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「消臭力を歌うミゲル君」はなぜ好感度1位になったのか…「商品を見せないCM」に振り切ったエステーの戦略

プレジデントオンライン / 2024年7月30日 9時15分

X、Instagram、Facebookを使い倒す(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/metamorworks

エステーが製造・販売する「消臭力」のCMは、なぜ話題を呼ぶのか。クリエイティブディレクター・マーケター鹿毛康司さんの書籍『無双の仕事術』(クロスメディア・パブリッシング)より、「消臭力」CM誕生のエピソードをお届けする――(第2回)。

※本稿は、鹿毛康司『無双の仕事術』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

■「私はSNSが好きではないので、一切触りません」は間違い

「私はSNSが好きではないので、一切触りません。デマばかり書かれていて、本当のことは書かれていないし、タチの悪い情報を見るのは時間の無駄ですから」

そんな意見を口にする人を見かけます。このような意見に惑わされることなく、皆さんにはぜひ、主要なSNSにどんどん触っていただきたいと思います。

スマホ全盛期になった今、お客様と接点を持つ上でSNSは避けて通れません。自分の好き嫌いとは関係なく、多くの人と接点を持ちたいのであれば、SNSの研究は必要不可欠です。その姿勢がなければ、クリエイターと話ができません。

いろんなSNSに触ってください。そして、感想を聞かせてくださいとお願いすると、こんな答えが返ってくることもあります。

■X、Instagram、Facebookを使い倒す

「X(旧Twitter)の多くのつぶやきは、何気ない日常のつぶやきですね。一般的にはフォロワー数が数十人から数百人いて、共通する趣味を持った人同士がつぶやきあっているようです。有名人のフォロワー数は万単位で多い。ただ、フォロワー数が多くなればなるほど、情報が拡散しやすくなるのと同時に、炎上も発生しやすくなるので注意が必要ですね」

ただ、こういった客観的分析はクリエイティブにはまるで役に立ちません。自転車に一度も乗ったことがない人が、自転車の機能を分析して語っているようなものです。

SNSを外から眺め、評論するのではなく、中に入ってのめり込んで使っていただきたいのです。自転車は転びながら乗りこなし、思い切り楽しんでください。それができたときにはじめて、「どのような自転車を生み出せば良いのか」をクリエイターと議論できるようになります。

頭ではなく、体が理解するまで乗りこなす。好き嫌いはちょっと脇によけて、少なくともX、Instagram、Facebookは本能で赴くままに使い倒し、楽しみを味わえるところまで乗りこなしてください。

■50代の4割がインスタを使っている

総務省が発表した「令和4年通信利用動向調査の結果」によると、2022年の国内SNS利用率は80.0%にも及びます。一方、総務省情報通信政策研究所の「令和4年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」を見ると、20代の利用率はXが78.8%、Facebookが27.6%、Instagramが73.3%という結果でした。

他方、50代の利用率はXが31.6%、Facebookが26.7%、Instagramが40.7%でした。20代と比べると数字は低くなるものの、決して無視できない利用率の高さであることがわかります。

■まだまだ多くの人がテレビを観ている

「私はテレビは見ません。最近は若者だって見ないんでしょう?」とうそぶく人がいます。こちらもデータを確認してみましょう。

NHKが実施した「2020年国民生活時間調査」でテレビの利用状況をみると、国民の79%がテレビを見ていました。また、前掲の「令和4年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によると、リアルタイムでテレビを視聴している時間は平日1日あたり、平均135.5分です。

若い世代でも、平日の平均視聴時間は10代は46分、20代で72.9分でした。ここに録画が加わると、多くの人がテレビを見ていることがわかります。

リモコンを持つ人とテレビ
写真=iStock.com/Yuzuru Gima
まだまだ多くの人がテレビを観ている(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Yuzuru Gima

ネットの時代になった今、「テレビは昔ほど見られなくなった」という傾向は間違っていません。しかし、もっとも影響力の高いメディアとして未だテレビの存在は大きいのです。

そのことをよく知っているのは「ネット企業」です。テレビCMの放送量ランキングをみると、Google、アマゾン、Appleといった巨大ネット企業が上位に顔を並べているのを忘れてはいけません。

メディアは他にもたくさんあります。どうか日常生活でそれらを乗りこなしてください。頭ではなく、体で理解できるまで乗りこなしてください。メディアのことを体感できるようになったとき、クリエイターと「メディアにふさわしいクリエイティブ」について話し合えるようになっているはずです。

■「消臭力」のことばかり考えていたエステー時代

「見られる工夫」についてもう少し掘り下げていきましょう。

私はエステー時代、連日「消臭力」のことばかり、朝から晩まで考えていました。

しかし、皆さんはどうでしょうか。1日の生活の中で、消臭力のことを思い浮かべることはありますか?

