若年層の行動が明らかに短絡的になっている…今はまだ見えていない「石丸ショック」の本当の恐ろしさ
プレジデントオンライン / 2024年7月9日 16時15分
■「開票0パーセント当選」への泉氏の疑問
七夕都知事選。新聞各社およびテレビ各局は、開票開始の午後8時になった瞬間に、現職である小池百合子氏の当確を速報した。
TOKYO MX(地上波9ch)で夜7時半から始まっていた「都知事選開票特番 選挙FLAG」に出演中だった前明石市長の泉房穂氏はその瞬間、疑問を隠さなかった。「マスコミが8時直前まで有権者に投票行動を煽っておいて、8時と同時に小池さんの当確を報じるのってどうなんかなと。選挙戦中も報じる候補者を数人に絞るっていうフィルターがあったわけで、これはマスコミの罪もあるん違いますか」
ただ一人の都知事を選ぶ選挙に対し、立候補者は前代未聞の56人。カオスと言われた2024年都知事選の結末は、現職による8年間の都政を追認評価する圧勝となった。そして選挙公示以来話題になった問題点――公選法のバグ、女性活躍軸への飽き、そしてネット選挙戦の台頭――を、いくばくかの後味の悪さとともに残して終わったのだ。
■制度疲労を起こした日本の選挙
候補者56人。周知の通り、政治団体「NHKから国民を守る党」(以下N党)が「ポスター掲示板をジャックして広告目的に利用する」と宣言し、その掲示枠を確保するために候補者を24人も擁立するなど、多くの立候補者に選挙の理念に決して合致しない思惑があったのは事実である。
その肩書と名前を顔写真とともに読み上げるだけの紹介映像が8分にも及ぶ尺となり、ニュース番組ではそれを流すだけで1コーナーが飛ぶ。政見放送は、全員分(氏名だけの候補者も含む)を合わせると17時間を超えるという事態に。その政見放送映像にも「これは放送するに値するのか」と疑問を隠せない悪ノリを感じさせるものも少なくなく、放送局には視聴者から問題を指摘するクレームも相次いだ。
政見放送とは毎度さまざまな(珍しい)人間のありようが見られるとして話題になるものだが、今回、56人の顔ぶれを通しで見ながら「ああ、現代日本の選挙制度は完全に制度疲労しているのだ」と感じた。
N党関連候補者24人を見て、なるほどN党の(潜在的)支持者とは、こういう非凡に憧れるごく平凡な人々なのだろうと理解が進んだ。
そんな彼らを組織して制度のバグを利用し、実は税金投入されている政見放送もポスター枠も「ネット広告枠」扱い。人々からのすべての注目に対して小金を課金し「マネタイズ」するのがクレバーとされるネットマーケティング社会ならではの、法的規制にまだ引っかからないだけのグレーな(不)道徳である。
■「自費出版扱い」の供託金制度
N党とは関係ない半分以上の候補者の中にも、自ら供託金を積んで独自の(時に不思議な)世界観を有権者に聞かせたい人たちがいて、供託金制度とは現代社会に一体どう捉えられているのだろう、自費出版みたいな扱いなのだろうかとぼんやり考えた。私の周囲では「96歳のドクター中松がむしろしっかりした候補者に見える」との意見もあり、泡沫候補も長年居続ければ泡沫ではなくなるのかもしれないとの笑い話も聞こえていた。
だが都知事選の前、5月の都議選補選後に「つばさの党」が勧善懲悪的な“お仕置き”をきっちりと当局から受けたのを見ていた世間は、ネット的な悪ふざけが割に合わないのを学習していたように思う。都外のユーザからもSNSでいじられるN党の扱いはどこまでもイロモノであり、蓋を開けてみれば、ポスター掲示板で彼らが押さえた「広告枠」を買うという悪ふざけに応じる人は多くはなかった。
得票トップ3候補者を除く候補者は全員供託金を召し上げられるが、24人分の供託金総額7200万円に対してN党のもくろみがどこまでペイしたのか、「民主主義への挑戦」には疑問が残る。
■小池百合子氏の圧倒的な強さ
非選挙的な思惑の参加者が多すぎる――。
とはいえ、そんな問題含みの都知事選を前にした選挙予測では、「国政に先駆けた高校授業料無償化アピールで子育て層を完全に味方につけた小池百合子が強すぎる」そして「残りはアンチ小池票を誰がどう分け合うかだろう」との読みが優勢だった。
小池百合子氏が掲げた公約スローガン「首都防衛」の4字は強かった。もともと、闘う女性政治家の先駆けというイメージを堅持してきた小池氏には固定的な女性支持者がいる。その闘う女イメージの彼女が、チルドレンファーストというスローガンの下、待機児童数大幅改善、国政に先駆けた高校(および都立大学)授業料無償化実現という実績を背に、いわゆる“生活者”の漠とした不安を汲み上げて「私があなたたちを救います」と言わんばかりの堂々たる絵に、私は「百合子の勝ち」を確信した。
