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岩手県からメジャートップ大谷翔平を育て上げた花巻東監督が「野球部から東大合格者」輩出できた納得の理由

プレジデントオンライン / 2024年7月12日 10時15分

第93回全国高校野球選手権大会の開会式で入場行進をする花巻東高校(写真=Kentaro Iemoto@Tokyo/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

夏の甲子園の地区予選が始まった。高校卒業後も成長する球児を育てる指導者は何が違うのか。野球評論家のゴジキさんは「大谷翔平や菊池雄星というメジャーリーガーを輩出した岩手県・花巻東高校野球部監督の佐々木洋さんは類い稀な人材育成力に特徴がある。甲子園出場の常連校でありながら、野球部からは東京大学合格者も出ている」という――。

※ゴジキ(@godziki_55)『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ)の一部を再編集したものです。

■大谷翔平、菊池雄星、佐々木麟太郎……花巻東監督の“個”を生む極意

花巻東といえば、大谷翔平(現・ロサンゼルスドジャース)の母校である。さらに菊池雄星(現・トロントブルージェイズ)や米スタンフォード大に進学したことで話題になった佐々木洋氏の息子・佐々木麟太郎も輩出しており、2000年代後半から強豪校として一気に知名度を上げた。

組織力を上げることに評判のある強豪校が多い中、佐々木氏が率いる花巻東は、大谷・菊池とメジャーリーガーを2人も輩出しているように、類い稀(まれ)な人材育成力に特徴がある。

その秘訣は、「目標シート」にある。それは、将来の大きな目標を真ん中に置き、そのために何をすべきかを細かくチャートにして書き込んでいくものだ。がむしゃらに練習するだけではなく、各選手が目標を意識しながら、練習はもちろん学生生活も意識高く取り組むことにより、大きな成長を遂げたと言っても過言ではない。

■選手を大きく育てる2つの秘訣

佐々木氏は人材育成において「優先順位をつけること」と「型にはめないこと」を主張している。まず「優先順位をつけること」に関してだが、学校によって、練習時間も環境も人数も異なるのが前提にある。肩甲骨や股関節の可動域を広げるトレーニングなど、身体機能を高めるトレーニングは重要だが「家でもできるものがある。練習時間が短いなら、一人でもできるトレーニングをわざわざグラウンドで一斉にやる必要はない(※1)」という持論がある。これは、効率的な部分を意識しているのだろう。グラウンドでは基本的にグラブやボール、バットを使用した練習がメインになるが、グラウンド外は道具を使用しない練習ができる。例えば、ランニングにしても照明が最低限あれば可能だ。

佐々木氏は道具を使用できる時に、それらを活用した濃い練習を行うことの重要性を主張している。また、「手法にこだわらなくてもいい。例えば、雨だったら(練習を)やるくらいでもいいと思う(※2)」ともコメントしている。

次に、「型にはめないこと」だが、成功した指導法を、別の選手に対して同じようにやった結果上手くいかなかった過去の自身の失敗談を踏まえ、「誰かがこうやって投げているから……じゃなく、その子にとって何が正しいか。引き出しをいっぱい持っておけばいいと思います(※3)」とコメントしている。

例えば、大谷と同じ練習をすれば彼のように大きく成長できるかというと違うだろう。各選手に合った練習方法を導き出すために、その引き出しとしてサポートするのが指導者としての役割だということだ。

佐々木氏が監督に就任する前は、甲子園出場経験2回で通算1勝2敗と、強豪校としての土台があったとは言い難い。その上、岩手県には盛岡大付や一関学院などのライバルがいる中で、花巻東を甲子園常連校にまで成長させた。その佐々木氏が率いる花巻東の甲子園成績は以下である。

・ 佐々木洋氏就任時:18勝13敗、春の甲子園に4回、夏の甲子園には9回出場。春の甲子園準優勝1回。※前任者のデータは不明

■菊池雄星に伝えた覚悟

選手を育成するにあたり、「伝統と習慣や感覚で教えていたものから、ハイスピードカメラや、ラプソード(※4)で動作的なものが、わかるようになってきた。(指導者として)選手の体は、繊細だってことを分からなきゃいけない。体のキレや、この子に合うとか、今はカタマイズして教える時代。昔なら、一方的だったけど、一人一人に教え方を変えなきゃいけない(※5)」とコメントするように、現代の高校野球に適した思考を持っている。

また、「日本でいい選手がこれから出てくると思いますし、世界で活躍する選手や高校野球のレベルも、とんでもないスピードで上がってくると思います(※6)」とコメントを残しているが、実際にこの佐々木氏は、菊池や大谷といった日本人でトップクラスの球速を誇る本格派の投手を育て上げた。

