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名門大学を卒業し、出世しても月給7万円…「優秀学生」ほど「汚職官僚」に転落するベトナムの特殊事情

プレジデントオンライン / 2024年7月11日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dimensions

ベトナムとはどんな国なのか。『日本人の知らないベトナムの真実』(扶桑社新書)を書いた川島博之さんは「ベトナムの公務員は民間に比べて給料が安く、それが汚職の温床になっている。例えばハノイやホーチミン市の部長クラスでも月給7万円ほどで、賄賂なしでは生活していけない」という――。

■ベトナムに赴任したビジネスマンを悩ませる汚職

ベトナムに赴任したビジネスマンが最も頭を悩ませるのは、蔓延する汚職に関することであろう。ベトナムの役所で許認可を得る際には賄賂が必要であり、賄賂なしに許認可を取ろうとすると膨大な時間がかかる。そんな噂があるが、それは概ね事実である。だが、日本の本社は賄賂を認めない。さてどうするか……。大いに悩むことになる。

汚職が横行しているのは事実であるが、世界を見渡した時に、現在のベトナムは汚職天国と言えるほどではない。2022年の汚職指数では、180カ国の中で77番目であった。半分より上にいる。1位はデンマーク、2位はフィンランド、3位はニュージーランドと人口が少ない先進国である。ちなみにドイツは9位、日本はベルギーや英国と並んで18位。フランスは22位、米国は24位、韓国が33位、中国は65位である。

ベトナムより下位にはインドの85位、ブラジルの95位、タイの101位、インドネシアの110位、フィリピンの116位が並ぶ。ベトナムは自慢すべき水準ではないが、言われているほどひどくはない。開発途上国では汚職は行政の一部を成していると考えた方がよい。

ベトナムの順位が上昇したのは、2016年から始まったグエン・フー・チョン書記長による汚職退治の結果と言ってよい。それまでのベトナムは、タイやインドネシアと同じような水準にあった。

■ベトナムで汚職が根絶されない理由

ベトナムの汚職は、改善されつつあるとは言っても根絶されたわけではない。しかし、摘発が怖いために、露骨な賄賂の要求は減っていると言われる。

ベトナムで汚職が根絶できない最大の理由は、公務員の給与が安いためである。ハノイやホーチミン市の役人の月給は、部長クラスでも500ドル(1ドル140円で計算して7万円)、役職のない公務員は300ドル(4.2万円)程度とされる。

現在、ハノイやホーチミン市では、夫婦2人と子供1人の世帯は最低でも1カ月に10万円程度ないと暮らしていけないと言われる。夫婦共稼ぎが普通としても、公務員の給与だけで生活していくのは苦しい。このことが、公務員が汚職を行う最大の原因になっている。

■「昔は俺のほうが優秀だった…」というひがみが汚職を生んでいる

そして部長クラスを考えた場合には、同年代の人々との所得格差を考慮しなければならない。役所に入るための試験はおざなりであり、出世もコネが重要とされるが、それでも主要な官庁やハノイやホーチミン市で部長や局長クラスに出世する人は優秀である。彼らはベトナムの名門大学を出ているケースが多く、かつ学校時代も優等生だった。

部長や局長になるのは40歳以降であろうが、ベトナムは20年前に比べて大きく変わった。

21世紀に入った頃は、経済成長が始まったと言ってもまだ貧しく、貧しさを分かち合う時代だった。だが、過去20年でベトナム経済は飛躍的に成長した。

そのような経済情勢の中で最も豊かになったのは、企業経営者や商店主であった。ベトナムは労働者の賃金が安い。その反面、その安い賃金を利用して経営者が成功するチャンスが多い。そして公務員は労働者と同様に雇用される側にいる。

20年前に同じ大学を出た仲間が、企業を経営したり商店主になったりして豊かになった。学生だった時は俺の方が優秀だったのに……。そうぼやく役所の局長や部長クラスは多い。その複雑な思いが、彼らを汚職に走らせている。

局長や部長は、給料は安いが許認可権を持っている。商売で成功した昔の仲間はお金を持っている。商売を広げようとした時には役所の許認可が必要になる。そこから、何が起こるかは想像に難くないだろう。

■政府が金欠で公務員の給料を上げられない

ベトナムで汚職を撲滅するには、役人の給料を同程度の能力がある民間人と同じ水準にする必要がある。しかし、ベトナム政府はそれを行うことができない。最大の理由は、政府にお金がないからだ。ベトナム政府はいつもお金が不足している。

政府にお金がない理由として、税制の不備がある。日本企業だけなくすべての外資系企業が、自分たちだけが税金を取られていると思っている。基本的に外国から来た企業は法律に基づいて税金を支払う。脱税がゼロとは言わないが、遵法精神で会社を運営している。

