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賽銭箱の横にQRコードを貼ればいい…観光客や参拝者のお願いは絶対通らないお寺・神社の"現金主義の秘密"

プレジデントオンライン / 2024年7月12日 10時15分

賽銭箱(写真=Ocdp/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

キャッシュレス化が進む中で、現金主義から脱却できないのが仏教界や神社界。お賽銭や拝観料のほか、檀家から徴収する墓地管理料や法事・葬儀の布施なども基本的に現金主義が貫かれており、今後も大きな変化はないと見られる。なぜなのか。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳さんが解説する――。

■現金主義から脱却できない仏教界や神社界の秘密

日本銀行券の1万円、5000円、1000円の3種類が20年ぶりに刷新された。世界で初めて3Dホログラムを採用するなど、高度な印刷技術に注目が集まっている。一方で、キャッシュレス社会が広がる。「現物としての紙幣」は今回で最後になる可能性が指摘されている。キャッシュレス化が進む中で、現金主義から脱却できない業界が、伝統的な仏教界や神社界である。お寺から賽銭箱がなくなり、お布施がキャッシュレス決済の時代がやってくるのだろうか。

自販機や各地の小売店舗などでは、新紙幣対応機の導入が進んでいる。1台あたり数十万円以上の出費になるという。新紙幣発行を機に、完全にキャッシュレス決済に切り替える店舗も少なくない。

経済産業省によれば2023(令和5)年時点で、わが国のキャッシュレス決済比率は全体で39.3%(105兆7000億円)だ。キャッシュレス決済の内訳は、クレジットカード(83.5%)、デビットカード(2.9%)、電子マネー(5.1%)、コード決済(8.6%)である。

世界各国のキャッシュレス比率(2020年)を比較すると、韓国が93.6%、中国が83%と圧倒的に高い。続いて、オーストラリア67.7%、イギリス63.9%、アメリカ55.8%などとなっている。主要先進国で日本より低いのはドイツ21.3%くらいである。

政府は2025(令和7)年までにキャッシュレス決済を4割とする目標を立てているが、こちらは達成できそうな見通しだ。将来的には韓国・中国とも並ぶ8割を目指している。新紙幣発行が、キャッシュレス決済加速へのトリガーになれるだろうか。

コロナ禍が明け、観光地には大量のインバウンドが入ってきている。彼らの多くはキャッシュレス大国からの訪問者だ。したがって、キャッシュレスに対応しなければ、機会喪失になってしまう。

特に京都や奈良、鎌倉の有料拝観寺院への観光客の大半は外国人である。寺社におけるキャッシュレス決済システムは、すでに導入済みと思いきや、実はほとんどが未対応だ。特に筆者のいる京都では、寺院や神社への支払いは基本、現金のみと考えた方がよい。他方で欧米の教会などでは、入場料や寄付などのクレジットカード決済は当たり前である。

ここからは寺院(観光寺院)における収入の種類を挙げながら、キャッシュレス決済と現金決済のどちらが相応しいかを、論じていきたい。

■参拝客は「お賽銭を投げ入れる行為」に宗教性を見出す

まず、拝観料(入場料)。本山クラスの大寺院や、庭園などの見所がある名刹で、拝観料を設定しているところがある。拝観料は20年ほど前までは、せいぜい300円程度であった。だが、近年では500円なら安い部類である。

京都では「冥加料4000円以上」という、強気な料金を設定している寺もある。「冥加料」「〜円以上」などの抽象的な言い回しをしているのは、あくまでも寺への入場は、宗教的行為であり、布施扱い(非課税)であるということを強調したいためであろう。

仏前や神前では、賽銭を入れる参拝者が少なくない。賽銭はほぼ100%、現金だ。しかも賽銭箱に投じられるのは、少額の硬貨がほとんどである。

2018年9月19日、出雲大社の賽銭箱
写真=iStock.com/MasaoTaira
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MasaoTaira

近年、ゆうちょ銀行や都市銀行などでは大量の硬貨を預け入れる際には、手数料が必要になってきた。仮にゆうちょ銀行で1円玉を1000枚預ける場合の手数料は1100円。収入を超える手数料がかかることになり、本末転倒だ。宗教施設では、相当な分量の小銭が貯まっていく。寺院側にとっては、賽銭こそキャッシュレスが最も合理的な決済方法と思える。

だが、本堂の柱や賽銭箱の横にQRコードが貼ってあると、興醒め感は否めない。また、初詣などで人出でごった返す場合にはQRコードでは対応しきれない。

参拝客は「お賽銭を投げ入れる行為」そのものに対して宗教性を見出しているともいえる。キャッシュレス時代においても、やはり賽銭は現金のほうがしっくりとくる。完全にキャッシュレス社会になった時には、わざわざ「参拝コイン」なるものを買って、賽銭箱に投じるということになるかもしれない。

