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去勢された「宦官」は長寿集団だった…女性の寿命が男性よりもずっと長い理由を科学的に解説する

プレジデントオンライン / 2024年7月18日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

男性は、なぜ女性よりも寿命が短いのか。北海道大学大学院の黒岩麻里教授は「大きな要因は、遺伝子、性染色体、ホルモンの違いだと考えられている。特に女性ホルモンは健康に大きく影響し、寿命にも関係している」という――。

※本稿は、黒岩麻里『「Y」の悲劇』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

■なぜ女性の平均寿命は長いのか

世界トップの平均寿命をもつ日本ですが、図表1を見ていただくとおわかりのように、データがある全ての年において、男性よりも女性の平均寿命の方が長いことがわかります。男性よりも女性の方が長生きの傾向がある、多くの方がご存じのこの事実、実は世界的にも同様の傾向が見られます。

【図表1】日本の平均寿命の推移
『「Y」の悲劇』より 図版/朝日新聞メディアプロダクション

なぜ女性は男性よりも長生きなのでしょうか?

男女の寿命の違いについては、様々な研究が行われています。その中で、特に大きな要因として考えられているのは、遺伝子、性染色体、ホルモンの違いです。特に女性ホルモンについては、女性の健康に大きく影響しており、そのため寿命にも関係しているといわれています。

コレステロールという分子が、男性ホルモンや女性ホルモンをつくる原材料になっていると、第1章でお話ししました。

コレステロールは、私たちの身体にはなくてはならない重要な脂質のひとつで、ホルモンの材料となる以外にも、細胞膜をつくる材料や、脂肪の吸収を助ける胆汁酸の材料にもなります。さらに、髪や皮膚を滑らかにしたり、神経伝達にも働くと考えられています。ですので、私たちの血液の中にコレステロールは、常に存在しています。

■コレステロールの「善玉」と「悪玉」の違い

そしてコレステロールには、「悪玉」と「善玉」がいると聞いたことがある人も多いのではないでしょうか?

この表現から、身体にすごく悪いコレステロールと、すごく良いコレステロールの2種類があると思っている人も多いのですが、実は両者はコレステロールとしては同じものです。

黒岩麻里『「Y」の悲劇』(朝日新聞出版)
黒岩麻里『「Y」の悲劇』(朝日新聞出版)

違いは、血液中を移動するときの状態にあります。コレステロールは脂質、つまり脂ですから水に溶けないので、そのままでは血液に溶けて体内を移動することができません。ですので、血液に溶けやすい特殊なタンパク質などに包まれたカプセル状となり、血液中を移動します。このカプセル状の物質をリポタンパク質といいます。

リポタンパク質は何種類かに分けられますが、このうちHDLと呼ばれるリポタンパク質でできたカプセルは、余分なコレステロールを回収して肝臓に戻す役割をもっています。そのため、このカプセルに包まれたHDLコレステロールを「善玉コレステロール」とよびます。

■悪玉コレステロールと女性ホルモンの関係

一方で、LDLとよばれるリポタンパク質のカプセルは、身体中にコレステロールを届ける役割をもっています。

コレステロールを届けること自体は必要なのですが、LDLが増えすぎると血管内にコレステロールが蓄積してしまい、血管を傷つけたり血管の内側を狭める原因となります。ですので、LDLコレステロールを「悪玉コレステロール」とよぶのです。

そして女性ホルモンは脂質の代謝に深く関わっており、LDLコレステロールを抑える働きをもっていると考えられています。つまり、女性ホルモンを分泌している女性の身体では、悪玉コレステロールが抑えられ、結果的に心血管疾患や動脈硬化になるのを防いでいるのです。

実際に、日本を含めたほとんどの先進国において、心筋梗塞などの心血管疾患や動脈硬化の罹患率は、女性よりも男性に多く、女性ホルモンがこれらの病気を予防していると考えられています。しかし、閉経を迎え女性ホルモンの分泌が低下した女性では、急激にLDLコレステロールが増加します。高齢になるほど女性での心筋梗塞による死亡率が上がるという報告もあるため、女性でももちろん注意が必要です。

高齢女性の肩を抱く医療従事者
写真=iStock.com/andreswd
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/andreswd

■男性は「長寿ホルモン」が少ない

また、「アディポネクチン」とよばれるホルモンも、寿命に関係しているといわれています。

アディポネクチンは脂肪細胞から分泌されるホルモンで、血管の内皮細胞に働きかけて動脈硬化を抑える働きをもっています。また、先にお話しした善玉のHDLコレステロールを増やす働きや、糖尿病を抑えたり、抗炎症作用もあることから、様々な生活習慣病の予防に働いていると考えられています。そのため、「長寿ホルモン」や「健康ホルモン」ともよばれます。

このアディポネクチンの分泌量は、一般的に男性よりも女性の方が多いといわれています。

なぜこのような性差が生まれるのかという疑問に答えたのが、男性ホルモンがアディポネクチンの分泌を阻害しているという研究報告です。男性は女性よりも多くの男性ホルモンを分泌しているがために、長寿ホルモンの恩恵を女性よりも受けにくい、という状況なのです。

肥満や内臓脂肪が蓄積すると、アディポネクチンの分泌量が減ることも知られています。この分泌量は、肥満度を示すBMIの値と強い相関があることが報告されています。つまり、内臓脂肪を減らすことでアディポネクチンの分泌量が増えることが期待できるので、内臓脂肪型肥満にならないようにすることは男性にとってはより長寿の秘訣となりそうです。

■女性ホルモンは高血圧や動脈硬化を予防する

さらに女性ホルモンは、いくつかの方法をとって血管壁に作用し、動脈硬化を抑える働きをもつことが知られています。

ひとつは、直接的に血管壁に作用する方法です。血管を拡張させる機能をもつ物質には、一酸化窒素とプロスタサイクリンが知られていますが、女性ホルモンは血管の内皮細胞に直接的に働きかけ、内皮細胞での一酸化窒素とプロスタサイクリンの産生を増加させます。そうすると血管は柔軟になり、拡張して血圧も下がります。

そのほかに、血管内皮細胞を増殖させる働きもあります。高血圧や高脂血症、糖尿病などにより血管内皮細胞が傷つくと、その場所は厚く硬くなってしまいます。しかし女性ホルモンの働きにより血管内皮細胞が増えると、傷ついた部分が再生するので、肥厚を防ぐことができます。

さらには、血管壁の大部分をつくっている血管平滑筋細胞に働きかけて血管平滑筋を弛緩させ、血管を拡張する効果ももっています。

このように様々な方法で、高血圧や動脈硬化の予防に大きな役割を果たしている女性ホルモン。その働きは狭心症や心筋梗塞などの心疾患、脳出血や脳梗塞などの脳血管疾患のリスクを下げ、女性の長寿に大きく貢献しているのではないかと考えられています。

動脈硬化のイラスト
画像=iStock.com/lvcandy
※画像はイメージです - 画像=iStock.com/lvcandy

■男性ホルモンが無ければ長生きするのか

ヒトに限らず多くの哺乳類で、オスはメスよりも寿命が短いことが知られています。

そのため、女性ホルモンの分泌量の差だけではなく、男性ホルモンそのものがオス(男性)の寿命に影響を与えているのではないか、とも考えられているのですが、男性ホルモンと寿命の関係には未だ不明瞭な点が多く残されています。

しかし、例えば去勢したラットやイヌは、去勢していないオスよりも長く生きることが報告されています。去勢とは、外科手術により精巣を除去することで、精巣がなくなってしまうと十分量の男性ホルモンが分泌されなくなります。

ヒトでも、去勢された場合の寿命について調査した研究があります。韓国の宦官の寿命を調べたものです。

宦官とは、去勢を施された官吏のことです。宦官の制度は古代から各文化圏に存在し、東アジアでは古代中国にはじまり朝鮮やベトナムなど、主に中国の勢力圏にあった地域に広がりました。

去勢手術は、もともとは刑罰として行われていましたが、皇帝の側に仕える地位を手に入れた宦官が多くいました。それゆえに、自ら志願して宦官となる者が後を絶たない時代もありました。

明の王朝時代は、10万人もの宦官がいたとの記録もあります。そのため、去勢手術を専門に行う役目の者がいて、外科手術により睾丸(精巣)と、地域によっては陰茎もあわせて切り落としました。

