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トイレに行くために17回も刑務官にお願いをした…塀の中に落ちた元法務大臣が見た日本の刑務所の問題点

プレジデントオンライン / 2024年7月19日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawf8

刑務所の中では、どんな生活が行われているのか。元法務大臣で、刑務所で服役していた河井克行さんは「ほぼ全ての動作に担当刑務官の許しがいる。これでは刑務官の負担が大きく、受刑者の反省を促すことは難しい」という――。(第2回)

※本稿は、河井克行『獄中日記 塀の中に落ちた法務大臣の1160日』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■出所したのに再び堀の中に戻ってしまうワケ

僕の受刑者生活は、10月で丸1年になる。服役前の拘置所での384日を加えると、塀の中での生活は2年を超えた。実際に受刑者になって初めて分かったことも多い。

実は僕は国会議員時代、更生保護の推進に人一倍熱心に取り組んでいた。2007年、第一次安倍改造内閣で法務副大臣に任じられた僕は、敬愛する鳩山邦夫法相の指示の下、当時、深刻な問題であった刑事施設の過剰収容の実態を調べるため、全国の施設を視察して回った。多分、歴代の副大臣で最多の視察件数だったのではないか。

僕は、過剰収容の根本的な解決は、再犯して何度も服役する人たちを減らすことだと考え、鳩山大臣にお願いして、再犯対策充実の特命を下していただいた。

職に就かない出所者の再犯率が高いことに鑑み、僕は特に就労支援の推進に心を砕いた。首相官邸で開かれた副大臣会議の議題に就労支援を上げ、政府全体での取り組みを要請したり、全国に先駆け、地元・広島で経済団体や地方自治体を入れた就労支援促進の協議会を立ち上げたりした。

副大臣退任後には、自民党の初当選同期議員らと「更生保護を考える議員の会」を結成し、幹事長に就いた。受刑者の仮出所後のお世話をする保護司の皆さんの処遇改善や、保護司が集うサポートセンターの全国展開を急ぐよう、関係する役所に働きかけることもした。

平成20年に出所した受刑者のうち、5年以内に再び塀の中に入った者の率は39.8%だったのに、平成25年が38.2%、平成29年は37.2%とほとんど減っていない。10年以内の再入率を見ると、平成20年出所者では46.1%に達したほど深刻である。

■「犯罪者は懲らしめなければ反省しない」は間違い

この現状に危機感を抱いた法務省が、「懲らしめるだけでは受刑者を立ち直らせることはできない。もっと教育に力を入れなければ」と、方針転換を決意したことを僕は評価したい。でも大事なのはお題目ではなく、実効性ある施策の立案と実行である。そのためには、受刑者一人ひとりの来歴や環境に応じたきめ細かい教育指導を行う現場の意識改革、職員数の大幅増、新しい職制の導入が必要になる。

刑務所での勤務経験があるという浜井浩一龍谷大学教授(犯罪学)は、現在の刑務所のあり方について興味深い問題提起を行っている(『朝日新聞グローブ』2022年9月4日付「変わる刑務所」特集)。

このなかで浜井教授は、「『犯罪者は懲らしめなければ反省しない』と思いがちですが、懲らしめただけで反省する人はいない。人道的処遇では犯罪者をつけ上がらせるという指摘がありますが、私の経験では受刑者が反省したり、更生に向かうポジティブな気持ちを抱いたりするのは、自分が人間らしく、尊厳をもって扱われた時です」と言う。さらに、日本の刑務所では社会で必要な「自発性」を養っていない、と語る。

僕は浜井先生の論文を読んで、キーワードは「真剣な反省への導き」「立ち直りへの環境整備」「自発性の涵養」だと考えた。

河井克行氏
首相官邸ホームページより
河井克行氏 - 首相官邸ホームページより

■堀の中の不自由

受刑者は本当に反省しているのか? 人の内面を掴(つか)むことは実に難しい。おそらく刑務所は、「不自由な環境に置くことで受刑者を反省させることができる」という前提で営まれているんだろうと思う。

