退職代行業者と精神科医が「最強タッグ」を組んでいる…「カジュアルに退職する社員」が増えている裏事情
プレジデントオンライン / 2024年7月15日 8時15分
■大企業の約2割が「代行退職」を経験
新年度が始まって3カ月が経過しました。新しい環境に慣れるために、精神的な疲労が溜まっている人も多い時期です。ここに来て、新聞やTVで「退職代行サービス」が何度も取り上げられていることが気になっています。
東京商工リサーチのアンケート調査(2024年6月3~10日実施、5149社が回答)によると、退職代行業者を活用した社員の退職を経験した企業は9.3%に上り、大企業に限定すると18.4%にもなるそうです。
私も産業医先で、会社の人事担当者から「退職代行サービスを使って退職の連絡をしてきた社員がいる」という相談を受けたことがあります。産業医としては、そのような業者が間に入ってしまってはなすすべがありませんので、関係者全員が釈然としないながらも会社側は粛々と手続きを進め、当該社員さんは退職しました。
反対に、メンタルクリニックの院長としての立場で、退職代行業者から「提携しませんか」という営業を過去に受けたこともあります。医師が退職代行業者と提携するということは、そのような業者を使って退職したい方に、裏付けるような診断書を発行する、ということになります。もちろん、私はお断りしました。
■人間関係と同じく、会社を「シャットアウト」
数年前までは、退職代行サービスというと「怪しい」という印象を持たれがちでしたが、ここ数年で一般化したのか、市民権を得てきたように感じます。なぜ、ここまで退職代行サービスが広まったのでしょうか。
理由の一つとして、SNSのブロックと同じように、人間関係をボタンひとつで「シャットアウト」してしまうことに対して、ハードルが下がっていることが挙げられるのではないでしょうか。
さらに、人手不足の売り手市場で「ここを退職しても、次が見つかるだろう」と楽観的に考えられている点や、インターネットやSNSで簡単に他社の情報が手に入るので、「今の会社よりもっといいところがあるかも」と、違和感を覚えたらすぐ転職を考える、という意識の変化も影響していると思います。
もちろん、従業員の方が精神的に追い詰められているケースや、パワハラなど重大な問題があって思うように退職できない場合は、このような業者が間に入ることで、従業員の方の苦痛を減らす可能性もあり、一概に批判されるべきものでもないのですが……。
■退職代行業者とメンタルクリニックがタッグ?
プレジデントオンラインに寄稿した〈なぜメンタル休職する若手が増えたのか…本人が損する“安易な休職”を勧める「診断書即日発行クリニック」の罪〉でも言及しましたが、最近、メンタル不調による「休職診断書」が、適切な診断と判断により発行されているとは思えない事例に、少なからず遭遇します。
本来、休職診断書は「ドクターストップ」であり、非常に重いものです。しかし、近年「休職したい」という患者の申し出を、そのまま受け取って発行しているだけと思われる「カジュアル休職診断書」が乱発されているように感じます。
さらに申し上げると、この「カジュアル休職診断書」の裏には、私がかつて提携を持ちかけられたように、退職代行業者とメンタルクリニックがタッグを組んでいるケースがあるかもしれないのです。
医師の診断書に対して会社は反論することが難しく、従うしかありません。それくらい診断書は強い影響力を持つものです。その力を逆手にとって、退職代行業者に助言されるがまま、退職を前提として「メンタル不調の診断書をください」という社員もいることでしょう。
前述したように、この患者が重症のうつ病等に罹患しているケースや、勤務先の会社にパワハラやモラハラなど重大な問題がある場合は、退職代行業者のような第三者が介入した方が望ましい場合もあります。
■患者が言うがまま診断書を発行する医師
しかし、私がメンタルクリニックで診察している患者さんの典型像は、症状が比較的軽症な段階で、良くも悪くも「カジュアル」な受診が増えています。症状の程度によっては必ずしも休職や退職は必要ではなく、多くは通院しながら仕事を続けることが十分可能です。
環境の見直しや睡眠薬や抗不安薬を試してみて、休養を十分確保できるようになれば日中にクリアな頭で仕事に取りかかれたり、ネガティブ思考を払拭できてメンタル不調が改善するケースも多いのです。
退職代行業者と提携しているクリニックがどの程度存在するかは把握が困難ですが、おそらく彼らには社員の治療や職場への適応を支援する意思も能力もなく、社員の希望する長期休養や、メンタル不調退職を口添えするための診断書作成に専念している、と判断せざるを得ないケースも多々あるのです。
