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警官が食料略奪を手助け、避難所でレイプ事件…ブラジル人研究者が「日本とは全然違う」と嘆く災害現場の実態

プレジデントオンライン / 2024年7月18日 16時15分

現在は、ブラジリアで研究員、教員として務めるジャロウィツキ氏 - 写真=ジャロウィツキ氏提供

■日本の災害復興は「遅れている」のか

日本は言わずと知れた災害大国だ。

元日に発生した能登半島地震では甚大な被害が発生し、被災地は復興に向け全力を注いでいる。

そんな日本の被災者支援に対して、何日間も学校の体育館で避難生活を余儀なくされ、おにぎりや菓子パンなどの冷たい食事が出されることなどを指して「日本の災害復興は遅れている」という声も聞こえるが、本当にそうなのだろうか。

筆者の暮らすブラジルも災害とは無縁ではない。南部では4~5月にかけて歴史的な水害が発生し、多くの住民が住処を追われた。

東日本大震災の被災地で初期の復興にも立ち会った、ブラジリア大学のイヴァナ・ジャロウィツキ教授(48)は「私の知る限り日本の災害対策は世界で最も優れています。日本では当たり前のように行われている災害復興が、ブラジルでは進まないんです」と嘆く。

■未曽有の水害が襲ったブラジル

ブラジル南部で4月末から5月中旬にかけて発生した度重なる豪雨とダムの一部決壊により、リオグランデ・ド・スル州の多くの自治体が洪水による甚大な被害を受けた。州内全自治体の96%にあたる478市町村が被災し、死者182人、行方不明者31人を数え、浸水や家屋倒壊などにより約54万人が避難を余儀なくされた。5月10日時点での被害総額は80億レアル(約2372億円)と算出された。

5月5日:浸水したポルトアレグレ市中心街
写真=Gustavo Mansur/Palácio Piratini
5月5日:浸水したポルトアレグレ市中心街 - 写真=Gustavo Mansur/Palácio Piratini
5月5日:ポルトアレグレ市住宅街での救難活動
写真=Lauro Alves/SECOM
5月5日:ポルトアレグレ市住宅街での救難活動 - 写真=Lauro Alves/SECOM
5月18日:洪水により多くの地区が破壊されたアホイオ・ド・メイオ市
写真=Gustavo Mansur/Palácio Piratini
5月18日:洪水により多くの地区が破壊されたアホイオ・ド・メイオ市 - 写真=Gustavo Mansur/Palácio Piratini

川沿いの州都ポルトアレグレではグアイバ川の水位が過去最高の5.33メートルに達し、多くの家屋が水没した。市内の大小45万9000件の企業が被災し、国際空港は全面的な機能停止に陥った。

ブラジル南部はいま、未曾有の水害からの復興に直面しているのだ。

■暴行や窃盗の多発に公安部隊出動

水害発生から2カ月以上たった現在、住民約133万人を擁するポルトアレグレでは都市機能回復に向けた取り組みが着々と進められている。しかし内陸の多くの自治体の復興は遅々として進んでいない。6月中旬に大手新聞社が行った調査によると、アンケートに答えた各地住民の半数以上が「州の再建に3年以上かかる」と、復興のスピードに対して悲観的だ。

行政の災害対策の不備に加えて、さまざまな事件による混乱が復興をより難しくしている。

避難所では未成年に対する複数件の性的暴行が発生し、空き巣泥棒は水害発生から約1カ月間で逮捕者100人を超えた。救援物資の組織的窃盗も頻発し、果ては警察が市民による食糧倉庫襲撃を手助けする事件まで起きた。

こうした事態に対応すべく連邦政府は国家公安部隊を派遣した。

一方で、富裕層の多い州都では、コンドミニアムに武装した非番の警察やガードマンを配備するなど、独自の自衛策を敷いている。“みんなで復興”という意識は低い。

平常時から治安が悪く、貧富の差が著しいブラジルでは、緊急事態の発生により治安、教育、格差など国や地域社会が“蓋をしておきたい問題“が鮮明にさらけ出されるのだ。

■ブラジルに足りない日本の「官民一体のエコシステム」

ジャロウィツキ氏は水害発生後、優れた災害復興システムを持つ日本を知る専門家として、多くのブラジルメディアに出演している。6月末には被災地ポルトアレグレの地元紙GZHのライブ配信で、災害対策における地域住民の主体性と官民のエコシステムの構築が急務だと説いた。