その具体的な指導としてはいいボールを投げるために体のメカニズムを選手自身に熟知してもらうことや、継続的に柔軟性を身に付ける大切さを説いている。

21世紀の甲子園最強左腕といわれた菊池を擁した2009年は、センバツ準優勝、夏の甲子園ベスト4とこれまでを振り返っても花巻東史上最高の成績を残した。その立役者である菊池は、花巻東に入学していきなり145km/hのストレートを投げて、周囲の度肝を抜いた。

2009年夏の甲子園決勝
2009年夏の甲子園決勝(写真=百楽兎/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

佐々木氏はそんな菊池に「卒業時にドラフト1位以外だったら大学に行け(※7)」と言い、ドラフト1位で指名されなければ監督を辞める覚悟を伝えたそうだ。入学した2007年、花巻東は夏の甲子園に出場し、菊池は1年生ながら甲子園のマウンドを経験している。

菊池の目標シートには、「実戦で使える投手」「MAX155キロ」「甲子園で優勝」、そしてその目標を達成するために必要な要素として「投球スタイルを確立する」「肩周辺の筋力UP」「徹底力」という言葉も書き込んであった。

菊池はノートに書いた通り、目標から逆算し3年生になるまで、心身を鍛え上げた結果、最後の夏、3回戦の東北戦では、左腕として甲子園最速となる154km/hを記録。甲子園優勝は逃したが、ドラフトで6球団による1巡目指名を受け、その後もプロで成長していく。2017年には最多勝と最優秀防御率を獲得し、翌年の2018年には埼玉西武ライオンズのリーグ優勝に大きく貢献した。2019年からは、メジャーリーグに挑戦し、2023年は2桁勝利(11勝6敗)を記録した。

■大谷翔平を「封印」 そのワケとは?

二刀流をメジャーリーグでも体現し、今では世界一の野球選手である大谷だが、高校時代は順風満帆ではなかった。佐々木氏は、高校入学時に大谷に対しては、ただ単に練習をするのではなく、「例えば160キロを出すために、とか。逆算して考えないといけない。なぜやるのかを考えないと無意味なトレーニングになる(※8)」と話したそうだ。

佐々木氏は、大谷という素材を大事にした。2011年夏の岩手県大会直前、大谷は骨端線(こったんせん)損傷という高校時代で唯一といっていい怪我をする。右翼手として出場した甲子園では、1回戦の帝京戦でリリーフ登板し、当時の2年生の最速タイとなる150km/hを記録。しかし、大谷の将来を考えれば無理はさせられない。

それ以降、佐々木氏は大谷の登板を翌年まで封印したのだ。実際に、センバツ出場がかかった2011年秋の東北大会準決勝では接戦の展開となり、終盤に大谷がマウンドに上がっていれば勝利の可能性は十分にあった。しかし、この時も「大谷のゴールはここではない。翌年の夏の勝利のためにも、ここで大谷を壊すわけにはいかないと思いました(※9)」という気持ちがあり、大谷の起用を我慢した。これは、なかなかできることではない。

そして、満を持して大谷が主軸として出場した2012年のセンバツでは、初戦でこの年春夏連覇を果たした大阪桐蔭と対戦。大谷と対戦相手のエース・藤浪は互いに「ダルビッシュ2世」と呼ばれており、注目の対戦になった。

先制したのは花巻東。2回に大谷がカウント2–2から116km/hの甘く入ったスライダーを捉えて、右中間に先制ホームランを放つ。超高校級の藤浪のボールを初見でホームランにする打撃には、当時から非凡な才能を感じた。

さらに4回には田中大樹のタイムリーで2点差とする。しかし、大谷に2安打6奪三振に抑えられていた大阪桐蔭は6回に意地を見せ、一死二、三塁から安井洸貴のセカンドゴロの間に1点を返し、一、三塁の場面で笠松悠哉が左中間にタイムリーツーベースを放ち、逆転に成功する。

さらに、7回には田端良基(よしき)にツーランホームランを打たれ、突き放された。最終的に大谷は11三振を奪うも、怪我で実戦のマウンドから半年以上遠ざかっていた影響もあり、終盤にスタミナ不足が露呈。四死球も11を記録し、試合終盤に大量失点を喫した。注目を集めた初戦は藤浪に軍配が上がった。

その後の夏の岩手大会では、準決勝の一関学院戦で当時アマチュア史上最速の160km/hを記録。決勝で盛岡大付に敗れ、最後の夏に甲子園出場はかなわなかったが、我慢と挫折を乗り越えた末、世界一の野球選手が生まれたのだ。

■怪物・佐々木麟太郎の“型にはまらない選択”