ちなみに、京都の東本願寺(真宗大谷派)では2020(令和2)年より、J-Coin PayとUnionPayでのお賽銭の支払いを可能にした。また、そのほかの布施の一部もクレジットカード決済を導入している。クレジットカードはタッチ決済が増えているので、支払いのストレスはかなり軽減された。東本願寺の試みは全国の寺院に広がりつつある。なお、PayPayでは「寄付行為」は禁止されており、賽銭箱の横にQRコードを設置することができない。

■お寺・神社で販売のろうそく・線香・供花・数珠・絵葉書も現金払い

寺院や神社ではさまざまな物販が行われている。おみくじやお守り、御朱印などのほか、ろうそくや線香、供花、数珠、絵葉書などを販売するケースもある。飲食や駐車場での売り上げを計上する寺社もある。

本論とは少し話が逸れるが、宗教法人で扱われる物品やサービスには、課税されない「非収益事業」と課税される「収益事業」とに分けられる。

たとえば先出のアイテム(おみくじ、お守り、御朱印、ろうそく、線香、供花、数珠、絵葉書、飲食、駐車)のうち、あなたは非課税と課税とを分けられるだろうか。

正解は、おみくじ・お守り・御朱印のみが非課税である。他方、ろうそく・線香・供花・数珠・絵葉書・飲食・駐車場などには課税される。

非課税と課税を分ける基準はややこしいが、要は「その宗教施設のみで提供され、かつ宗教行為を伴う物品やサービス」は非課税扱い。「コンビニなどでも販売できる類のもので、通常の販売価格で売られているものは課税」とされている。

判別が難しいのが数珠。宗教用具であり、一見非課税のように思えるアイテムだが、コンビニや100円ショップでも販売されている。そのため課税対象となる。

数珠を持って祈る
写真=iStock.com/AscentXmedia
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AscentXmedia

こうした寺院における物販や、サービスの多くもいまだ現金決済である。本来はキャッシュレス決済のほうが、支払う側は便利だ。宗教法人の物販には非課税と課税が混在しており、売上げを分けて計上しなければならないが、管理する側にとってもキャッシュレスのほうが、はるかに利便性が高いはずだ。

また、多くの寺院では、檀家から徴収する墓地管理料や法事・葬儀の布施などの収入がある。これらについても、現金主義が貫かれている。管理料について銀行振込やカード支払いを取り入れている寺は、先進的なほうだ。高齢化、核家族化で檀家が寺に足を運べない時代がやってきている。キャッシュレス化を進めることこそが、弱者への「寄り添い」になる側面もある。現金主義にこだわり続けると、檀家離れを加速させることにもなりかねない。

他方で葬儀や法事の布施については、檀信徒が法要後に、現金を帛紗(ふくさ)や袋に包んで、住職に直接手渡すのが「慣習」であり「マナー」にもなっている。布施は、賽銭と同じ「喜捨」(信者が喜んで差し出すこと)であり、カード・コード決済では、どこか悲しい。

■賽銭・布施については現金払いの慣習がこの後も続く

また布施の金額は、出す側が決めるのが原則だ。カード決済やコード決済では、布施が「サービスの対価」であるニュアンスが強まる。布施に関しては日本のよき、現金文化を残しておくのがよいと考える。

最後に2022(令和4)年に、全日本仏教会と大和証券が共同で実施した「お寺のDX」に関する調査結果を紹介したい。そこでは利用者の、寺院でのキャッシュレス決済の利用意向を聞いている(有効回答数6192)。

「どのようなキャッシュレス決済なら利用したいか」
お墓の管理料――56%
拝観料――47.7%
お札、お守り、御朱印――46.8%
葬儀の布施――46.8%
賽銭――39.7%

上記の結果を踏まえ、「違和感のあり・なし」の調査結果をみていく。特に布施のキャッシュレス決済に関しては「違和感あり」が58%、「違和感なし」が42%となった。さらに詳細な調査では「布施のキャッシュレスに強い違和感を感じる」比率が23.3%に対し、「特に違和感を感じない」は11.7%と2分の1に。布施のキャッシュレス化は時期尚早のようだ。

以上述べてきたように、寺院・神社ではキャッシュレス化を進めることが肝要ではあるものの、賽銭・布施については現金払いの慣習がこの後も続くと考えられる。

なお、仏教界は近年、若き僧侶を中心にして、寺院のDX化が広がりつつある。だが、多くは旧態依然として変革を好まない勢力のほうが強い。

京都仏教会に至っては「布施のキャッシュレス化により宗教信者の個人情報および宗教的活動が第三者に把握される危惧がある」「布施のキャッシュレス化により手数料が発生し、収益事業として宗教課税をまねく恐れがある」などとして反発を強め、各寺院にキャッシュレス化を受け入れないことを求めている。だが、時代の流れには抗えないし、信教の自由の侵害や宗教課税を恐れる理由にしては説得力に欠く。

次回の紙幣の改刷があるとすれば20年後の2045(令和27)年頃か。現金の流通が残るのは、寺社仏閣くらいになっているかもしれない。そういう意味では、次の1万円札の肖像画は、わが国に仏教を取り入れた「聖徳太子」に回帰してもよいかもしれない。

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。

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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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