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川勝前知事の「公約破り」とそっくり…「リニア妨害の後処理」を託された新知事が見せた「川勝県政の片鱗」

プレジデントオンライン / 2024年7月3日 8時15分

医大誘致を撤回、「やります!」ではなくなった鈴木知事 - 筆者撮影

静岡県・鈴木康友知事の就任から1カ月が経過した。これからリニア問題はどうなるのか。ジャーナリストの小林一哉さんは「鈴木知事は選挙戦で掲げた『県東部への医大誘致』の公約を『人口が減るから』という理由で早々に撤回した。このままでは『リニアもいらない』と言い出しかねない」という――。

■「ボーリング調査の容認」は鈴木知事の手腕とは関係ない

静岡県の鈴木康友知事は、川勝平太前知事が一切合切を放り投げてしまったリニア問題についてはスピード感を持った対応を行い、県民から一定の評価を得ている。

前回の記事(「2年間進まなかったリニア問題」がわずか1カ月で解決…やはり川勝前知事の難癖は「オカルト主張」だった)でも触れたが、川勝氏が約2年にわたって妨害してきた「山梨県の調査ボーリング」を就任早々に容認した。ただ、これはそれほど難しい話ではない。川勝氏の主張がおかしかっただけだからだ。

この合意だけで、鈴木知事の政治手腕を評価するのは間違いである。

そんな鈴木知事は、公約に掲げた「幸福度日本一の静岡県の実現」に欠かせない「県東部地域の医大誘致」を早々に撤回してしまった。

「医大誘致」と言えば、川勝氏も公約に掲げたが、見事に失敗している。

川勝氏の失敗にもかかわらず、鈴木知事は「県東部地域の医大誘致」を約束した。これで、劣勢だった県東部、伊豆地域の人々は大いに期待して、支持に回った。自民党推薦候補との差は一気に縮まり、選挙戦の勝利を手中にした。

それなのに、その期待を早々と裏切ってしまった。静岡県民の一部から激しい怒りの声が上がっている。

■なぜ「医大誘致」が「幸福度日本一」につながるのか

「幸福度日本一」はあいまいな概念であり、県民のほとんどが理解できていない、と軽く考えたようだ。しかし、その内容はそれほど難しいものではない。

「幸福度日本一」は「県東部の医大誘致の公約」と表裏一体である。

それなのに、鈴木知事は「(県東部地域の医大誘致は)可能性としてはゼロではないと思うが、よくよく状況を調べていくと、これからどんどん人口が減っていく中で、医師自体もマクロとしてはもう間もなく医師が余る。当然、地域的な偏在は残ると思うが、そういう時代に入ってくるので、なかなか医学部の新設はハードルが高い」などと医大誘致から逃げてしまった。

医大誘致が「幸福度日本一の実現」と一体であるとは、いったい、どういうことなのか、詳しく紹介したい。

■「県民の声を聞いて幸福度を日本一にする」と答弁

6月25日の静岡県議会一般質問で、山本隆久県議(浜松市、無所属)が「幸福度の要因は、1つ目が経済的社会状況、2番目に心身の健康、3番目に家族や地域など社会における関係性と言われる。幸福とは経済状況よりも大切なものであるという考え方が広がっている」などとした上で、「鈴木知事が目指す『幸福度日本一』の真意と、どのような手法で取り組んでいくのかうかがいたい」とただした。

6月県議会で「幸福度日本一」を答弁する鈴木知事
筆者撮影
6月県議会で「幸福度日本一」を答弁する鈴木知事 - 筆者撮影

鈴木知事は「『地域幸福度(ウェルビーイング)指標』を活用する。この指標は、客観的指標と主観的指標をバランスよく活用し、『暮らしやすさ』『幸福感』を意味する『ウェルビーイング』について、数値化・可視化する。国や浜松市などの自治体でも活用されている。県民の声をしっかりと聞きながら、県民幸福度日本一の静岡県に向け、取り組みを進めていく」などと答弁した。

