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「3人に1人の子ども」は夏休みの旅行ができない…フランスが全力で取り組む「バカンス支援」のすごい充実度

プレジデントオンライン / 2024年7月22日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Givaga

子どもの夏休みの過ごし方に頭を悩ませる親は少なくない。海外ではどうしているのか。フランス在住のライター髙崎順子さんは「フランスでは約2カ月間の夏休みがある。親は共働きが主流で同じ長さの休みが取れないため、支援を活用してその時期を乗り切っている」という――。

■親は共働き、子どもは2カ月の夏休みがあるフランス

夏休みをはじめとした、子どもたちの「余暇の過ごし方」が注目を集めている。文科省は2021年、18年分の追跡調査を分析し、幼少期の体験活動が成長後の自尊感情や外向性、精神的な回復力などに良い影響をもたらしているとの結果を発表した。

※出典:文部科学省「令和2年度青少年の体験活動に関する調査研究結果報告」 令和3年9月8日

しかしその体験活動の有無や充実度は、生まれた家の考え方や慣習、世帯収入などに左右されやすい。海外で長期サマーキャンプに参加する子がいれば、どこにも外出せず自宅周辺で過ごす子もいる。この「体験格差」を埋めるため、地域・学校・家庭が協働して、多様な体験を可能にする環境づくりが求められている。

バカンス大国として名高いフランスでは、余暇はその重要性が社会全体で認められ、豊かな体験とすべく官民でさまざまな支援が組まれている。子どもたちの夏休みは2カ月間と長いが(年度終わりの7月頭から新学期の始まる9月頭まで)、共働きが主流の親たちは同じ長さの休みを取れないため、支援を活用してその時期を乗り切る。勤め先の福利厚生部門や市町村が運営する、子どもだけの旅行パックなどもある。

日本と同様に親の経済力や社会的な状況による格差も存在するが、それを超えて子どもたちの余暇を支える努力も盛んだ。家族向けの給付をつかさどる公的機関「全国家族手当金庫」は、児童手当や住宅手当、保育所運営支援と並び、家族の余暇支援を活動の重要な柱としている。

なぜフランスでは子どもの余暇が重要視され、多様な支援が存在するのだろうか? その経緯と発想、支援の実態を見ていこう。

■「余暇は人としての大切な権利」の共通認識

フランスの余暇をめぐる制度や活動では、ほぼどこでも同じ言葉で、支援の必要性が語られている。それは「余暇は守られるべき、大切な権利」というものだ。

その源流は20世紀前半までさかのぼる。国連最古の専門機関「国際労働機関(ILO)」が1919年に生まれ、諸国で労働者の権利が改善されていく中、フランスでも「全雇用労働者を対象とした、2週間のまとまった休暇」を年次休暇とする法律が成立した。

しかし当時の労働者は働き詰めの生活がデフォルトで、休み方も休む意義も知らず、余暇を「無駄な贅沢品」とネガティブに見る人も多かった。その時に政府が打ち出したのが「余暇は人としての尊厳である」というメッセージ。年次有給休暇の取得促進を担った大臣レオ・ラグランジュは、こう発言したと伝えられている。

■世界人権宣言で「余暇」は人権の一つとして明記

「労働者や農民、失業者には余暇を通じて、生きる喜びと、人としての尊厳の意味を見出してほしいのだ」

この余暇の言語化が、今に続く「バカンスの意義」の基盤となったのだ。その後に第2次世界大戦を経て、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」として1948年に国連で採択された世界人権宣言では、第24条で余暇が人権の一つとして明記された。

第24条 すべて人は、労働時間の合理的な制限及び定期的な有給休暇を含む休息及び余暇をもつ権利を有する。
※出典:法務省「世界人権宣言70周年」パンフレット

諸国が戦禍を拡大させ、人権を踏みにじってきた国際的な反省の中に、「余暇を尊重しなかったこと」も含まれていたのである。

1950年以降は戦後復興の経済成長に乗り、庶民に休暇を楽しむ余裕が生まれ、フランスのバカンス文化も拡大・定着していった。法定年次休暇は1週間ずつ延長され、2024年の今では全雇用労働者に5週間の休暇取得が、雇用主の側に義務付けられている。

2024年のカレンダーとミニチュアのビーチグッズ
写真=iStock.com/new look casting
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/new look casting

■「重要な公共政策」としての家族旅行への支援

大人がしかと休むフランスだが、子どもたちの休みはさらに多く設定されている。国の定める学校カレンダーでは、「7週間の授業ごとに2週間の季節休み」が春・秋・冬に計4回あり、それを地域ごとに3つのゾーンに分散。加えて年度の境目に当たる夏は、7月上旬から8月末までほぼ丸々2カ月が、全国共通の長期休暇となる。

