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日本がカネを出しても「サムスンの巨大工場」にはかなわない…親日国・ベトナムで"韓国シフト"が進む理由

プレジデントオンライン / 2024年7月12日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrianScantlebury

ベトナム人は日本のことをどう見ているのか。『日本人の知らないベトナムの真実』(扶桑社新書)を書いた川島博之さんは「日本に好意を寄せるベトナム人は多いが、経済面では『終わった国』と見なされるようになった。韓国・サムスン電子の携帯工場ができて状況が一変した」という――。

■ベトナム人の多くが日本に良い印象を持っている

ベトナムは親日国と言ってよい。学校では1945年の北部の飢饉は日本の帝国主義者がもたらしたものだと習うが、それを繰り返し教えられているわけではない。歴史の一コマとして習っているだけだ。

そして日本と同じで、庶民は歴史教科書の詳細な記述など覚えていない。一部のインテリは覚えているが、そのインテリも学校で習う共産党史観に疑問を持っているようで、日本を悪者とは思っていないようだ。だから歴史教育が反日を生んでいる中国や韓国のような状況にはない。

日本はベトナムの最大のODA供与国であったことから、その記憶の方が強い。日本はハノイのノイバイ空港や空港に通じる橋や道路を建設しており、それに対する感謝の方が大きい。労働研修などで日本に来て働いたことのある人も、その多くは日本に良い印象を持っている。

■送り出し機関と警察との癒着

その一方で、ベトナムの送り出し機関が多くのお金を徴収していることに恨みを抱いている。

日本に労働研修に行くためには100万円程度の費用がかかる。日本に出稼ぎに行きたいと考えている農村に住む若者がそんな大金を持っているはずもなく、多くは借金をしなければならない。多額の借金を抱えて日本に来ることが、研修生の一部が日本で犯罪に走る原因の一つと言われている。

送り出し機関は地方の警察と結び付いていると言われており、暴利を貪っていることについて中央もコントロールできていないようだ。先にAICグループのニャン会長の汚職事件に触れたが、AICは送り出し事業も行っていた。だから日本政府は彼女に旭日小綬章を与えたのだが、彼女はベトナム人の怨嗟の的になっていた。

■送り出し事業を巡るスキャンダル

以下は筆者の邪推である。

チョン書記長とその周辺は、送り出し機関を経営して庶民から恨みを買っている美人経営者を逮捕すれば、庶民が喝采すると考えたはずだ。そして彼女は公安出身のチン首相と仲が良かった。背後にチン首相がいたために、彼女は送り出し事業を大きく拡張することができた。

書記長周辺はそのことを知り、チン首相の政治力を弱めるためにニャンに逮捕状を出した。それは首相と美人経営者との不倫という、誰もが飛びつくスキャンダルに発展した。不倫が事実であったかどうかは、今もよく分からない。スキャンダルは事実に基づかなくてもよい。

チョン書記長周辺にいる共産党の官僚はこの辺りの情報操作に長けている。庶民の怨嗟の的であるニャンに逮捕状を出したことで、チョン書記長の人気は高まり、チン首相は失速した。

送り出し機関は多数存在しており、それは合法である。だから、ニャンについても10年も前の病院への機材導入に関わる汚職で逮捕状をとった。

このような事情を知ってしまうと、彼女に旭日小綬章を与えた日本政府の判断はいかがなものかと思ってしまう。日本外交にはこのあたりの機微を読むまでの能力はない。労働研修生の送り出しに貢献してくれたということで、旭日小綬章を与えてしまった。

ただ、彼女が日本から旭日小綬章を貰ったことを知っているベトナム人がほとんどいないから、この件で日本の評判が落ちたということもないようだ。ベトナム人は日本の勲章などに興味はない。

■ベトナムで韓国の存在感が高まるワケ

ベトナムを語るには、韓国について語らなければならない。ベトナムにおいて韓国は、投資や貿易の面で日本を遥かに上回る存在感を示している。現在、ベトナムに約20万人の韓国人が滞在している。日本人の滞在者は約2万人である。ただ、昔から多くの韓国人がベトナムに滞在していたわけではない。15年ほど前にサムスンがハノイの東のバクニン省に巨大な工場を建設したあたりから、その数が一気に増えた。

これには韓国の国家戦略に関係している。21世紀に入って国力が伸長した韓国は、海外へ進出しようとした。まず、韓国は中国に進出した。中国は隣の大国であり、経済的にもチャンスがある。ただ、中国人は朝鮮半島に住む人々を下に見る傾向があり、韓国の技術水準が中国を大きく上回っている時期でさえ、韓国企業は中国から各種のいじめを受けた。

朝鮮半島に住む人々は、海を隔てた日本人と異なり中国人の本質をよく知っている。弱い時は下手に出るが、強くなると傲慢になる。今後、中国の技術水準が韓国に追い付いてくると、もっと虐められるに違いない。中国に進出し続けても限界がある。

そう考えた韓国は、いち早く「チャイナ・プラス・ワン」戦略を取った。それがサムソンのベトナム進出であった。15年ほど前、日本企業は軸足を中国に置いていた。ベトナムに本格的に進出するなどという戦略は馬鹿げたことのように思えた。