さらに、菊池や大谷といった超一流選手の他に、東京大学の合格者も野球部から輩出している。それは大巻将人だ。佐々木氏からの「日本で二番目に高い山は知っているか? だから(誰もが知っている)一番を目指せ(※10)」という言葉に背中を押されて、最高学府の東大を志望し、合格したのだ。

大巻は公式戦出場経験もあるが、2018年春夏連続甲子園出場時には、記録員として貢献した。現在は東大の野球部に所属している。

ここまで数々の選手を育成してきた佐々木氏には息子がいる。それは、2021年から2023年まで野球部に所属していた佐々木麟太郎である。高校野球における通算本塁打記録は早稲田実業・清宮の111本塁打をはるかに抜き去り、140本塁打を記録。長打力が魅力の選手だ。佐々木のように将来有望な高校球児の進路といえば、プロ志望届を出し、プロ野球にいくことや大学進学、社会人野球のチームに入ったりするなどの選択が一般的である。

しかし、佐々木が選んだ道はアメリカの大学に入学し、ベースボールの本場でプレーすることだった。競技は異なるが、まるで『SLAM DUNK』の登場人物のような身の振り方に日本中が驚かされた。この決断の裏には、父であり監督である佐々木氏の“型にはめない教育”があるだろう。

今の日本は、表面上では多様性を受け入れつつあるように見えるが、若者の挑戦に対しては、前例のない道をいくと、レールから外れたような辛辣(しんらつ)な扱いをする傾向がある。就活時における“新卒至上主義”にも共通する話ではあるが、レールを外れることに対しての寛容さが不足している気がしてならない。

わかりやすいのは、大谷が二刀流に挑戦した時だ。今でこそ、野球選手の二刀流は受け入れられているが、2012年頃には賛否両論を呼び、とりわけネガティブな意見が多い傾向だった。

ただ、大谷は逆風を実力ではね返した。今ではそのおかげもあって、二刀流に挑戦することに対して寛容的な空気が流れている。社会全体が、これまでにはないキャリアや経歴、挑戦を受け入れていく姿勢を持たなければ、新たなことにチャレンジする選手達の選択肢や可能性がなくなっていくだけだろう。

ゴジキ(@godziki_55)『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ)
ゴジキ(@godziki_55)『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ)

佐々木の打球に角度をつけることができる能力は天性のものだ。アメリカで持ち前の長打力を活かし、大谷のように外国人選手にも見劣りしない打撃力をつけてほしい。ゆくゆくは日本を代表する打者になることを期待していきたい。

今後は、佐々木氏のようにチームの勝利に結びつくように個性を伸ばしていく指導者は増えていくだろう。花巻東では、1年時に最終的な目標設定をさせ、それをかなえた選手は多い。

高校生の段階で細かい目標設定を課して逆算した設計をしていくことは非常に難易度が高いが、大人でも難しい「目標に向かってやり遂げること」を、高校生の段階で成し遂げる彼らを指導してきた佐々木氏の活躍に期待したい。

佐々木監督がやること・やらないこと
やること:選手が前例のない選択をすることを否定しない
やらないこと:目先の勝利を何よりも優先する

※1 「『なぜ』を大事に 大谷翔平らを育てた花巻東の監督が説く、練習の肝」朝日新聞デジタル、2023年12月10日
※2 同前
※3 同前
※4 カメラとレーダーで計測することで投げたボールの回転数や回転軸などがわかる器具。
※5 「花巻東・佐々木監督『今はカスタマイズして教える時代』雄星、大谷もした柔軟トレ語る 甲子園塾」日刊スポーツ、2023年12月9日
※6 同前
※7 林卓史、井上元輝、奈良隆章「野球における卓越した指導者の指導に関する事例研究」P24
※8 「『なぜ』を大事に 大谷翔平らを育てた花巻東の監督が説く、練習の肝」朝日新聞デジタル、2023年12月10日
※9 「菊池雄星と大谷翔平の恩師が語る、花巻東育成メソッドと6年間の物語。」Number Web、2019年1月15日
※10 「花巻東から初の東大合格、大谷に次ぐ“二刀流”球児」日刊スポーツ、2021年3月11日

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ゴジキ(@godziki_55) 野球評論家・著作家
これまでに『戦略で読む高校野球』(集英社新書)や『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『アンチデータベースボール』(カンゼン)などを出版。「ゴジキの巨人軍解体新書」や「データで読む高校野球 2022」、「ゴジキの新・野球論」を過去に連載。週刊プレイボーイやスポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!などメディアの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターにも選出。本書が7冊目となる。

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(野球評論家・著作家 ゴジキ(@godziki_55))

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