何のことはない、「地域幸福度(ウェルビーイング)指標」とは、国のデジタル庁が唱えている。鈴木知事の答弁もその考えを踏襲、答弁内容もそれに沿っていた。

客観的指標とは、病院、大学、公園、道路など公共インフラ整備などを数値化したもの、主観的指標は住民たちの価値観をアンケート調査で明らかにしたものだ。

主観的指標であれば、みなばらばらだが、公共インフラを比べる客観的指標からは、幸福度がはっきりとわかる。

■県西部の浜松市と東部の熱海市で平均寿命が約2歳も違う

鈴木知事は、浜松市長だった際、「地域幸福度(ウェルビーイング)指標」を基に、住民の行政需要を明らかにして、地域振興に取り組み、ある程度の成果を得たので自信を深めたのだろう。

ただ、浜松市の事情は、静岡県の他の地域事情とは全く違う。

その違いがいちばんわかるのは、「自治体の長生きランキング」である。

「自治体の長生きランキング」、すなわち、厚生労働省が5年に一度発表する「市区町村別生命表」を見れば、浜松市と他の地域との違いがはっきりとわかる。

最も新しい2020年度の全国市区町村別生命表を見てみよう。全国の平均寿命は男81.5歳、女87.6歳、静岡県では男81.6歳、女87.5歳である。静岡県平均は男女いずれも0.1歳の誤差で、全国平均にほぼ準じている。

しかし、市町村別に詳しく見れば、浜松市と他の地域の違いがはっきりとわかる。

浜松市は男82.2歳、女87.8歳で、いずれも全国、県を上回り、県内トップクラスの平均寿命である。

これに対して、熱海市は男80.3歳、女85.9歳で、男女いずれも県内最低である。

【図表】市区町村別平均寿命(静岡県・部分)
出典=厚生労働省「令和2年市区町村別生命表の概況」

浜松市と熱海市と比較すると、熱海市は何と男女ともほぼ2歳も浜松市の平均寿命を下回ることになる。男女とも平均して2歳も長生きかどうかの違いはあまりに大きい。

この数値は2020年度だけの特殊事情ではなく、これまで2~3歳の違いでずっと同じ傾向が続いているのだ。

■人口に比べて医大の数が圧倒的に少ない

「ウェルビーイング」の本来の意味は「健康的な存在」である。となれば、幸福度がより高いのが浜松市であり、熱海市の幸福度は低いということになる。

この数値は熱海市だけでなく、県東部、伊豆地域全体で、浜松市の平均寿命を大きく下回っている。

沼津市は男80.6歳、女86.8歳、富士市は男80.9歳、女87.5歳、三島市は男81.4歳、女87.1歳、富士宮市は男81.3歳、女87.2歳、東伊豆町は男80.8歳、女86.9歳――となっている。

つまり、県東部、伊豆地域は浜松市よりも幸福度が低いことになる。

どうしてこのような結果が生じたのか?

ゼロ歳児がどのくらい長生きするのかという平均寿命は、保健福祉水準を総合的に示す指標である。

つまり、それだけ県東部、伊豆地域の保健福祉水準が浜松市に比べて劣るというわけである。病院、医師、看護師などの医療体制が劣っていることが、平均寿命を見れば、ひと目でわかるのだ。

人口約360万人の静岡県には、医大が浜松医科大学の1校しかない。隣県の神奈川県、愛知県には4医科大学あり、富士山を県境で接する人口80万人の山梨県にも1医科大学がある。

静岡県唯一の浜松医科大学と付属病院
同大学提供
静岡県唯一の浜松医科大学と付属病院 - 同大学提供

浜松医科大学は、いまから50年前、1974年に、静岡県唯一の医科大学として浜松市に開学した。鈴木知事が市長時代に誘致したわけではない。そのずっと以前から、浜松市の医療体制を支える重要な公共インフラである。

浜松医科大学病院を中心に、聖隷浜松病院、聖隷三方原病院、遠州病院、県西部医療センターの5大病院が急性期医療を担い、日赤浜松病院、浜松労災病院なども点在する。浜松地域の医療体制はずば抜けて充実している。だから、平均寿命もずば抜けて高いのだ。

平均寿命だけでなく、いちばん医療事情の乏しい県東部地域への「医科大学誘致」が最重要課題であることは県職員ならば誰もが承知している。

■劣勢挽回のために「医大誘致」を公約にした

現在、静岡県の10万人当たりの医師数は230人で、全国40番目前後とひどい医師不足である。

しかし、医師数も地域偏在で、浜松市の医師数は多く、県東部、伊豆地域が少ないという「西高東低」である。

知事選で、鈴木知事は、静岡市を中心とした県中部地域、熱海、沼津、三島など県東部、伊豆地域で、元副知事だった自民党推薦候補に後れを取った。

劣勢を挽回するために、県東部地域の選挙演説で「医大誘致」の公約を掲げた。一部の住民たちは貧しい医療事情を何とかしてくれるという政治家に期待した。

それなのに、初当選を果たした鈴木知事は就任早々の会見で、知事選で唱えた「医大誘致」の“公約”を破棄してしまった。

それで怒らないほうがどうかしている。生命に関わるからだ。このままでは未来永劫、県東部、伊豆地域の平均寿命は低いままである。

浜松市は「幸福度日本一」を誇っているかもしれないが、静岡県全体を見れば、「幸福度日本一」など夢のまた夢である。

■川勝前知事と全く同じ「公約の破り方」をした

最もよい例が福井、石川、富山の北陸3県である。

静岡県は工業出荷額が北陸3県を大きく上回る全国5位で全国屈指の「ものづくり県」を自慢している。

ところが、総人口約286万人の北陸3県には4医科大学あり、幸福度指標は客観的、主観的にも静岡県を大きく上回っている。

それで、鈴木知事は「幸福度日本一」の実現を目指すと言うが、「県東部地域の医科大学誘致」から逃げてしまい、いったい、何をするのか?

静岡県の医師確保策は月額20万円支給の「医学生奨学金」に頼っている。6年間で1440万円を支給し、9年間静岡県の病院で働けば、返済免除という大盤振る舞いの制度だ。9年間のうち、最初の5年間は新米の研修医期間だから、実際に医者として現場で働くのは4年間程度である。これでようやく全国40番目の医師数を確保しているのだ。

県内の勤務医からは「効果が薄い」と評判は散々である。

川勝氏は2009年7月の知事選に初出馬した際、県東部、伊豆地域の医師不足を念頭に「県東部地域に医科大学誘致」を公約とした。この公約を掲げたことで、県東部、伊豆地域の支持を得て、元副知事の自民党推薦候補を破り、初当選した。鈴木知事と全く同じである。

川勝氏は「早稲田大学医学部」設置を掲げてがむしゃらに取り組んだが、最終的に「静岡県の方角が“都の西北”ではないから早稲田に断られた」と何とも珍妙な理由を挙げて、「医大誘致」は頓挫した。

医大誘致を公約にした川勝前知事
筆者撮影
医大誘致を公約にした川勝前知事 - 筆者撮影

もともと川勝氏は政治家ではなかったから、強引に物事を進めようとして、さまざまな場所で衝突してしまった。リニア問題と全く同じである。

2期目以降、川勝氏は「医大誘致」を口が裂けても唱えなかった。

■「人口減だからリニアも不要」と言い出しかねない

鈴木知事は、何でもやってやろうという浜松人気質の「やらまいか」を全面に押し出して、「やります!」を選挙スローガンとした。

「医大誘致」を力強く訴えたことで、沼津、三島など県東部、伊豆地域の住民たちは鈴木知事を信じ込んでしまった。

それなのに、「どんどん人口が減っていく中で、間もなく医師が余る。医学部の新設はハードルが高い」(鈴木知事)などトンデモない言い訳で、早々と撤退した。

これでは、“選挙詐欺”と言われてもおかしくない。

誰が考えても人口減少など理由にはならない。

日本の人口は、2050年代になると、毎年90万人ほど減り、「どんどん人口が減っていく」(鈴木知事)が、いまから25年以上も先である。

2056年に日本の人口は1億人割れが予測される。その時代になれば、もしかしたら、「医師が余る」時代になるかもしれないが、そんな将来のことをいまから言えば、リニア計画はじめすべての事業は不要となってしまうだろう。

いま静岡県で、緊急かつ必要な最大の課題は、浜松市に計画される「ドーム球場」ではなく、県東部地域の「医科大学」誘致であることは間違いない。

「県民の声をしっかり聞き、幸福度日本一を進める」(鈴木知事)ならば、浜松市民ではなく、熱海市民、沼津市民らの声をちゃんと聞くべきである。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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