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「18歳まで医療費タダ」に厚労省が猛反発…泉房穂・前明石市長の「異次元の子育て支援」が受けた理不尽な仕打ち

プレジデントオンライン / 2024年7月11日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/erdikocak

前明石市長の泉房穂さんは、市長在任中に「18歳まで医療費無料化」などの独自の子育て支援策を実施してきた。どうやって政策を実現させてきたのか。泉さんの著書『さらば! 忖度社会 崖っぷちニッポン改造論』(宝島社)からお送りする――。

■「国と対等」だから徹底的にやり合う

私は、国と地方は完全に対等だと思っています。国とケンカをして負けたことがほとんどありません。なぜ負けないか。実際に対等だからです。

たとえば、2014年に地方創生交付金の制度がスタートした時のこと。当時の担当大臣は石破茂さんでしたが、石破さんは「熱意と創意工夫のある自治体を、国は全力で支える」とメディアで話していました。ところが実態は、総務省が「こうやって使ってくれ」と使い方の中身にまで口を出してきた。

たとえば、「商店街など地域振興のために、こういうところに配ってくれ」と指示してくる。私は、ひとり親家庭や障害を持っている人たちにも配りたいからと、社会保障のほうにも使うことにしたのですが、そこに赤字を入れてきて「従ってもらわなければ困る」と言ってきた。

「話が違うやないか。おまえんとこの大臣が、地方の創意工夫で好きに使え言うとるやないか!」と、こっちはケンカも辞さずで反論し、自分たちのやり方を貫きました。法律上は対等である以上、負けるはずはないとわかっていました。「そうやって強制する根拠を示せ」と言えば、示せない以上、国は折れるしかないのです。

■現場を知らない無茶苦茶な方針が出ることも

あるいは、根拠を示せないどころか、むしろ中央省庁の決定が完全な誤りということもあります。しかし、彼らは自分たちが間違っていたということはなかなか認めようとしません。そんな時は直談判で乗り込んでいくに限るのです。

ある時は、厚労省がひどい方針を出したことがありました。それは、2015年に実施された介護保険制度改定に関するもので、一定以上の所得のある高齢者の介護保険サービスの自己負担割合を引き上げるという方針から出てきたものでした。

もしも高齢者が自らの資産が1000万円以下であることを証明できたならばこれまでの1割負担を継続するが、それが証明できなければ、住民税非課税世帯であっても、負担割合を上げるという無茶苦茶なもの。

つまり、「収入はなくても、ある程度の資産がある高齢者は自分で負担してください」という趣旨のものでしたが、それに当たらない場合は、そのことを自ら証明すべきという方針を打ち出してきたのです。

■「担当は誰や。明日行くから待っとれよ」

ですが、認知症で施設に入っているような高齢者に、自らの資産が1000万円以下であることをどうやって証明しろというのでしょう。しかもその方針では「施設の職員は、勝手に入所者の資産状況を調査できない」と書かれていた。私は「アホちゃうか」とブチ切れました。

認知症で施設に入っていて、資産なんかもう500万円もなくて、死ぬまでにお金が足りるかな、というような状況の高齢者が、自力での資産内容の証明もできないし、職員も資産状況を調査できないから負担割合が上がってしまい、ちょっと知恵の回る高齢者は資産隠しをしたりして負担据え置きという、大いなる混乱と矛盾を引き起こすような内容だった。こんなのはおかしいじゃないかと厚労省に電話して、「担当は誰や。待っとれよ、明日行くからな」と言って翌日乗り込んだのです。

その時は、さすがにみんな勢揃いしていて「方針を見直します」とあっさり“間違い”を認めました。当たり前です。現場のことをあまりにも無視した制度設計だったのは明らかでした。

電話に叫ぶ男のシルエット
写真=iStock.com/nito100
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nito100

■「優秀な官僚が何でもやってくれる」は幻想

「優秀な官僚にお任せしておけば、よきに計らってくれるだろう」などと盲信せず、中央省庁の官僚の仕事は現場を無視したものが少なくないのだと思っておくといいでしょう。

中央省庁ならば人材が揃っていると思いきや、実はそうでもないのです。「賢くない」とは言いません。とにかく現場のことをわかっていない人が多すぎる。現場の実態がわからないまま机上の空論でやるから、実務に合わなくなっておかしなことになるのです。

