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日当5000円できれいな女性を集める…「政治離れ」が進む日本で密かに行われている"選挙のサクラ"の実態

プレジデントオンライン / 2024年7月6日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imacoconut

■公選法違反事件の裁判は粒ぞろい

今年の夏は東京都知事選、そして来年の夏は参院選がある。その間に衆院選もあるかもしれない。投開票が終われば、選挙違反の摘発が始まる。多くは略式の裁判か不起訴で終わっているようで、法廷へ出てくることはあまりない。

私はこれまで事件数で1万1000件以上の裁判を傍聴してきたが、うち「公職選挙法違反」は11件だ。たった11件とはいえ、バラエティに富んでいる。たとえば……。

・○○党の議席を減らして民主主義を守るためにと、候補者に脅迫メールを送信した
・お世話になった候補者に投票させようと、自社の社員の住所を不正に変えた
・未成年に報酬を渡して選挙運動をさせた
・選挙資金として集めた金が余り、運動員に分けた
・選挙のポスターに落書きをした

今回は、なかなかに興味深い「サクラ」の事件をレポートしよう。数年前に社会を騒がせた「桜を見る会」ではない。商売を盛り上げるため仲間が客の振りをする、その仲間をサクラという。露天商(テキ屋)の用語らしい。

■満席の法廷に現れた女性被告人

東京地裁、傍聴席20席の小さな法廷で「公職選挙法違反」の新件(第1回公判)があった。開廷5分前にドアが開き、たちまち満席に。東京地裁は傍聴人が異様に多い。一番人気はわいせつ事件で、次は女性被告人(※)の事件だ。本件の被告人は女性なのである。

※刑事裁判は「検察官vs被告人」、民事裁判は「原告vs被告」の構図となるが、テレビ・新聞は刑事裁判の被告人を「被告」と報じる。

被告人は、黒のタイトスカートのスーツに身を包み、まっ白なブラウスのえりを大きく出している。茶髪もハイヒールもお洒落だ。私は傍聴ノートに絵を描かない。言葉でスケッチする。「セレブ奥様風、ウエスト細っ!」と赤ペンで書いた。

いったい何をやったのか。起訴状の内容および検察官の冒頭陳述をまとめると、おおむねこんな事件だった。

■1人5000円で女性参加者29人を動員

1、被告人はイベントの司会などの仕事をしていた。ある社長と20年来のつきあいがあり、その女性秘書とは親友だった。

2、社長の知り合いが参議院議員選挙に立候補することになった。社長は「応援して当選すれば事業拡大になる」と考えた。

3、東京都中央区にあるAビルで激励会を、永田町のBビルで決起集会をやることになった。社長は秘書に「女性参加者が少ないので動員してほしい」と言い、1人当たり5000円を配るよう指示した。

4、秘書は被告人に「よかったらお友達連れてきてくれない?」と声をかけた。1万円札を複数枚渡し、5000円札に両替しておくよう言った。被告人は親友の役に立ちたいと思った。

5、「もしよかったらいっしょに行かない? お礼が出るから」と被告人は友人・知人らを誘った。会場では投票を呼びかけるチラシなどが配布された。最後に「頑張ろう!」の唱和などがあった。

6、被告人が誘った女性は合計29人。Aビルに集まったのは3人で、被告人はいっしょに食事に行き、5000円札入りの封筒を「はい、これ、お礼だから」と渡した。Bビルに集まった26人にも渡した。被告人自身も、2つの会場分で合計1万円を受け取った。

■「きれいな人を集めてほしいと…」

【裁判官】いま検察官が述べた起訴状の内容に、どこか違っているところはありますか?

【被告人】間違いありません。

起訴事実を認める「自白事件」である。ただ、裁判官が一点、確認した。

【裁判官】4人で食事に……自分プラス外3名で、合計2万円……○○、□□に各5000円……残り5000円は、もう1人、受供与者がいるが、その者は選挙権がないと?

外国籍、ではない。年齢的に選挙権がないのだった。選挙権とか関係なく、被告人は女性たちを集めたのだ。

ホールで演説
写真=iStock.com/uschools
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/uschools

書証(証拠書類)の要旨を告知して検察官の立証は終わった。続いて弁護人(どこか上品な中年女性)の立証だ。書証も情状証人もなく、すぐに被告人質問が始まった。

【弁護人】選挙には。

【被告人】全く興味ありません。仕事でウグイス嬢を頼まれることはありますが。

【弁護人】動員は。

【被告人】もっとたくさん呼んでほしいと言われました。

【弁護人】華やかな人を、と?