■女性活躍の文脈で女同士が競わされた
24年は働く女性の年でもある。大河や朝ドラでは働く女性がテーマとなり、現代の働く女性たちが涙まじりに毎朝毎週その感想をSNSに書きつけているのをご存じだろうか。男性が描き、報じていた時代の「働く女性偉人」像を、女性クリエイターの視線でリアルかつ等身大に上書きするという試みに、いま働き暮らしている女性たちが共感してやまない。
小池百合子氏と蓮舫氏の「女性政治家一騎打ち」という図が持ち込まれた時、そういう定型で取り上げたのはむしろ男性メディアだった。
女性の間では小池氏と蓮舫氏が対等な候補者だと認識されていたとは言い難い。実際に前線で働いているがゆえに政治も経済も身をもって理解しており、なおかつすでにこんなジェンダー後進国の日本に飽き飽きした東京の女性の間では、「2位ではダメなんですか」の事業仕分けで有名な蓮舫氏は、彼女自身が自負しているという行財政改革の立役者という認識ではなく、日本経済失速・墜落の戦犯並みの認識で語られることもあったのだ。
女性活躍の文脈で女同士競わされるという、女性たち自身が望みもしない一騎打ちの図に、当の女性たちからはもううんざりとの声が上がっていた。
「うんざり」、その言葉が全てを象徴するだろう。政治は感情と相性がいい。蓮舫氏の政策というよりも、存在に「うんざり」がタグづけされてしまったのである。
蓮舫氏のまさかの惨敗を受け、陣営には「何が原因なのかわからない」との当惑があるのだそうだ。だがメディアにはリベラル女性代表のように扱われる蓮舫氏は、東京の働く女性の実感やキブンとは離れていた。その結果、「女性政治家一騎打ち」との構図は小池氏の圧勝、小池氏をよかれ悪しかれ日本の女性政治家における一つの正解としてしまう形に決着した気がする。これには必ず功罪が生まれるだろう。
■「石丸ショック」の本質
今回、都知事選の最大の教訓は「石丸ショック」だろう。その言葉の意味は「既成政党への有権者の不信に働きかけて無党派層を大量に動かし、得票数2位にまでつけた力」と理解されているが、本質はつばさの党やN党の問題と決してかけ離れてはいない、YouTubeやTikTokなどツールを活用したネット選挙戦運営問題でもある。
年代別の投票先候補者をグラフにした出口調査結果を見て、マーケティング当事者が懸念を思わず口にした。
「最近、若年層にネットのマーケティング手法が効きすぎているんじゃないかというおびえがずっとあるんです。10代〜20代と30代で石丸氏への投票が圧倒的なのを見ると、明らかに昔よりも短絡的になっている感じがある」
■若年層にネットマーケティングが効きすぎている
TikTokやYouTubeで石丸氏の切り取り動画が大いにバズり、露出が大きくなることで、ネットしか見ていない若年層が、他の候補と比較検討するということをせず、「石丸一択」となってマス的流行をつくる。狭いスコープで大量に同じ情報を受け続けることで影響を顕著に受け、スマホでSNSアプリをいじる延長でそのまま社会行動に移すという現象が起きている……と感じるのだという。
「いま、たとえば広告やオールドメディア的な、上からの圧力で一気に大量を動かすマスマーケティングの効き目が弱っているのでまだそれほど目立ってはいないですが、若年層の動きが明らかに昔よりも短絡的になっているんです。SNSでの各個撃破(敵が分散しているうちに、そのそれぞれを集中的に撃ち破っていくこと。弱者が強者に勝つための戦法と言われる)的な動きが連鎖してマス的流行を生むようなことが、いまいくつも生じているんです」
石丸氏が政治家としてどうか、彼の政策がどうか、という以上に、ネットでのPR戦術が効果を生みすぎた結果が、「石丸ショック」の別の面でもあるのだ。
英国議会では14年ぶりの労働党政権誕生、フランス国民議会では極右政党の台頭、そして米国大統領選では「世界一人材の厚い国のはずなのに、両党ともに消極的選択のすえに候補者が2人とも高齢者」という2024年。「もう優秀な人材は政治なんかやらないのかもしれない」という声も上がる。
2024年の都知事選で見られた数々の問題点は、日本の今を確実に映している。
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コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。
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(コラムニスト 河崎 環)
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