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パリ五輪は無事に開催されるのか…「都知事選以上の大番狂わせ」が起きたフランス総選挙のカオスぶり

プレジデントオンライン / 2024年7月15日 10時15分

フランス下院総選挙決選投票の結果を受けて、レピュブリック広場に集まって歓声を上げる左派連合の支持者たち=2024年7月7日、パリ - 写真提供=共同通信社

■欧州議会選で惨敗したマクロン大統領が解散を宣言

7月7日の総選挙の後、フランスがカオスに陥っている。これで今月末、オリンピックがつつがなく開催できるのだろうかというのが、私の単純な懸念だ。

あまり興味のなかった読者のために、少しおさらいをすると、そもそもの始まりは6月9日のEU欧州議会選挙。この選挙で、マクロン大統領率いる中道与党連合は得票率が15.2%にとどまり、“極右”と言われているマリーヌ・ル・ペン氏の「国民連合」の半分にも満たなかった。そこでマクロン氏は、まだ選挙の最終結果も出ないうちに議会の解散を宣言。一か八かの総選挙に舵を切ったわけだ。

ところが、急遽実施された6月30日の第1回目の投票では、マクロンの中道与党連合は、ル・ペン氏の「国民連合」だけでなく、左派連合の「新人民戦線」にまで追い抜かれて第3位に転落。7月7日の2度目の投票を目前に、まさに王手がかけられた状態に陥った。

■都知事選の日、最大級の番狂わせが起こった

フランスで国民の世論が真っ二つに割れるのは今に始まったことではないが、ル・ペン氏に対する激しい攻撃は、これまでずっと続いてきた右派と左派の切磋琢磨とは様相を異にする。「国民連合」は選挙で選ばれた公認の政党であるにもかかわらず、なぜか“極右で、反民主的で、危険な政党”であり、「絶対に政権に就かせてはいけない党」だった。しかし、事前の予想では、その危険な「国民連合」が圧倒的首位に立つと予想されていたのだ。

そこで、「新人民戦線」は急遽、全国で200人以上の候補者を引き揚げ、すべての選挙区で「国民連合」の対抗馬を一人に絞るという荒療治に出た。左派の票を一本化し、「国民連合」の躍進を止めようとしたのだ。

それが功を奏したのか、7月7日、最大級の番狂わせが起こった。左派連合の「新人民戦線」が勝利し、マクロン氏の中道与党連合が2位に浮上。そして、過半数を取るとまで言われていたル・ペン氏の「国民連合」が第3党に沈没した。

ただ、議席数で見ると、「新人民戦線」が184、マクロン氏の中道与党連合が166、ル・ペン氏の国民連合が143で、過半数の279議席を確保するためには、誰が政権を取るにせよ、連立交渉は必至だ。しかし、これがそう簡単に進むとは思えなかった。

■マクロン氏悲願の「年金受給年齢の引き上げ」も白紙か

まず、第一勢力となった「新人民戦線」だが、これは、「不服従のフランス」、「社会党」、「緑の党」、「共産党」の連合で、実は政策も信条もバラバラ。中心人物は「不服従のフランス」党のジャン・リュック・メランション氏で、その党名からも察せられるように極左だ。メディアは左翼に対しては寛容なので、ル・ペン氏のことは「極右」と書いても、メランション氏は「急進左派」でお茶を濁しているが、その氏がすでに選挙前、フランスの政治を担う意思を表明していた。

ただ、現実問題として、政権樹立は至難の業だ。「新人民戦線」の左派4党をまとめることさえほぼ不可能なのに、過半数を取るためには、さらに保守与党勢力との共闘を要する。

しかし、メランション氏の公約は、最低賃金の大幅な引き上げ、基幹産業の国営化などで、その他、マクロン氏があれほど苦労して通した掌中の珠である「年金受給年齢の引き上げ(62歳)」を元に戻す(60歳)ことや、富裕層への所得税率を90%にすることも謳っており、マクロン氏の与党連合がメランション氏と組むのは不可能だと思われた。つまり、組閣の可能性はほぼゼロで、フランスは完璧に手詰まり状態になってしまった。

■「フランスが民主主義を選択した」?

