1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

日本が誇る「ジブリブランド」で一気に世界市場へ…100億円の大型買収を決断した日本テレビの"3つの狙い"

プレジデントオンライン / 2024年7月22日 16時15分

記者会見の場で握手する日本テレビの杉山美邦会長(右)と、子会社になることが決まったスタジオジブリの鈴木敏夫社長=2023年9月21日、東京都小金井市 - 写真=時事通信フォト

日本テレビホールディングスは2023年9月、100億円をかけてアニメ映画製作のスタジオジブリを子会社化した。事業承継・M&Aを行うテイクコンサルティング代表の松丸史郎さんは「最高のコンテンツを獲得した日テレはジブリ作品の世界配信を皮切りに、日本のアニメを核としたグローバルビジネスを加速していくだろう」という――。

※本稿は、松丸史郎『元銀行員×経営者が教える 幸せになるための事業承継とM&A』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

■大型M&Aが映し出す日テレの未来

日本のメディア業界の再編の一つ、日本テレビ放送網のスタジオジブリ買収。この大型M&Aには、日テレの明確な戦略的意図が込められていました。

コンテンツ資産の獲得、アニメ事業の強化、グローバル展開の加速……。

その狙いを紐解くことで見えてくるのは、変革の時代を勝ち抜くメディア企業の未来像です。

さらに、この提携が示唆するのは、日本の中小企業が生き残りをかけて取り組むべき戦略。自社の強みを再定義し、パートナーとの協働で新たな価値を生み出す。時代の荒波を乗り越えるためのヒントが、ここにあります。

今回、私が関係者からの聞き取りと公になっている情報をもとに、日テレの目指す未来を考察してみたいと思います。

■地上波だけで生きていける時代は終わった

かつてのテレビ局は、地上波という唯一無二のメディアを舞台に、圧倒的な影響力を誇っていました。しかしインターネットの登場によって、そのパラダイムは大きく変わりました。

そんな時代にあって、日本テレビが進むべき道は明確でした。

「地上波の枠を超えて、コンテンツの力で勝負する」

この一念が、同社の事業領域拡大の原動力になっているのです。

日本テレビは2010年代より、自社の強みである「コンテンツ制作力」を最大限に活用し、テレビに限らないあらゆるメディア、あらゆるデバイスで受け手と向き合うことを重視しています。

つまり、高品質な映像作品を生み出すIP(Intellectual Property:知的財産)ホルダーとしての立ち位置を最大限に活かしながら、テレビの枠を超えた展開を図っていくのです。

■デジタル進出で「新たなファン」を開拓

この戦略の下、日テレはHuluやDisney+とのコンテンツ提供契約を次々に結び、動画配信事業に本格参入。また自社でもTVerやHuluで配信に特化したオリジナル作品を制作するなど、デジタルシフトを加速させてきました。

地上波の人気コンテンツをデジタルの世界に展開することで、従来のファン層の満足度を高めると同時に、若年層を中心とした新たな視聴者の獲得にもつなげる。こうした施策は着実に成果を上げつつあります。

更に近年では、コンテンツビジネスの幅をドラマや映画、アニメーションといったフィクションの領域にとどまらず、舞台、ゲーム、キャラクタービジネスなど、エンターテインメント全般に広げる動きを見せています。

このような例が示すのは、魅力的なコンテンツさえあれば、メディアの枠を超えて、ファンの心を揺さぶり、新しいマーケットを創出できるということ。

だからこそ日テレは、「面白いコンテンツを作り続ける」という原点を大切にしながら、その可能性をあらゆる分野に求めているのです。

■「日本発のエンターテインメント」を世界へ

そしてその先にあるのが、コンテンツのグローバル展開です。

日本の良質なエンターテインメントを、より多くの人々に届けたい。世界中の人々を笑顔にできる作品を生み出したい。

その思いから日テレは、自社コンテンツの海外販売に力を入れると同時に、国際共同製作にも積極的に乗り出しています。

また、強力なIPを持つ企業との資本提携も、その布石となります。

スタジオジブリをはじめ、日本が誇るコンテンツで世界を目指す。配信技術の発達によってボーダレス化が進むコンテンツ市場を、「日本発のエンターテインメント」で席巻する。

