「都知事選の選挙ポスター」よ、ありがとう…あなたのおかげで「当選させてはいけない候補者」がわかりました
プレジデントオンライン / 2024年7月6日 8時15分
■「選挙ポスター」が法律に触れるケース
東京都知事選挙(2024年6月20日告示、7月7日投開票)では、56人という大量の立候補者のみならず、ある候補が掲示した全裸に近い女性の写真が大きく使われたポスターの是非や、大量の候補者を出してポスター掲示場の枠の“販売”を行っている政治団体「NHKから国民を守る党」(以下N国党)の行為などが話題になっています。
これらはインパクトが強いため、人々の耳目を引くと同時に「選挙制度が揺らいでいる」「表現の自由との兼ね合いはどうなるのか」などとより大きな問題につなげて語ってしまいがちですが、それ以上に必要なのは、選挙ポスターが何のために掲示されるのかという原点に返ることです。
自治体が用意するポスター掲示場の目的は、あくまでも「公職に就きたいと考え立候補する人間を有権者が選ぶために、その情報を通行人に知らせる」ことにあります。
もちろん、自身の政治信条や政策を訴え、有権者に選んでもらうためにさまざまな表現を行うという面はありますが、目的はあくまでも「公職に就く人間として、自分を選んでもらいたい」と考える人間が告知のためにポスターを貼る場所である、という点は揺るぎないものです。
その意味で、公設の掲示場は、いくら政治信条の自由や表現の自由があるといっても、あくまでその設置の本来の目的のために使うことが前提になっているということを考える必要があります。
現時点でも、あるポスターの内容が公職選挙法ではなく、別の法律に抵触するケースがあります。
■内容を制限すれば解決とはならない
2023年4月の東京都大田区議会選挙では、候補者が選挙ポスターに「妻に子供を連れ去られた」などと記載したことが裁判で争われ、「選挙活動に名を借りて、自らの不満を晴らすために制度を悪用した」として名誉棄損で有罪判決が下っています。
また今回の「ほぼ全裸女性ポスター」については、警視庁が公共の場所での卑わいな言動などを禁じる東京都の迷惑防止条例第5条三項に違反するとして候補者に警告を行い、候補者が自主的に掲示を止めることになりました。
本来、この条例は公の場での「卑わいな言動」を取り締まるためのものですから、選挙ポスターのような掲示物に適用されるものなのかどうかは疑問もあります。むしろ、東京都青少年育成条例十四条の有害広告として扱う方がまだ条文としては適合するのではないでしょうか。
一方で、ポスターの内容を制限しすぎれば不当な規制となり、特定の政治思想が弾圧される危険は当然あります。また、「性的ポスター」に関しても、「どの程度のものを卑わいなものとみなすのか」で論争になるでしょう。
性的な魅力をアピールすることで支持を得たい候補者もいる可能性があり、その場合、候補者の写真が「性的である」とみなされ、規制されてしまうことにもなりかねないのです。
■どうすれば「問題ポスター」を規制できるのか
ではどうすればいいのか。本来の目的を逸脱する行為に規制をかけるとすれば、迷惑防止条例などではなく公職選挙法で規制すべきであり、しかも「性的かどうか」といった曖昧な観点からではなく、より中立的・客観的な基準から掲示場の設置の目的に反する「問題ポスター」を防止できるような方向で行うべきでしょう。
選挙ポスターは公営の掲示場に貼り出すものです。そうである以上、大前提となっている「公職を目指す候補者の情報を、通行する有権者に知らせる」という掲示場の設置の本来の目的に反するものであっても「何でもあり」で掲示可能だとするのは無理があります。
たとえば、掲示場の設置の目的に合致するように候補者本人の名前や顔写真の大きさを一定以上にする規定を設けるようにすれば、目的から逸脱したような無関係な情報を掲載する余地を少なくするとともに、今回の「ほぼ全裸ポスター」のように候補者自身ではない別の女性の写真を大きく表示することを難しくさせることができるでしょう。
ポスターの大きさや枚数、掲示場所は公職選挙法143・144条で決められていますから、ここにさらに「候補者の氏名・顔写真の大きさ」に関する条件を加えることは現実的に可能な対応です。
候補者の名前や顔写真を一定のサイズにする、というこの手法自体も、表現の自由を制限するものではありますが、公費をかけて掲示場を提供する以上、その目的に合致する内容で一定の制限をかけることに問題はないのではないでしょうか。
■現時点では公職選挙法の想定外だが
一概に「選挙ポスター問題」ととらえられていますが、「ほぼ全裸ポスター」のようにポスター自体の内容の問題と、N国が掲示場の枠を“販売”したことで発生した問題は分けて考える必要があります。
N国党が“販売”した枠に貼られた一部のポスターに風俗店の店名が記載されたものがあり、これは風営法違反に当たる疑いがある、とのことで警視庁が警告、これを受けてN国がポスターを貼り替えることになりました。
