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親が死に、還暦のひきこもりがゴミ屋敷で孤独死…8050問題の次に訪れる「在宅ホームレス」問題

プレジデントオンライン / 2024年7月6日 7時15分

斎藤環氏。 - 撮影=大沢尚芳

80代の親が50代の子どもの生活を支える「8050」が社会問題となって久しいが、精神科医の斎藤環氏は、親が死ぬと高齢の子どもが残され、「在宅ホームレス」が増えると指摘する。30年以上ひきこもり状態の人たちに向き合ってきた斎藤環氏と、数多くの孤独死現場を取材してきた作家の菅野久美子氏が、ひきこもり問題の現状とこれからについて語り合う――。

■日本でひきこもりが多いワケ

【斎藤】日本には、推計で146万人もの「ひきこもり」がいるといわれています。これは政府統計ですから“控えめ”な数字で、実際には200万人以上いるはずです。

そもそもなぜ日本でひきこもりが多いかというと、成人した子どもと同居し続ける親が多いからです。そのような国は、世界中を見渡しても日本と韓国、イタリアぐらい。ほかの国では、子どもは成人したら家から出て行くのが一般的です。アメリカで若いホームレスが非常に多いのは、そうした背景があります。

一方、日本のホームレスは1万人以下と、世界的に見れば異常といえるほどの少なさです。ひきこもりの多さは、同居率の高さと相関していると思います。

日本では、親がひきこもりなどの問題を抱える子どもを抱え込んでしまうケースがよくありました。しかし、最近は、こうした子どもの面倒を親が最後まで見るという発想が希薄になってきていますので、これからは日本でもホームレスが増えていくでしょう。

■「8050問題」と孤独死

【菅野】私はこれまで孤独死に関する取材をたくさんしてきましたが、日本における孤独死の問題は「8050」(80代の親が50代の子どもの生活を支える問題)とつながっていると感じています。

孤独死の現場では、現役世代で亡くなっているケースにもよく遭遇するんです。父親が亡くなり、母親が入院した直後に孤立した女性が、熱中症で命を落としたケースもありました。彼女が最後に書き置きしたメモを行政関係者が見つけたのですが、これからどうやって生きていったらいいのか、という内容だったんです。彼女の孤独と困惑が伝わってきて苦しくなりました。

あと一人暮らしでも、社会との関わりを閉ざして、ギリギリで生活していたと感じられるケースもとても多いです。窓という窓に目張りをしたり、シャッターが下りっぱなしになっていて、部屋はごみ屋敷化している。夏は灼熱(しゃくねつ)地獄で、エアコンもつけられずに衰弱して孤独死してしまうケースも珍しくありません。

ひきこもりの最後はホームレスになるのか、それとも孤独死してしまうのか――。斎藤先生は、この点をどのようにお考えでしょうか。

【斎藤】「8050問題」には、次のフェーズがあります。それは「9060」ではなく、ただの「60」です。つまり、親が亡くなり、還暦の子どもが残されるというかたちです。

そこで奮起して働き口を探し始める人もいるかもしれませんが、それはごく一部でしょう。それ以外の人たちを待っているのは孤独死です。

たとえ遺産を残していても、公共料金の手続きも困難なひきこもり当事者も多いので、ガスも電気も止められて、家があってもホームレスのような生活しているということが起こりうるわけです。私はこの状態を「在宅ホームレス」と呼んでいます。

■在宅ホームレスはセルフネグレクトの極み

【菅野】私も中学時代にいじめに遭い、2年間のひきこもりの経験がありますが、あのままずっとひきこもっていたら、その道をたどっていたと思います。

私の場合、高校で知り合いがまったくいない学校に進学したり、他にもいろいろな要素が相まって引きこもりから脱することができました。ただ今思うと、本当にただの偶然に過ぎないわけですからね。だからこそ、孤独死も「在宅ホームレス」も、絶対に他人ごとじゃないなと思うんです。

【斎藤】在宅ホームレスは、セルフネグレクトの極みですからね。家がどんどんゴミ屋敷になっていきますし、長くひきこもっているからか体が弱い人も多いんです。

かつて私は、ひきこもりはホームレスのような過酷な環境にいないので長生きするだろうと考えていたのですが、そうではないことが最近わかってきました。「訪ねてみたら死んでいた」というケースも時々あるんです。自殺ではなく、「衰弱死」や「突然死」です。