6月28日にGZH紙がライブ配信した「模範とすべき日本の災害復興活」で語ったジャロウィツキ氏
写真=©GZH
6月28日にGZH紙がライブ配信した「模範とすべき日本の災害復興活」で語ったジャロウィツキ氏 - 写真=©GZH

「災害時の日本人には、政府や自治体からのトップダウンの指示に従うだけでなく、地域共同体の一員として自助努力で復興に取り組む姿勢があり、いわば官と民が連携して災害対策のエコシステムを形成します。行政が地域社会の声に耳を傾け、市民が行政に協力することで、状況に応じた改善が繰り返されるのです。ブラジルでも自治体と地域社会が協力して復興に取り組む体制づくりが必要です」

■「復興」よりも優先される「憂さ晴らし」

ブラジルでは近年、中道政治に対する支持が低迷し、極左と極右がいがみ合う政治的二極化が常態化し、官民の協調が困難を極めている。現にポルトアレグレでは水害発生直後から行政と市民の対立が激化している。

ポルトアレグレでは、長年のメンテナンス放棄から水害の拡大を抑える水門が作動しなかったことや、2023年度災害対策費の支出がゼロだったことなどから、現市長への批判が高まっている。

ポルトアレグレ住民協会は、市議会に市長に対する弾劾請求を提出し、市民は住宅の窓辺で鍋をしゃもじなどで叩いて騒音を起こす抗議運動を展開した。

「鍋たたき」はボルソナロ前大統領のコロナ対策への抗議としてたびたび発生していた。

ブラジルでは未曽有の災害からの復興において、住民同士や官民一体の協力を脇に追いやり、「憂さ晴らし」を優先する住民も少なくないのだ。

「以前から指摘してきましたが気候変動によりブラジル南部では、今後水害が繰り返し発生する可能性が高いのです。そのため、市民にも復興において主体的に行動する意識が必要です」

■東日本大震災で感じた「日本の優れた復興」

ジャロウィツキ氏がブラジル人に手本にしてもらいたいと考えているのが、自身が東京大学に留学中に発生した東日本大震災からの復興だ。

サステイナブル建築を学んだ東京大学の野城研究室にて。中央がジャロウィツキ氏
写真=ジャロウィツキ氏提供
サステイナブル建築を学んだ東京大学の野城研究室にて。中央がジャロウィツキ氏 - 写真=ジャロウィツキ氏提供

ジャロウィツキ氏は、東京大学と東京理科大学が被災地である宮城県気仙沼市の「唐桑町鮪立」地区の復興を目的として地元自治会と共に発足させた「鮪立港まちづくり百年会」にひとりの学生として参加し、日本の復興について学んだ。

ジャロウィツキ氏は発生直後の2011年6月から、博士号取得の報告を兼ねた2013年2月まで計7回、鮪立を訪れ、住民への聞き取り調査や避難ルートのフィールドリサーチに携わった。

人口787人(2012年3月現在)の小さな集落で見た日本人の行動様式には目を見張るものがあったという。ジャロウィツキ氏は現地の復興プロセスの研究を通じて、

□ 綿密なモニタリングと行き届いた災害警報
□ 災害教育と継続的な訓練
□ 集団行動における役割分担と責任
□ 学術調査への住民の理解と積極的参加
□ 復興への長期的視点
□ 活かされる過去の経験

――の6点が、住民の高い防災意識や日本の効率的な災害復興に役立っていると分析した。

■「100年前の津波の到達地点」が一目でわかる

「ブラジルでは考えられない」とジャロウィツキ氏が感銘を受けたもののひとつが、日本では過去の災害の「爪痕」を実際に残し、現在の教訓としている点だ。

鮪立の八幡神社参道の脇には、今から約1世紀前の1933年の昭和三陸地震で発生した津波の脅威を今に伝える石碑が建っている。「地震があったら津波の用心」と彫られたその石碑は、かつての津波が達したおおよその位置に備えられており、311の津波もほぼ同じ高さまで襲ったと避難した住民から聞いた。

