やっぱりがん保険は加入すべきなのか…医療保険に入ったことがない森永卓郎が直面した「がん治療費」のリアル
プレジデントオンライン / 2024年7月14日 8時15分
■コピーミスでがん細胞が生まれる
私は医学の専門家ではないので、あくまでもイメージとしてとらえてほしいのだが、私の頭のなかでは、がんという病気は、次のようなものとして整理されている。
人間の体のなかでは、新陳代謝のために、古い細胞のデータをコピーして、新しい細胞が作られる。その際、まれにコピーミスが起き、本来と違う細胞が生まれてしまう。それが、がん細胞だ。
がん細胞は、毎日、誰の体にも数多く生まれているが、それが問題になることは少ない。体のなかに存在する免疫細胞ががん細胞を攻撃し、消滅させてしまうからだ。
つまり、体の中では、つねに免疫細胞軍団とがん細胞軍団が対峙し、ふだんは免疫細胞軍団のほうが優勢なのだ。
■オプジーボは免疫細胞が浴びた泥を洗い流す
ところが、なんらかの理由で免疫細胞軍団の力が弱まってくると、がん細胞軍団が一気呵成に攻めてくる。
がん細胞は、武器として泥団子を持っており、それを免疫細胞軍団にぶつけてくる。
泥を浴びた免疫細胞は身動きができなくなり、がん細胞軍団が優勢になる。それががんの発病だ。
オプジーボは、免疫細胞が浴びた泥を洗い流す役割を持っている。
泥がなくなって身動きがとれるようにして、再びがん細胞軍団との戦いの舞台に戻していくのだ。
■健康によいライフスタイルで免疫力が上がる
免疫細胞軍団が、どれだけの力を持つのかは、軍団を構成する兵士の「健康度」にかかっている。
だから、野菜中心のヘルシーな食事をとったり、体温を上げたり、健康によいライフスタイルですごすと、免疫細胞軍団の健康度が上がり、力を強めることができるのだ。
もちろん健康度をどう高めたらよいのか、適合する対策は、兵士の個性によって異なる。だから、健康度を上げる治療法というのが、議論百出になってしまうのだ。
■免疫力の3割は「気持ち」
ただ、ひとつだけ付け加えておきたいのは、ある医師が「免疫力の3割は患者の気持ちだ」と断言していることだ。
「ダメだ、ダメだ」と言って暗くなっていると免疫はどんどん落ちていく。漫画『SLAM DUNK』の安西先生は「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」と言ったが、そのとおりなのだと思う。
だから、がん治療のアドバイスで、精神面を強調することは、それなりの根拠があることなのだ。
もちろん、精神を鍛えるだけでがんは克服できない。その意味で、治癒できるかは別にして、免疫細胞軍団のおよそ半数に効果を及ぼすとされているオプジーボは、画期的な治療薬なのだと思う。
■5カ月間の投与で、300万円程度の医療費
ただ、そのコストは相当高い。
当初、オプジーボはとても高価な治療薬だった。平均投与期間は5カ月程度と言われるが、総コストが数千万円にも及んでいた。いまは薬価が大幅に下がったが、それでも5カ月間の投与で、300万円程度の医療費がかかる。
それが保険診療ということになれば、負担はケタ違いに小さくなる。
ここは知らない人も多いので、以下で、がん治療とお金の話をまとめておこう。
■自由診療の場合、医療費は全額自己負担
がんの治療には、莫大なお金がかかると思い込んでいる人が多い。
だから、がん保険には根強いニーズが存在する。
ただ、実際には、標準治療の範囲内で行なうのか、自由診療で治療を行なうのかによって、自己負担額は天と地ほどの差が出る。
まず、健康保険の適用が認められていない自由診療の場合、医療費は全額自己負担になる。
たとえば、毎月200万円の医療費がかかったとすると、200万円すべてを自腹で支出しなければならない。
唯一の救いは確定申告の際の医療費控除だが、医療費控除の上限は年間200万円と決められているので、毎月200万円の医療費がかかると、たった1カ月で控除枠を使い果たし、あとは純粋な全額自己負担になるのだ。
■標準治療なら自己負担は医療費の3割
一方、標準治療の場合は、次の3つの優遇策がある。
①医療費の3割負担
②高額療養費制度
③医療費控除
健康保険の加入者は、医療費の3割を自己負担すればよい。後期高齢者で所得の低い人の場合は、1割から2割の負担で済む。
たとえば、一般のサラリーマンの場合、3割負担だから、200万円の医療費がかかった場合でも、自己負担は60万円で済む。
■自己負担が200万円を超えることはまずない
また、健康保険には高額療養費制度というのがあって、70歳未満、標準報酬月額(年収を12で割ったもの)が53万〜79万円の人の場合、1カ月の自己負担上限は16万7400円+(総医療費-55万8000円)×1%となっている。
たとえば1000万円の治療費がかかった場合でも、自己負担の上限は、26万1820円ということになる。
しかも、自己負担した額は医療費控除の対象になる。
年間で自己負担が200万円を超えることはまずないから、実質的な自己負担額は月間10万円台でとどまるケースがほとんどになる。
莫大な医療費がまるまる自己負担としてかかってくる「自由診療」と、毎月10万円台にとどまる「保険診療」、その差はとてつもなく大きいのだ。
■著書執筆のためにせめて半年程度は延命したかった
保険治療だけでがんに打ち勝った人はたくさんいる。だから、個人的には健康保険の範囲内での治療を勧めている。
