なぜサッカーの試合で「幻のゴール」が相次いでいるのか…「ビデオ判定」を導入したらジャッジの98%が覆った本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年7月15日 9時15分
※本稿は、今泉拓『行動経済学が勝敗を支配する 世界的アスリートも“つい”やってしまう不合理な選択』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■野球とサッカーのビデオ判定では判定が覆る確率が大きく異なる
サッカーと野球のビデオ判定では、判定が覆る確率が大きく異なることが知られています。覆る可能性が極めて高いのはどちらでしょう?
答えは(2)のサッカーです。サッカーのビデオ判定(オンフィールドレビュー)では、主審が映像をみて最終判断を決めます。一方、野球(メジャー)のビデオ判定では、別のスタッフが最終判断を決めます。サッカーでは自身の判断を疑いの目で再確認することで、判定を覆す可能性があります。同じ現象でも疑いのフレームでみることで判断が変わるという、1種のフレーミング効果について確認しましょう。
・サッカーのビデオ判定システム(VAR)では、判定に重大なミスの可能性がある場合、審判がビデオを再確認することがある(OFR)。
・OFRで判定が覆る確率は9割以上である。野球やアメフトのビデオ判定が5割程度であることと比較すると、OFRは判定が覆りやすいといえる。
・OFRは野球やアメフトと違い、審判が自身の判定を再確認する。疑いのフレームで映像をみるため、判定を覆しやすいと考えられる。
■VARでリヴァプール遠藤の走路妨害がオフサイドに
2023年の8月、サッカー日本代表としても活躍する遠藤航は、イングランドの超ビッグクラブであるリヴァプールに移籍しました。チームの心臓として大車輪の活躍をみせた遠藤は、イングランド国内クラブのトーナメント戦であるカラバオカップ(EFLカップ)の優勝にも貢献しました。
そのカラバオカップの決勝で、リヴァプールにとって不可解な判定がありました。
試合は60分、リヴァプールはセットプレーから主将のファン・ダイクがヘディングでネットを揺らしました。ゴールのように思えましたが、このプレーにビデオ判定をするVAR(ビデオアシスタントレフェリー)が介入。ゴール直前、オフサイドポジションにいた遠藤が相手のディフェンダーの走路を妨害した疑いで、主審は試合映像を再確認(OFR:オンフィールドレビュー)しました。結果、遠藤がプレーに関与したとしてオフサイドに。ゴールは取り消しとなりました。
このような走路を妨害するプレーはよく行なわれますし、ボールに触っていない遠藤がオフサイドになることにも違和感があり、ゴールを取り消すことはやりすぎなのではないかという声が相次ぎました。
試合は結局、延長後半に主将のファン・ダイクがヘディングでネットを再度揺らし、リヴァプールが優勝。優勝できたからよかったものの、もしこれで優勝を逃そうものなら、疑惑の判定として後世まで語り継がれる判定変更になったかもしれません。
もちろん、VARによって誤審が減ることは好ましいことです。
しかし、この遠藤のオフサイドのように、VAR(厳密にはOFR)によって判定が不当に覆りすぎているのではないか、という問題が知られています。この判定変更をフレーミング効果の視点から考えてみましょう。
■VARでも最終判定を下すのはあくまで主審
サッカーにはフィールドにいる審判員とは別に、VARという映像を見ながらフィールドの審判をサポートする役割の審判員がいます。
VARはすべてのプレーに介入するわけではありません。
「得点」「PK」「退場」「警告の人間違い」の4つのプレーにおいて明白な間違いや見逃された重大な事象があるときのみ、VARは介入をします(③)。この明白な間違いというのは、10人中8人以上が反対するような場面を意味するので、覚えておいてください。
VAR の介入方法は2つあります。主審の主観的な判断が必要な場合(例:タックルの強さ)は、OFR(オンフィールドレビュー)といって主審がモニターで再確認します。主観的判断が不要な場合は、VARのみで検討します(④)。以上のプロセスを経て、主審が最終判定を下します。
VARで重要なのは、あくまで最終判定を下すのはVARではなく主審であることです。OFRで映像を再確認したときに、主審は必ずしも判定を覆す必要はありません。サッカーの主審は1試合のなかで判定の基準が一致することが求められます。VARの助言が自分の基準と一致しないと判断したら、判定を変更しなくてよいのです。
![【図表2】VARの手順と進め方](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/e/1200wm/img_0e40f5cf5d0300ba66922499d2dcb482406579.jpg)
■OFRが行なわれると判定は98%覆る
主審はVARの助言に必ずしも従わなくてもよいということでしたが、どれくらいの頻度で判定が覆るのでしょうか。
Sky Sportsはイングランドのプレミアリーグを対象に、2023年8月の開幕から2024年1月までのOFRについて調査をしました(※1)。結果、55件のOFRのうち、54件で判定が変更されたことが示されています。実に98%の割合で判定が覆っています。
※1:Sky Sports.(2024). Do Premier League referees ever overrule the VAR? The data show it’s rare-but it does happen.
