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大谷翔平を激怒させた「新居報道」にフジ社長は謝罪したが…"迷惑取材"をやめないテレビ局の本当の問題点

プレジデントオンライン / 2024年7月11日 17時15分

ドジャースの大谷翔平=2024年7月9日、米国 - 写真=共同通信社

■「メジャー史上初の快挙」が何かと思ったら…

大谷翔平がジャッキー・ロビンソンを超えた⁉

ジャッキーといえば大リーグ初の黒人選手(その前にもいたという説もあるが)としてドジャースに入団。周囲や観客たちから手ひどい人種差別を受けながらも、大活躍したメジャー史に残る名選手である。

今、彼の背番後「42」はすべてのチームで永久欠番になっている。毎年4月15日は「ジャッキー・ロビンソンデー」に制定されており、すべてのチームの選手、コーチ、監督、審判が42番のユニフォームを着て試合に出場する。

そのジャッキーを超えたというのだから、さぞ凄い記録をつくったのかとスポニチ(7月8日付)を見てみた。

大谷は7月6日(日本時間7日)対ブルワーズ戦で「4打席目までに1試合で記録した四球、死球、三塁打、盗塁は球団では1953年のジャッキー・ロビンソン以来71年ぶりだったが、5打席目の本塁打(28号=筆者注)でメジャー史上初の快挙を達成」したというのである。

おいおい、それって大記録なのかよ。草葉の陰でジャッキーは苦笑しているだろうし、アメリカの野球ファンがこれを読んだら、中には怒り出す者もいるだろう。

■ベーブ・ルースではなく、野茂やイチローと比較すべき

私は、1976年10月11日に巨人軍の王貞治が通算715号を放って大リーグのレジェンド、ベーブ・ルースの記録を破った時、日本とアメリカの野球は別物、低いレベルの野球でいくら打ってもベーブと比べられるわけはないという猛烈な批判がアメリカで起きたのを思い出した。

たしかに、その当時、大リーグの選手たちがシーズン終了後、物見遊山もかねて日本でプロ野球チームと親善試合をよくやっていた。

だが、向こうは半分遊び気分で来ているにもかかわらず、日本のチームはだらしなく負けた。私は熱狂的な巨人軍ファンだったが、大リーガーと日本人選手の力の差をまざまざと感じて悔し涙を流したものだった。

そんな日本のプロ野球ファンを驚愕させ、歓喜の渦に巻き込んだのは野茂英雄であった。

日本人メジャーリーガー第1号は1964年に南海ホークスからフランシスコ・ジャイアンツに入団した村上雅則投手だが、今日の日本人選手の活躍の礎をつくったのは間違いなく、1995年にドジャースに入団した野茂であった。彼の活躍がなければ“二刀流大谷翔平”は誕生しなかったかもしれない。

野茂はメジャー通算123勝した。現在通算38勝の投手・大谷は、野茂を目指すべきだが、この記録を抜くのは厳しいだろう。

日本のメディアは、何かというとベーブ・ルースと大谷を比較したがるが、野茂の記録やイチローの通算成績、打率.311、安打3089、本塁打117、打点780、盗塁509という記録と突き合わせ、冷静に論じるべきではないか。

■「12億円豪邸」を取材したフジ・日テレが“出禁”?

大谷を貶(けな)しているのではない。大谷は漫画の主人公を超えた存在になったと私も思う。私が読んできた野球漫画『スポーツマン金太郎』(寺田ヒロオ著、講談社)『巨人の星』(川崎のぼる著、同)『ドカベン』(水島新司著、秋田書店)の主人公たちでも、その活躍は現在の大谷より控えめである。

大谷がこの活躍をあと5年続けられれば、彼は大リーガーのレジェンドになることは間違いない。

ところで、その大谷をめぐって、日本のテレビ局2社が“行きすぎた報道”をしたとして、ドジャース球団から取材パスを取り上げられたという疑惑が話題になっている。

大谷の12億円豪邸をフジテレビと日本テレビのワイドショーが、マンションの前で中継したというものである。

たしかに、2局のワイドショーの報道の仕方に問題があったのは間違いない。

自宅を公にされることで、試合中は1人でいる妻に危害が及ぶかもしれない。パパラッチまがいのファンたちが大挙してマンションの前に押し寄せ、「ここが大谷さんの家よ」と大騒ぎするかもしれないという、大谷側の心配は理解できる。