その証拠に、入所直後のあっさり簡単なものを除くと、反省度合いの進捗や贖罪意識の深化などについて受刑者が職員から面談されることは、仮釈放まで一度もないという。専門性のある人員を確保できないからだろうか。

受刑者の内心の把握は、各工場に配置されている刑務官に任せれば良いと思われるかもしれないが、彼らは受刑者の監視や刑務作業の指導で完全に手一杯である。受刑者の心情把握をすることにまで手が回らないのだろう。

たとえば僕の工場を例に挙げると、僕たち受刑者は、工場で黙ってまっすぐ前だけを見て椅子に座る以外は、何もしてはいけない。全ての動作には、担当刑務官の許しがいるのだ。

それを怠ると、即座に厳しい調査に数週間連行され、懲罰と決まると、数週間ただひたすら正座させられるだけの独房に入れられる。すると、受刑者としての「類」が下げられて、面会や発信の回数が減ったり、仮釈放が遠のいたりするのだ。

■トイレに行くために必要な行動

いま、僕が工場で作業に必要な会話を交わすには、その都度、右手を耳にくっつけてまっすぐに上げ、刑務官から「河井、用件は?」と声をかけてもらえるまで待つのだ。声をかけてもらえたら、「○○さんと作業交談願います!」と大きな声でハッキリと言う。

刑務官が「交談よし」と応えると、今度は僕の相手も同じく「交談願います」と叫ぶ。刑務官から「よし」と言われなければ、僕らの会話は始められないのだ。手短に会話を済ませたら、僕らは2人で挙手しながら「交談終了しました!」と叫ぶ。刑務官が「よし」と認める。

作業中ずっとこの繰り返しだ。物を取るのに立ち上がりたい時も、ゴミ箱に消しゴムのかすを捨てたい時も、同じ手順を踏む。

トイレに行きたくなった時は大変だ。まず、手をまっすぐ上げて「担当前、願います!」と言い、移動の許可を得てから刑務官の前に行き、脱帽、礼をして自分の番号(称呼番号という)と苗字を言ってから、「用便に行っていいですか?」と訊く。

マスクを外し、口の中に何か入れていないか、ポケットに何か隠し持っていないか全身を触って検査される。そして、「移動願います!」と発し、「よし」と言われてから歩き出す。

トイレにはちり紙が置いていないので、工場の隅にある自分のロッカーの前に行って「ロッカー使用願います!」と言って許可を得てから、ロッカーの中のちり紙を取り出して、「ロッカー閉めます!」と叫ぶ。2メートルしか離れていないトイレの前に行くのに、また「移動願います!」と叫ぶ。

■17回も挙手して大声を出す

トイレの前に着くと、「電気つけます!」と叫んで電気をつける。用が済んだら出て「電気消します!」と言い、「移動願います!」でロッカー前に行き、再び「ロッカー使用願います」と許可を取ってちり紙の残りを収め、「ロッカー閉めます!」と叫んだあと、「移動願います!」と大声で許可を願い、たった数歩先の手洗い場に向かう。

トイレの札
写真=iStock.com/aozora1
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aozora1

手を洗うのにも「水道使用願います!」とでかい声で叫ぶ。洗い終えると、「水道使用終わります!」と叫び、「担当前、願います!」と言って刑務官の前まで行き、「用便終わりました!」と言うと、入る前と同じ身体検査がある。それが終わったら、「移動願います!」と発して、「よし」と言われたら自席に戻る。ふう〜。

さてここで問題です。トイレに行って帰るまで、いったい何回挙手して大声で許可を願わなければならなかったでしょうか? ……正解は、17回!