つまり、主審は自身の判定を貫いてよいという前提は形骸化しており、実質的にはVARの助言が採用されるシステムといわれても仕方がない結果になっています。
もちろん、ビデオ判定は誤審を減らすためのシステムなので、間違っていた判定が覆るのは好ましいことです。ただし、OFRは“10人中8人以上が間違いだと考える”ミスについて再考する機会であり、必要以上に判定が覆っているとも考えられます。サッカーファンであれば、冒頭の遠藤のオフサイドのように、VARの介入によって納得のいかない反則を取られたシーンが思い浮かぶことでしょう。
■来年以降の試合数を減らされる…主審が判断を覆す理由
OFRでは、主審がもう一度同じシーンを判定するというプロセスがあり、このプロセスに認知バイアスが生まれる可能性が潜んでいます。
野球においては、同じ塁状況でも点差というフレームが異なることで盗塁の判断が異なる可能性があります。
このOFRでもフレームの違いによって、判断を変えてしまう可能性があるのではないでしょうか。
最初に判定した際も、OFRで再判定する際も、同じ事象を判断しています。OFRでは再生速度や映像の視点を調節できますが、大雑把には同じ現象を再判定しているといえます。
しかし、OFRをする際はVARから介入をされており「1度目の判定は誤審なのでは」という視点で映像を再確認します。疑いのフレーム(ネガティブフレーム)で同じ事象をみるために、判定が変わってしまう可能性が考えられます。
ネガティブフレームでは、損失回避的な行動がみられることが知られています。主審にとって損失とは、自らの判断によって金銭的・社会的な制裁を受けること(それによって来年以降の担当試合が減ること)だと思われます。VARの助言を聞き入れて判定を変更すれば、こういった制裁を受ける可能性が減ります。その結果、1度見たときに比べて判定(意思決定)を変更するわけです。
このように、OFRによる判定変更の過剰さは、フレーミング効果の視点から支持されます。
■サッカーでは変更率は9割超、野球とアメフトは5割程度
このロジックで考えると、ビデオ判定をする人が審判本人でない場合は、ネガティブフレームが適用されないため、判定が覆る可能性が低くなると考えられます。
今回は、簡単な比較としてサッカーのOFR と野球(メジャー)(※2)、アメフト(NFL:ナショナルフットボールリーグ)(※3)のチャレンジ(ビデオ判定)を比較してみます。
※2:Close Call Sports.(n.d.).Replay stats.
※3:Football Zebras.(2020). 2020 Replay Statistics.
野球、アメフトのチャレンジでは、1度目の判定をした審判とビデオ判定をする審判が異なっています。そのため、サッカーに比べてより中立的な視点でビデオ判定ができると思われます。
この3つの競技を比較した結果が次の表です。野球やアメフトのチャレンジでは判定が覆る可能性が5割ほどでした。サッカーの9割超と比べるとかなり低い値であることがわかります。
もちろん、サッカーと野球、アメフトでは、競技のルールも違いますしビデオ判定のシステムも異なります。
特に、サッカーでは重大な事象についてすべてチェックするのに対して、野球・アメフトではチームの監督が異議をとなえた場面のみとなっています(ただし失敗するとペナルティがあるため乱用はできません)。このような条件の違いがあるため、この3つの競技の比較は参考程度のものと受け止めてください。
![【図表3】ビデオ判定によって判定が覆る割合](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/1/1200wm/img_81e6affd8d22090a564b50ea939ad79d262185.jpg)
■映像で再確認すれば正確無比な判定ができるわけではない
一流の選手や審判のいるプロリーグでこれだけの違いがでるというのは驚きです。サッカーのOFRではネガティブフレームによって判定が覆りやすい可能性が否定できないといえるでしょう。
![今泉拓『行動経済学が勝敗を支配する 世界的アスリートも“つい”やってしまう不合理な選択』(日本実業出版社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/2/1200wm/img_52e05c39b56286c15f3dcc9e4947a8c0251440.jpg)
主審がビデオを再確認するという方法は、判定の一貫性を担保するという意味では魅力的なプロセスではありますが、ネガティブフレームによる認知バイアスを生み出す温床になっているかもしれません。
より厳密に検討するためには、サッカーのVARにおいて主審がOFRする場合と別の審判がOFRする場合でどのように結果が異なるか比較する必要があります。この比較で、よりよいサッカーの判定方法について議論を進めることが期待されます。
スピーディーなスポーツ場面を映像で再確認すれば、正確無比な判定ができるように思われます。しかし、サッカーのOFRではネガティブフレームの影響がみられる可能性が示されました。
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東京大学大学院学際情報学府博士課程所属
1995年生まれ。東京大学理科2類に入学、教養学部に進学しコンピュータサイエンスを専攻。大学3年生時からデータスタジアム株式会社で野球データの分析を開始。以降、株式会社ネクストベースにて野球データの分析を担当するなど6年間データ分析に従事。東京大学大学院学際情報学府では認知科学・行動経済学を専攻。東京スポーツ・レクリエーション専門学校非常勤講師(スポーツ分析)。
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(東京大学大学院学際情報学府博士課程所属 今泉 拓)
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