ベトナムの企業でも大企業は税金を払っている。そこで働いている人々もエリートであり税金を払っている。外資系と同じような感覚で運営されている。

問題はベトナムに多数存在する零細企業や個人商店である。それらは多くの人を雇用している。また路上の屋台で働いている人も多い。そのような人々は、全くと言っていいほど税金を支払っていない。

ベトナムにも消費税が存在するが、小さな商店や露店で消費税を取られることはない。正確な統計があるわけではないが、ベトナム人の9割は税金を支払っていないと言われている。庶民は税金を払わなくても良い。そんな社会的なコンセンサスがあるのではないかと疑ってしまう。

このような状況を、社会主義の時代に税金がなかった名残だと言う人もいるが、中国政府はそれなりに税金を集めているので、庶民から税金を取れない理由を社会主義だけに押し付けることはできないと思う。

■税金を徴収しようとしても「賄賂」で見逃される

ベトナムの税務署は中国とは異なって弱く、個人商店から税金を徴収することはまず不可能という。税務署の職員を増員して一軒ずつ訪ね歩かせたとしても、職員が税を徴収する代わりに賄賂を貰って見逃してしまうだけだと言う。

交通違反をしても賄賂を渡すと見逃してくれる国である。庶民からの税の徴収は極めて難しい。

賄賂を受け取る警官
写真=iStock.com/piotr290
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/piotr290

皮肉をこめて言えば、庶民は税金を支払っていない代わりに、賄賂としてお金を役人に渡さなければならない。ただ、現状のシステムは著しく透明性に欠ける。そして不公平でもある。

政府にお金がない理由をもう一つ付け加えておく。それは、日本などのように政府が赤字国債を発行できないことだ。インフレとドン安が怖いために政府は借金の上限を低く抑えている。国債発行残高はGDPの60%以下にしなければならない。これも政府にお金がない理由になっている。

このような状況が続けば、人々の共産党に対する信頼が低下し、共産党政権が崩壊してしまう。そんな危機感がグエン・フー・チョン書記長を汚職退治に走らせた。2016年に第二期目に入ったグエン・フー・チョン書記長は、汚職退治を開始した。それは、中国の習近平が2012年に共産党書記に就任して始めた汚職退治とよく似た動機である。

そして、汚職退治と言いながら、それを利用して政敵を排除するという構図もそっくりである。ベトナムでも中国でも許認可権を持つ者は、多かれ少なかれ汚職をしている。その気になれば誰でも捕まえることができる。民衆から恨みを買っている政治家や官僚を逮捕すれば、民衆は喝采を上げる。それは共産党体制の維持、引いては書記長自身の権力基盤の強化につながる。

■汚職は賄賂から不動産開発へ

2016年から汚職退治が激しくなったが、それでも官僚や政治家は汚職をやり続けた。それは先に書いたように公務員の給与が安く、正規の収入だけではよい暮らしができないためである。

汚職摘発が行われている最中に賄賂を貰うことは極めて危険な行為である。汚職として摘発されれば、政治家や役人は残りの人生を失う。そこで考えついたのが、不動産の事前購入である。どの国でも不動産開発は汚職の温床と言ってよい。それは土地の取得や建物の建設には多くの許認可が付き物だからだ。

直接現金を授受する汚職が難しくなってから、ベトナムの政治家や官僚は不動産の事前販売によって利益を得ることにした。それは中国の真似とも言える。

■マンションを特別価格で購入し、転売で利益を出す

中国は日本の不動産バブル崩壊から多くを学び、同じ轍は踏まないと豪語していた。日本で不動産バブル崩壊の後に経済が長期間にわたって低迷した原因は、不動産会社に資金を融資していた銀行の経営が悪化したからである。そのように分析した中国は、不動産開発に伴うリスクを銀行ではなく不動産購入者に押し付けるシステムを作り出した。

日本ではデベロッパーは銀行からお金を借りて、そのお金で土地を購入し、そこにマンションを建設し、完成した後に買いたい人に売る。しかし、中国では建設計画の段階でマンションを販売する。そこで集めた資金を用いて、土地を購入しマンションを建設する。

デベロッパーが倒産した場合に日本では銀行が不良債権を抱えることになったが、中国ではマンションを購入した者が不良債権を抱えることになった。現在、中国ではローンを組んでお金を払ったのにマンションが完成しないことが問題になっている。

ベトナムでも不動産の事前販売が行われた。不動産価格が勢いよく上昇していたために、早く購入した方が得だったからだ。このような状況の中で、不動産業者は許認可に関連する政治家や官僚に対して、一般の人々よりも早く情報を教えて、特別割引価格で販売していた。完成後に転売すれば多額の利鞘を取れる。

大手デベロッパーといえども資金の調達には苦労する。だから信用度の高い顧客が購入してくれることはありがたい。政治家や官僚は妻や妻の親族の名義でマンションを購入していた。