今回は風俗店の店名が書かれていたことで風営法での警告になりましたが、すでに選挙公報や政見放送での営業宣伝(店や商品の広告)については公選法235条の3第2項によって禁止されています。
過去に選挙公報や政見放送で営業宣伝を行った人がいたからこそこうした条文ができたという経緯を考えると、この条文に「ポスター」も加えることで、今後はこうしたポスターの商業利用は規制できるようになるでしょう。
なお、先ほどからポスター掲示枠の“販売”と述べていますが、東京都選挙管理委員会がN国党に対して許可しているポスター掲示場の枠を使える地位そのものを他人に売って移転させることは実際には不可能です。
あくまでも掲示場の使用者はN国党とその候補者のままであり、N国党のポスターを別の人が代わりに作成してN国党の区画に貼る行為を、金銭支払と引き換えに承諾しているにすぎません。
そのため、風営法違反で警告されたN国党の立花党首が掲示を取りやめた例のように、張り出したポスターに問題があればその責任はN国党とその候補者が負うことになります。
■ポスターの責任はN国党にある
掲示場に貼るポスターには、掲示責任者、印刷者の氏名(法人の場合は名称)、住所を記載しなければなりません。N国党が掲示を許可したポスターの中には掲示責任者に関する記載がないものもあるようですが、これは公選法第144条5項違反になります(違反者は2年以下の懲役か50万円以下の罰金)。
N国党の立花党首は、ポスターを貼る・剥がすのはN国党の責任であり、自身が認めなければいずれもできないと会見で述べていますが、貼られたポスターに問題がある場合の責任も当然、N国党とその候補に及びます。そのため、枠を“販売”しているといっても購入者に好き勝手やらせていいわけではありません。
ある掲示場では、N党の候補者のスペースを使って、複数のポスターの文言を続けて読むと一つの文章になるような掲示を行っているものがありましたが、これは「全体を一枚のポスターととらえ、規定の大きさを超えるものを貼り出している」とみなされる可能性、つまり公選法第144条4項(長さ42センチメートル、幅30センチメートルを超えてはならない)に違反する可能性があったためか、警視庁がN国党の立花孝志党首本人に対して警告をしていた。
■過度に反応することは間違い
公職選挙法には確かに合理性に乏しい条文などもあることは確かであり、選挙管理委員会がポスターなどの撤去を命じることができるとしても一定の条件に違反した場合に限られ、しかも勝手に剝がしていいわけではないなどかなり厳しい基準もあります。
処分に対しても最終的には司法判断になりますが、それ以前の段階で曖昧に運用されているのも事実です。
しかし、原点はやはり「候補者に関する情報を有権者に知らせる」という掲示場の本来の目的を逸脱したり、その機能が果たせないものの自由までも無制限に保障するべきなのかどうか、という点ではないでしょうか。
2024年4月末に行われた東京15区の補欠選挙における「つばさの党」の演説妨害や、今回の都知事選でのポスタージャックなどで「選挙制度や民主主義が冒涜されている」「社会がおかしくなっている」という嘆きも散見されますが、あまり軽々に大きな話に置き換えて論じることはすべきではない、と思います。
今回のようにひどいポスターが貼られかねないことを理由に、過度に表現の範囲を狭めたり、自由を制限することになれば、それに対する弊害が生じることも考慮しなければならないためです。
以前から、選挙という場を使って他とは違うことをやって目立とうとする人、名を売ろうという人は存在しました。もちろん、ネット(SNSや動画配信)の影響でこうした行為が収益につながり、社会が見つけやすくなったことは確かですが、だからと言って大騒ぎしてむやみに規制を広げるのではなく、選挙運動の本来の目的を逸脱させないための基準によって対応することが求められるでしょう。
なによりも選挙である以上、いかに公職選挙法その他の裏をかくような候補者が出てきたとしても、最終的には有権者が判断し、ふさわしくない人は落選させるというのが本来のあり方です。
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弁護士
1963年生まれ。1987年、東京大学教養学部教養学科第三(相関社会科学)卒業。1987年、株式会社東芝入社、主に人事・労務部門で勤務。2001年~2003年、社団法人日本経済調査協議会に出向。2006年、司法試験に合格、2007年、最高裁判所司法研修所にて司法修習。2008年、弁護士登録。「明日の自由を守る若手弁護士の会」会員。主な著書に『13歳からの天皇制』(かもがわ出版)。
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(弁護士 堀 新)
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