だが、大谷側の激怒に震え上がり、テレビ局の社長が会見で謝罪までしたことは、私は「やりすぎではないか」と思わざるを得ない。

■もはや「マネーゲーム」と化している大谷報道

『週刊現代』(6月29日・7月6日号)によると、大谷を扱うことで視聴率が3%上がり、大谷を起用している社のCMも入る。巨大コンテンツと化した大谷翔平をめぐる「マネーゲーム」は激しさを増しているそうだ。今や日本人最大のスーパースターとの関係修復は、テレビ局の浮沈がかかっているというのである。

だから土下座してでも大谷との関係を修復せよと、上から厳命されているようだが、これではジャーナリズムなど入り込む余地などまったくない。取材対象に媚びへつらうだけが記者の仕事なのか。

大谷がプライバシーを守りたいという気持ちはわかる。だが、12億円の豪邸や26億円ともいわれるハワイの別荘がどのようなものなのかを知りたいと思うのは、人間の“本能”である。読者、視聴者の欲求にこたえるのはメディアの重要な役割でもあるはずだ。

ハリウッドの有名俳優たちは、自宅を撮られメディアに出てしまったことで、その社を出入り禁止にしたり、取材パスを取り上げたりするのだろうか。

もしそのようなことになれば、同業他社はその俳優の報復の仕方に、「やりすぎではないか」と結束して異を唱えるのではないだろうか。

小室圭さんと秋篠宮家の眞子さんがニューヨーク・マンハッタンのやや物騒な地区のマンションに移り住んだ時、外国メディアまでがパパラッチのように四六時中辺りをうろうろし、日本人観光客が何人も物見遊山に訪れた。だが、この国の大手メディアの中で、小室夫妻のプライバシーを侵害している、2人が暮らしているところを特定できるような書き方は慎むべきだと警告した社が、はて、どれくらいあっただろうか。

■安全対策を指摘する声は聞こえてこない

元皇族のプライバシーは、国民の多くに結婚を反対されて逃げ出したのだから致し方ないが、国の宝である大谷翔平のプライバシーはまかりならんとでもいうつもりなのだろうか。

私が不思議に思うのは、こうした報道の中で、大谷がプライバシーを断固守りたいのなら、それ相応の警備費用を負担して、プライバシーや家族の安全を確保すべきではないかという論調が、私が知る限りほとんどなかったことである。

Forbes JAPAN(2021年3月16)によると、英国のヘンリー王子とメーガン妃は、王室を離脱したため、自らの身の安全を保つために莫大な費用を捻出しなければならなくなったことがあったと報じていた。

Forbesがセキュリティーの専門家4人に話を聞いたところ、夫妻が24時間体制の警護を依頼すれば、そのためにかかるコストは年間およそ200万~300万ドル(約2億2000万~3億3000万円)になっただろうという。

大谷がプライバシーを完全に守りたいなら、それ相応の負担も考えなくてはいけないのではないか。私のこのような考え方は、この国では非常識なのかもしれないが……。

この騒動の波紋はフジテレビの社長が謝るという事態にまで発展してしまった。

ロサンゼルス
写真=iStock.com/LPETTET
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LPETTET

■滑稽を通り越して哀れさが漂う

スポニチアネックス(7月5日)によれば、フジテレビの港浩一社長は7月5日の定例会見で、こう述べたという。

「『フジテレビの報道により、大谷選手とその家族、代理人をはじめとする関係者にご迷惑をおかけし、大変申し訳なく思っております』と謝罪した。

『新居に多くの観光客や地元の方が訪れる状況が発生しているということですので、今週、放送やホームページ上で視聴者の皆様に大谷選手の自宅をはじめ、プライベートな空間を訪れることはお控えいただくようお願いいたしました』と続け、『なお、一部メディアでフジテレビがドジャースの取材パスを凍結されたと報じられておりますが、当社が取材パスを失い、ドジャースの取材ができなくなったという事実はなく、適切な取材を心がけながら、現在も取材を続けています』とした」