【被告人】女性で、きれいな人を集めてほしいと……

■ただの席埋めか、それとも投票取りまとめか

ただ人数を集めればいいってものじゃない。選挙のサクラは華やかできれいな女性がいい、なるほどねえと私は納得した。

現金の授受は大丈夫か、被告人はもちろん親友の秘書に尋ねたという。「自分の会社の社長が立候補するのではないから大丈夫」と言われ、他の人からも大丈夫と言われたそうだ。

【弁護人】選挙に(投票に)行かなかった人もいるのですか。

被告人はきっぱりと答えた。

【被告人】29人、1人も行ってません。

【弁護人】というのは、動員をかけたアルバイトというだけの……

【被告人】そうです。私の軽率な行動で29人の方にご迷惑をかけてしまいました。

完全に席埋めのアルバイト、サクラ集めの認識だった。ところが捜査段階の調書では、金銭を払って投票依頼をしたと自白したことになっている。さっき検察官は冒頭陳述で「投票及び投票取りまとめの報酬であることを知りながら……」と高らかに述べた。どういうことか。被告人はこう説明した。

【被告人】逮捕されて、とにかく人を集めなくちゃと思って、と話したんですが、一切聞き入れてもらえませんでした。唯一、聞き入れてくれたのは、勾留質問のときの裁判官でした。

手錠をかけられた女性の手元
写真=iStock.com/Roman Budnyi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Roman Budnyi

■検察はこうやって「自白」を引き出す

勾留質問とは、検察官による勾留(身柄拘束)の請求を許可するかどうか、裁判官が被告人から話を聞く手続きだ。裁判官は話を聞いてくれたが……。

【被告人】次の日、地検で検事さんから、「あなたの顔も見たくない、出て行け!」と言われました。そのとき、本当のことを言っちゃいけないんだと分かりました。

結局、裁判官は勾留請求を許可した。被告人は46日間も勾留された。

【被告人】とにかく、人が、自由を奪われて、昨日まで外にいた自分が……護送車の中から外を……まったく、精神的にも……

その果てに被告人は、自白調書に署名押印。起訴され、ようやく釈放された。検察の見立てに逆らって否認するなら、長く勾留して心を折り、自白を勝ち取る、それは日本の“有罪づくり”の伝統らしいと、傍聴席から垣間見えることがある。

【被告人】あと、新聞に何度も出たので仕事の信用を失いました。

この事件は、実名で全国報道された。記者クラブメディアは警察・検察当局の発表のままに報じる。それを世間は、まんま信じる。世の中はそうやって成り立っている。

■判決は執行猶予として最長の5年

検察官はこう責めた。

【検察官】5000円って、けっこうな額ですね。ただ会に参加するだけで、多くないですか? 何のお金だと。

【被告人】椅子を埋めてほしいと言われました。1人でも多くと言われ、29名も……(5000円は)アルバイト料です。会場を埋めるサクラのアルバイト……

交通費の話は出なかった。交通費込みで5000円と思われる。

裁判官は、たぶん個人的な興味なのだろう、ウグイス嬢の報酬を尋ねた。被告人は3万~10万円ぐらいと答えた。依頼を受ける政党は特に決まっていないとも答えた。

【裁判官】公職選挙法違反、とんでもない犯罪だとわかっていますか?

【被告人】はい、分かってます。

ここまでをメモって、私は途中で法廷を出た。別の法廷で、どうしても見逃せない交通裁判があったのだ。体はひとつ。仕方ない。

2週間後の判決を傍聴した。傍聴人は少なかった。間もなく別の2つの法廷でわいせつ事件が始まる。多くの傍聴人はそっちへ行ったのだろう。

この日の被告人は、薄いグレーのセーターに、黒色で短いジャケット、グレーのタイトスカート。ぴっちりして、後ろに深いスリットが入っていた。

【裁判官】主文。被告人を懲役8月(はちげつ)に処する。この裁判が確定した日から5年間、その刑の執行を猶予する。被告人から金1万円を追徴する。

犯罪の報酬として得た金を取り上げるのが「追徴」だ(刑法第19条の2)。大きく全国報道された“サクラ事件”は、東京地裁の小さな法廷でこうしてひっそり終わった。

■あとで5000円を返金した女性も有罪に

それから間もなく、別の「公職選挙法違反」の判決を私は傍聴した。なんと、上記被告人から声をかけられ、Bビルでの決起集会に参加して5000円を受け取った26人、あの中の1人を被告人とする裁判だった。

こちらの被告人も素敵な感じの女性だった。主に好奇心から参加し、あとでマズイのではないかと思って5000円を返したという。しかし有罪。判決はこうだった。

【裁判官】主文。被告人を罰金10万円に処する。その罰金を完納できないときは金5千円を1日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。被告人から金5千円を追徴する。公職選挙法第252条第1項の期間を3年に短縮する。

第252条は「選挙犯罪による処刑者に対する選挙権及び被選挙権の停止」について定めている。執行猶予付き懲役刑の場合、猶予期間が明けるまで、選挙権および被選挙権は停止される。罰金の実刑だと5年間。それを3年に短縮したわけだ。

なお、この事件における立候補者は落選した。激励会、決起集会にサクラバイトを必要とするほど人が集まらない候補者ゆえに落選したのか? そこはわからない。

サクラの事件はときどき報道される。どの報道でもバイト代は5000円だ。サクラバイトはけっこう普通のことらしい。

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今井 亮一(いまい・りょういち)
交通ジャーナリスト
1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。傍聴した裁判は1万1000事件を超えた(2024年6月現在)。

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(交通ジャーナリスト 今井 亮一)

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