ただ、私はオプジーボを使った保険診療に加えて、自由診療を併用することに決めた。それは少なくとも半年程度の延命がしたかったからだ。
東京の病院への2週間の入院を決断したときの最大の動機は、9割方書き上げていた『書いてはいけない』の原稿を完成させることだけだった。
幸運なことに入院後の厳格な医療管理によって体調が回復し、思考能力と言語能力を取り戻すことができた。そして、IT技術者をしている次男が、私が口述筆記した録音のテキスト化を手伝ってくれたこともあり、書籍の原稿は無事完成した。
■ラジオリスナーからの猛烈なラブコール
それで当面の目標が達成され、あとはゆっくりと標準治療の範囲内でがんと向き合おうと思ったのだが、事態はそう簡単には進まなかった。
ひとつはラジオリスナーからの猛烈なラブコールだった。
私はいま6本のラジオのレギュラー番組を持っていて、入院中も病室から生放送を続けていたのだが、ラジオのリスナーは家族のような存在で「早くスタジオに戻ってきて、出演を継続してほしい」とのメッセージがたくさん寄せられたのだ。
また、ニッポン放送は私が快復したら、「モリタク歌謡祭」というイベントを開催してくれるという。「歌謡祭のチケット、2枚予約します」というリスナーさんからのメールは心に響いた。
もうひとつは、教鞭を取っている獨協大学の1年生のゼミ生の扱いだった。
獨協大学では1年生の秋にゼミ生の選抜をし、2年生の春からゼミの授業が始まる。
すでに1年生の選考は終了しているのだが、まだ一度も授業をしていない。頑張って集中的なトレーニングをすれば、最短半年で「モリタクイズム」を伝えることはできる。
だから、4月から9月までの半年間は生きていたいと思った。それがゼミの新入生に対する責任だと考えたのだ。
もちろん、彼らが卒業する3年後まで生き残ることが理想だが、もともと私のゼミは年次の壁を取り払って、上級生が下級生を指導する体制を作っていたので、そこまでが必須というわけではない。とりあえず半年生き残ることが最優先なのだ。
■「血液免疫療法」の1カ月の治療費は100万円程度
そこで私は、保険治療が認められていない新しい治療法にチャレンジする決意をした。
「血液免疫療法」といって、自分の血液を採取して培養し、がんと闘う免疫細胞を大量に作り出して、自分の体に戻すのだ。
ただこの方法はお金がかかる。血液免疫療法の1カ月の治療費は100万円程度、3カ月続けるだけで300万円の費用負担となる。もちろん全額自己負担だ。
オプジーボの自己負担やその他の検査や治療の費用を加えると、3カ月で400万円を超えるのは確実だ。
いままでお金の専門家としても仕事をしてきたのでとても恥ずかしいのだが、私は自分の収入には無頓着だった。
テレビの出演料や本の印税はすべて私の会社に入れており、会社からは役員として定額の給与をもらっているだけだ。
そのため会社には比較的大きなお金があるのだが、個人としてはさほどでもない。しかも理由はよくわからないのだが、税務署との関係で、役員の給与は年度途中で勝手に増額できない。
それでも、がんとの闘いが数年にわたって続くことはあまりないので、やりくりをすれば資金はなんとかなるだろうと考えた。
■がん保険の加入を検討しておいたほうがいい
もちろん、がん保険に加入しておけば、自由診療を受けることになっても安心だとは言える。
ただ、私はがん保険に加入していなかった。なまじ高額療養費制度の存在を知っていたものだから、保険診療の範囲内であれば、まったく問題はないと考えていた。
まさか、自分が原発不明がんになるとは夢にも思っていなかったのだ。
だから、私のような原発不明という特殊なケースが起きた場合や、無理をしてでも延命をしなければならないことが想定される場合は、お金をある程度貯めておくか、がん保険の加入を検討しておくことが必要になるだろう。
話が混乱するかもしれないが、私は「医療保険やがん保険に入ったことがない」とメディアに伝え続けてきたものの、じつは会社が私にがん保険をかけていたことが、その後、判明した。
もし私が1年以内に死亡すると、会社は結構な金額の保険金を受け取ることができるので、会社の経営は安泰だ。ただ、その保険金は、会社のものなので、私の治療費を払うことには使えないのだ。
いずれにせよ、がんとの闘いは、かなりの確率であと半年以内に決着するだろうと思う。
自由診療の治療費は、著書という“遺書”を残し、ラジオリスナーとの交流を守り、そしてゼミ生を育てるために支払ったコストだと考えている。
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経済アナリスト、獨協大学経済学部教授
1957年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。専門は労働経済学と計量経済学。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』『グリコのおもちゃ図鑑』『グローバル資本主義の終わりとガンディーの経済学』『なぜ日本経済は後手に回るのか』などがある。
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(経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 森永 卓郎)
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