答えは「ノー」ですよね。それが当然だと思います。

私たちは普段、ごく普通に生活しています。朝起きれば、時間通りに出勤しなくてはならず、寝坊して朝食を食べそびれた日には、「どこで朝食をとろうかな」と思いながら電車に乗り込み、ぼんやりとスマホをいじったりもするでしょう。

通勤途中のコンビニで飲み物を買い、会社に着いたらデスクでメールを確認する。そうこうするうちに朝の仕事がはじまり……と、あっという間に1日が経ってしまいます。

■「生活の中にお邪魔させていただく」という意識を持つ

こうした日常の中で、私たちが届けたい商品やサービスのことを思い出す瞬間は、基本的にはありません。

だからこそ、「私たちはお客様の生活の中にお邪魔させていただく」という意識を持ち、さまざまな日常の場面に登場する必要があります。

いろんな接点を利用して、日々の暮らしの中にお邪魔させてもらうわけです。

モダンなリビングルーム
写真=iStock.com/svetikd
「生活の中にお邪魔させていただく」という意識を持つ(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/svetikd

ここでの接点と接点にはきちんと、意味のあるつながりを持たせてこそ、お客様の心に留めてもらえるようになります。

■順風満帆でなかったエステーのCM

「会社辞めずに済んでよかったですな。もしも何かあったら、あなたに辞めてもらわなくてはいけなかった。ハッハッハ」

そう言って高らかに笑う、エステー鈴木喬社長(当時)に「ありがとうございました」と頭を下げたのは2011年4月のことです。

震災直後、ポルトガル在住のミゲル少年や西川貴教さんが「消臭力」のテーマソングを歌った消臭力CMは多くのお客様に支持していただきました。

2011年8月には日本で最も好感度の高いテレビCM(CM総合研究所が選出)に選ばれ、複数の広告賞を受賞する栄誉にも恵まれました。

でも、このCMが生まれた道のりは決して順風満帆なものではありませんでした。

■イメージが浮かんだのは東日本大震災から5日目の早朝

ラ~ラ~ララ~♪

子供たちが歌っている。その背景には震災から復興した街並みが映っている。そんなイメージが脳裏に浮かんだのは2011年3月15日。東日本大震災から5日目の早朝のことです。

東日本大震災で被害にあった街並み
写真=iStock.com/enase
イメージが浮かんだのは東日本大震災から5日目の早朝(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/enase

震災直後、民放各社は早々に報道特別番組に切り替え、テレビCMなしで番組が組まれていました。しかし、どのような緊急時でも、原則として放送開始から48時間後にはテレビCMが入る通常の放送体制に戻ります。

このとき、広告主は予定通りにCMを流すのか、ACジャパンが制作する「公共広告」に差し替えるのかという決断を迫られます。

■テレビCMで傷つく人がいる

ちなみに、ACジャパンの広告に差し替えても、テレビCM枠の費用は発生します。公共広告への差し替えはあくまでも「広告主の都合」とみなされるためです。それでも、震災後しばらくの間、多くの企業がACジャパンへの差し替えを選択しました。

生きるか死ぬかの非常時に、普段通りのテレビCMを目にすることで傷つく人がいるかもしれません。少なくとも、震災の被害状況などについての事実確認と、それに基づき企業として何をすべきかといったスタンスが決まらなければ、テレビCMの再開は困難です。

そう考えると、震災直後、テレビ放送は報道特別番組とACジャパンが制作する「公共広告」で占められたのは、各社がごく当たり前の結論を出した結果だといえるでしょう。

問題はその先です。いったん、ACへの差し替えを選択したとして、それをいつまで続けるのか。どのタイミングで通常のCMに戻すのか。戻す時期を決めたとして、どのようなCMなら流せるのか。広告主はみな、正解のない問いを突きつけられ続けることになります。

■日常に戻れるCMを作ろう

「テレビの映像がつらすぎる」
「震災報道とAC以外に見るものはないの?」
「もうテレビは見たくないと思いながら、不安になってつけてしまう……」

Twitter(現X)のタイムラインには悲痛なつぶやきがあふれていました。

「頑張ろう」「頑張らなくては」とお互いに励ましあうメッセージと共に、悲鳴のような本音も書きこまれていました。すさまじいスピードで流れてくる人々の声は、私自身の心の声でもありました。