そのうえ、実務的に合わなくなっているとわかっていながら、一旦決めたことは修正したがらないというのも役人の特徴です。それを、いかに軌道修正させていくか。そこに政治の出番があるのです。

■「中核市の明石市には権限がない」の一点張り

もう少し前向きな展開につながったエピソードもご紹介しましょう。

放課後の子どもの大事な「居場所」である学童保育。都市部では保育園のように定員オーバーになるところも多く、待機児童対策が必要なことは言うまでもありませんが、一方で、私は学童保育で働く大人にはきちんとした資格が必要だという考えを持っています。

明石市長時代、学童保育で働く人の半数以上は教員免許のある人に来てもらっていました。子どもにきちんと寄り添って働いてもらいたいと思う以上、誰でもいいという話にはならないのです。さらには、複数の大人の目が必要なので、それなりの人員を配置すべき、というのも私の持論でした。

一方、待機児童問題や人手不足が深刻な状況もあり、全国市長会はむしろ、「資格なんていらない。地域の事情に応じて定員はオーバーしても仕方がない、場合によっては一人で大勢の子どもを見させればいい」というスタンスでした。

私は、それは絶対におかしい、子どもには複数の大人の目が必要であり、働く人の専門性も必要だと考えて、「それならば放課後児童支援員の資格認定研修を明石市にやらせてほしい」と厚労省に直談判した。きちんとした人材を明石市が率先して育成して、学童保育の現場で働いてもらおうと考えたのです。

すると、厚労省が「資格研修ができるのは、都道府県と政令指定都市までだから、中核市である明石市が研修を実施することはできません」と言ってきました。政令指定都市というのは、都道府県から多分野の行政サービス権限が委譲された人口50万人以上の都市のことで、中核市はそれよりも規模が小さく、人口20万人以上の都市で、都道府県の事務権限の一部が委譲されています。

■地方分権はまだまだ実現できていない

ちなみに、かつては中核市の条件は人口30万人以上と決められており、人口が29万人台の明石市は中核市になれずにいましたが、2014年の地方自治法改正(2015年施行)によって中核都市の条件が20万人以上に緩和され、明石市も移行準備期間を経て2018年には中核市になっていました。

加えて、私が市長に就任した2年後の2013年から市の人口は増加に転じ、2020年の国勢調査(10月1日時点)で初めて30万人を突破していましたから、結果的には、条件が緩和されなかったとしても中核市に移行できるだけの規模にまで成長していたのです。

一方で、中核市になってもなお、政令指定都市にならなければ実施できないことがさまざまにありました。明石市は、独自に人材育成などに取り組んでいくためにも、政令指定都市の人口条件を50万人から30万人に引き下げるよう、地方自治法のさらなる改正を国に求めました。残念なことに、その改正は実現できていないままですが……。

地方分権を進めるためにも、政令指定都市の条件緩和の実現は、今後の重要課題の一つだと思っています。

いずれにせよ、当時中核市に移行したばかりの明石市には、放課後児童支援員の資格認定研修を実施することはできない、というのが厚労省の判断だったのです。

私は当然ながらブチ切れました。

■政治はケンカだ

「なんで中核市だとあかんねん。人材育成の研修ができない理由にならんやろ」と言っても、「ダメです」の一点張り。そこで作戦を練り、政治力も使って厚労省にガンガン働きかけたところ、ついに「中核市の市長5人の連名で要望書を上げてもらったら、改正する」というところまでこぎつけました。

泉房穂『さらば! 忖度社会 崖っぷちニッポン改造論』(宝島社)
泉房穂『さらば! 忖度社会 崖っぷちニッポン改造論』(宝島社)

そこで、中核市の市長たちに「名前を貸してくれ」と電話をかけまくって賛同を得て連名の要望書を出し、ようやく中核市での研修を実現できる段取りを整えました。力技で押しまくっていってようやく勝ち取ったのですが、「都道府県と政令市のみ、と書かれています」の一点張りの壁を突き破るのは大変でした。