自分の社で報じておいて、視聴者に大谷の自宅を見に行くことは控えろというのは滑稽を通り越して哀れさが漂う。女性セブン(7月25日号)によれば、大谷はせっかくの新居を、今回の報道で引き払うという見方まで出てきているそうだ。

このような無様なことになるのは、この国に健全なスポーツジャーナリズムが育っていないからである。

この国のスポーツ界にはジャーナリズムはないとさえ思っている。プロ野球界、競馬界、相撲界、どこを見ても、取材対象にベッタリ張りつき、タメ口を聞けるようになる、一体化するのがいい記者だと勘違いしている記者ばかりだ。相手との距離の取り方を教えられていないからだ。

■取材先とベッタリなのは野球担当だけではない

だいぶ前になるが、相撲界で若乃花と貴乃花が「若貴時代」といわれ大ブームになり、連日満員御礼の下がった1990年代。私はFRIDAYの編集長だったが、相撲取材であれほど苦労したことはなかった。

記者クラブの席には入れてくれないから、仕方なくカメラマンと記者のチケットを法外な金額でダフ屋から買って、館内に潜り込む。席に座っていては決定的瞬間は撮れないので、なるべく土俵に近いところに移動しようとするが、警備員や相撲部屋の若い衆に止められ、追い出されることもたびたびだった。

ようやく“監視”の目を掻(か)い潜(くぐ)って土俵の近くまでたどり着いても、新聞記者が警備に通報して叩き出されることもよくあった。

記者たちは相撲界と一体なのだ。協会側にタレこんでよそ者を排除し、憶えめでたくなろうと躍起になるから、批判記事など書けるわけはない。

先場所前、期待の若手・大の里が部屋の力士をいじめ、未成年なのに飲酒を強要していたと報じたのは週刊新潮だった。そのため相撲協会は渋々飲酒の事実があったことのみを公表した。いつまでたっても相撲界で「いじめ」が無くならないのは、記者クラブに入っているメディアの記者たちが、そうした事実を見て見ないふりをし続けているからである。

■レジェンドに対しては「敗因分析」すらしない

競馬界の話をしよう。

1994年9月24日、私は英国のアスコット競馬場にいた。

武豊が騎乗するスキーパラダイスを見るためだった。同馬は前走でフランスのG1ムーラン・ド・ロンシャン賞を勝って人気になっていた。雨が降り続き日本の芝より長いターフのため、直線だけで追い込むことは難しいと思われた。だが、スキーパラダイスは少し出遅れたこともあったが終始後方のまま惨敗した。

翌日の英国スポーツ紙は一面で武の騎乗を厳しく批判していた。翻って今年6月23日(日曜)の「宝塚記念」。断然1番人気のドウデュースの武の騎乗を批判するスポーツ紙はなかったのではないか。だが、武はレース前「馬の出来は最高」といい、レース後は「負けたのは重馬場のせいではない」と語っている。

負けに不思議の負けなし。ほぼ最後方で並走していたブローザホーンは大外を回って差し切り勝ち。ドウデュースは直線で苦し紛れにインに突っ込んだがまったく伸びずに惨敗。なぜ、有馬記念のときのように早めに中団まで押し上げ、直線で抜け出す競馬をやらなかったのか。それで負けたとしても武の騎乗を批判する声は出なかったと思うが、あの乗り方は、私には解せなかった。

ベテラン競馬記者からは「競馬なんてそんなもの」という声が聞こえそうだが、60年競馬を見てきた私は、競馬界のレジェンドであっても批判すべき点があれば怯んではならないと考える。

■MLBはNHK、高校野球は新聞、プロ野球はテレビ…

元ニューズウィーク日本版編集長の竹田圭吾氏(故人)は、東洋経済オンライン(2015年9月11)でこう書いていた。

「テレビの情報番組や報道番組にコメンテーターとして出演するようになって10年以上たつが、そもそもの話、この原稿の執筆依頼を受けるまで、テレビメディアに『スポーツジャーナリズム』という概念や意識が存在すると思ったことはほとんどなかった。

