「認知症になったら車の運転をやめさせる」は大間違い…88歳認知症専門医が認知症になり真っ先にやったこと
プレジデントオンライン / 2024年7月5日 15時15分
※本稿は、和田秀樹『みんなボケるんだから恐れず軽やかに老いを味わい尽くす』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■認知症と告げられてもあわてなくていい理由
認知症を早期発見するには、認知症の兆候を見逃さない臨床経験が豊富な専門医に診てもらうことが必要です。
そして、認知症と診断されたなら、「年を取ったんだからしかたない」とあっさり受け入れて、その症状の進行を遅くする努力や工夫をしてください。
そのうえで「機嫌良く生きていくこと」を最優先して、認知症を飼い慣らしながら人生を楽しんでいけばいいのです。
認知症とはっきりわかったからといって、あわてることはありません。症状が非常に軽くて、日常生活にほとんど支障が生じていない場合でも、医師の多くは「認知症です」と診断します。
理由は2つ。まず1つは、早めに治療を始めたほうが、認知症の進行を遅らせる可能性が高くなること。2つ目は、認知症と診断すれば、介護保険を利用できるようになるからです。
軽度でも、認知症という診断が出ればもっとも低いレベルの「要支援1」に認定されますから、週2回ほどデイサービスを利用できるようになります。
デイサービスに行けば、当然、体も頭も使いますし、いろいろな人との会話も増えるので脳が刺激されて、認知症の進行を遅らせる効果が期待できます。
私の経験でも、デイサービスに行って多くの人と交流する高齢者は、認知症の進み具合が遅くなる傾向が見られます。逆に、認知症と診断されて、人との交流を減らしてしまう人は、症状の進行を速めてしまうように感じています。
■認知症=何もできなくなるわけではない
私が1996年に『老人を殺すな!』(ロングセラーズ)という本を出したとき――認知症がまだ「痴呆」と呼ばれていた時代のことですが、「痴呆症の診断は遅ければ遅いほうがいい」と書きました。
つまり診断を下さないで、それまで通りの生活を続けさせることがいい、と。
なぜなら、その当時はまだ介護保険制度はありませんでしたし、「痴呆症ですね」と診断した途端、家族や周囲の人はその高齢者を家に閉じ込めたり、仕事を辞めさせたりするのが少なくとも東京では通例だったからです。
だから気の利いた医者は、「痴呆症かもしれないし、そうじゃないかもしれないし、ちょっと脳の老化はあるみたいだけど」みたいな言い方をして、「これまでの生活を続けてくださいよ」とアドバイスしていました。
認知症になったといっても、いきなり何もかもできなくなるわけではありません。「残存機能(ざんぞんきのう)」といって、昔から習慣づけていた行動なら、認知症になっても変わらずにできることはたくさんあるのです。
■心配ゆえにすべてを取り上げるのは逆効果
認知症の人にとって大事なのは、とにかく脳を使って残存機能を活かし続けることです。認知症の診断を受けることによって、デイサービスに行きましょうとか、なるべく脳を使うような生活をしてみましょうとか、そういう話になれば、早期発見と早期治療の意味があります。
ところが、認知症とわかった途端、周囲の人間が、仕事は辞めさせようとか、孫の子守りはやめさせようとか、あるいは運転をやめさせようとか、そんな話になったら、かえって症状は進んでしまうのです。
そうでなくても認知症になると、意欲が低下して外出する気力がなくなり、家にこもりがちになります。そのうえ移動手段を奪ったりしたら、ますます外に出かけなくなって、認知症はどんどん進んでしまいます。
![自宅で杖を持つ高齢者](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/7/1200wm/img_f71a562dfc1e4c271ad44142a3fa8e78132623.jpg)
もともと認知症ではなかった人でも、免許を取り上げられて家に閉じこもるようになったら、あっという間に老けこんで、認知症になってしまうことさえ十分に考えられます。
■認知症の専門医であっても認知症は避けられない
精神科医の長谷川和夫さんは2021年、92歳でお亡くなりになりました。
長谷川先生は、いまも認知症の早期診断にもっとも使われている「長谷川式」と呼ばれる検査指標の開発者です。
また、「痴呆」という侮蔑的(ぶべつてき)な呼称を「認知症」に変えるよう国に働きかけ、当事者を尊重してケアをしていく「パーソン・センタード・ケア」の普及にも尽くされました。
それほど認知症の医療に大きく貢献されてきた専門医でも、認知症になることは避けられません。自ら認知症であることを公表したのは、88歳のときでした。
「年を取ったんだからしかたない」と認知症を受け入れられ、認知症の実態を伝えるために講演活動を始められたのです。
新聞のインタビューや著書『ボクはやっと認知症のことがわかった』(猪熊律子氏との共著、KADOKAWA)でも語られていますが、認知症は固定した状態ではなく、認知症とそうでない状態があって、それが連続しているそうです。
つまり調子の良いときもあれば、そうでないときもあって、朝が一番調子が良く、午後1時を過ぎると、だんだん疲れてきて、自分がどこにいるのか、何をしているのか、わからなくなってくる。
夕方から夜にかけては疲れているものの、食事や入浴など決まっていることが多いから何とかこなせ、眠りについて翌朝起きると、もと通り、頭がすっきりしている、という。
調子の良いときは、いろいろな話や相談ごとなどもでき、「これほど良くなったり、悪くなったりというグラデーションがあるとは考えてもみなかった」と驚かれています。
■症状を正しく理解することが人生を左右する
実際、認知症になったからといって、自分の知能や性格がすべて失われるわけではなく、そのほとんどが残っているところから、徐々に能力が衰えていくわけです。十分な残存機能も、中期くらいまでは残っています。
早い時期に認知症とわかれば、デイサービスなどで進行を遅らせることができますから、長谷川先生も講演活動を長く続けられ、マスコミのインタビューにも理路整然と答えられたのでしょう。
長谷川先生の立派なところは、自分からデイサービスに通われたことです。
社会的地位が高い人は、体裁を気にしてデイサービスを拒否されることが多いのですが、先生はそれまで認知症の人にデイサービスをすすめてきたけれど、実際にどんなことをやるのだろうと積極的に行かれた。そして行ってみたら、やはり良かった。
![和田秀樹『みんなボケるんだから恐れず軽やかに老いを味わい尽くす』(SBクリエイティブ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/f/1200wm/img_0f874fd173bc64166b6d990c01e36cee146610.jpg)
とくに入浴サービスは、さっぱりして実に気持ちがよく、王侯貴族のような気分だと喜ばれていました。何より職員たちが利用者としっかりしたコミュニケーションをとっているのに感心し、デイサービスを上手に利用することの大切さを改めて感じたといいます。
講演活動や著作のほかにも、子どものときから認知症への理解を深めておくことは大事だからと認知症に関する絵本までつくられました。
長年、老年精神医学に取り組まれ、認知症についてよく理解されていることが、晩年の実り豊かな生き方につながったように私には思えてなりません。
認知症の実態を知っているか知らないか。それが認知症になってからの人生を大きく左右することを長谷川先生は身をもって教えてくださった気がします。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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