ひきこもりはあらゆる世代に存在しますので、そうした死に方はこれから増えていくでしょう。

■介護虐待・介護殺人が増える懸念

【斎藤】高齢のひきこもりが親亡き後に孤独な生活を過ごすようになると、孤独死のリスクは一気に上がります。そのリスクを避けるために私が勧めているのは、生前のライフプランです。親が元気なうちに、資産をどのように運用するか、どの段階で福祉サービスを利用するかなどを決めておくのです。

ところが、この提案を親がなかなか受け入れてくれません。「自分の子どもはまだ働けるはずなのに、働けない前提でライフプランを考えるなんて縁起でもない」と考えて、なかなか踏み切れない人が少なくないのです。

【菅野】まさに「縁起でもない」という言葉は、終活の場面でもよく聞きますね。「死んだ後のことを考えたくない」という人がとても多いんですよ。やはりそこにも、親が子どもを抱え込んでいた“副作用”のようなものがあるのかもしれません。

【斎藤】今後増えていくことが懸念されるのが、介護虐待や介護殺人です。2021年に福岡で、60歳のひきこもり男性が80代の両親を殺害して冷蔵庫に遺棄するという事件がありました。

35年間ひきこもって親のケアを受けてきた還暦男性が、高齢の母親をなんとか介護していた。そんな中、今度は父親が急に認知症を発症してしまった。もう絶望するしかないですよね。「これ以上はやっていけない」。そう覚悟して、両親を次々に殺害してしまった。

この事件は、私も含め、同じ状況に置かれた人は一定の確率で起こしてしまうような、ある種の“構造的”な事件でした。こうした事件は、これから増えていくことが予想されます。孤独死よりも悲惨な結末といえるでしょう。

服などが乱雑に積み上げられた部屋
写真=iStock.com/Yusuke Ide
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke Ide

■中高年のひきこもりの男女比が逆転

【菅野】ひきこもりの割合は、何となく男性のほうが多いイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか。私自身、ひきこもりだったときは、「女性のひきこもり」として、周囲から珍しがられていた記憶があります。

【斎藤】じつは、そうではないことがわかってきています。従来のひきこもり調査では、これまで男性が7割程度を占めていたのですが、最近の内閣府の調査では、シニア層で男女比が逆転したんです。40~64歳でひきこもり状態にある人のうち、女性が52.3%と過半数を占めていた。

考えてみると、これは当然のことです。女性は若い頃にひきこもっていても、家事手伝いや専業主婦という名目に隠れてひきこもりとしては扱われず、統計にも載ってこなかった。ところが、40歳を過ぎてくるとさすがに問題視する人が増え、女性のひきこもりの存在が露呈してきたということでしょう。

【菅野】水面下には女性のひきこもりもたくさんいて、最近ようやくそれがあらわになったということですね。ひきこもりは女性と男性、どちらが深刻化しやすいのでしょうか。

【斎藤】女性の場合は、結婚などの異性関係を契機に抜け出せる可能性が高いといえるでしょう。たとえば、女性は働いていなくても結婚の機会はありますが、男性は仕事をしていなかったら相手にされないことが多いです。

■支援を受けずに餓死してしまう高齢ひきこもり男性

【菅野】私の体感だと孤独死するのも、圧倒的に男性が多いですね。しかも、男性のほうが長期間発見されにくいんです。往々にして、それは生前の孤立を表しているのだと思うのですが、セルフネグレクトがより深刻な状況になっている。

【斎藤】ひきこもっている状況は同じでも、女性は男性よりも支援を受け入れやすいと思います。ひきこもりでいちばん難しいのは、支援者が訪ねていってもひきこもりの高齢男性がドアを開けてくれないというケースです。これでは、支援どころか関わることすら難しい。

【菅野】斎藤先生がおっしゃる通り、難しいみたいですね。ひきこもりの女性に行政の支援者が食べ物を持っていくとドアを開けてくれたケースも聞きますが、男性の場合はそう簡単にはいきません。支援を受けずに、そのまま餓死してしまうようなケースもあるようです。