市民の権利と便益を守るために、権力監視の立場から客観対象を公正・中立かつ批評的に報道することをジャーナリズムと定義するならば、それを行うにはテレビはスポーツやスポーツビジネスと一体化しすぎているからだ」

相撲はNHK、大谷のドジャース中継もほぼNHK BSの独占。高校野球は朝日新聞と毎日新聞。読売新聞はプロ野球チーム「巨人軍」を傘下に置く。民放テレビだけではなく公共放送も新聞もスポーツビジネスと一体化しているのだ。

竹田氏は野茂英雄が大リーグに移籍した当時、取材した経験をこう書いていた。

インタビューを受ける野茂英雄
インタビューを受ける野茂英雄(写真=Ryosuke Yagi/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

「驚いたのは試合後の会見で、日本から押し寄せたテレビや新聞の記者たちが、野茂に『31年ぶり史上2人目の日本人メジャーリーガーになった気分は?』と繰り返し尋ねたことだ。

野球ファンや野茂自身にとってその日最も重要なことは、野茂がどんなピッチングをし、それを大リーグの選手やコーチや野茂自身がどう評価したかであって、歴史に名前を刻んだことではない。案の定、会見場に座る野茂はずっと『なんでそんなバカなことを何度も聞くの?』という表情をしていた。

■もし大谷が故障したら、メディアはあっさり見限るだろう

当時の日本のスポーツマスコミが、その試合の後もずっと野茂を社会現象としてのみ扱ったわけではない。ただし『海を越えた挑戦』という部分にニュースバリューを置く島国根性と、競技そのものの魅力をありのままに伝える意識の希薄さが日本のメディアを覆い続けていることは、ゲームの内容などそっちのけで日本人選手の成績だけを断片的に伝える『注目選手至上主義』的な報道がいま現在も行われていることをみればわかる」

繰り返しいうが、大谷は百年に一人の逸材であることは間違いない。しかし、この国のメディアの報道のほぼすべては、大谷が本塁打を打ったのかどうかだけに集中していて、人間・大谷を取材する努力を怠っているように思える。

彼の元通訳だった水原一平が起こした違法賭博事件の際も、水原の違法行為はこれでもかというほど大量に報じたが、二十数億という巨額なカネを自分の口座から盗まれていたことをチェックできなかった、大谷側にも問題はなかったのかを問うメディアは、私が知る限りなかったと思う。

このままいけば、私のように、この国で大谷を少しでも批判する者は「非国民」といわれかねない。

だが、万が一、大谷がまた故障をして、これまでのような活躍ができなくなったら、日本のメディアはあっさり大谷を見限り、次のスーパースターを探すために離れていってしまうのだろう。

■テレビ局がひれ伏しているのは大谷ではなく…

大谷が渡米してから7年目。その間に、大谷の人間的なエピソードは、犬のデコピンと真美子さんとの結婚(詳しい結婚までの経緯は謎のまま)しかないというのは、取材記者たちの“怠慢”といってもいいのではないか。

今回のケースのように、自宅を取材すれば大谷側から取材ストップがかかるのでは、よほど記者魂がある人間でないと、大谷翔平のグラウンド外での人間的な側面を取材・記事にすることはできないとは思う。

だが、スーパースターだけに焦点を当て、監督の采配、下位打線からでも得点できるドジャース打線の凄味、個々の選手たちの魅力についても報じることがなければ、大谷がいなくなってしまえば、大谷ファンは野球ファンとしては留まらないだろう。

長嶋や王が監督からも引退して、熱烈な長嶋ファンだった私のような者たちがプロ野球から離れてしまったように。

この国のスポーツ報道の問題点は、スーパースター至上主義で、自分たちが作り出したスターを批判できなくなってしまうところにある。健全な批判のないところに健全なスポーツの発展はない。東京五輪がそのいい見本ではなかったか。

今回の自宅報道で、報道する側は大谷に謝るところは謝る。しかし、報道する側の権利も主張するべきである。

私には、テレビ局は大谷にではなく「視聴率」にひれ伏しているとしか思えない。

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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