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イェール大名誉教授「筆記テストと偏差値は個性を潰す」…今すぐ日本の学校教育を改革すべきワケとは

プレジデントオンライン / 2024年7月5日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

■日本経済停滞の根本原因とは

日本経済の停滞基調を解消するためには、生産性の向上、つまり全体の労働能率を高める働き方を導入する必要がある。

少子化が経済成長の停滞原因としてあげられることが多い。たしかに人口老齢化が進むと、より少ない労働力で高齢者を支えなければならないので、国民全体にとって望ましい状態ではない。とはいえ人口が増えると、労働人口が増える一方で消費人口も増加する。単に人口が増加するだけでは、長期的な経済成長の停滞を根本的に改善できないのである。

また、女性や外国人の就業参加が少ないことを理由に、日本社会の多様性の不足が経済停滞の原因とされることもある。多様なスキルや視点が経済にプラスの影響を与える可能性はあるが、それだけでは日本全体の生産性を大幅に向上させることは難しいだろう。やはり、国民一人ひとりがより高い効率を発揮することが、経済成長には必要なのだ。

個人の生産性を向上させるための一番の根幹は、国民の教育にある。ところが、世界の教育水準と比べて、日本の教育について悲観的な見方を禁じえなかった。最近、同じような考え方を持つ専門家の書物や評論を読む機会があった。ここで内容を紹介しつつ日本の教育の問題点、しかもこれから日本の成長と、日本人の生活に長期的に影響しかねない問題点について論ずることとしよう。

■「オタク」を生む教育が必要な理由

第一に、日本の受験システムが筆記試験で合否を判定するため、いわゆる偏差値教育が生まれ、若者が天から授かった得意な能力を十分に発揮できなくなっている。この点について、小林りんさんの『世界に通じる「実行力」の育てかた』(日本経済新聞出版)からの例を紹介しよう。

軽井沢市に世界各国から学生を集めた国際高校(ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン)を設立した小林さんは、高校時代、学級委員などで活躍し、文系科目は成績も十分だったにもかかわらず、「あなたの数学の成績では優秀な大学には行けません」と言われ、弱点ばかりを見る教育方針に疑念を抱いた。そこで小林さんは、高校を中退しカナダに留学、さらにユニセフなど海外での経験を経て新しい学校創立の構想を生み出したという。

不得意科目をなくして皆を平均化する教育では、われわれの持って生まれた個性を生かすことはできない。各自の得意な分野を徹底的に伸ばす、言ってみれば「オタク」を生む教育をしなければ、イノベーションは起こらず、日本は世界の競争についていけないのである。

小林さんの理念をわたくしなりに要約すると、「各人が自分自身に尊厳を持ち、その理想を実現できるような教育環境を世界の若者たちにつくろう」というものだ。

■AIの時代には知識より発見

医学者で日本学術会議の元議長である黒川清氏は、ペーパーテスト偏重で記憶力ばかりが問われる日本の受験勉強が、科学者にとってもっとも重要な、「なぜか」という問いかけを若者にさせなくなっていると指摘している(黒川清「随想 常に「なぜか」を考えよ」『學士會会報』2024III所載)。

黒川清氏

アメリカには、「ジェパディ!」という物知り競争の人気クイズ番組がある。面白い番組ではあるが、アメリカ人が余興として楽しんでいるような記憶力テストに、日本人は真剣に取り組んでいる。このような偏差値教育で、社会に役立つほかの能力のある若者までもが、よい成績が取れないと将来を悲観し、自分の能力を伸ばすことを諦めてしまう。

黒川氏も述べるように、アメリカでは大学に応募する学生はこれまでの活動や将来の抱負を詳しく書き、面接を通じて全人格を評価される。このような配慮がなければ、今持っている知識が豊富な人だけが選ばれ、自分で問題を発見し解決する能力を持つ人材は選べない。私も日本で、ある年だけ、大学ゼミ生の選抜に面接を行わず書類審査だけで済ませ、不本意な選抜となってしまったことがある。

考えてみると、日本は昔から農耕社会で灌漑など共同作業をするのに長けており、協調性が尊重されてきた。その半面、皆が持つ個性を尊重せず、時には個性を抑圧することもあった。農耕社会では昔の記憶が役に立ったので、年寄りや物知りが「先生」として大事にされた。

しかし現代では、黒川氏がChatGPTを例にあげて指摘するように、百科辞書的知識の持ち主の有用性は格段に落ちている。現在、研究者に必要なのは、人を真似することではなく、人類のためになる新しい知識や新しい技術をいかにして見つけ出し、いかに現実に役立てるかを考えることだ。だからこそ、研究者は「なぜか」を問い続け、まだ知られていないアイデアを見つける努力をしなければならない。

これは自然科学に限らない。社会科学も、人間や各国の利害関係が生み出す社会的問題を「どうしたら解決できるか」を考えなければならない。研究者の醍醐味は、「世界で何が知られているかを知ること」ではなく、理想としては、「世界でまだ知られていない考え方をどう発見するか」にあるのである。

そのためには、若者はいつでも世界中から学べる環境が必要だ。留学では、外国から知識を輸入するだけでなく、世界の友人とともに新しい知識に挑戦するのが重要だ。しかし現在、円安のため留学が困難になっているのは大きな問題であろう。

さて、学者志望の学生や院生には、ただ人の真似をするのではなく、自分も世界に新しい知識をもたらす担い手になるのだという気概を持ってほしい。私がイェール大学で博士論文作成の指導を受けた際、「この主題で先行研究を調べてみます」と言うと、ジェームズ・トービン氏は「先に人の研究を読むと、君の発想が止まってしまうので、まず自分で考えなさい」と答えた。日本の鋭気ある研究者にも伝えたい言葉である。

■集団への同調より個性の発揮を

藤崎一郎元駐米大使は、中曽根平和研究所のコラムで世界の外交問題についての健筆をふるっているが、教育問題に関連した『まだ間に合う元駐米大使の置き土産』(講談社現代新書)も非常に有益なメッセージを伝えている。日本の知識偏重の教育を受けた優れた学生が、いわゆる年功序列、会社一辺倒の日本的な組織に入った後、自分の能力をどう生かしていくのかについて貴重なヒントを与えてくれる。

まずは「自分の尺度で判断し、想像力と創造力を養い」「ほれた会社、ほれた職業を選べ」というアドバイスで、自分の能力を最大限発揮するための第一の条件だ。次に、個性を発揮しようとすると、伝統的な職場では抵抗にあうこともあるが、個性を抑制し集団に同調するように教育されてきた人々に対しても、組織の中で粘り強く工夫を続ければ、自分のためにも社会のためになる有益な活動に「まだ間に合う」というのが、藤崎氏の伝えたいことであろう。

この3つの論稿を通じ、日本社会で個性を生かし、未来を変えていく可能性について、真剣に考えている人がいるのは心強いと感じた。

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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。

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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 撮影=石橋素幸 写真=時事通信フォト)

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