店に並べられている本](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/1/1200wm/img_61785e6613ee98ccb1edea16ed37b31e669665.jpg)
■関西初出店では、最大3時間待ちの大行列に
そして、若い人たちを成長させるための教育や研修制度の充実も必要だ。これも中小企業は自社だけで完結することは難しい。一番のリスクは、疲弊している現場でイノベーティブではない「先輩」が優秀な若手を潰してしまうことだ。これだけは気をつけなければならない。
イノベーションを起こすための原動力としてもう一つ必要なのは、「ファン」ではないかと思っている。当社には「有隣堂しか知らない世界」というYouTubeチャンネルがある。「有隣堂しか知らない様々な世界を、スタッフが愛を込めてお伝えする」というコンセプトのチャンネルだ。現在の登録者数は、28万人を超える。
企業チャンネルとしては驚異的な登録者数と自負している。これによって私たちは多くの「有隣堂ファン」を獲得した。「ゆーりんちー」と呼ばれるこの番組のファンが、番組だけではなく私たちの新しい挑戦も応援してくれるのだ。
2023年10月、有隣堂は初めて関東圏以外に出店をした。わずか90坪の「神戸阪急店」オープンの日には、特に限定商品があるわけでもないのに多くのゆーりんちーが神戸に集結してくださり、レジは最大3時間待ちとなった。
![有隣堂が初めて関東圏以外に進出した「神戸阪急店」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/c/1200wm/img_1c11442ddbfdacaff77fe48b599091511091625.jpg)
■「本を売る」だけでは生き残れない
列に並ぶお客様へお詫びに伺うと、「有隣堂の新しい挑戦なんだから応援します!」と言って、ただただひたすらに並んでくださった。私だけではなく、多くのスタッフも涙が止まらなかった。
新しい挑戦をした時、それを支えてくれる「ファン」の方々の存在は極めて大きい。日頃から、地道にお客様に奉仕し、お客様にどうやって楽しんでいただくか、どうやって新しい体験をしていただくかを考え続けること以外、ファン獲得は難しい。多くのお客様に「ファン」になっていただく地道な活動は、実はイノベーションや改革の大きなエンジンになると信じている。
![小島俊一『2028年 街から書店が消える日 本屋再生!識者30人からのメッセージ』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/e/1200wm/img_2ee9387c479e0797d80e29610f5f89d9256279.jpg)
経営者の健全な危機意識と熱意。そして優秀な若い人材とファン顧客。これだけ揃えばあとは行動を起こすだけだ。
イノベーションや新しい挑戦には、もちろんリスクが伴う。「千三つ」ではないけれど、打つ手全てが百発百中で成功する、ということはあり得ない。一定の失敗を前提とする以上、攻めだけでなく、守りの観点も無視はできない。それでも挑戦を躊躇した先に私たちの明るい未来はない。
今後、多くの書店がイノベーションを起こし、今までにない新たな書店が数多く誕生し、健全で前向きな切磋琢磨が行われることを期待しつつ、同時に、自らへ今一度鞭(むち)を入れ直していきたいと思う。
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中小企業診断士/元気ファクトリー代表取締役
出版取次の株式会社トーハンの営業部長、情報システム部長、執行役員九州支社長などを経て、経営不振に陥っていた愛媛県松山市の明屋(はるや)書店に出向し代表取締役就任。それまで5期連続で赤字だった同書店を独自の手法で従業員のモチベーションを大幅に向上させ、正社員を一人もリストラせずに2年半後には業績をV字回復させる。著作に『崖っぷち社員たちの逆襲』(WAVE出版)、『会社を潰すな!』(PHP文庫)がある。
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(中小企業診断士/元気ファクトリー代表取締役 小島 俊一)
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