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「妻の漢気の言葉に背中を押された」大手企業を辞めた33歳"野球バカ"が入魂する"絶品バーガー"の愛妻の隠し味

プレジデントオンライン / 2024年7月20日 10時15分

共に厨房に立つ建部さん夫妻 - 撮影=清水岳志

社会人野球チームの主力選手だった男性はこの6月、都内にハンバーガー店を開業した。33歳で正社員から自営業者へ。3人の子持ち。なぜ、サラリーマンを辞めたのか。背中を押したのは、共に店の厨房に立つ同級生の妻だった。フリーランスライターの清水岳志さんが取材した――。

■野球一筋の人生、3人の子持ちの33歳が飲食店に挑む

スポーツ選手はいずれ引退する。課題となっているのは、そのセカンドキャリアだ。早ければ20代で現役をやめて次にどんな仕事に就くか。テレビ解説者やコーチ、監督として声がかかるケースはレアだ。

それまでそのスポーツ一筋だった人がプロ選手なら解雇・自由契約になったとき、次の生業をあらかじめ準備している人は少ない。

一方、社会人野球の選手は引退してから社業に就くことができる。多くは大企業で給与水準も高く、定年まで働き続けることも可能だ。本人はプロ志望だったかもしれないが、一歩届かなかったことがいいほうに作用した形だ。

ところが、その好待遇を捨てる人物もいる。社会人野球の東京ガスの主力選手だった建部賢登さん(33歳)。

6月、東京・目黒区にハンバーガー店を開店させた変わり種だ。自らを「ちょっと変なんです」と言う。なぜ、ハンバーガーだったのか。実にシンプルでストレートな返答だった。

「ハンバーガーがとにかく好きだったんです」

昔からグルメバーガーをよく食べていた、という。今は閉店してしまったが大森(大田区)にグルメサイトで高い評価を得ていた『チェンジイズバーガー』という店があった。

所属していた東京ガス野球部のグラウンドの近所にあって、よく立ち寄った。

いつしか自分でも作りたくなって、自宅キッチンで真似して作るように。美味しく作りたいから教えてほしいと店のオーナーに何度も頼みこむと、その熱心さが通じたのか厨房への出入りも許された。そこから予期せぬセカンドキャリア人生がスタートしたのだ――。

■「ハンバーガーが好き」だから、大手企業「東京ガス」を辞めた

生まれは、東京西部の日野市。小2から野球を始め、神奈川の桐光学園高校の2年夏に甲子園出場を果たした。全国から有力選手が集まる法政大学では2年春からレギュラー、4年時は主将を務めた。4年秋のシーズンには東京六大学リーグで優勝を果たし、明治神宮大会でも決勝に進出した。

社会人野球は名門の東京ガスでプレー。2017年の新チームから18年まで主将を任される。21年、社会人野球の最高峰、都市対抗で優勝も経験したが、自身の大会中の出番は代打の1回のみという屈辱も味わった。

そこから地道な練習を重ね、22年の都市対抗の大会期間中はチャンスで粘ってヒット打って“代打の神様”と呼ばれる活躍をした。

残念ながらチームは決勝で敗れたが、本人には出し切ったという気持ちがあった。そして翌23年8月の都市対抗を終えて選手生活にピリオドを打った。ここで会社に残れば上場会社で将来は安泰だったはずだが……。

興味深いのは「ハンバーガーが好き」という気持ちが単にお腹を満たすことだけにとどまらなかったことだ。自分が作って客に提供する側になりたいという願望が湧き上がった。

チーム関係者とよく食事をするバーが目黒川沿いにあった。

ある時、建部の異常なほどのハンバーガー愛を知ったオーナーが「自分で作って、お客さんに食べてもらったら」と言った。その言葉から、話がとんとん拍子に進んでいく。選手引退後、社業に従事したが、10年来抱いていた「ハンバーガー屋をやりたい」という気持ちはさらに加速していった。

「人生を考えたときに会社員でずっと、というのは想像できませんでした。ここで決断しないと辞められなくなると思いました。サラリーマンが嫌だから、というよりもハンバーガー屋をやりたいという明確な理由があった。一度きりの人生なんで、やりたいことをやってみたいと思ったんです」

