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中国の「巨大タワマン団地」なら爆走できる…中国発の「電動スーツケース」が日本の道路に次々と押し寄せるワケ

プレジデントオンライン / 2024年7月3日 17時15分

中国で一番人気のブランド「Airwheel」の電動スーツケース(同社HPより)

人が乗って移動できる「電動スーツケース」を大阪市内の歩道で無免許で使用したとして、中国人留学生が道路交通法違反の疑いで書類送検された。中国ITライターの山谷剛史さんは「中国国内で売れなくなった商品が日本向けに販売されるようになってきた。『電動スーツケース』はその典型例で、今後も同じような問題が繰り返し起きるだろう」という――。

■初めて摘発された「電動スーツケース」

大阪市内の公道を走る電動スーツケースに乗って走行したとして、中国籍の30代女性が道路交通法違反の疑いで書類送検された。電動スーツケースは最高時速13kmで走ることから、原付バイクに相当するとし、無免許運転で摘発したという。

走る電動スーツケースは2014年にModobag社(本社米国シカゴ)がクラウドファンディングで披露したのが初めてで、その後中国でAirwheel社をはじめさまざまなメーカーから格安でリリースされるようになった。中国のECサイトで走るスーツケースに相当する「電動行李箱」と検索すると、円安の現在においても、4万円台程度で購入できることがわかる。

ECサイトでは「お出かけに必須グッズ」アピールされている〔中国SNS「微博」(Weibo)より〕
ECサイトでは「お出かけに必須グッズ」とアピールされている〔中国SNS「微博」(Weibo)より〕

100kg以上の荷重に耐えるため大人が乗っても大丈夫で、内部にはスーツケースと呼ぶにふさわしい空間が用意されている。乗って走るだけでなく、付属するリモコンで歩行者を追跡するように走行させることもできる。またUSBコネクタが用意され、内蔵するバッテリーの電力をスマートフォンの充電に使うことも可能だ。

中国だけでなく日本も含む海外でも売られていて、海外旅行で利用する人も徐々に出てきており、日本の空港ではそれにまたがって移動する旅行者を見かけることも珍しくない。

■中国でも公道では走ることはできない

この事件は中国でも多くのメディアが報じたが、報道に対する読者のコメントは冷静だ。中国のネット世論については高度な誘導があり、ネット利用者として見た結果は「中国でも走ったらいけないんだから日本でも走ってはいけない」「日本が行きやすい国になって昔と違って変な人も行くようになった」といったコメントが上位に出てきている。

そう、中国でも公道で走ってはいけないし、地下鉄への持ち込みも禁止されているのだ。SNS上では、地下鉄駅のX線による持ち物検査で引っかかる動画が確認できる。

中国国家旅遊局の「文明旅遊出行指南」には、中国人が海外旅行で守るべきモラルとして、「礼儀正しく良い言葉遣いをする」「ゴミをポイ捨てしない」といったものに加え、「交通ルールを守る」とある。

具体的に走る電動スーツケースに乗っていいかは書かれていないが、自国の公道で走行ができないのだから、海外でもダメと考えるのが自然なわけで、今回書類送検された中国人留学生の女性は「旅の恥は掻き捨て」なのか浮ついてしまった可能性がある。

日本で走れず中国でも公道では走れない――。そんなものをなぜ中国人は買おうとするのか。

それは、中国国内には電動スーツケースが活躍する場所が意外と多いからなのだ。

■日本では考えられない超巨大モールが中国にはある

中国の都市には、日本最大のイオンモール「越谷レイクタウン」クラスの巨大市場や住宅団地が多数ある。その中は公道ではないので走ることができるのだ。

筆者自身が走るスーツケースを見たことがある場所は、空港や団地内の敷地、それに全部の店を見るのに数日はかかるであろう屋内型の卸売市場だ。

まず自走するとはいえスーツケースなのだから空港で使えないと本末転倒で、中国だけでなく日本の空港でも歩くのが億劫(おっくう)そうな子供や若い女性がよく乗っている。中国の空港や鉄道駅は広い。周囲の利用者が少なければ十分走れるほどのスペースもある。