この長い休みの過ごし方にも、前述の「余暇は大切な、守られるべき権利」という価値観が適用され、さまざまな支援が張り巡らされる、というわけだ。

子どもたちの多くは親や親族と夏のバカンスを過ごし、長期滞在の旅行やレジャーを楽しむ。調査会社オピニオン・ウェイの3000人調査によると、回答者の67%が7、8月にバカンスを取得。その8割以上がフランス国内に旅行し、平均8日間の長期滞在をしている。

※出典:バカンス・バロメータ(Atout France / Opinionway)

このような家族旅行に対して公的機関の支援があるのが、バカンス大国フランスの特徴と言えるだろう。中核を担うのは、家族向けの給付をつかさどる「全国家族手当金庫」だ。国際関係局副局長のカトリーヌ・コロンベ氏は語る。

「フランスにおいて余暇支援は、歴史的に重要な公共政策です。我々の組織でも1950年代から、家庭外保育と同じ『社会福祉部門』に組み込まれ、当初はこの部門の3分の1の予算を充てたこともありました」

■余暇の過ごし方には経済的不平等が表れやすい

なぜ家族旅行を、公的機関が支援するのか? その問いには、間髪を入れず明瞭な答えが返ってきた。

「バカンスは権利であり、子どもたちの健全な成長に欠かせません。楽しい思い出を共有することで親子関係をよりよく保(たも)てますし、子どもたちには広い社会を学ぶ機会になります。また家族で日常生活を離れ、他者と触れ合うことで、社会的な孤立の予防にも繋がるのです」

そのような効能を認め、公的機関として支援するのは、余暇の過ごし方に経済的な不平等が表れやすいからでもある。バカンスに関する調査では、世帯収入の高い家庭ほどより遠い場所に旅立ってより長く滞在する一方、収入の低い世帯はバカンスに出ても近場で短い滞在になるか、旅行自体を諦める実態が明らかになっている。格差を認めながら放置することは、平等を国是と掲げるフランスの行政には許されないのだ。

■6万人の子どもが「国が支援するパック旅行」に参加

「家族手当金庫の支援は多くの場合、現物給付です。主に困窮世帯を対象に、我々と提携する約5800件の観光施設に8日間、滞在費の2割の自己負担(上限額あり)で宿泊できる仕組みを作っています。世帯の状況や収入によって3種類の支援があり、1つ目は対象世帯が自主的に滞在先を選ぶもの。2つ目はソーシャルワーカーが対象世帯のニーズに合わせて旅行の形を決め、提案する形。3つ目は子どもだけが参加できるパック旅行『コロニー・ド・バカンス』で、こちらは2800件ほどの滞在プランを用意しています」(コロンベ氏)

2023年、家族手当金庫がバカンス支援に充てた予算は8400万ユーロ(約143億円)。インフレが悪化した2022年からは、バカンス先が自宅から200km以上離れていれば100ユーロ(約1万7000円)、400km以上であれば200ユーロ(約3万4000円)の交通費手当を設けている。

早朝のシャルルドゴール空港
写真=iStock.com/stellalevi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stellalevi

2022年に家族手当金庫の支援を受けてバカンスを享受した家族は11万5000世帯。6万人の子どもたちがコロニー・ド・バカンスに参加した。

このような親子の旅行支援を「贅沢だ」と糾弾する声は、フランスでは聞かれない。

「困窮している家族にとって必要な支援とのコンセンサスが、社会全体で取れています」(コロンベ氏)

■非営利団体による「子どもたちの余暇」への支援も盛ん

フランスでの家族旅行への支援は、公的給付のみではない。いくつもの非営利団体が寄付やボランティアを通し、子どもたちが余暇の時間を楽しく過ごせるよう活動している。その代表と言えるのが慈善団体「スクール・ポピュレール・フランセ(Secours populaire francais)」だ。

団体の創立は1945年。第2次世界大戦中のレジスタンス運動に起源を持ち、貧困問題に多角的に取り組んでいる。フランス全土に1300の拠点を有し、9万人のボランティアが活動、250を超える後援・協賛企業が連帯する。主要な6つの活動領域のうち、「バカンス支援」は創立時からの柱だ。団体の年間予算の15%にあたる1160万ユーロ(約19億7000万円)を用い、昨年2023年は19万8000人に余暇を提供した。

スクール・ポピュレール・フランセの余暇支援は、その多様さが特徴だ。場所(海、山、田園部、テーマパーク)、対象年齢(家族連れ、小学生、ティーンエイジャー、シニア)、滞在時間(長期、短期、日帰り)、規模(10人未満から50人以上のグループまで)の組み合わせで、事情の異なる人々のニーズに寄り添う。

ビーチを駆け出す子供たち
写真=iStock.com/SerrNovik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SerrNovik

