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日立の「大復活劇」に投資家が殺到…「7873億円の大赤字企業」から「買いの優良銘柄」に変貌を遂げたワケ

プレジデントオンライン / 2024年7月8日 9時15分

日立製作所の小島啓二社長(2023年4月3日) - 写真提供=共同通信社

■15年間続けた業態改革が奏功している

6月27日、東京証券取引所の終値で、日立製作所の時価総額は16兆9420億円に達し、ソニーグループ(16兆8938億円)を抜いて国内第4位の時価総額企業となった。今回の動きは、日立がこれまで目指してきた、自社の業態改革が奏功している証左といえるだろう。

リーマンショック以降、日立は思い切った自社の改革に着手してきた。同社は、これまでの重電から家電までを扱う総合電機メーカーから、脱炭素、デジタル分野を中心とする業態へ事業ポートフォリオを入れ替え、積極的に会社の形を変える努力を行ってきた。

同社の改革のスタートは2008年度にさかのぼる。2009年3月期、世界経済の失速によって日立の業績は悪化した。当時、「このままでは生き残り困難」との危機感から、同社トップは子会社の売却など構造改革を断行した。それによって得た資金を、デジタル化と脱炭素などの分野に再配分した。業態転換が功を奏し、AI業界の成長に伴って株価は上昇した。

今後、AIの成長で、世界全体で企業を取り巻く事業環境は加速度的に変化するだろう。現在、日立トップはAIを事業戦略の根幹に据え、エネルギー、インフラ整備、脱炭素などの需要創出に取り組む方針と考えられる。同社の今後の展開は、わが国企業が「AIの世紀」の本格到来に向けて対応することへの重要な示唆を示している。

■世界的な「スマホ→AIシフト」の象徴

約9年ぶりに、日立製作所の時価総額はソニーグループを上回った。それは、世界経済の成長の牽引役がスマホからAIへのシフトを反映した変化ともいえる。

リーマンショック後、世界的にスマホはヒットした。“インスタ映え”といわれるようにSNSに鮮明な写真をアップするために、スマホのカメラ機能は向上した。その分野で、ソニーはモノづくりの力を磨いて業績の回復につなげた。ソニーは、“CMOSイメージセンサー”市場で世界トップのシェアを獲得した。足許、ソニーはCMOSイメージセンサー市場で47.9%のシェアを持つ。2位は韓国のサムスン電子の18.1%だ。

スマホのヒットをきっかけに、世界全体でデジタル化(DX)は加速した。SNSのプラットフォームと金融ビジネスを結合して個人の信用力を格付けするサービス(フィンテックの一つ)などは増えた。

消費者分野だけでなく産業分野でもDXは加速した。工場の省人化や自動化、サプライチェーンの管理、配送電網の効率化など、センサーやIT機器を用いた“見える化”に取り組む企業は増えた。

■総合電機メーカーからIT企業へ業態転換に成功

産業界のDXによって、製品のライフサイクル(素材の調達や生産、製品の製造、販売、使用、廃棄やリサイクルまでの流れ)全体で排出する二酸化炭素の量もシミュレーションしやすくなった。スマホはDXのインターフェイスとしての役割を担った。

ソニーはCMOSイメージセンサーの研究開発、生産体制を拡充しシェアを高めた。2017年ごろ、世界のスマホ需要は飽和し始めたと考えられる。その後、コロナ禍の発生によってスマホ需要は反発した。それはソニーの収益に追い風となり、株価は上昇した。

日立は、DXの加速に備えて業態を転換した。2022年11月末に米オープンAIが“チャットGPT”を公開すると、日立の対企業向け(B2B)のITプラットフォーム“ルマーダ”のサービスに対する需要は急増し、業績期待は高まった。総合電機メーカーからの業態転換で日立はAI革命の波にうまく乗ったといえるだろう。

■7873億円という国内最大の赤字を計上したが…

リーマンショックが発生した2008年9月15日以降、日立は業態転換を急速に進めた。2009年3月期、日立の連結最終損益は7873億円の赤字に陥った。当時、国内の製造業で最大の損失額だった。