かつて日テレは、「日本のテレビ局」でした。

しかし今は、「日本が世界に誇るエンターテインメント企業」へと進化を遂げつつあります。

汐留 NTV Tower
汐留 NTV Tower(写真=Suicasmo/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

コンテンツはメディアを選ばない。だからこそ、最高のコンテンツを追求し続ける。

新時代のメディア環境を勝ち抜くために、日本テレビは今、コンテンツの力を信じて、新たな一歩を踏み出そうとしているのです。

■スタジオジブリの唯一無二の“財産”

2022年、日本のメディア業界に激震が走りました。民放テレビ局の雄、日本テレビ放送網がスタジオジブリの株式の39.8%を取得し、資本業務提携を結んだのです。

この大型買収には、日テレの明確な戦略的意図が込められていました。

第一の理由は、言うまでもなく、スタジオジブリが持つ強力なコンテンツ資産の獲得です。

「となりのトトロ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」――スタジオジブリが生み出してきた作品群は、日本のみならず世界中で愛され、高い評価を得ています。まさに国民的アニメーションと言えるでしょう。

これほど強力なIPを自社グループ内に取り込むことができれば、二次利用を含めた様々な展開が可能になります。テレビシリーズや映画の製作、キャラクタービジネス、テーマパークとのタイアップなど、収益機会は無限大。日テレにとって、ジブリ作品は計り知れない価値を持つコンテンツ資産なのです。

トトロの人形を持つ日テレの杉山会長と鈴木敏夫氏(日本テレビプレスリリースより)
トトロの人形を持つ日テレの杉山会長と鈴木敏夫氏(日本テレビプレスリリースより)

■日本のアニメの中でも絶大な人気を誇る

第二の理由は、アニメーション事業の強化です。

世界的にアニメ市場が拡大を続ける中、日本のアニメはその中心的な存在として注目を集めています。特にジブリ作品は、老若男女を問わず幅広い層から支持され、海外でも絶大な人気を誇ります。

そのジブリと直接つながりを持つことで、日テレのアニメ事業は大きく前進するはずです。技術やノウハウの共有はもちろん、ジブリ作品を梃子にした新規事業の展開など、シナジー効果は計り知れません。

例えば、ジブリパークのアトラクションとタイアップした体験型コンテンツを制作したり、VR技術を使って作品の世界観を再現したりと、アニメーションの新しい楽しみ方を、日テレの総合力で創出していくことができるでしょう。

そして第三の理由が、コンテンツのグローバル展開の加速です。

Netflixに代表される動画配信サービスの台頭により、良質なコンテンツへの需要は世界的に高まっています。その中で、日本アニメーションの存在感は日に日に増しています。中でもジブリ作品は、国境を越えて多くの人々を魅了するグローバルコンテンツの最たるものと言えるでしょう。

その『ジブリ』ブランドを手中に収めたことで、日テレは一気に国際市場への展開力を高めることができます。ジブリ作品の世界配信を皮切りに、共同製作や商品展開など、日本のアニメを核としたグローバルビジネスを加速させていくことが期待されます。

■ジブリが作品作りに専念できる体制が整った

加えて重要な点が、スタジオジブリの経営基盤の安定化という点です。

創業者である宮崎駿監督の高齢化が進み、後継者問題が囁かれる中で、スタジオジブリにとって強力なパートナーの存在は不可欠でした。事業承継のリスクを見据え、安定的な資本提携先を求めていたのです。

小金井市にあるスタジオジブリ本社
小金井市にあるスタジオジブリ本社(写真=Akonnchiroll/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