中国の空港ではスタッフや警備員もパーソナルトランスポーターを使用している
筆者撮影
中国の空港ではスタッフや警備員もパーソナルトランスポーターを使用している - 筆者撮影

中国の卸売市場は前述した通り、まともに歩いていては日が暮れるほど大きい。商品を運ぶ業者は素早い移動が必要となるのはもちろんのこと、観光などの物見遊山や買い物客ですら素早い移動手段があると嬉しいもの。そこで一部の人々は電動スーツケースや一輪車型の「電動独輪車」、スケボー型の「電動平衡車」と呼ばれるパーソナルトランスポーター、果ては電動自転車やシェアサイクルを利用し敷地内を高速移動する。

巨大卸売市場を自転車が走り抜ける
筆者撮影
巨大卸売市場を自転車が走り抜ける - 筆者撮影
中国の卸売市場にて。遊んでいるわけではなく真面目に移動に使っているのだ
筆者撮影
中国の卸売市場にて。遊んでいるわけではなく真面目に移動に使っているのだ - 筆者撮影

卸売市場というと魚市場や青果市場のような地続きの建物を想像する人もいるだろうが、中国では複数階に販売フロアがあるのが一般的で、2階以上のフロアだろうと乗り物が通路を爆走する。

■ショッピングモールや団地の私道を爆走

ぎっしりと商品が詰まった店が延々と並ぶ通路をこうした乗り物に乗った業者が荷物を載せた台車とともに高速移動するのだから、想像の範疇を超えていてカオスが過ぎる。筆者はぶつかったことはないが、衝突してもおかしくないくらいに狭い通路を高速移動するし、建物の十字路内も止まらず走り抜ける。日本の感覚ではかなり危険な走行といってよく、建物内で交通事故があってもおかしくはない。

中国には各都市に巨大なタワマン団地が無数にあり、団地内の私道で電動スーツケースに乗って走る人もいる。かくいう筆者もパーソナルトランスポーターを購入し、タワマンの敷地内の道路で住民不在時に思う存分練習したことがある。筆者自身運動神経はよくはないがすぐに思い通りに楽しく乗れるようになった。

中国は変わった乗り物で遊べる私道が充実している
筆者撮影
中国は変わった乗り物で遊べる私道が充実している - 筆者撮影

塀に囲まれたタワマンが林立する団地内の内周をぐるりとまわると、1周に10分以上かかることは珍しくない。多数の私道が入り組んでいるので、道によっては住民があまり歩いておらず、新しく珍妙な乗り物や移動物体を思う存分楽しむことができよう。

■日本では使い道が極端に限られる

このようなガジェットは日本では十分に使えるのだろうか。某家電量販店旗艦店のスーツケースコーナーを見てみると、無数のスーツケースが飾られる中、ひっそりとガラスのショーケースの中で展示されている電動スーツケースがあった。乗ることもできるし追尾機能もある製品だ。

店員に聞いてみると、やはり「公道では利用できないので注意が必要です」と説明された。加えて「バッテリーが入っているため、行き先で載せられるのかまずは航空会社に尋ねたほうがいいですね」という。便利な代わりの代償もある。

さらにこう説明された。

「例えばイベント会場で許可を取っていれば、そうした会場で動かすことはできます。しかし許可を取ったとしても、人にぶつかるリスクはどうしてもありますね」

日本で使うには場所を選ぶという認識のようだ。披露できれば注目が集まる製品だが、使用には許可がいるなどクセのある製品であるのは間違いない。

■使用環境を考慮しないまま海外展開

このようにどうにも使える場所が限られていそうな「走るハイテクスーツケース」だが、それでも中国企業はどうして日本で売ろうとするのか。

電動スーツケースで公道を走って警察に止められる事例は上海でも〔中国SNS「微博」(Weibo)より〕
電動スーツケースで公道を走って警察に止められる事例は上海でも〔中国SNS「微博」(Weibo)より〕