■韓国が「因縁の歴史」のあるベトナムを選んだ理由

韓国はベトナムを選んだ。その第一の理由は、ベトナムに華僑がいなかったためである。インドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピンは、華僑が経済の実権を握っている。そこに韓国人が入り込むことは容易ではない。タイにおける華僑の影響力はそれらの国に比べて弱いが、既に日本が進出している。その結果として、韓国はベトナムを選んだ。

韓国はベトナムを選んだが、ベトナム人が韓国人に良い印象をもっているわけではない。筆者の経験であるが、現在のハノイには韓国人が多いので、飲食店などで「韓国人?」と聞かれることがある。自分は日本人だと答えると、概ね好意的な態度を示してくれる。つたない英語で「韓国人は嫌いだが、日本人は好きだ」などと言われることもある。

その理由は多岐にわたるようだ。韓国人の振る舞いが中国人に似ているからと言う人もいる。そしてベトナム戦争の記憶に行き着く。

ベトナム戦争時に韓国は、米国の要請に応じてベトナムに派兵した。韓国兵は南ベトナムの村で何度か「虐殺事件」を引き起こしている。また、韓国兵とベトナム女性の間にできた子供を韓国軍が撤兵する際に置き去りにしてしまい、面倒を見なかったとも言われる。その子供たちはライダイハンと呼ばれて、差別と貧困に苦しんだ。このようなベトナム戦争時における韓国人の振る舞いは、ベトナム人の心の中に残っている。

しかし、ベトナムはこの問題に対して韓国を非難したり賠償を請求したりしていない。ベトナムの歴史は戦争の歴史であった。それはフランスや米国との戦いだけではない。本書(『日本人の知らないベトナムの真実』)に書いたように中国と何度も戦ってきた。その結果として、戦争になればどんなことが起きるのかよく知っている。

ベトナムと韓国
写真=iStock.com/Oleksii Liskonih
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksii Liskonih

■サムスンの巨額投資で貿易収支が黒字化

1979年の中越戦争において、勝利することができなかった中国軍が国境付近でベトナム人の村を襲って虐殺事件を起こしたことは既に述べた。ベトナム人は戦争に虐殺は付きものだという感覚を持っている。

またライダイハンの問題も、軍隊は若者で構成されるから軍隊が進駐してくればそのようなことは必ず起きる。悲劇であるが、それに対していちいち補償を要求すべきものでもないと考えているようだ。実際、ベトナム政府は韓国政府に謝罪も賠償も求めていない。

あるベトナム人と話していた時に、日本と韓国の間の慰安婦問題が話題になったが、彼は、韓国人がベトナム戦争中に自分たちが行ったことを棚に上げて日本を攻撃していることに驚いていた。

このようにベトナム人は韓国人をよく思ってはいない。しかし、サムスンが巨額の投資を行い、ハノイの北に工場を造ってくれたことには感謝している。その感謝は庶民よりも政府関係者の間で強いようだ。それはサムスンの工場で作られる携帯電話を輸出したことによって、貿易収支が黒字化したからだ。

■民間投資の少ない日本が「終わった国」扱いされ始めた

それまでもベトナムは縫製業や靴製造などが有名であり、それらの輸出によって外貨を稼いでいた。だが、それらが稼ぐ外貨はそれほど多くなかった。ベトナムの経常収支は赤字傾向が続いていた。それはドン安を招くので、ベトナム政府はインフレ抑制の観点からその対応に苦慮していた。しかし、サムスンの工場ができると経常収支が黒字になり、政策の幅が広がった。その意味でベトナム政府は韓国に感謝している。

川島博之『日本人の知らないベトナムの真実』(扶桑社新書)
川島博之『日本人の知らないベトナムの真実』(扶桑社新書)

ベトナム人は韓国人を嫌い、日本人に好意を寄せている。そんなベトナム人だが、近年、投資額において韓国に遥かに及ばない日本を小馬鹿にする向きがある。「日本は終わった国だ」などと陰口を叩く。ある国から尊敬を受け続けるには、その国から経済面で感謝され続けなければならない。これは国際関係における永遠の真理である。親日国かどうかなど、あまり意味がない。

1人当たりのGDPが4000ドルを超えており、ベトナムはもはやJICAの時代ではない。日本の企業は「官」を頼りすぎる嫌いがある。JICAのプロジェクトについて行けば確実に儲かる。安心だ。そんな気持ちでベトナムに来ていたために、JICAの時代でなくなると投資も減ってしまった。

現在、ベトナムはJICAではなく民間の投資を待っている。そしてベトナムにおける日本のライバルは韓国である。この二つのことを忘れてはならない。

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川島 博之(かわしま・ひろゆき)
ベトナム・ビングループ主席経済顧問
1953年生まれ。1983年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得退学。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授を経て現職。Martial Research &Management Co. Ltd., Chief Economic Advisor。工学博士。専門は開発経済学。著書に『中国、朝鮮、ベトナム、日本 極東アジアの地政学』(育鵬社)、『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』『習近平のデジタル文化大革命』(いずれも講談社+α新書)、『「食糧危機」をあおってはいけない』(文藝春秋)、『「作りすぎ」が日本の農業をダメにする』(日本経済新聞出版社)など多数。

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(ベトナム・ビングループ主席経済顧問 川島 博之)

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