中国やベトナムは夫婦別姓だから、政治家や官僚の関与は一般の人にバレにくい。ただバックが誰であるかは容易に分かるから、融資の許可はすぐ下りる。このような行為を完全に汚職と決めつけることはできない。グレーな汚職と言ってよい。

■不動産バブルの崩壊がベトナムに与える影響

そんな両国を不動産バブル崩壊が襲った。本書は中国を論じるものではないが、中国の政治家や官僚の多くは、この資金転がしがうまく行かなくなって大きな損失を出している。中国では建設途中でストップしているマンションが2000万戸もあると報道されている。中国の人口は日本の約10倍。もし日本で200万戸のマンションが建設を中断してしまい、購入者に引き渡されないような事態が発生すれば、政治的にも大問題になっているだろう。

しかし、中国ではそれほど大きな問題になっていない。それは購入者の多くが政治家や官僚に関係のある人々だからである。彼らは後ろめたいことがあるために、騒ぎ立てることはない。バブルが崩壊しても、中国社会が案外平静を保っている理由の一つがここにある。

ベトナムでも同様の現象が規模を小さくして生じている。2022年の秋に突然、不動産バブルが崩壊すると、多く政治家や官僚が困難な状況に追い込まれてしまった。だが、彼らは声を上げることができない。声を潜めて耐え忍ぶしかない。最近、資金繰りに窮した官僚の自殺が増えているとも聞く。

不動産バブル崩壊は始まったばかりであり、今後、さらに不動産の価格が下落してデベロッパーが本当に倒産すれば、それは不測の事態を引き起こす可能性もある。この辺りのことは予測するのが難しい。何事も秘密主義でやってきた中国やベトナムで不動産バブルが崩壊すると、その処理は日本のようには進まないと思う。

■ベトナムの好景気は見通せなくなった

そんなベトナムで公務員の大量退職が始まった。その数は明らかになっていないが、国家公務員も地方公務員も大量に退職しているとされる。その噂は本当だろう。

ベトナムの官僚は、2016年から始まったチョン書記長による汚職退治を、最初は一時的なものと考えていた。首をすくめて嵐が通り過ぎるのを待っていた。しかし、待っても、待っても汚職退治が終わることはない。

そのために不動産の事前販売を利用して利益を得るシステムを考え出したのだが、バブルが崩壊して、それも行き詰まってしまった。このような状況で、安月給の公務員に留まる理由はない。それが大量退職の理由である。

どの組織も同じであるが、このような状況になると優秀な人間から退職する。それは他の分野でも生きていけるからだ。能力の低い人間だけが公務員に留まり、その結果として、これまでも非効率だった役所の業務がなお一層非効率になったと言われる。

ベトナムの先行きを見通すことが難しくなっている。米中対立によって中国から工場が移転してくるために好景気が続くとの見通しがあったが、不動産バブルの崩壊はそれを帳消しにしてしまった。

■ベトナム政府の能力は一層低下する

筆者は、現在行われている汚職退治には問題があると考えている。それはベトナムの公務員の給与が安く、かつ中国の公務員のように公務員宿舎などのフリンジ・ベネフィット(給与以外の利益・報酬)も少ないからだ。ベトナムの政治家や公務員は、汚職をしなければ社会をリードする人間としてのプライドを保つことができない。

川島博之『日本人の知らないベトナムの真実』(扶桑社新書)
川島博之『日本人の知らないベトナムの真実』(扶桑社新書)

チョン書記長は汚職退治を行うだけで、公務員の待遇改善には興味がないようだ。チョン書記長を、いたずらっ子に対して「悪いことをしてはいけない」と声を張り上げる小学校の先生のようだと評する声がある。人間は倫理観だけでは動かない。

チョン書記長は党の理論畑を歩み、マルクス・レーニン・ホーチミン思想研究の第一人者とされる。彼は清貧であったホー・チ・ミンのような生き方を共産党員に求めている。しかしベトナムは豊かになった。そんな時代の公務員に清貧を求めることはできない。

今後、公務員の大量退職がいつまで、どの程度の規模で続くかを見通すことは難しい。しかし、それによって、これまでも力量不足が指摘されていたベトナム政府の能力が一層低下することだけは間違いない。ベトナムの将来を楽観視することはできない。

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川島 博之(かわしま・ひろゆき)
ベトナム・ビングループ主席経済顧問
1953年生まれ。1983年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得退学。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授を経て現職。Martial Research &Management Co. Ltd., Chief Economic Advisor。工学博士。専門は開発経済学。著書に『中国、朝鮮、ベトナム、日本 極東アジアの地政学』(育鵬社)、『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』『習近平のデジタル文化大革命』(いずれも講談社+α新書)、『「食糧危機」をあおってはいけない』(文藝春秋)、『「作りすぎ」が日本の農業をダメにする』(日本経済新聞出版社)など多数。

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(ベトナム・ビングループ主席経済顧問 川島 博之)

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