現代日本人の大便量はみんな飢えていた戦後の3分の1以下…現代人に不足している腸と脳に不可欠な物質【2023編集部セレクション】
プレジデントオンライン / 2024年7月7日 7時15分
※本稿は、小林弘幸『自律神経のなかで最も大切な迷走神経の整え方』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■腸内細菌と自律神経の「バランス」という共通点
良い腸内環境は、善玉菌、悪玉菌、日和見菌の絶妙なバランスのもとに成り立っています。それは、善玉菌2割、悪玉菌1割、日和見菌7割が理想とされています。善玉菌が悪玉菌よりも「やや優位」であることがポイントです。
自律神経のバランスでも、交感神経と副交感神経のどちらかが「やや優位」にはたらいている状態が理想だとお伝えしました。わたしたちの健康は、この「やや優位」というバランスの上で成り立っているとも言えます。
善玉菌には、「アシドフィルス菌」や「ビフィズス菌」などが代表的。これらの菌の勢力図が「やや多い」腸内環境であれば、栄養素の吸収がスムーズに行なわれ、きれいな血液が全身をめぐります。
一方、悪玉菌には、「大腸菌」のほかに「ウェルシュ菌」などが知られています。これらの菌が勢力を拡大すると、腸のなかで腐敗(ふはい)物質がどんどん出ている状態になります。下痢や便秘になり大腸に炎症を起こします。
では、腸内細菌を善玉菌にすべて入れ替えれば良いのではないかという話になりますが、それもまた違います。悪玉菌は、善玉菌が「やや優位」な状態ではそれほど悪さをしません。さらに、悪玉菌がまったくなくなってしまうと、今度は善玉菌の活動が鈍(にぶ)ってしまいます。
これは社会の縮図のようなもの。働きアリの集団でたとえると、一定の割合で「働かないアリ」が存在することはよく知られています。「働かないアリ」がいるほうが、組織はしっかり機能するものです。腸のなかでも、悪玉菌がある程度存在していることで、善玉菌がしっかり活躍してくれているのでしょう。
■迷走神経の強力な助っ人、幸せホルモン「セロトニン」
こうして腸内細菌のバランスを保って腸内環境が整うと、しだいに迷走神経も整いだします。その重要な手がかりとなるのが、神経伝達物質「セロトニン」。幸せホルモンという名称で聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。セロトニンは、かんたんに言うと、脳を活発にはたらかせる神経伝達物質です。
脳に作用するのだから、セロトニンは脳にあると思われがちですが、じつは、体内にあるセロトニンの約9割は腸にあることがわかっています。
なぜなら、セロトニンの約9割は腸で作られているから。ある腸内細菌が、食べ物に含まれる「トリプトファン」という物質を合成して作り出しています。
ちなみに、セロトニン以外にも、快楽物質と呼ばれる「ドーパミン」や神経の興奮をうながす「ノルアドレナリン」など、感情や気持ちとかかわっている物質の多くを作り出しています。
腸内細菌が作り出すセロトニンやドーパミンなどの物質が、迷走神経がかかわる「脳腸相関」において、重要なはたらきをしています。
腸の神経細胞は、腸の状態をつねにチェックして、迷走神経を介したネットワークでやりとりをしていることはお伝えしました。ここで欠かせないのが、セロトニンなどの神経伝達物質です。
腸のなかでセロトニンが豊富に作り出されたら、「幸せホルモンがたくさん作られている」という情報が、腸から脳に届けられます。腸で作られたセロトニンが脳に運ばれて、そこで「幸せホルモン」として分泌されるわけではありません。
腸内細菌がセロトニンを順調に作っている情報を伝えられた脳は、過剰な興奮や不安がやわらいでリラックスした状態になり、「幸せだ」「充実している」と感じるようになるということです。さらにありがたいことに、セロトニンは自律神経のバランスを調節するはたらきも活性化させてくれます。
ただ、セロトニンは体内で生成されないため、トリプトファンを食事からとる必要があります。トリプトファンが豊富に含まれる食品は、大豆・豆製品、乳製品などです。さらに合成にはビタミンB6が必要となります。ビタミンB6を豊富に含むのは、とうがらし、にんにく、牛・豚・鶏のレバー、マグロの赤身などです。
迷走神経を介して伝わっているのは、つねに良い状態の腸の情報であってほしいものです。迷走神経を整えるためにも、セロトニンの分泌をうながす食生活を心がけましょう。
■脳を気にするよりも迷走神経を意識した腸活を
ここまでで、迷走神経を整えるためには、腸内環境が整っていることが重要であることはおわかりいただけたでしょう。
しかし、この腸内環境は、いともかんたんに乱れてしまうのがやっかいなところです。「腸内環境の乱れ」と聞けば、偏った食事や不規則な生活などがすぐに思い浮かびます。これに乗じて、最近では「腸活」という言葉を耳にする機会が増えました。
腸活で大事なことは、わたしたちにとってはなくてはならない腸内細菌を、ペットのように慈(いつく)しみ大切に育てていくことです。あるいは、ガーデニングで美しい花を咲かせるために手間暇かけるように、お腹のなかにきれいな花が咲くよう、しっかり腸内環境をケアしていく意識がなによりも大切です。
腸は、とても頼りがいのある器官です。なぜならば、腸は、体全体のことを考えてくれているからです。腸に張りめぐらされた神経細胞が、自分の体にとって良いか悪いかを判断して、体内に入れてはいけないものをブロックします。かりに必要なものであっても多すぎれば排泄してくれます。腸がみずから考え、判断してくれるのです。
それに比べて、脳は身勝手な器官と言われても仕方ありません。体に悪いとわかっていても甘い物を食べすぎてしまうのは、体のことなどお構いなしに「脳が欲している」という理由だけで食欲を生んでしまうから。言うなれば、脳は、あまり体のことを考えていません。
なぜ腸と脳とでは、ここまで違うのでしょうか。腸内細菌に、そのヒントが隠されていると考えています。腸内細菌はわたしたちと共生しています。人が腸内細菌がなければ生きていけないように、腸内細菌も宿主である人が死んでしまえば死滅してしまいます。
そこで、腸内細菌が自らの命を守るために、宿主である人が健康を維持できるよう誘導しているのかもしれません。
また、腸には迷いがありません。腸が満足することは、かんたんに言えば、栄養をしっかり吸収し、ぜん動運動をきちんと行なって便を外に押し出すことです。もっと言えば、ぜん動運動さえきちんとしていれば、善玉菌が「やや優位」になって腸内環境は整っていきます。腸のぜん動運動は、副交感神経が「やや優位」のときに活発になります。つまり、迷走神経を意識した腸活を行なうことが重要なポイントです。
■食べる量は増えているのに便量が減っている理由
腸活の基本はしっかり腸を動かすこと。そこで重要なのが「食物繊維」です。食物繊維と聞くと、お通じを良くする栄養素だと考えるのではないでしょうか。ちなみに、日本人の一日の便量はどのくらいだと思いますか?
詳しいデータはありませんが、一日に日本人がする便量は約200gと言われています。実際はもっと少なくて、一日80〜100gではないかと考えられています。
第2次世界大戦が終わったばかりの調査では、日本人の一日の便量は約300gでした。今と比べて3倍以上も多かったのです。
食べる量が減っているわけではありません。むしろ戦後すぐは、みんな飢(う)えていました。現代人のほうが食べる総量は増えているのに、大便の量が減っています。
その理由は、食物繊維の摂取量が激減しているからと考えています。現代の日本人は、食物繊維がまったく足りていません。
今、推奨されている食物繊維の摂取量は女性で一日平均18g以上(男性は21g以上)です。しかし、実際は、10gくらいしか摂取できていません。戦前には平均30gの食物繊維を摂取していたと言われています。現代人の便量が3分の1に減ってしまったのは、食物繊維の不足が原因だということがよくわかると思います。
便は、食べ物の残りカスだけではありません。腸内細菌とその死骸(しがい)も多く含まれています。食物繊維が腸内細菌のエサとなり、腸内環境を整えるために欠かせない栄養素であることは、今では多くの人に知られています。
しかし、体には必要のない成分だと思われ、誰からも見向きされない不遇の時代があったのも事実です。2000年くらいから腸内細菌の研究が進み、とりわけ食物繊維が腸内細菌のエサになることがわかってきたことで、一気に注目が集まりだしました。
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順天堂大学医学部教授
1960年、埼玉県生まれ。順天堂大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”としても有名。近著に『結局、自律神経がすべて解決してくれる』(アスコム)、『名医が実践! 心と体の免疫力を高める最強習慣』『腸内環境と自律神経を整えれば病気知らず 免疫力が10割』(ともにプレジデント社)『眠れなくなるほど面白い 図解 自律神経の話』(日本文芸社)。新型コロナウイルス感染症への適切な対応をサポートするために、感染・重症化リスクを判定する検査をエムスリー社と開発。
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(順天堂大学医学部教授 小林 弘幸)
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