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「レカネマブ」は3割負担で年間90万円かかる…「待望のアルツハイマー病治療薬」の費用対効果

プレジデントオンライン / 2024年7月22日 7時15分

アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」(商品名レケンビ) - 写真提供=エーザイ

アルツハイマー病の新たな治療薬「レカネマブ」は、病気の進行を遅らせることができる画期的な薬だ。慶應義塾大学医学部の伊東大介特任教授は「保険適用で3割の人の場合は年間約90万円と、他の抗認知症薬と比べて安くはない。一方、レカネマブの治療によって健康な生活が0.91年延び、193万円~467万円の社会的価値に相当するという試算がある」という――。

※本稿は、伊東大介『認知症医療革命 新規アルツハイマー病治療薬の実力』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■レカネマブを投与するには条件がある

Q.今すぐレカネマブ(商品名レケンビ)の治療を受けることはできますか?

レカネマブの投与を希望しても、すぐに投与がはじまるとは限りません。投与の前にいくつかの検査を受ける必要があります。

どんな薬についても、どの疾患のどの患者さんに使えば医学的に効果があるのか、あらかじめ使用の対象が決まっています。これを「適応」といいます(混同されやすい言葉に「適用」があります。こちらは主に健康保険の対象となる薬や治療法について保険適用されるなどと使います)。

したがってレカネマブの投与を受けるには、まず患者さんがその適応条件を満たすかどうかを調べなければならないのです。

■中等度以上の認知症の人は対象外

最初に受けていただくのは「簡易認知機能評価尺度(Mini-Mental State Examination:MMSE)」と「認知症重症度評価尺度(Clinical Dementia Rating:CDR)」という2種類の認知機能検査です。

MMSEは、自分が今どこにいるかという見当識や、物品名の記憶力、計算力、読解力などを問う30点満点の検査で、23点以下を認知症疑い、27点以下を軽度認知障害(MCI)疑いと評価します。

MMSEが患者さんご本人に質問しながら実施するのに対して、CDRはご本人への質問のほか、ご家族など身近な人からの情報に基づいて、医師が記憶力、見当識、判断力などを5段階で評価します(検査の際には同居者、介護者から状況を確認する必要があるため、一緒に来院していただきます)。0が健康、0.5が認知症の疑い、1が軽度認知症、2が中等度認知症、3が重度認知症に分類されます。

レカネマブの適応となるのは、MMSEが22点以上、CDRが0.5または1、つまり、軽度認知障害か軽度の認知症の方です。認知障害のない正常な人や、逆に中等度以上の認知症の方はレカネマブ投与の対象から外れます。

レカネマブの治験では、中等度以上のアルツハイマー病の人は研究対象に含まれませんでした。したがって、中等度以上のアルツハイマー病への効果は不明であり、現時点では治療対象となっていないのです。

■アミロイドβが蓄積されていないと意味がない

認知機能検査で適応となることが確認された場合は、次に頭部MRI(磁気共鳴画像)検査となります。MRIで脳に1cmより大きい出血の跡がある場合、5カ所以上のごく少量の出血(微小出血)の跡がある場合は投与できません。レカネマブの副作用として脳出血や脳浮腫(脳の血管の周りに水が溜まること)があるからです。

そして最後に、アルツハイマー病の原因であるアミロイドβの蓄積があるかないかを確認するため、脳脊髄液検査またはアミロイドPET検査を受けていただきます。レカネマブはアミロイドβに結合して、これを取り除く作用を持っています。したがって、アミロイドβの蓄積がないのにレカネマブを投与しても意味がありません。

脳脊髄液検査、アミロイドPET検査のどちらを受けるかについては、主治医との相談が必要です。MMSE、CDR、MRIの検査結果条件を満たし、さらにアミロイドβの蓄積が陽性であれば、レカネマブによる治療の適応となります。

■レカネマブと従来の抗認知症薬の違い

なお、アルツハイマー病の発症リスクを高める遺伝子、アポリポタンパク質E(ApoE)の遺伝子検査は必須ではありませんが、主治医と相談の上、希望すれば採血で測定することが可能です。この点については後で説明します。

レカネマブは、ドネペジル(商品名アリセプト®)やメマンチン(商品名メマリー®)など、従来の抗認知症薬とはまったく異なるタイプのアルツハイマー病治療薬です。

アルツハイマー病では神経細胞がダメージを受けます。レカネマブは、神経細胞へのダメージを引き起こす原因そのものを取り除こうとするものです。一方、従来の抗認知症薬には、まだダメージを受けていない神経細胞の働きを強める効果はありますが、神経細胞へのダメージを止める力はありません。