昭和三陸地震の津波を後世に伝える石碑
写真=ジャロウィツキ氏提供
昭和三陸地震の津波を後世に伝える石碑 - 写真=ジャロウィツキ氏提供

日本の多くの被災地では当たり前のように「津波到達地点」を示す看板が設置されているが、こうした「当たり前のインフラ整備」がブラジルではできないのだ。

鮪立を襲った津波の境界線を地図に書き込む作業。左がジャロウィツキ氏
写真=ジャロウィツキ氏提供
鮪立を襲った津波の境界線を地図に書き込む作業。左がジャロウィツキ氏 - 写真=ジャロウィツキ氏提供

「日本の災害対策には驚かされることばかりでした。災害に対するモニタリングと早期の警報は、素早く市民に警戒を促すだけでなく、それにより国や自治体が早期かつ適切に対策を講じられます。小さな漁村の鮪立でも町中の拡声器から地震の強度や津波の有無を伝えていたことが信じられませんでした。また、家屋・インフラの被害と死者数を最小限に抑えることができるのは、子供からお年寄りまでを対象に防災の教育と訓練が行き届いているからでしょう。地震が多いことを念頭に、国家レベルで準備ができていると思います」

■防災の先頭を担うリーダーがいない

ジャロウィツキ氏が抱いた印象は、日本で暮らす人にとっては当たり前のことだろう。しかしブラジルを含めて災害への予防や対策が徹底できている国は世界には少ないのだ。

漁村である鮪立では住民の大半が漁業組合で働いている。それでも、気仙沼市の指導のもと住民が率先して主体的に復興委員会を設立し、道路検討部会、港湾整備検討部会、集団移転等検討部会という3つの部会を組織して、復興に向けて速やかに歩み出したことにジャロウィツキ氏は驚いたそうだ。

「ブラジルには防災の文化が根付いていないため、地域社会における緊急時の役割分担と責任が不在です。政府機関への不信感が蔓延していることもあり、コミュニティリーダーが育成できていない場合が多いのです」

■70%以上の自治体が「防災予算ゼロ」

「鮪立港まちづくり百年会」はその名のとおり、100年という長期的視点に立って復興に取り組んでいる。

一方で、ブラジルには場当たり的な対応が目立ち、長期的な復興計画がまるで見られないという。

東日本大震災が発生する直前の2011年1月11日、リオデジャネイロ州で大規模な洪水と地すべりが起こった。この災害では、自然災害としてはブラジル史上最多の918人が命を落とした。

同年ブラジルでは「自然災害モニタリング・警報センター(CEMADEN)」が設立されたが、予算はわずか3年で大幅に縮小されて現在に至っている。同センターによると、ブラジル全自治体の72%では防災関係予算がないという。

「ブラジルは政策としていまだに災害リスク管理に適切な投資を行っていません。政府や自治体による対策は、災害発生後の即時的かつ短期的な取り組みばかりで、予防や長期的対策を講じることができていないのです。長期の計画が立てられないことから災害後の復興活動は持続性が伴っていないのです」とジャロウィツキ氏は自国の災害対策の状況を嘆く。

■「備えあれば憂いなし」の文化の形成を

気候変動の影響で世界的に災害の数が増え、日本から被災国へ物資輸送や人員派遣を行うニュースを目にすることも増えた。そんななか、災害大国ニッポンには、長期的な視野に立った防災や復興において世界に広めるべきノウハウが豊富だ。「オモテナシ」や「モッタイナイ」のような日本文化のキーワードと同様に「備エアレバ憂イナシ」の真髄を世界に広めていくべきだろう。

5月22日:ポルトアレグレ中心街で水害後のごみ処理を行う人々
写真=Gustavo Mansur/Palácio Piratini
5月22日:ポルトアレグレ中心街で水害後のごみ処理を行う人々 - 写真=Gustavo Mansur/Palácio Piratini
同日夜間ポルトアレグレ市内は再び浸水した
写真=Gustavo Mansur/Palácio Piratini
同日夜間ポルトアレグレ市内は再び浸水した - 写真=Gustavo Mansur/Palácio Piratini

「日本とは人々が醸成してきた文化も、地理的な環境もまるで違うので、日本の方法をそのままブラジルに導入することはできませんし、導入できたとしてもうまくいくとは限りません。ですが参考にし、応用することはできます。参考にすべき復興の事例をブラジルで発信し続けることで、気候変動が進むにもかかわらず、災害対策をないがしろにするブラジルの現状に対して警鐘を鳴らし続けたいです」

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仁尾 帯刀(にお・たてわき)
ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター
ブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de São Paulo』(BEĨ)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。

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(ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀)

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