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アジアで発明された活版印刷は、なぜ世界制覇できなかったのか…グーテンベルクが優れていた技術以外の要素

プレジデントオンライン / 2024年7月16日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aluxum

世界初の活版印刷を発明したのはグーテンベルクではない。それ以前に中国や朝鮮で発明されていたが、世界に広がることはなかった。この違いはどこにあるのか。『人類を変えた7つの発明史 火からAIまで技術革新と歩んだホモ・サピエンスの20万年』(KADOKAWA)より一部を紹介する――。(第1回)

※本稿は、Rootport『人類を変えた7つの発明史 火からAIまで技術革新と歩んだホモ・サピエンスの20万年』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■印刷という「産業」を発明する

じつを言えば、世界初の活版印刷を発明したのはグーテンベルクではありません。

ファイストスの円盤はすでに紹介した通りです。また、1040年代に中国・北宋で、粘土と膠(にかわ)で作られた「膠泥(こうでい)活字」が発明されました。さらに朝鮮では1230年に銅製の活字が発明されました。

これら東洋の活版印刷は、組版の上に紙を載せてこするという木版同様の印刷方法だったため、能率は悪かっただろうと推測されます。また、膠泥活字はその素材ゆえに強度に問題を抱えていました。朝鮮の銅製活字はもっぱら王室に独占され、民間での商用は許されませんでした。

グーテンベルクの偉大さがどこにあるかと言えば、やはり「印刷を事業として成り立たせたこと」に尽きると私は思います。これは①技術の改良と、②商売の仕組み作りという2つの側面に分けられます。

■15世紀の「枯れた技術の水平思考」

技術の面では、グーテンベルクは競合製品である「手書きの写本」に勝負を挑む必要がありました。これは単に、美しいフォントや、正確な植字・校正が必要だっただけではありません。

ヨーロッパの製紙業は11世紀のスペインに始まり、13~14世紀頃には北イタリアが重要な産地になりました。イタリア人たちは紙を改良し、ヨーロッパで普及している羽根ペンとインクに適した丈夫なものへと変えました。

このヨーロッパ式の紙を、グーテンベルクは攻略せねばなりませんでした。綺麗に紙に染み込むインクの改良と、紙をプレスする工程の発明が必要だったのです。プレスの圧力で可動活字が潰れないよう、合金の開発も必要でした。

金属製の活字は、ヨーロッパでは13世紀頃から写本の背表紙などに文字を打つ目的で作られていました。印刷物をプレスする機械は、ワイン用のブドウ圧搾機にヒントを得て設計されました。これらの逸話を聞くと、私は「枯れた技術の水平思考」という言葉を思い浮かべずにはいられません。

いずれにせよグーテンベルクはこれらの技術的課題を見事に乗り越え、手書きの写本に負けない――それどころか、既存の写本よりも美しい書籍の印刷に成功したのです。

■今では当たり前の「分業制」を先取り

商売の仕組み作りの面には、目を見張るものがあります。グーテンベルクは15世紀半ばという時代にあって、数百年後の資本主義を先取りするような方法を選んでいるのです。

たとえばグーテンベルクから約3世紀後に出版されたアダム・スミスの『国富論』(1776年)には、有名な「ピン工場の逸話」が登場します。

Rootport『人類を変えた7つの発明史 火からAIまで技術革新と歩んだホモ・サピエンスの20万年』(KADOKAWA)
Rootport『人類を変えた7つの発明史 火からAIまで技術革新と歩んだホモ・サピエンスの20万年』(KADOKAWA)

素人が1人でピンを作ろうとすれば、1日に1本も作れれば上出来でしょう。ところが18世紀の当時の工場では製造工程を分業することで、わずか10人の労働者で毎日4万8000本ものピンを製造できたというのです。針金を作る人、それをまっすぐに伸ばす人、適当な長さに切る人、一方の端を尖らせる人、その反対側の端を丸める人――。スミスは「分業」の重要性を説くために、この逸話を紹介しています。

言うまでもなく、グーテンベルクの印刷事業は「分業」が前提でした。

活字を彫る人、鋳造する人、植字をする人、印刷機を設計する人、組み立てる人、印刷機のオペレーター、原稿の編集者、校正担当者、さらには書籍を販売する行商人まで、たくさんの人が少しずつ分業しなければ成立しない商売だったのです。

■設備投資で生産スピードを爆上げ

グーテンベルクの印刷業は労働集約的ではなく、資本集約的な産業だったと言ってもいいでしょう。

手書きの写本でも、写字生と挿絵画家、装丁職人などの分業はあったはずです。が、ごく少人数で製品を生産することができました。反面、生産性は著しく低く、14世紀末の時点では、熟練した筆記者でも1日あたり4~6ページを仕上げるのがやっとでした。新たな文字である「筆記体」の発明というイノベーションを経た上でも、このスピードだったのです。

一方、印刷業では人間の労働者が行う仕事よりも、資本が――設備投資によって入手した機械装置が――行う仕事の割合が増します。結果、生産性は桁違いに上昇しました。

昔の印刷機で作業する人のイラスト
画像=iStock.com/Grafissimo
※画像はイメージです - 画像=iStock.com/Grafissimo

『四十二行聖書』の時点で、2人で操作する印刷機1台で1時間あたり8~16ページを刷り上げることができたと推測されています。1481年版のダンテの『神曲』の場合、1台の印刷機で1日に1000枚以上の印刷に成功したと伝えられています。

グーテンベルクは、資金を調達し、設備投資を行い、たくさんの従業員とともに製品を生産しました。イタリアなどで発展しつつあったマニュファクチュア(工場制手工業)を参考にしたと見られています。このような資本主義の萌芽とも呼べる商売の仕組みに、活版印刷というイノベーションを組み合わせたのです。

たしかにグーテンベルク以前にも活字を発明した人々はいましたが、それを商売として成り立たせたことは誰にもなしえなかった偉業でした。

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Rootport(ルートポート)
作家・漫画原作者
1985年、東京都生まれ。ブログ「デマこい!」を運営。2023年、商業作品としては世界初の全編AI作画の漫画『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)を出版。これにより、TIME誌「世界で最も影響力のある100人 AI業界編」に選出される。他の著書に『会計が動かす世界の歴史』(KADOKAWA)、『女騎士、経理になる。』(幻冬舎コミックス)、『ドランク・インベーダー』(講談社)など。

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(作家・漫画原作者 Rootport)

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