しかし粘り勝ちです。「書かれています、じゃないやろ。お前らが書いたんやろ。中核市にはできないという合理的な理由がないんやから、変えればいいんや」と押しまくって、明石市は晴れて、放課後児童支援員の資格研修を実施する全国初の中核市となりました。

だから、政治はケンカなのです。ケンカせずに、周囲と協議しながら仲良く物事を進めようとしたら、結局は既得権益に絡め取られ、役所の職員の「お上至上主義」「横並び主義」「前例主義」に埋もれていって、方針転換もできず、有権者と約束した公約なんて実現できるわけがないのです。

■「グーチョキパーの関係」で人を動かす

ちなみに、ケンカといっても、もちろん本当に殴り合いのケンカをするわけではありません。私は口が悪いけれども、相手を罵倒するだけでは物事が動かないことくらいわかっています。政治家を使うとか、県を飛び越えて中央省庁に直談判するとか、さまざまな駆け引きが必要です。そのあたりはジャンケンポンと同じです。つまり、グーチョキパーの関係です。

じゃんけん
写真=iStock.com/SasinParaksa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SasinParaksa

官僚は政治家に嫌われると出世できませんから、国会議員や地方議員にはゴマをする。そして、政治家は選挙で選ばれているわけですから、有権者には弱い。有権者は「お前、次の選挙で落とすぞ」と言えるから、政治家に勝てるのです。

しかし、官僚は選挙で選ばれたわけではないから有権者、国民に対して「黙って言うことを聞け」といった大きな態度でくる。グーチョキパーの力関係のトライアングルです。ですから、中央省庁が無理難題を言ってきたときは、政治力が生きてくるのです。

■「腹を立てる」だけでは何も変わらない

たとえば、私が明石市長として18歳までの市民の医療費無料化を実施した時、国はペナルティとして国民健康保険の補助(国庫負担金)を年間で1800万円減らしてきました。厚労省は以前から、18歳未満の医療費助成を行う自治体に対して、このような“制裁措置”を実施していました。

官僚のマインドとしては、無償にすることで病院に行くほどでもないような人まで過剰に受診して医療費がかさんでしまうから、そんな助成をする自治体にはお仕置きだ、というわけです。理不尽このうえありません。

「子どもの応援」を掲げているクセに、自治体が子どもの医療費助成をやったらペナルティを講じてくる厚労省。どこを向いているのかと頭にきますが、財政に余裕があるわけでもない自治体にとっては、現実問題として、医療費助成の予算が必要なうえに国庫の補助まで削られたらダブルで負担が増えるので、腹を立てているだけではどうしようもない。

■「誰を動かせば何がどう動くか」を常に考える

私は全国市長会と全国知事会に根回しをして、「子ども医療費無料の自治体に対するペナルティ制度の廃止」を重要要望に上げてもらいました。さらに、市長会や知事会だけでは弱いので、医師会と関係の深い自民党の議員にも掛け合って予算委員会で質問してもらい、厚労省に答弁させた。そういう押したり引いたりがあって、ようやく2023年4月、厚労省がペナルティ廃止の方針(18歳までの部分)を打ち出しました。

つまり、単に腹を立ててケンカ腰になっていても物事は動きません。先ほども言ったとおり、政治はケンカと言っても、本当にケンカするわけではありません。地方から声を上げるのと同時に、与野党問わずさまざまな議員に働きかけて質問に立ってもらい、最終的には医師会と関係のある議員にダメ押しをしてもらって厚労省を動かしたように、どの人を動かせば、何がどう動くのかという理屈で考えていくわけです。

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泉 房穂(いずみ・ふさほ)
前明石市長
1963年、兵庫県明石市生まれ。東京大学教育学部卒業。NHKディレクター、弁護士を経て、2003年に衆議院議員となり、犯罪被害者等基本法や高齢者虐待防止法などの立法化を担当。2011年に明石市長に就任。特に少子化対策に力を入れた街づくりを行う。2023年4月、任期満了に伴い退任。主な著書に『社会の変え方』(ライツ社)、『子どものまちのつくり方』(明石書店)ほか。

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(前明石市長 泉 房穂)

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