その受け皿となったのが日テレでした。資金力とメディアパワーを兼ね備えた心強いスポンサーを得ることで、ジブリは腰を据えて作品作りに専念できる体制を整えたのです。

他方、日テレにとっても望むべきパートナーとの巡り合わせだったと言えます。

「ジブリの精神」とも言うべき作品へのこだわりや、チャレンジ精神、そしてエンターテインメントでよりよい社会を作ろうとする理念。

それはテレビマンとして、高品質なコンテンツを追求し続けてきた日テレ社員の思いと、重なる部分もあったはずです。

だからこそ、日テレはジブリの企業文化を何より大切にすると宣言したのです。

クリエイティビティーを最大限に尊重し、あくまで作品作りのパートナーとしてサポートしていく。

ジブリが滅びぬために、日本のアニメーション文化の灯を消さぬために。日テレには、そんな決意が込められていたのかもしれません。

■生き残りをかける中小企業へのヒント

「千と千尋の神隠し」関連のインタビューで、宮崎駿監督はこう語っています。

「本当の生きる力は、たぶん、自分の信じる道を頑固に進む勇気なんだと思う」

日本を代表する2つの企業が手を携えた今、新しいアニメーションの歴史が始まろうとしています。

スタジオジブリの選択は、日本の中小企業が生き残りをかけて取り組むべき戦略を示唆する、象徴的な出来事だったのかもしれません。

デジタル化の波が加速し、業界の垣根を越えた競争が激化する中で、単独の力だけで勝ち残ることは難しくなりつつあります。市場環境の変化を踏まえつつ、自社の強みを再定義し、パートナーとの協働によって新たな価値を生み出していく。そのためには、従来の固定観念にとらわれずに、柔軟に戦略を描き直す勇気と実行力が求められるのです。

■「わが社ならではの得意分野」は何か

とりわけ重要なのは、自社の“コア・コンピタンス”を見極めること。

技術力、顧客基盤、ブランド、企業文化など、他社には真似できない自分たちならではの価値は何か。そしてその強みを、いかに時代のニーズに合わせて進化させ、ビジネスに活かしていくか。

スタジオジブリのように、世界に誇る品質と創造性を武器に、市場での価値を高めていく。あるいは、特定の分野で圧倒的な専門性を発揮し、ニッチな市場で存在感を示す。規模の大小に関わらず、勝ち残る企業はこうした「オンリーワン」を実践しているはずです。

そしてその先にあるのが、志を同じくする企業との連携です。

同業他社との差別化を図りつつ、「企業の個性」を発揮し合える新たな事業領域を切り拓いていく。Win-Winの関係を築きながら、互いの強みを掛け合わせて、シナジーを生み出す。

日テレとジブリが示したのは、そうした企業同士の化学反応が、新しい価値を生み出すということ。異なる得意分野を持つ者同士だからこそ、単独では成し得ない成果を生み出せるのです。

■「身売り」ではなく「共存共栄」を目指す

また、M&Aや資本提携は、事業承継の有力な選択肢にもなります。

日本の中小企業の多くは、後継者不在に悩まされています。創業家の高齢化が進む中で、技術やノウハウを次の世代に引き継ぐことは「緊急ではないが、重要な課題」です。その点、信頼できるパートナーと手を組み、経営基盤を安定化させることは、企業の存続に不可欠な戦略と言えるでしょう。

もちろん、それは単なる「身売り」を意味するものではありません。

松丸史郎『元銀行員×経営者が教える 幸せになるための事業承継とM&A』(クロスメディア・パブリッシング)
松丸史郎『元銀行員×経営者が教える 幸せになるための事業承継とM&A』(クロスメディア・パブリッシング)

大切なのは、パートナーとの間に信頼関係を築き、互いの企業文化を尊重し合いながら、共に成長を目指すこと。

「らしさ」を失わずに、しなやかに変化していく。日テレとジブリの提携は、まさにそのあり方を体現したと言えるのではないでしょうか。

激動の時代を勝ち抜くためには、自分たちの強みを再認識し、志を同じくする者と手を携えていくことが何より重要です。

変化を恐れるのではなく、変化を力に変えていく。そんな企業こそが、これからの時代を生き抜いていけるはずです。

----------

松丸 史郎(まつまる・しろう)
テイクコンサルティング代表
早稲田大学社会科学部卒。愛知県出身。22年間銀行員として法人向けに融資・法的整理・再生実務などを経験。その後10年以上に渡り、事業承継・M&Aコンサルタントとして中小企業の事業承継に深く従事している。中小企業の存続が日本の繁栄に不可欠であるという信念のもと、中小企業を専門に売り手と買い手が幸せなになる事業承継・M&Aを行う「株式会社テイクコンサルティング」を2015年4月に設立。元銀行員で経営者である自身が、日々忙しい経営者にとって一番大事にしてほしい「急ぎではないが重要」なことを考えるための時間を取る「テイクタイム」を伝えている。著書に『元銀行員×経営者が教える 幸せになるための事業承継とM&A』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

----------

(テイクコンサルティング代表 松丸 史郎)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください