職場で機嫌が悪い人は「大人のぬいぐるみを着た赤ちゃん」である…自分で自分の機嫌を取るために必要なこと
プレジデントオンライン / 2024年7月10日 9時15分
※本稿は、辻秀一『「機嫌がいい」というのは最強のビジネススキル』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■“disease”=心が穏やかでないこと
「病は気から」という言葉をご存じだろうか? さまざまな病気は、人間の気、すなわち気持ちや気分からきているのだという長年にわたる経験から明らかにされている事実がある。
英語では病気のことを「disease」というが、この言葉は「dis」と「ease」の組み合わせ。つまりは、「ease」ではないと病気だという意味だ。「ease」とは、おだやかな心の状態のことで、すなわち「機嫌がいい」こと。海外でも、人類はこの仕組みを経験にもとづき知っていて、言葉にまでしているということになる。
みなさんは「機嫌がいい」状態ではなく、心に揺らぎや囚われのストレスがあり機嫌が悪いとどうなるだろうか? ストレスを感じるとドキドキして動悸がしたり、冷や汗が出たり、呼吸が浅くなって息苦しくなったり、夜眠れなかったり、肩が凝ったり、胃腸の調子が悪くなったり、血圧が上がったりした経験はないだろうか?
■機嫌が良くない状態が続くと身体はダメージを受ける
もしなかったとしても、想像してみてほしい。もし、あなたが映画監督、あるいは漫画家だとして、主人公が機嫌悪く、ものすごいストレスを感じているときに、主人公をどのように表現するだろうか? おそらくさきほどのような症状をもって表現するのではないだろうか。どうして、そのような身体症状を想像するのかというと、ストレス状態は人間の自律神経を揺さぶるということを自分の経験上だれもが知っているからなのだ。
「機嫌がいい」状態でなくなると、人はストレスホルモンが分泌されて自律神経の交感神経が強く反応し、自らの生命を維持しようとしてさまざまな症状を惹起するのだ。すなわち、それは生きているという証拠でもある。医学ではこれを「恒常性」と呼んでいる。外界からの刺激に対して、自分自身の命を保つためにこうして反応するのだ。
しかし、その状態が長く続くと、人の身体にはしだいにダメージを与えていくことになる。だからこそ、強いストレスを感じたら、その後には「機嫌がいい」リラックスな状態がやってこないと、さまざまな病気になってしまうのだ。
常に「機嫌がいい」状態にいるのは難しいが、この自律神経が過剰に刺激されて身体にダメージを受けるストレス状態ばかりが続くことはやはり避けたい。
■外的な「ストレッサー」のすべてが悪なのではない
さて、わたしたちが「ストレス」という言葉を使うとき、外的な「ストレッサー」と感じている心のストレス状態を混同してしまっていることが多い。先述した身体反応は心の状態に揺らぎや囚われのストレス状態を感じると、さまざまなホルモンを介して自律神経が過剰反応をするのだ。
ただし、外的なストレッサーがすべて悪なのではない。ストレッサーは人間にとっての刺激であって、それが成長につながったり、強くしなやかになるために重要だったりする。
無菌室にいると、人は免疫力を獲得できずに余計に弱くなる。たとえば、それは子どもにとっては勉強、アスリートにとっては練習、ビジネスパーソンにとっては仕事だったりする。
それらのストレッサーがなければ、知識や知能は向上しないだろうし、技術や体力もアップしない。仕事のストレッサーがなければ生活もできないし、人間的成長も得られないだろう。
もちろん、理不尽な外的ストレッサーはよくないし、できれば避けたいし、それはないほうがいい。しかし、外的なストレッサーと心のストレス状態はパーフェクトイコールではない。身体的なダメージは外的なストレッサーの存在ではなく、「機嫌がいい」を失った心のストレス状態によるものだと知っていることが重要だ。
どうやって自分の機嫌を自分でとり、少しでも心のストレス状態をなくしていって、身体のダメージを回避できるかも、ビジネスパーソンが長く健康でいい仕事をするためには極めて大事だということがおわかりだろう。
■「機嫌がいい」がないと癌のリスクが高くなる
人間がいまだに克服できない大きな病気は主に4つある。1つは「癌」、2つは「動脈硬化」、3つめは「感染症」、そして最後は「認知症」、この言葉を使っていいのかわからないがいわゆるボケだ。心のストレス状態は、これら4つすべてに悪く働いてしまうことがわかっている。
![家で落ち込んでいる孤独な女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/b/1200wm/img_1bd4356dbbc14296f25c418120cfca92245571.jpg)
定量化できない心のストレス状態と病気の発症を明確に関連づけて証明するのは簡単なことではないのだが、機嫌の悪いストレス状態はたとえば癌の免疫を司っているNK細胞の活性を低下させるといわれている。機嫌が悪くなればその瞬間に癌になるわけではないが、「機嫌がいい」がない人ほど長期的には癌のリスクが高くなるということだ。
また、いつもストレスを感じていると血管の内皮細胞の劣化が起こりやすいとの研究もある。それは何を意味するのかといえば、血管の内側の細胞を硬化させて動脈硬化を引き起こすことになる。それは心筋梗塞や脳梗塞につながるのだ。昨今、若年でも脳梗塞や心筋梗塞が生じるようになったのは年齢による動脈硬化だけでなく、さまざまなストレスが若い人にも襲いかかっているのではないかと推察される。
今でも人類は感染症に苦しんでいて、コロナウイルスに世界中が苦しんだことも記憶に新しい。この瞬間も、人とウイルス、人と細菌の戦いは続いている。そんな感染に負けないための人間の仕組みが「免疫」といわれるシステムだ。ストレス状態は、この免疫のシステムを弱体化させることも知られている。免疫にとっても不機嫌はあなどれないということだ。
■ストレスホルモンは筋肉を減らして脂肪を増やす
そして、認知症。認知症の原因は、脳科学者によってさまざまな研究の末に明らかになってきている。いろいろな原因があるにせよ、機嫌の悪い状態は脳の機能を明らかに低下させる。たとえば、ストレスを感じているときには、判断や決断がしにくくなるだろう。また、理解力や記憶力も不機嫌なときは悪くなる。
ほかにも、創造性や想像性も「機嫌がいい」状態でなければ低下するという経験はないだろうか? 心の状態が脳のとくに認知機能に影響しているということは間違いない。認知症との関係を断言するのは時期尚早かもしれないが、いずれその関係も解明されるだろうと期待している。
ストレス状態は、それだけでほかにも身体の中に変化を生み出す。ストレスホルモンは筋肉を減らして脂肪を増やしていく。それは体重が増える「表肥満」や体重は増えずに体脂肪率が高くなる「隠れ肥満」、両方を惹起することになる。その身体変化は「インスリン抵抗性」といって、さまざまな身体の老化を進めていく。メタボリックシンドロームへと導いていくことにもなる。いわゆる生活習慣病の主たる原因の1つが機嫌の悪い状態、つまりはストレスを感じていることによるものなのだ。
もちろん、身体的なダメージだけでなく、自律神経の乱れやうつ病などの精神疾患についても「機嫌がいい」を失っている状態が長く続いたことが直接の引き金になっているのは間違いのない事実なのだ。「病は気から」を肝に銘じて、人生と人生のおよそ3分の1を占める仕事を少しでも「機嫌がいい」状態で遂行しようではないか。
■機嫌の悪さがコミュニケーションの質を低下させる
機嫌が悪いと、明らかに人間関係の質は低下する。
自分自身のことを考えてみよう。「機嫌がいい」をなくしているときに、まず人と話したくなくなり、人の話を素直に聴けなくなる。そんな経験をみなさんもしたことはないだろうか?
つまりは、自身の機嫌の悪さは会話や対話やコミュニケーションの質を自ら低下させているということになるのだ。人間関係の基礎はこの対話やコミュニケーションで成り立っているので、不機嫌はそこに大きな問題を生じさせる。
また、機嫌が悪いと、他者に対するやさしさが減ることはないだろうか? ときには意地悪にすらなる。機嫌が悪いことで、人はいざこざを生み出し、ケンカをも平気でするのだ。
■不機嫌な人が1人いると場に不機嫌が感染していく
動物は生命維持のためにだけ争いごとをするが、人間だけが機嫌の悪さで争いごとを平気で起こす生き物なのだ。だからこそ、良質な人間関係の根本に、自分の「機嫌がいい」が存在しているのだということを肝に銘じよう。
何人かで一緒にいるとき、何人かでミーティングをしているとき、何人かでともに仕事をしているとき、だれか1人でも機嫌の悪い人がいると、みなその人の不機嫌が気になるのではないだろうか?
そして、その不機嫌さは、しだいにほかの人にも影響を与えて不機嫌な関係が蔓延していく。不機嫌の感染力はかなりのものだ。ミカン箱に1つの腐ったミカンがあると、やがて箱の中のミカンは全部腐っていく。不機嫌の悪影響も同様だ。
裏を返せば、1人ひとりが「機嫌がいい」を守っていくことが良好で良質な人間関係を生み出していくということだ。良質な人間関係はビジネスでももちろん、人生でも絶対に重要な要素になる。なぜなら、スポーツだけでなく、生活のすべては1人だけでは成せないからだ。どんな営みにも、必ず人間関係が存在しているのだ。
■赤ちゃんは自分で自分の機嫌を取れない
人は他者の機嫌が気になるものだ。会社では、部下は上司の機嫌をとても気にしている。
上司の機嫌を忖度して仕事をしている人も少なくないだろう。「今日は部長の機嫌が悪そうだ。部長の機嫌がいいときを見計らって相談しよう」と。しかし、それによる労働損失は計りしれないのだ。
逆に、不機嫌で人を動かしている人もいる。それでは質の高い人間関係は生まれないので、強いチームの形成は不可能だといえる。不機嫌で人を動かしている人は明らかに未熟だといってもいい。
赤ちゃんは、自分で自分の機嫌をとれないから赤ちゃんなのだ。自分の機嫌の悪さをお母さんに泣いて知らせる。そして、お母さんにおむつを替えてもらうか、おっぱいをもらうまで機嫌が悪い。お母さんに機嫌をとってもらうしかない。
大人になっても自分の機嫌を自分でとれない大人は、大人のぬいぐるみを着た赤ちゃんといっても過言ではない。そんな大人が組織やチームの中にいると、どう見ても質の高い人間関係のチームにはなっていけないだろう。つまり、人間関係に信頼が生まれないのだ。
■人間関係において「信頼」を生み出す必須条件
だれかから信頼され、だれかを信頼するためには、「機嫌がいい」生き方、働き方をしていないと、その人間関係は生じないのだ。機嫌がよく、するべきパフォーマンスの質を担保している人を、人は信頼する。
「どんな人と無人島に行きたいか?」を自問してみよう。わたしは絶対に機嫌よく、そのときできることや、するべきことを行っている人と行きたい。するべきことをしていない人はまずもって信頼できないが、たとえ、するべきことをやっていたとしても、いつも機嫌が悪い人と2人きりで無人島には行きたくない。人間関係が苦しくなることが容易に想像できるからだ。
「機嫌がいい」は、人間関係において信頼を生み出す必須条件だということでもある。こういう原則がある。機嫌が悪くてもいい人はいるが、機嫌が悪い人といたい人はいない! と。
■「機嫌がいい」だけでうまくいくのか
パフォーマンスや健康、そして関係の質から「機嫌がいい」ことの重要性について述べてきたが、必ずこんな疑問を呈する人がいる。「『機嫌がいい』だけでビジネスはうまくいくのか?」との疑問である。
![辻秀一『「機嫌がいい」というのは最強のビジネススキル』(日本実業出版社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/4/1200wm/img_74e0edc128f6d1d567f8a0f95e53e619131024.jpg)
答えは「(それだけでは)うまくいかない」。ただ「機嫌がいい」だけで、するべきことをしていない状態は「偽ごきげん」とも呼んでいておすすめできない。「機嫌がいい」心の状態で、するべきことをするからこそパフォーマンスが上がるのだ。
「機嫌がいい」心の状態で「栄養」「休養」「運動」などのライフスタイルを送るので、真の健康が手に入る。そして、「機嫌がいい」状態でコミュニケーションし、対話し、組織の目的や目標、あるいは個々人の違いなどを高いレベルで共有していくからこそ、組織に高いレベルの「関係の質」が生まれ、ダニエル・キム氏が提唱する「組織の成功モデル」の「思考の質」や「行動の質」、そして「結果の質」につながっていくといえるのだ。
■心理的安全性も多様性も、個人の心の安定から始まる
最後に「関係の質」で、近年ビジネス界で話題になっているのが「心理的安全性」と「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」だ。さまざまな施策を各企業が試みているが、やはりダイバーシティ、インクルージョンともに組織内に仕組みやシステムをつくっても生み出せるものではなく、組織を構成する人財1人ひとりが自分の「機嫌がいい」状態に責任を持っていることが必要だ。
すなわち、個人のあり方として「機嫌がいい」を徹底することが、まずもって先決条件なのだ。揺らがず囚われずの心の状態が、人間関係に心理的安全性や多様性と包含をもたらしていることは間違いない。個々のマインドが揺らぎや囚われで不機嫌なうちは、これらの組織文化は生まれないのだ。
だからこそ、本書のタイトルでもある、『「機嫌がいい」というのは最強のビジネススキル』ということになるのである。「機嫌がいい」をセルフマネジメントできるスキルに自己投資し、そのようなスキルが育つような組織環境への投資がビジネス界でも今後広がっていくことを心から願っている。
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産業医
北海道大学医学部卒業。慶應義塾大学スポーツ医学研究センターでスポーツ医学を学ぶ。1999年、QOL向上のための活動実践の場として、エミネクロスを設立。応用スポーツ心理学をベースに、個人や組織の活動やパフォーマンスを最適・最大化する心の状態「Flow」を生み出すため、独自理論「辻メソッド」で非認知スキルのメンタルトレーニングを展開。著書に『スラムダンク勝利学』『ゾーンに入る技術』『禅脳思考』『自分を「ごきげん」にする方法』他多数。
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(産業医 辻 秀一)
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