近年スマートフォンにとどまらず中国企業発のさまざまなハイテク製品が日本向けに売られている。加えて中国人が日本で興したハイテクベンチャー企業もある。というのも中国ではハイテク製品が売れなくなってきているのだ。

スマートフォンにしても性能が既に十分なので買い替える頻度は低くなり、シャオミをはじめとしたスマートフォンメーカーがより売り上げを伸ばそうと高価格なスマートフォンを出しても消費者は買い替えなくなっている。あまつさえ景気も悪いという記事をさまざまな媒体で見るようになり、若者が消費を抑える傾向にある。

ハイテク製品を作る企業は、高価で高性能な製品を売ろうとするが、中国市場でだけ売って儲けるのは難しいと感じてきている。そこで日本を含む海外に活路を見いだしている。

先に中国でニーズがあり中国向けに売った商品を、さらに海外でも売ろうとするわけだ。ところが中国の環境と日本の環境が全く違うため、中国企業が売りにしようとするシチュエーションがまるで使えないケースがある。今回の電動スーツケースはまさにその典型例といえる。

■「使い方の違い」を考慮せずにとりあえず売る

中国で売り出されたガジェットが日本ではフィットしないケースはほかにもある。例えば中国で野外キャンプが人気となるや、大容量バッテリーやプロジェクターを持っていって大自然の中で動画を見たり音楽を流したりしはじめた。そのためキャンプというのは、いろいろ電気製品を持っていって賑やかに楽しむのが中国式スタイルとなっている。

他方日本のキャンプはというと、タレントのヒロシがほそぼそと焚火を焚いてキャンプ飯を作るような、大自然で静かに寝泊まりするスタイルで、中国のようにうるさくしようものなら、周りの利用者に迷惑がかかる。

こうした使い方の違いを考慮せずに、中国企業は商品を世界展開する。

中国を訪れた外国人が巨大マーケットで電動スーツケースに乗って満足したという動画〔中国SNS「微博」(Weibo)より〕
中国を訪れた外国人が巨大マーケットで電動スーツケースに乗って満足したという動画〔中国SNS「微博」(Weibo)より〕

野外活動用バッテリーについては、日本人に使用してもらうシチュエーションとして、例えばどこかの空き家を数日借りて電気を通さずにバッテリーだけで暮らすとか、災害時の非常用電源として保持しておくというソリューションが提案されている。

一方電動スーツケースは、前述したような超巨大なショッピングモールがほとんどなく、歩道も狭い日本で使おうとすると他人に迷惑がかかるため、使えるシチュエーションは限られてしまう。

■「使い道のない商品のお騒がせ事件」は今後も起こる

今回の電動スーツケースのような、面白いけれども利用環境や習慣が違うために中国で使えても日本では使いどころが難しい製品が、今後も日本にやってくるだろう。円安による訪日のしやすさが転じて、中国初のさまざまなハイテク製品を抱えた中国人が日本を訪れるようになり、今回のような新製品に関するお騒がせニュースが発生し話題になるかもしれない。

中国のデジタル製品をウォッチしている筆者でも、今後何が中国で出てきてはやりだすのか想像できないが、妙な製品が流行るようなことがあれば情報発信していきたい。

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山谷 剛史(やまや・たけし)
中国ITライター
1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒。システムエンジニアを経て、中国やアジアを専門とするITライターとなる。現地の消費者に近い目線でのレポートを得意とし、バックパッカー並の予算でアジア各国を飛び回る日々を送っている。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本』(星海社新書)、『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)、共著に『中国S級B級論―発展途上と最先端が混在する国』(さくら舎)などがある。

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(中国ITライター 山谷 剛史)

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