でも、どうすればいいかわからない。自分の無力さに打ちのめされながら連日、テレビとTwitter(現X)をひたすら見続けていました。

自分に今できることはやはり、CMを作ることしかない。日常に戻れるようなCMを作ろう。もしかしたらクビになるかもしれないけれど、それでもかまわない。人生を賭けてもいい。そう思い、鈴木社長に直談判しました。

一緒に歩く家族の背面図
写真=iStock.com/monzenmachi
日常に戻れるCMを作ろう(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/monzenmachi

■輪番停電で海外ロケを検討

「こういう時期だからこそ、テレビCMをやるべきだと考えています。テレビCMを作ってもよいでしょうか」

鈴木社長は「こういうときこそ、志を見せるんだ!」と即座に快諾。東北への鎮魂の祈りを込め、新たなCMを制作することが決まりました。

ところが、当時はまだ輪番停電が続いていました。そこで、CM撮影のために膨大な電力を消費するのを避けるべく、海外ロケを検討し始めました。

ロケ地として第一候補に挙がったのがポルトガルです。

ポルトガルの首都であるリスボンは、1755年に大地震に伴う津波の被害に遭い、市民の3分の1が亡くなり、85%の建物が損壊するという欧州史上最大の自然災害に見舞われています。

これから復興を目指す日本に向けたCM制作をする上で、またとない場所が見つかったのです。

■「何かあったら、鹿毛をクビにしなければ」

しかし、震災直後で社内は混乱状態にあり、「消臭力」を製造していた福島工場は被災して稼働再開の見込みも立っていませんでした。

そんな中、能天気ともとられかねない、海外撮影の企画を出して良いものか。ためらいがなかったかというと嘘になります。

しかし、私が企画書を片手に社長室を訪れ、説明をした直後、鈴木社長は立ち上がり、「鹿毛君、素晴らしい!」と握手を求めてきました。

「東北への恩返しですね。どんなCMになるか期待しています。あなたの、そしてエステーの心意気を見せるものを作ってきてください」

そう力強く励まされて、私は感激で胸がいっぱいでした。まさか、鈴木社長が内心、「何かあったら、鹿毛をクビにしなければ」と覚悟を決めていたとは夢にも思っておらず……。

■「日常に戻ろう」を合言葉に

私たちCM制作チームがポルトガルに向かったのは震災から2週間後のことです。

当時、鈴木社長は「日常に戻ろう」を合言葉に、本気でさまざまな商品をお客様に届けようとしていました。その志を伝えるために、CMは大切なお客様との接点のひとつですが、CMだけですべてを伝えることはできません。

Twitter(現X)を通じて、「CMの背景に映っているのはリスボン」だと知ってもらう、テレビや新聞の報道では「社長の思い」を届ける、ネットニュースでは「日常に戻ろう」の活動を広く伝えるなど、それぞれの接点で何をすべきかを考え、ひとつひとつを実行に移していきました。

これらがしっかりとつながったおかげで、当時のお客様の生活の中に「消臭力」はお邪魔させてもらうことができました。

その結果、消臭芳香剤でのシェアが1位になりました。

鹿毛康司『無双の仕事術』(クロスメディア・パブリッシング)
鹿毛康司『無双の仕事術』(クロスメディア・パブリッシング)

制作物とメディアの関係性を理解すると、点と点をつないだ力強いクリエイティブを生み出すこともできます。

この全体像を考えることこそ、あなたの役目です。

最初は妄想で構いません。世の中がこうなったらいいなあと想像してみてください。

それぞれのメディアや制作物を使って、世の中にどんな喜びを提供できるかを考え抜いてください。点と点を結ぶことで、その先に何が見えるのか。あなたの頭の中にあるストーリーをクリエイターに話してみてください。きっとクリエイターは力強く助けてくれることでしょう。

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鹿毛 康司(かげ・こうじ)
クリエイティブディレクター
株式会社かげこうじ事務所代表、マーケター。早稲田大商学部卒業後、雪印乳業を経て、2003年にエステー入社。同社を日本有数のコミュニケーション力のある企業に導く。同社執行役を経て、2020年に独立、かげこうじ事務所を設立。代表作は消臭力CM。11年震災直後の「ミゲルと西川貴教の消臭力CM」で一大社会現象を起こす。現在、グロービス経営大学院 教授、エステー コミュニケーションアドバイザー、日経クロストレンド アドバイザリーボードメンバー/Ad-tech 東京ボードメンバー。著書に『愛されるアイデアのつくり方』(WAVE出版)、『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)などがある。

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(クリエイティブディレクター 鹿毛 康司)

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