■朝鮮王朝の「宦官」は長生きだった

韓国の仁荷大学の研究グループは、宦官制度を取り入れていた朝鮮王朝の記録を調査し、朝鮮王朝時代の宦官の寿命を調べました。この歴史的資料は「養世系譜」とよばれ、世界で唯一現存する宦官の家系図が記されたものです。

朝鮮王朝においては、宦官は去勢を施されているため、生物学上の自身の子をもつことはありませんでした。しかし、当時の朝鮮王朝では、結婚し養子をもつことが認められていました。

「養世系譜」には385人の宦官についての記録があります。その中から、誕生と死亡の年代が明確に記録されており、かつ少年期に去勢した宦官81名を選び出し、その死亡年齢を調べました。

なぜ幼少期に去勢した宦官を選んだかといいますと、本来ならば思春期に多く分泌されるはずの男性ホルモンの影響を受けずに成長したと考えられるからです。

一方で、大人になってから去勢をした場合は、男性ホルモンの影響をすでに受けているからです。さらに、去勢を受けていない比較対照群として、宦官と同等の地位にあった3つの家系の貴族の家系図から、男性の死亡年齢を調べました。

宦官でない3家系の貴族男性では、平均死亡年齢の幅は51~56歳となりました。一方で、宦官の平均死亡年齢は70歳で、宦官でない男性の寿命よりも14~19年長いことがわかったのです。

さらに、調査対象となった81人の宦官のうち、100歳以上生きた人が3人もいました(100歳、101歳、109歳)。

宦官でない男性の平均死亡年齢が示しているように、当時の貴族の男性の平均寿命は50歳程度と予想されます。さらに、王の平均寿命は45歳、王族男性は47歳であったことから、宦官がいかに長生きであったかがわかります。

笑顔で肩を組む3人の高齢男性
画像=iStock.com/andreswd
※写真はイメージです - 画像=iStock.com/andreswd

■「男性ホルモンが寿命を縮める」とは言えない理由

ちなみに、現在の長寿大国日本では「人生100年時代」といわれており、2023年9月時点で、100歳を超える高齢者は9万2139人。これは、およそ1350人に1人の割合です。しかも、100歳を超える高齢者の89%は女性なのです。

ただし、この報告から「男性ホルモンが男性の寿命を縮めている!」と結論づけることはできません。この調査結果は、宦官が長生きであったことを示してはいますが、男性ホルモンとの因果関係を科学的に明らかにしたわけではないからです。

前節でご紹介した去勢したラットやイヌの研究報告からも、男性ホルモンが男性の寿命に何らかの影響をもたらしている可能性は考えられます。

しかし、寿命に影響するのは男性ホルモン以外の要因、例えば宦官の食生活や生活習慣が長寿に貢献した、なども考えられます。

さらに、男性ホルモンは男性にとって本来は必要なものですので、これが減少することによる別の影響も考慮する必要があります。先にお話ししたように、この研究では、男性ホルモンを多く分泌する思春期を迎える前に去勢手術を行った宦官を調査対象としています。

一般的な男性は、分泌された男性ホルモンを利用して生きているため、更年期を迎えて男性ホルモンの分泌が減少すると、興味や意欲の喪失、集中力や記憶力の低下、筋力や骨が弱くなるなどの男性更年期障害が生じることが知られています。

さらに男性ホルモンには、突然死の主原因である不整脈を抑える働きなどもあり、安易に男性ホルモンを悪者とすることは避けるべきです。

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黒岩 麻里(くろいわ・あさと)
北海道大学大学院 教授
1997年、名古屋大学農学部卒業。2002年、同大学院生命農学研究科 応用分子生命科学専攻にて博士号取得。日本学術振興会特別研究員、北海道大学先端科学技術共同研究センター講師、同大大学院理学研究院准教授を経て16年より現職。専門は生殖発生学・分子細胞遺伝学で、哺乳類、鳥類を対象に、性染色体の進化や性決定の分子メカニズムの解明を目指す。著書に『消えゆくY染色体と男たちの運命 オトコの生物学』(学研メディカル秀潤社)、『男の弱まり 消えゆくY染色体の運命』(ポプラ新書)がある。

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(北海道大学大学院 教授 黒岩 麻里)

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