昨年12月、会社に別れを告げた。

「Kento’s Burger」の店舗外観
撮影=清水岳志
「Kento’s Burger」の店舗外観 - 撮影=清水岳志

■夫の背中を強く押した同級生妻の「漢気ある言葉」

中学校の同級生だった妻とは結婚して10年。むしろ妻が決断を促した。

「サラリーマンの僕は生き生きしてない、って見えたようです。付き合いが長いんで、考え方とか価値観とか、僕のことはよく理解してくれていました」

とはいえ、家族からしたら安定収入がなくなるのは不安でしかないはずだ。

「妻は覚悟をしたと思います。『我慢するより、やりたいことに挑戦したほうがいい。やったらいいじゃん。ダメでも、何をやっても生きていかれるんだから』って」

そう力強く背中を押され、心は決まった。

妻もかつては会社員だったが、今は子育て相談や起業サポートなどを業務とする個人事業を営んでいる。数カ月間、週に1回のペースの試験的な営業を経て、6月上旬に『Kento’s Burger』を開店した。

建部の作るハンバーガーのこだわりは肉だ。一般的にはひき肉を使うが、ステーキ肉を使っていた『チェンジイズバーガー』で衝撃を受けた。その味に自分なりに近づこうと試行錯誤している。

ハンバーガー
撮影=清水岳志
ひき肉ではないパティは肉の食感が直接伝わってくる - 撮影=清水岳志

野球も、長打力や足の速さなど個性がなければ試合で起用されない。食べ物も尖っていなければ生き残れない。そんな思いが建部の中にある。

肉の仕込みは20~30cmのステーキ肉の塊から脂を取り除いて、筋に注意しながら食べやすく切り分ける。根気のいる仕事で長いときで4時間以上かけて直径数センチの円形に成型する。

もう一つの特徴は、妻がリンゴ(サンフジ)を使って煮込むリンゴジャムが塗られていることだ。夫婦合作の一押しが、「アップルジャムベーコンチーズバーガー」だ。

リンゴジャム
撮影=清水岳志
肉汁の旨味とリンゴジャムの甘さのマッチングも新鮮 - 撮影=清水岳志

肉はアメリカ産ステーキ肉を仕入れ、トマト、レタスは妻の知り合いの青果店から新鮮なものを買っている。バンズは日野の老舗パン屋に特注するなど地元食材もこだわりだ。

店舗はカウンター15席、2人掛けテーブル席が2つ。店の切り盛りは今のところ、自分と妻の2人だ。

肉も野菜もバンズもランクを言ったらきりがない。高級素材を使えばそれだけコストがかかりすぎて薄利になる。バランスがなんとも難しい。近々、月次決算をだして、これからの経営戦略をじっくり練ることになる。

■自分と妻が厨房で「打席に立つ姿」を小さなわが子3人に見せた

ハンバーガー店経営には調理師免許が不要なケースもあり、比較的開業のハードルは低いと言われるが、逆に言えば、競合が多く、消える店も多いということだろう。

「ハンバーガーが好き」

建部は取材中、何回も同じフレーズを口にした。調理業務の経験ゼロだから、これが拠り所であり、強みだ。その気持ちが揺るがないからまっすぐに挑戦もできる。

「子供が3人(7、6、4歳)いますが、もし、この独立が結果的に芳しくなくなったとしても、そのしくじるところを見せたい気持ちもあります。やりたいことに挑戦して、ダメだったらまた挑戦すればいい。そんなオヤジの背中を見せてもいいかな(笑)」

力を抜いて滑り出して、ここまでは順調だ。

「楽しさと難しさの両方を実感しています。もちろん盛況な店にしたいです。そこの熱はあります。まず、品質と利益、それと店の経営を妻と楽しみながら、というところを一番、大切にして模索してます」

厨房で作業をする建部さん
撮影=清水岳志
厨房で作業をする建部さん。営業は10~16時まで(ラストオーダーは15時30分) - 撮影=清水岳志

野球をやめてそろそろ1年。180度、想像できないことをやっていて、さまざまな人生経験を積んだ。今後、何をしていくうえでも、マイナスにはならない、という。

野球の経験はハンバーガー経営に何か生きているのだろうか。

「野球は勝つために相手を研究して、練習をして準備します。ハンバーガー屋もお客さんが美味しいといって食べてくれるように、研究して仕込んで本番の営業時間に向かう。そこは一緒です」

かつての“代打の神様”のスピリットで、このチャンスを絶対生かすという入魂の日々だ。

子供たちは「(東京)ガスの野球、見たいな」ということがあるそうだ。野球選手をやめてハンバーガー店をやることは伝えてある。

折に触れ、子供たちを店に連れて行って、自分たち親が正々堂々と打席に立って勝負している姿を見せている。

「親の仕事はハンバーガー屋、ということを認識してもらえるように頑張ってます」

(文中一部敬称略)

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清水 岳志(しみず・たけし)
フリーランスライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。

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(フリーランスライター 清水 岳志)

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