私が感じるのは、男女にかかわらず、親がけっこうな額の資産を溜め込んでいるイメージがあります。残される子どものために、必死に貯金したんでしょう。数千万円見つかったケースもある。

だけど残念ながら、子どもがそれを使っていないケースも多いんです。社会から孤立し、誰にも頼れずに若くして、孤独死したりしてしまうからです。

私は、本人の最期の苦しみが伝わってくる痕跡を孤独死の取材で多く見てきました。親が亡くなって、一人残された本人の気持ちを思うと、本当につらいです。私もそうなっていたかもしれないと感じるんですよね。

菅野久美子氏。
撮影=大沢尚芳
菅野久美子氏。 - 撮影=大沢尚芳

■男性の自殺率は女性の2〜3倍

【斎藤】ケアがどのような効果を自分に与えてくれるかを、男性はなかなか想像できないのでしょう。

この背景には、男性の援助希求行動がいさぎよくないという価値観や規範がいまだに強いということもあると思います。ケアされるということは「弱みを見せること」ですから、男性が自ら「助けてくれ」とは言いづらいんです。

【斎藤】独身男性は平均寿命が短いという統計もあります。男性をケアする必要があるのは明らかですが、男性にとってのケアの重要性について声を上げる人はまだ多くはありません。

【菅野】そうですね。孤独や孤立の問題を見ていると、男性の孤独死現場では、長期間のひきこもりもありますが、仕事を失ったり離婚などをきっかけにして、一気に孤独感が深まり、セルフネグレクトから、孤独死というパターンも多いんです。

だから、男性のケアはとても大事だと思います。

【斎藤】どんな国でも男性の自殺率は女性の2〜3倍、ロシアにいたっては9倍も高い。この原因を明確に説明するのは難しいですが、一つ言えるのは、女性のほうがいろいろな意味で「つながり」が多いということです。助けを求めることへのためらいが少ないので、早い段階で援助を受け入れられる。

一方、男性は最後まで抱え込んで、自殺や殺人というかたちで暴発してしまうんです。

■男性はなぜ、ケアを受け入れられないのか

【菅野】母親をケアするケースでも、男性のほうが抱え込みやすい傾向はあるのでしょうか。私の周りでも母を介護している男性の友人がいるのですが、大変なこととか、そもそも介護の内情を話したがらないんですよね。弱みを見せられないというか、困っていても一人で抱えがちな気がします。

菅野久美子『母を捨てる』(プレジデント社)
菅野久美子『母を捨てる』(プレジデント社)

【斎藤】ケアをしたくない人はさっさと他人に任せてしまったり、施設に入れてしまったりするでしょうし、ケアしたい人は他人の力をいっさい借りずに自分でやろうとして、いずれ潰れてしまうでしょう。男性の場合は、そういう両極端なことが起こりやすいと思います。

支援を受けられる介護保険制度もありますし、菅野さんが携わってらっしゃるような家族代行サービスもあるわけですから、そうした社会的なリソースをできる限り活用して負担を軽くするべきだと思います。

男性の中には、そもそも自分の弱さをさらして助けてもらうということに抵抗があるか、もしくは考えもしないという人が少なくありません。まずはそうした選択肢があることを発想に入れていただくことが重要ではないでしょうか。

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斎藤 環(さいとう・たまき)
筑波大学教授
1961年、岩手県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了。爽風会佐々木病院等を経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」の治療・支援ならびに啓蒙活動。著書に『社会的ひきこもり』、『中高年ひきこもり』、『世界が土曜の夜の夢なら』(角川財団学芸賞)、『オープンダイアローグとは何か』、『「社会的うつ病」の治し方』、『心を病んだらいけないの?』(與那覇潤との共著・小林秀雄賞)など多数。

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菅野 久美子(かんの・くみこ)
ノンフィクション作家
1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経てフリーライターに。著書に、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)などがある。また、東洋経済オンラインや現代ビジネスなどのweb媒体で、生きづらさや男女の性に関する記事を多数執筆している。

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(筑波大学教授 斎藤 環、ノンフィクション作家 菅野 久美子 構成=岩佐陸生)

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