選挙の翌日の8日には、マクロン氏の党である「再生」のガブリエル・アタル首相が辞任を申し出た。敗北の責任を取るつもり(ポーズ?)だったが、マクロン大統領がそれを認めなかった。新しい政権の見通しもないまま、現在の政府を壊してしまったら、混乱が2乗になるだけだ。

しかし、こうなると、議会には新しく選出された議員が座り、政府の顔ぶれは以前と同じということになり、早晩、政治が機能不全に陥る。そうなれば、それはフランスだけでなく、EU全体を不安定化する要因にもなりかねない。つまり、ドイツから眺める限り、現在のフランス政治はカオスの淵に立っている。

さて、これらの動きに対するドイツの反応はというと、社民党や緑の党の政治家は一斉に、「フランスが民主主義を選択した」とお祝い気分。ル・ペン氏の「国民連合」が民主主義ではないという前提である。

しかし、メランション氏が民主主義かというと、実はこちらのほうが怪しい。氏は前述のように現在の政体の改革(転覆?)を掲げており、EUに対しても極度に懐疑的だ。その上、氏の周りには、反ユダヤ主義を憚らない政治家も多く、それどころか前科持ちの危険人物までいるという。ドイツの社民党と緑の党の政治家は、これらをひっくるめて民主主義の勝利として祝っているのである。

■有権者の意思が無視されていないか

一方、「極右」と言われているAfD(ドイツのための選択肢)は、現在、ル・ペンとは必ずしも良い関係ではないが、それでも国民連合の躓きにはショックを受けているだろう。9月に旧東独の3州で州議会選挙が行われるが、そこでの躍進が確実視されているAfDにとって、お隣でやはり勝利が確実視されていたル・ペン氏が沈んだことは、いわば不吉な兆候だ。しかもその沈没は、左派連合がル・ペン氏の台頭を妨害するという目的で結集し、異端の選挙テクニックを使った結果だったのだから、なおのことだ。

実はドイツでも、地方自治体の選挙などで、AfDを勝たせないという目的だけのために、左派や保守がなりふり構わず団子になって突進してくるという状況がすでに起こっているが、今、この疑問符付きの方式がフランスの総選挙で成功モデルになったことで、今後、ドイツの重要な選挙でも、AfD撲滅のために堂々と使われる可能性が出てきたと言える。

そもそもこうなると、多数の有権者の意思が反映されず、また、政策の一致していない党が混淆(こんこう)して政権に就くため、政治が機能不全になるのだが、これまでそれらの問題点は、「民主主義の防衛」とか「ナチ打倒」といったスローガンで覆い隠されてきた。しかし今後、これが常道になるとすれば、果たして民主主義の原則に沿うのだろうか。

■選挙で共闘した社会党はさっそく離脱?

さて、今後のフランスの動きだが、現在、急に浮上してきたのが、社会党の「新人民戦線」からの離脱の可能性だ。つまり、選挙のためだけに暫定的にメランション氏と共闘していた社会党が、それを蹴飛ばして、マクロン氏と大連立を組むのではないかという臆測である。しかも、大連立の首相候補として挙がっている名前が、社会党のフランソワ・オランド前大統領。

保守と左派の大連立はドイツではよくあり、例えばメルケル政権4期のうちの3期は、キリスト教民主/社会同盟と社民党との大連立だった。そして、その間にドイツは次第に左傾化し、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟が、社民党の政策をどんどん実施していくというパラドックスが起こった。

一方のフランスでは、大連立はこれまであまり例がなかったが、ただ、今回は本当にあるかもしれない。ただ、もしそうなった時のメランション氏とその支持者の怒りは、想像しただけで恐ろしい。いずれにせよ、フランスではサプライズはまだまだありそうだ。

ブルボン宮殿を議事堂としている国民議会
写真=iStock.com/aristotoo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aristotoo

■「極右は怖いが、資本家マクロンも嫌い」の結果

それにしても、本来なら、共産政権の支持に回るのは貧民や労働者のはずが、今回、多くのフランス国民があえてそのリスクに踏み込んだのは何故だろう。それはおそらく、左翼メディアの報道の成果と、フランス人特有の反権力のDNAが重なり、「極右のル・ペンは怖いし、資本家マクロンは嫌い」となったためだと、私は思っている。しかしその結果、「ル・ペンは怖い」と思っている人たちは、本当はもっと怖い党を選んでしまったのではないか。

さて、これからの進展だが、著名な評論家やコメンテーターも、皆、お手上げ状態のようで、もちろん私など、予測の「よ」の字もできない。

ただ、誰が政権をとっても、フランスの「独立独歩」の精神は変わらないだろう。また、歴史始まって以来、関係が良好だった試しのない独仏両国だから、いまさらフランスがドイツに対して好意的になるとも思えない。ただ、これまではそれでも、ドイツとフランスは冷静に、EUを支える両輪としての役割をちゃんと果たしてきた。今後のフランスで、メランション氏の力がどの程度になるのかは不明だが、その協力関係にヒビが入るようなことになれば取り返しがつかない。

それなのに、メランションの勝利を手放しで喜んでいるドイツの左派の政治家、大丈夫だろうか? ル・ペン氏が政権に就かなかったということだけで舞い上がっているのだとしたら、あまりにも近視眼的すぎると思う。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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