さらに、そのようなメンタルクリニックの多くは「診断書即日発行」を謳っており、患者さんが初診で訪れたその日に、診断や精神状態をしっかり見極めず、言われるがまま診断書を発行しているという点に、疑いの余地はないでしょう。
■「休めるだけ休む」も良いが、リスクがある
そもそも、軽度なメンタル不調であれば、治療しながら業務を軽減して就業継続する、それも難しい場合に休職する、という選択肢があるため、すぐに退職など考えなくてもよいはずで、職場としっかり協議し、合理的配慮をしてもらうことで解決するケースが大多数です。
しかし、「退職します、一切連絡をしないでください」と退職代行業者を通じて連絡をしてしまうと、そのようなステップを踏むことがないまま退職になってしまいます。果たして、その退職方法で、今後の社会人生活において「よりよい社会参画」を続けられるのでしょうか。
例えば、公務員や財閥系大企業ですと、最長3年程度の休職が可能な場合も珍しくありません。重篤な状態であればそれくらいの休職期間を要すこともありますが、必要以上に長く休職しているケースも散見されます。
もし社員側の希望で安直に休職の道を選んでしまった場合、人事としては復職後の扱いに悩むことになります。往々にして、社内の花形部署での業務はキャリアアップに繋がる反面、相応の負荷がかかることから、メンタル休職歴のある社員を配属することは、長期にわたり避けられる傾向にあるのです。安易な休職は、キャリア形成においても、非常に不利となる可能性があるのです。
■カジュアルに退職した社員は採用されるか
さらに、退職代行業者を利用して「カジュアル」に退職した場合はどうでしょう。短期間で転職を繰り返していると、転職希望先の入社面接で「うちの会社もすぐ辞めるのかな」と面接官から思われることは避けられません。「業務で長期的な人間関係を築くことができない人」という第一印象を与えかねないのです。
![面接を受ける女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/c/1200wm/img_5cf70210abeeae10e52aca58304da633404911.jpg)
さらに「退職代行業者を使って辞めた社員」を、人事担当者は強烈な印象をもって記憶しているでしょう。業者を使って辞めた経験がある人に対しては「また業者を使って一方的に辞めるかもしれない」と思われます。
人事担当者は会社が違っていても交流会等でつながっているケースがありますので、そのような手段で退職した事実が他社に全く伝わらないともいい切れません。社会は人間同士の営みですから、SNSと同じように「クリック一つですべて遮断、今後一切関係しない」はありえないはずです。
■業者にお金を払わなくても退職できる
そもそも、法的には代行サービスなど使わなくても退職できるのです。そういった知識がないにしても、業者にお金を払ってまで会社と絶縁するという手段は、社会人としていかがなものでしょうか。
では、こういった退職代行業者を使って退職を申し出てきた社員について、企業はどのような対応をすればよいでしょうか。残念ながら、企業としては慰留などの連絡すらできない状況に置かれますので、粛々と対応するしかありません。せめて、このような社員を採用してしまったことを教訓として、次の採用に活かす努力をしましょう。
さらに、前後して診断書を提出してきた場合は、その診断書を出してきたメンタルクリニックの名前も覚えておきましょう。可能なら産業医とも情報連携して、もし今後、他の社員がそのクリニックからの診断書を提出してきた場合は、内容や判断根拠をしっかり吟味し、場合によっては診断書内容の詳細を問い合わせるなどして、なかなか手強い会社だな、とクリニック側に印象づけることも有効かもしれません。
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産業医、フェアワーク代表
日本医師会認定産業医・精神科専門医・精神保健指定医。1999年千葉大学医学部卒業。千葉県がんセンターと千葉県精神科医療センターの医長を経て医療法人社団惟心会理事長。参議院・国土交通省ほか上場起業など50以上の団体で産業医を経験後、衆参両院や中央省庁にて法定ストレスチェックを受託。2019年株式会社フェアワークを起業。健康経営にフォーカスした組織サーベイ「FairWork survey」を開発し、2021年に経産省後援の「HRテクノロジー大賞」にて注目スタートアップ賞を受賞した。現在はオンライン社内診療所サービスに注力している。
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(産業医、フェアワーク代表 吉田 健一)
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