考え方の切り替えがうまい人はいくつになってもこれができている…禅僧が説く「人生の重大局面で必要な勇気」
プレジデントオンライン / 2024年7月20日 7時15分
※本稿は、南直哉『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■定年退職と同時に入門した61歳
かなり前、バブルの残り火が燻(くす)ぶっていた頃、ある老僧と話していたら、
「いやあ、なんだな、男は定年になると、蕎麦打ちか出家がしたくなるらしいな」
いつもユーモアに満ちた口ぶりの人だったが、これには大爆笑したものである。
ある程度の年齢、五十歳、六十歳くらいを過ぎてから出家して僧侶になる人を、この業界では「晩年僧」と言ったりするが、これが意外と少なくない。
私の修行した道場にも、五、六年に一度くらいの割合で中高年が入門してきた。
一番驚いたのは、中学の校長先生を定年退職して、いきなり上山してきた六十一歳である。
九十近くまで頑張って住職を続けた師匠(父親)が急逝して、寺を継がなければならない立場になり、退職と同時にやってきたのだ。
■「じいちゃんは、ズルして和尚さんになるんか」
得度(とくど)(僧侶になる儀式)は、若い頃に済ませていたので、なんとか簡単に修行をすますか、できればショートカットして住職になる方法が無いか、あちこちツテを探したらしいが、その様子をどこかで見ていた幼い孫が一言、「じいちゃんは、ズルして和尚さんになるんか」。
「じいちゃん」はこの一言に発奮して、乗り込んできたのである。
こういう時、道場は容赦しない。入れば年齢は関係ない。が、配慮はする。
彼が彼なりに精一杯やっていれば、若い者に及ばぬところは、見て見ぬふりをするのである。
たとえば、朝の回廊掃除の時、修行僧は全員が一斉に長大な階段を駆け上がり、頂上から我勝ちに猛スピードで拭き降りる。
すると、還暦も越えれば、彼は若者集団に、陸上競技なら二周半くらいの遅れになる。ほとんど全員が拭き終わった頃、ゼーゼー息を切らしながら、よろめくようにして頂上にたどりつき、前に倒れるように両手を伸ばして、懸命に階段を二、三段拭き始める。
途端に、下からずっと見ていた古参和尚が、
「早くしろ!」
「はあい、いっ……(必死の声)」
「よーしっ! そのまま降りてこいっ!」
彼はようやく登った階段を、手すりにつかまりながら、降りてくるのである。
■自衛隊の陸将を退官して入門
こういう者ばかりではない。
「一度修行がしたくて」、自衛隊の陸将を退官して入門したという猛者(もさ)もいた。これはすごかった。正確な年齢は聞かなかったが、六十歳近くだったと思う。
まず、掃除だろうが、山仕事だろうが、体力的にまったく若者集団に引けを取らなかった。それ以上に驚いたのは、修行態度である。孫のような歳の古参修行僧に指導されたり指示されたりすると、堂内に響き渡るような大声で、
「はいっ!」
敬礼せんばかりの迫力に、古参の方が押されて、次第に言葉が丁寧になっていった。
戦時中に軍隊経験のある老僧が、「さすが将軍だなあ」。
もちろん、得度したものの、修行に行く前、あるいは修行の最中に、あえなく挫折する者もいる。健康上の理由もあるが、精神的なものも大きい。
![角塔婆](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/7/1200wm/img_f76b2643df7c95968633069031c747c0335252.jpg)
■ブッダが説く晩年僧に難しいこととは
いわゆる初期経典には、ブッダの言葉として、「晩年に出家した者」に具(そな)えることが難しい項目を列挙したものがある。
(1) 機敏であること
(2) 威儀を具えていること
(3) 多くの教えを聞くこと
(4) 教えを論ずること(説法者であること)
(5) 律(僧団の生活規範)を身に付けること
(6) よく説くこと
(7) 学んだことをしっかりと把握すること
(8) 教えられたことを恭(うやうや)しく巧みに行うこと
(1)は、確かに歳と共に難しくなるだろうが、先述のとおり、道場では甘くは接しないが、配慮はする。ハナから修行が無理とは思わない。
(2)は、修行僧らしい、あるいは僧侶らしい立ち居振る舞いや、佇まいを意味する。これも、まあ数年修行経験を積むうち様になってくるもので、加齢は致命的障害にならないはずだ。
(3)、(4)、(6)については、必ずしも晩年僧の弱点にはならない。要は志を以て実践と勉学の研鑽を積むことが重要なのであって、この点、箸にも棒にもかからない若い修行僧も少なくない。
ただ、(7)が主に記憶力や理解力についての言及だとすると、加齢による減退がある場合には、それを補う工夫は要るだろう。が、「把握」ができないわけではないと思う。あくまで「難しい」というだけだ。
■「忘れる」勇気が要るとき
私が思うに、問題は(5)と(8)である。なぜなら、(5)と(8)はそれまでの思考や行動のパターンを大きく切り替えなければならないからだ。要するに在家から出家へと、生活スタイルを劇的に転換する必要があるのだ。
![南直哉『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/f/1200wm/img_6f4aec4a64ae0c0c1de1dd375c0820a6292885.jpg)
これは、過去に多くの経験を積み重ねてきた中高年には、そう簡単なことでない。生活習慣化した過去の経験、特に成功体験の記憶が、切り替えの障害になるのである。
孫のような年の「先輩」の指導・指示に無条件で服従することから始まり、およそ「娑婆(しゃば)」では不合理としか思えない修行の数々を、屈託なく即座にできる者は、そう多くはない。
私が入門した頃には、新到(しんとう)和尚(新人一年目)が集まる大部屋の正面に、茶色に変色した紙が貼ってあった。
いわく、「年齢を忘れよ。過去を忘れよ。自分を忘れよ」。
けだし、出家に限らず、生きていると、この種の切り替えが必要になる場面が、一度や二度はあるだろう。その時、この「忘れる」勇気が要るのだ。
![南 直哉と仏像](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/1200wm/img_6747d34e9826dbd2c61ee07a11361d47483902.jpg)
「考え方を切り替えろ」と、時として人は言う。しかし、考え方を本当に変えたいなら、生き方を変えるしかない。私はそう思う。
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禅僧
1958年、長野県生まれ。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。早稲田大学第一文学部卒業後、大手百貨店勤務を経て、1984年に曹洞宗で出家得度。同年から曹洞宗・永平寺で約20年の修行生活をおくる。著書に『恐山 死者のいる場所』、『超越と実存 「無常」をめぐる仏教史』(いずれも新潮社)、『善の根拠』『仏教入門』(講談社)、『死ぬ練習』(宝島社)など多数。
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(禅僧 南 直哉)
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