2009年7月、日立の川村隆社長(当時)は『社会イノベーション事業の強化について』を発表した。その中で日立は、総合電機メーカーとしての成長戦略に言及しなかった。明示したのは、データセンターなどの情報分野で足場を固める方針だった。

具体的な内容は、まずデジタル技術を駆使し、社会インフラ、脱炭素などの分野に経営資源(ヒト、モノ、カネ)を再配分する。国内市場よりも、海外市場で収益を追求することも成長戦略に定めた。家電、鉄道、インフラ、発電などを事業ポートフォリオにおさめた業態から、産業分野でのIT先端企業へ転換は進んだ。

経営トップの指揮のもと、日立は主要な子会社を売却した。“御三家”と呼ばれた上場子会社(日立化成工業、日立金属、日立電線)も売却し、2022年度に上場子会社はゼロになった。回収した資金、浮き出た人材を成長分野に再配分した。

■重厚長大な設備を手がけるよりも安定性は高い

デジタル分野では“ルマーダ”と呼ばれるサービスを開発した。ルマーダを基盤に、エネルギー分野ではパワーグリッド(デジタル技術を活用し電力需給を調整するシステム)事業を育てた。2018年12月、スイス重電企業ABBのパワーグリッド事業の買収を発表した。

インフラ分野では、センサーなどIoTの機器を用いたメンテナンスなどの提供体制を整えた。鉄道車両の運行状態を常に把握し、適切なタイミングで保守点検をおこなう。発電所などの重厚長大な設備を手がけるビジネスと比較すると、収益の安定性は高まるだろう。

IoT技術を活用することでエネルギーを効率的に活用し、脱炭素につながる提案も可能になった。ルマーダは企業の供給網全体での二酸化炭素排出量の可視化も可能にした。2021年、インフラ事業とルマーダの相乗効果を高めるために、日立は仏電子機器大手タレス社から鉄道信号関連事業を買収すると発表した。

抽象的なスマートシティのコンセプト
写真=iStock.com/shulz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shulz

■株価上昇の背景に「AI時代のパワーグリッド需要」

2025年3月期、売り上げ収益に占めるルマーダの割合は29%に達する見込みだ。成長期待から株価は上昇し、6月下旬、時価総額はソニーを上回りわが国第4位に上昇した。

重要なポイントは、AIで既存の産業構造が急速に変化していることだ。世界の産業界全体でこれまでの常識や既成概念がくつがえるパラダイムシフトが起きつつあるとの見方もある。わが国の企業の中でも、日立はそうした変化にうまく対応できていると評価する主要投資家は増えた。

送配電事業の収益増加期待が高まった。AIの成長にデータセンターの増加は欠かせない。半導体業界の専門家によると、AIの学習に使う画像処理半導体(GPU)の電力消費量は高いようだ。GPUは発熱量も多いという。学習とデータセンターの冷却で電力需要は増えると予想される。

ただ、電力供給体制の整備は一朝一夕に進まない。限りある電力の有効活用に、日立のパワーグリッド需要は増加する可能性は高い。そうした展開を見据えて日立は2027年までに45億ドル(1ドル=161円で7245億円)の設備投資を実施し、関連する機器の生産能力を引き上げる方針を示した。

■企業は産業構造の変化への対応を問われている

また、AIの性能向上で、新しい発電技術の需要も高まるだろう。AIがあらゆるところで使われるようになることを念頭に置くと、電力の安定供給は社会的課題と言い換えてもよいだろう。

問題の解決策の一つに、日立は小型モジュール炉(SMR、小型であり安全性が高い原発)をゼネラル・エレクトリック(GE)と合弁で開発した。2028年、カナダで初号機を建設し、米国でも受注獲得を目指している。原子力関連技術という日立が磨いてきた強みをAI分野と結合することで、同社の収益分野は拡大することも予想される。

業態を組み替えた日立は、AIなどデジタル技術を土台に据えて事業戦略を立案・実行した。自社の競争優位性が活かせるエネルギーやインフラ関連の製造技術、サービスなどをデジタル技術と結合し、産業界のデジタル化と脱炭素の需要を取り込んだ。

AI分野の成長で、世界の産業構造は変わり、企業の事業領域が発散的に拡大するはずだ。その変化に対応できるか否かが、企業の実力を拡充するための重要なポイントだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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