トイレに行くだけでもこれだけの手順が必要なのだ。爪を切るとき、本を借りるとき、掲示板の連絡事項を見たいとき……全ての場合に「○○願います!」と叫ぶ決まりになっている。それに対して、いちいち「よし」「よし」と応え続けなければならない刑務官も大変だと思う。

■法務省の方針の「机上の空論」

僕らの生活の一部始終は刑務官のお世話になっている。

刑務官は受刑者からの生活上のさまざまな願いごと――やれ宅急便の送り状をくださいだの、やれ髭剃りの電池を交換してくださいだの――をいちいち訊かなくてはならないし、他にも本や雑誌や日用品の購入・交付だの、差し入れ品の配布だの、医療受診の希望を聞くだの、運動場や共同浴場に付き添うだの、面会所や医務室まで連行するだの、あらゆることに刑務官の手が必要とされている。

こんなにてんてこ舞いの刑務官が一人ひとりの受刑者とじっくり対話して、それぞれの内面に向き合うなんて絶対に不可能だ。現在の態勢のままで、「教育・指導」を「作業」と並ぶ処遇の柱に据えることは、現実離れした机上の空論でしかないし、あまりにも現場の職員たちに対して酷である。

喜連川には月に4回の「矯正指導日」がある。これは他の刑務所の倍の日数だ。矯正指導とは、終日居室にいて(つまりこの日は工場に出ないで)、録画された番組――「カンブリア宮殿」とか「ガイアの夜明け」とか「ハートネットTV」など――を観て感想文を書いたり、自分の過去を振り返って作文を書いたり、最近読んだ本の読書感想文を書いたり、自主学習したりする。

■再犯受刑者の心打った映画の名前

また、「こころのトレーニング」という、怒りや不安、問題への対処についてのワークブックがあるのだが、1年目の受刑者はこの本に従って自分を省みるように指導される。

ところが、これらの矯正指導のプログラムには特段、職員の指導は付かない。受刑者の自主性に委ねられているだけだ。

人間誰しも、反省に踏み出すには苦痛を伴う。できれば反省したくない。だからこそ、刑法等改正による改革では、受刑者に反省を任せきりにするのではなく、心の内面をぐっと掘り下げ、内観や内省を強力に促す取り組みが必要になると僕は考える。

現状では、矯正指導日をただ漫然と過ごし、単に「作業に出なくていい休みの日」くらいにしか思っていない受刑者もいるのでは、と案じている。人生をやり直す、またとない貴重な機会なのにね。

再犯して刑務所に戻ってきた受刑者が、「刑務所に過去の自分と真剣に向き合うプログラムがあったらよかった」と発した言葉が僕の耳から離れない。

河井克行『獄中日記 塀の中に落ちた法務大臣の1160日』(飛鳥新社)
河井克行『獄中日記 塀の中に落ちた法務大臣の1160日』(飛鳥新社)

そんな矯正指導日に放映された映画『0からの風』は、僕の心を揺さぶった。実話に基づく映画で、19歳の早大新入生が、無免許・無灯火の飲酒運転者によって、理不尽にも死亡した事故を描いたものだ。

田中好子演じる犠牲者の母親が、土砂降りの事故現場に突っ伏して号泣する場面や、刑期を終え出所した加害者と対峙するところで涙が溢れた。その母親らが始めた「生命のメッセージ展」が喜連川社会復帰促進センターで開催された。罪を犯すことの悲惨さ、罪を償うことの意味を考えさせられた。工場の仲間たちも「心に応えた」と呟いていた。こういう取り組みを今後もぜひ期待したい。

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河井 克行(かわい・かつゆき)
元法務大臣
1963年、広島県生まれ。慶應義塾大学卒業後、松下政経塾に入塾。広島県議を経て、96年、衆議院選挙に初当選(広島3区)。外務大臣政務官、自民党国防部会長、法務副大臣、自民党副幹事長、衆議院外務委員長、内閣総理大臣補佐官(外交担当)などを務める。当選7回。第4次安倍第2次改造内閣では法務大臣を務めた。2019年の参院選で地元政治家らを買収した大規模買収事件で公選法違反に問われて実刑判決を受け、2023年11月に仮釈放された。

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(元法務大臣 河井 克行)

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