レカネマブが開発された経緯を含めて、その効果については本書の第2章で詳しく解説していますが、ここではポイントを述べます。

■進行を約5カ月遅らせる効果がある

レカネマブの治験で示されたのは、18カ月(1年半)の投与で日常生活の質を評価する指標「CDR」の低下が27%抑制されることです。これはアルツハイマー病の進行を約5カ月遅らせることに相当します。

これまで、どの新薬候補もここまでの効果は示せませんでした。その点で、レカネマブは確かに画期的な薬です。ただし、日常生活の質の悪化を27%抑制する、あるいは症状の進行を約5カ月遅らせる効果を、一般の方が効果として実感するのは難しいはずです。

しかし18カ月ではわかりにくいですが、時間が経過するほど薬の効果を実感できるようになる可能性があります。軽度認知障害から初期の認知症へ進行する期間、中等度の認知症に進行する期間、高度の認知症に進行する期間を、それぞれ2~3年遅らせるといわれています。

ご注意いただきたいのは、治験の結果として示されたのは「平均」の数字である点です。どんな薬にもいえることですが、効き目には必ず個人差があります。

私も治験や日々の診療で、多くの患者さんに対してレカネマブを用いた治療をしていますが、驚くほどよく効く患者さんもいれば、残念ながら平均に満たない効果しか見られない患者さんもいます。レカネマブが特に効きやすい人、あまり効かない人を分類する手法の開発も今後の課題です。

認知症のイメージ
写真=iStock.com/BeritK
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BeritK

■被験者の13%に脳のむくみが表れた

Q.レカネマブにはどのような副作用がありますか?

レカネマブの副作用の中で重篤なのは脳浮腫と脳出血です。いずれも症状が出るとすれば、頭痛、錯乱、ふらつき、視覚障害、めまい、吐き気、歩行困難、異常言動などです。

通常は症状を引き起こさないものの、頭部MRIで見つかる異常をアミロイド関連画像異常(Amyroid Related Imaging Abnormalities:ARIA)といいます。血管に付着しているアミロイドβが、レカネマブのような抗体の作用により引き剥がされる際に血管が傷むことで生じます。

治験によればARIA-Eと呼ばれる脳浮腫(脳のむくみ)は、レカネマブを投与された人の13%に表れます。ほとんどの患者さんに症状はありません。症状を伴う脳浮腫は2.8%の人に表れますが、その場合は投与を中断します。再度MRI検査を行い、症状が改善すれば投与を再開します。

■約1600人中3人が脳出血で亡くなった

ARIA-Hと呼ばれる脳出血はレカネマブを投与した17%の人に表れました。多いと思われるかもしれませんが、注意していただきたいのは偽薬(プラセボ。有効成分を含まない薬)でも9%発生している点です。実はアルツハイマー病の患者さんはもともと脳出血を起こしやすいのです。

ARIA-Hが表れたケースのほとんどは血がにじんだ程度の小さな出血で、患者さんは無症状でした。0.7%は症状のある出血で、この場合、症状が治まるまで休薬します。

これらの副作用のほとんどは投与をはじめてから14週以内に起きます。その間、注意深く患者さんの状態を観察し、2回はMRI検査を行って異常がないか観察します。

なお治験では、レカネマブの副作用との関連が強く疑われて脳出血で命を落とされた方が少なくとも3人報告されています(被験者数は約1600人)。いずれも緊急性のある脳梗塞、心疾患により血液を固まらせにくくする薬、もしくは血の塊を溶かす薬を投与された方でした。

■危険因子を持つ人は副作用が出やすい?

