「介護と仕事の両立」は「育児と仕事の両立」とは全く違う…産業医は知っている"介護中社員"の複雑な実態
プレジデントオンライン / 2024年7月18日 16時15分
■介護をしている人の6割は仕事をしている
異次元の少子化対策やこども家庭庁の発足、出産育児一時金の引き上げなど、子育て支援に関する前向きなニュースを耳にする機会が多い一方で、高齢者定義の見直し提言や介護サービスの生活援助の給付除外検討など、介護に関するニュースには前向きなものが少ないように感じます。
令和3年6月の「介護保険事業状況報告」によりますと、要介護(要支援)認定者数は686万6000人に上り、介護を必要としている人は、増加傾向にあります。また、総務省の「就業構造基本調査」(令和4年)によると、介護をしている人も同数近くの約630万人となり、そのうちの約60%の365万人が仕事をしながら介護をしていることがわかっています。これは5年前と比較すると3%弱の増加となります。過去1年間に「介護・看護のために」職を離れた方の数は全体の1.4%、約10万6000人に上り、今後も高齢化社会が進む日本にとって大きな課題と言えるでしょう。
■介護は人それぞれ事情が大きく異なる
育児と介護に関する両立支援については、「育児・介護休業法」という同じ法律の中に定められていますが、この2つの状況は大きく異なります。育児は期間が限定的で、子供の成長とともに負担は軽減します。また、子育て中であることは周知されやすく、1~2年の育児休暇から復職後、時短勤務やフレックスタイム制度などを活用しながら働き続けるケースが多く見られます。
一方で、介護は人それぞれ事情が異なります。週1回の掃除や買い物などの生活支援で足りる方もいれば、入浴や排泄、ストーマのケアが必要な方やがんによる疼痛管理が自宅で必要な方など、必要とされる支援はさまざまです。家庭状況や介護者の状況もさまざまで、時間的な経過とともに負担が重くなることも予想されます。いつまでどんな状況が続くのか、わからないのが介護です。
今回は、介護離職を防ぐための両立支援について、お話しできればと思います。(参考:平成29年度版「仕事と介護 両立のポイント あなたが介護離職しないために」)
■仕事と介護を両立させる5つのポイント
仕事と介護を両立させるためのポイントは5つあります。
1.職場に家族などの介護を行っていることを伝える
両立支援制度を活用するためはもちろん、同僚などにも介護中であることを知ってもらうことで、理解や協力を得やすくなります。介護休暇は、自らが介護をするための時間ではなく、仕事と両立するための体制を整えるための時間と捉えると良いでしょう。
2.自分で介護をしすぎない
介護を理由に離職した方は、「排泄や入浴介助」、「定期的な見守り」を行っていた方が多いのに対し、両立できている方は「入退院の手続き」や「介護の役割分担、サービスの手続き」などに時間を使っていることが多いです。直接介護することだけが親孝行ではありません。対応しなければならない時もあると思いますが、介護保険サービスを大いに活用し、専門家に支援を任せましょう。
3.介護に関する基礎的な知識を持つ
介護保険や、両立支援制度や相談窓口など、介護に関する基礎知識を持ち、わからないことがあれば「地域包括支援センター」や勤務先の人事、総務部などに相談しましょう。
■介護ストレスのある人は「ヒヤリハット体験」が多い
4.ケアマネージャーと良好な信頼関係を築く
在宅介護の場合は、必要な支援やサービスを効果的に受けるため、ケアマネージャーとの信頼関係が特に大切です。介護者の悩みや不安を見つけることもケアマネージャーの仕事です。介護が必要な方の生活だけでなく、介護者自身のことについても、気軽に相談されると良いでしょう。
5.自分の時間を確保する
昨今、平均介護期間は5年で、10年以上は17.6%にも及びます。(生命保険文化センター「2021(令和3)年度生命保険に関する全国実態調査〈速報版〉」)長期にわたる介護は、介護者の健康にも大きな影響を与えます。例えば、介護ストレスのない人と介護ストレスのある人を比較して、仕事中にイライラをたびたびもしくはたまに感じると答えた方が前者は62.6%だったのに対し、後者は83.9%でした。また、ヒヤリハット体験においても、度々あると答えた方は前者で4.2%でしたが、後者では19.0%の方が度々あると答えています(労働政策研究・研修機構「労働政策研究報告書No.170(2015)」)。介護はロングランです。自分の時間を確保し適切な休息とリラックスをとることで、精神的および肉体的健康を保ちましょう。
■「仕事と介護の両立」は会社にとっても重要な問題
また、従業員が離職することなく仕事と介護を両立するためには、会社側の支援も大切です。離職者の増加や従業員のパフォーマンスの低下は、企業にとって大きな痛手となります。
「制度はあるが、活用されていない」「社内でアンケート調査を行ったが、本当のニーズが見えてこない」など、実態に即した対策が立てられていないことも少なくないのではないでしょうか。大企業でさえ、約5~6割は従業員の現時点の介護の状況を把握できておらず、かつ約7割が今後も従業員に対して介護が必要となり得る親族の状況を把握する予定はないと言われています[経済産業省「令和4年度ヘルスケアサービス社会実装事業(サステナブルな高齢化社会の実現に向けた調査)報告書」(日本総合研究所作成)]。
法律上義務づけられた制度や措置以外の自主的な取り組みとして、従業員向けのセミナーの実施や、社内外の専門窓口を設置している企業は1割程度と一部の企業に限られているのが実態です。人事評価への影響や同僚への負担を懸念して、従業員が介護していることを隠してしまうこともあります。介護によるストレスや疲れが蓄積した結果、通勤中や業務中の事故や負傷に繋がりかねず、問題が顕在化した時には労災として企業に大きなダメージとなることも考えられます。
■厚生労働省は両立支援ガイドを公開している
厚生労働省では、両立支援ガイドを作成したり、中小企業向けの介護支援プラン導入のサポートやセミナーを無料で実施したりしています。介護の問題は誰もが直面する可能性のあるものです。制度の整備はもちろんのこと、「地方に住んでいる両親の介護をしなければならなくなった」「一人暮らしをしている親を抱え、できると思っていたけれど、仕事との両立が体力的にも厳しい」など、同じような立場の者同士が情報交換をしたり悩みを共有したりできるコミュニケーションの場があることが望ましいです。社内SNSを活用しても良いでしょう。ますます進む高齢化社会に向けて、介護者となりうる方も会社側も事前に介護への備えを進められると良いですね。
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産業医
プロキックボクサー。リバランス代表。2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。
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(産業医 池井 佑丞)
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