■3人に1人の子どもが旅行できない現状

「最も象徴的な支援は、8月15日から30日の間にフランス全土で提供している日帰り旅行、通称“忘れられた人たちのバカンス・デー”です」

全国事務局のバカンス部門代表、カトリーヌ・リュフロワ氏は言う。

「フランスでは3人に1人の子どもが夏休みに旅行をせず、特に8月15日までに出かけなければ、その機会がないまま夏が終わってしまいます。そのような子どもたちを1日でも自宅から連れ出して、余暇を過ごしてほしい。大切なのは長さや内容だけではなく、『日常を離れてバカンスに行く』ということそのもの。そして戻った生活で、家族や友人たちに語れる思い出があることです」

たとえばパリを含むイル・ド・フランス県からは、5000人の児童と付き添いボランティアが、ノルマンディー地方ドーヴィル海岸の海水浴へ。南仏ブッシュ・デュ・ローヌ県では、1000人をテーマパークに招待した。

1日でも、思い出のひとときを持つこと。その重要性は、子どもたちの笑顔や生活に如実に現れる。家族旅行に出られなかった母親を説得して、子どもだけをキャンプに送り出す支援をした世帯からは、「キャンプから戻って、子どものおねしょが治った」との喜びの声が届いたそうだ。

「昨今のインフレであらゆる物価が上昇し、これまでのように夏を楽しめない人々が増えています。最近の調査では、回答者の2人に1人が、年に一度のバカンス旅行の予算捻出に苦心していると答えました。ですがバカンスはウェルビーイングに直結します。子どもたちにより広い視野を与えるためにも、万人に保障される権利として守らねばなりません」

■国による「11歳」対象のサマーキャンプ参加支援制度が開始

経済的な事情で国民のバカンス予算が影響を受けていることは、国も把握している。スクール・ポピュレール・フランセなどの団体との連携をより強化しているほか、国としてできる対策を新たに打ち出している。

2024年には国民教育・若者省により、フランスの中学1年生にあたる11歳の子どもに向けた、サマーキャンプ参加支援制度「パス・コロ(Pass colo)」が立ち上がった。同年4月、所得や世帯人数などの条件に則して対象となった約60万の世帯に、200〜350ユーロのバウチャーの利用案内が国から郵送されている。支援対象には貧困世帯だけではなく、所得の中間層も含まれた。バウチャーは国と提携した事業者のプランで使用可能とされ、専用のカタログサイトで検索できる。最短4日間のキャンプを、在住地や望む滞在タイプ(海/山/田舎/都会、スポーツ/カルチャー/サイエンス、障害児対応など)から選択できる内容だ。

※出典:国民教育・若者省「パス・コロって何?」、「2024年夏以降のパス・コロの展開」

国民教育・若者省はこのほか、夏休みに学習支援を行う「学ぶバカンス(Vacances apprenantes)」を主導している。教員側が計画し、生徒側は任意参加制だが、夏休み前の成績や家庭の状況などを考慮して、参加の望ましい生徒に学校から声をかける。学習だけではなく、自転車遠足による環境意識の醸成や、オリンピック・パラリンピックの観戦など、余暇に近い内容もある。

※出典:国民教育・若者省「学ぶバカンス 2024年の夏の開校」

オリンピックのロゴが入ったパリ市庁舎のファサード
写真=iStock.com/yann vernerie
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yann vernerie

■小学生を対象にした学童保育も行われている

これとは別に学校休みの間には、小学生を対象にした市町村運営の学童保育が終日預かりで行われている。利用料は世帯所得に則した応能負担で、多くの場合は昼の給食や午後のおやつもそこに含まれる。プールや映画鑑賞、日帰りバス遠足など多彩なアクティビティが用意され、共働き世帯には欠かせない生活インフラとなっている。

中学生には同様の学童保育はないが、自治体は代わりに「スタージュ」と呼ばれる短期間の文化・スポーツのアクティビティを提案。こちらも世帯所得に則した応能負担で、遊園地への日帰り旅行やアスレチック、カヌー体験などは、募集開始とともに枠が埋まる人気を博している。

以上、「バカンス大国」と言われるフランスの、夏休みの余暇支援を概観した。このような取り組みが功を奏しているのか、ユニセフが2020年9月に発表した「先進国の子どもの幸福度」の国別ランキングで、フランスは33カ国中7位と上位にある(日本は20位)。ちなみにフランス以外にも、夏のバカンスを重視するヨーロッパの国々が上位に並んだのは、偶然ではないだろう。

※出典:ユニセフ・レポートカード16「先進国の子どもの幸福度」 

人生や人格形成における余暇の重要性を認め、明日の社会を作る子どもたちの体験格差に、多角的な対策を打つフランス。その思想や実践は、日本にもヒントになる点があるはずだ。

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髙崎 順子(たかさき・じゅんこ)
ライター
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。

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(ライター 髙崎 順子)

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