アルツハイマー病を発症するリスクを高める遺伝子は、レカネマブの副作用を考える上で重要な意味を持ちます。というのも、ApoE遺伝子(※)について父母から受け継いだ2対がともに4型、つまりApoE4を持つ人は副作用が3~6倍起きやすいことがわかってきたからです。レカネマブの治験中に脳出血でお亡くなりになった3人のうち2人の方はApoE遺伝子の両方が4型でした。

※3種類の遺伝子多型(2、3、4型)が知られており、日本人の85%は3型のApoE3。アルツハイマー病の危険因子は4型のApoE4

レカネマブの投与をはじめるにあたって遺伝子検査を希望される場合は、ApoE遺伝子の型を調べて、両方が4型の場合はそのリスクを十分に説明して、同意を得た上で治療をはじめます。

ただしこの遺伝子検査には倫理的な問題があります。

ApoE遺伝子4型の片方を持つ人の子どもは50%の確率で4型を引き継ぎ、両方の4型を持つ人であればその子どもは100%の確率で4型を1つ引き継いでしまいます。患者さんご本人の副作用のリスクを知るための検査ですが、検査の結果次第で、その子どもは自分がアルツハイマー病を発症するリスクが高いことを知ってしまう可能性があるのです。

したがって、遺伝子検査を受けることは、患者さんご本人の問題だけでなく、その子どもへの影響が生じることも考える必要があります。

全体の副作用を計算すると、レカネマブ投与によって症状を伴う副作用が発生するリスクは約3%です。つまり、レカネマブは絶対に安全な薬とはいえません。しかし適切に使えば、決して危険性の高い薬でもありません。

■保険適用で3割負担なら年間90万円

Q.レカネマブの治療にはいくらかかりますか?

レカネマブ1瓶(500ミリグラム)の薬価(薬の公定価格)は11万4443円です。

厚生労働大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会が2023年12月13日に決めました。

体重1キログラム当たり10ミリグラムを1回の投与で使います。したがって体重50キログラムの人の場合、1回の投与で500ミリグラム。これを2週間に1回点滴で投与するので、1人当たり1年に約300万円の治療費がかかる計算です(投与の期間は原則的に1年半)。

レカネマブは公的医療保険の適用対象なので、患者さんの自己負担額は医療費の1~3割です。自己負担割合は年齢や収入によって異なりますが、3割の人なら1年に約90万円、2割の人なら60万円、1割の人なら30万円です。

医療費の負担額が1カ月(月のはじめから終わりまで)で一定額を超えた場合にその超過分が支給される「高額療養費制度」もあります。こちらも年齢や収入によって自己負担限度額が異なりますが、後で払い戻されるので、しっかり確認しましょう。

■健康な生活が「0.91年」延びる

レカネマブは他の抗認知症薬と比べて安くはありませんが、その費用対効果はどのくらいあるのでしょうか。治験で得られたデータや疫学データなどを用いて割り出したレカネマブの価値を検討した論文を紹介しましょう。

認知症が進行すると、患者さんにさまざまなコストがかかります。病院への通院、入院、介護・在宅医療サービスを受けるなどの直接的な経済的コストだけではありません。働き盛りの介護離職が社会問題になっていますが、家族の経済的、精神的なコストもあります。

伊東大介『認知症医療革命 新規アルツハイマー病治療薬の実力』(扶桑社新書)
伊東大介『認知症医療革命 新規アルツハイマー病治療薬の実力』(扶桑社新書)

論文によれば、レカネマブの治療を受けることにより、健康な生活が0.91年延長するといいます。そして、日本人の場合、この0.91年(約1年間)は193万円~467万円の社会的価値に相当すると試算しています。

ここでレカネマブの薬価を思い出してください。体重50キログラムの人で年間約300万円でした。先の論文が見積もったレカネマブの社会的価値に収まります。

したがって、この論文からはレカネマブの薬価は妥当なものだと考えられています。一方、最近のアメリカの研究では、厳格に計算し、レカネマブは年間78万円未満で費用対効果に見合うとしています。費用対効果の解釈にはさまざまな角度からの、さらなる研究が必要です。

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伊東 大介(いとう・だいすけ)
慶應義塾大学医学部特任教授、慶應義塾大学病院 メモリーセンター長
1967年生まれ。1992年、慶應義塾大学医学部卒業。同年、同大大学院医学研究科博士課程(神経内科学)入学。1996年、慶應義塾大学医学部(内科学)助手。2001年、米国シカゴ大学リサーチフェロー。2024年より、慶應義塾大学医学部内科学(神経)特任教授。総合内科専門医、日本神経学会専門医、日本認知症学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本医師会認定産業医。日本内科学会、日本神経学会(代議員)、日本認知症学会(代議員)、日本脳卒中学会、日本神経化学会、Society for Neuroscienceに所属。2012年、日本認知症学会学会賞受賞。

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(慶應義塾大学医学部特任教授、慶應義塾大学病院 メモリーセンター長 伊東 大介)

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