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幼い子を持つ母が…"マザーキラー"の異名もつがんを予防する「HPVワクチン」の接種率が驚くほど低いワケ

プレジデントオンライン / 2024年7月21日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DragonImages

HPVワクチンの接種率が高い国では、子宮頸がん撲滅も遠い未来の話ではない。ところが、日本では不正確な情報が流布された結果、HPVワクチンの接種率は低いままで、子宮頸がんの発症率は高い。小児科医の森戸やすみさんは「HPVワクチンの接種率を上げていく必要がある。1997年4月2日~2008年4月1日生まれの女性は今年度中は無償でのキャッチアップ接種が可能なので、ぜひ検討を」という――。

■キャッチアップ1回目は9月までに

2024年3月末日で、HPVワクチンのキャッチアップ接種が終了することをご存じですか? HPVワクチンは、子宮頸がん予防のために定期接種として実施されています。2価のHPVワクチンはがんの原因になりやすい16、18型の2種類のヒトパピローマウイルスを予防し、4価、9価のHPVワクチンはそれに加えて「尖圭コンジローマ」や16と18型以外が起こすがんなどに対しても予防効果があります。

本来、定期接種の対象は小学校6年生から高校1年生までの女性です。でも、このキャッチアップ制度によって、来年3月までは平成9年度生まれ~平成19年度生まれ(誕生日が1997年4月2日~2008年4月1日)で、過去にHPVワクチンの接種を合計3回受けていない女性も無料で接種できます。

日本ではHPVワクチンを間をあけて合計3回受けるため、まだ1回も接種していない場合は今年9月に接種を開始しないと3月までに完了することができません。予診票をなくしてしまっていても再発行が可能ですから、保健所に問い合わせましょう。定期接種の実施は市町村単位なので、住民票がある人ならば無料で受けられます。

厚生労働省ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種を逃した方へ~キャッチアップ接種のご案内~

■デンマーク保健当局の素晴らしさ

現在、私たち医師が感じているのは、HPVワクチンを受けに来る人には外国籍の人の割合が多いということです。これは日本人の接種数が少ないからでしょう。HPVワクチンは、海外では一般的なワクチンであるにもかかわらず、日本では「副反応が大きく怖いワクチン」という誤解がいまだに残っています。そのため日本ではキャッチアップ接種も通常の定期接種も、あまり接種率が上がっていません。

2007年にHPVワクチンの接種を開始したデンマークでも、日本のように副反応が多いという誤解から接種率が下がったことがありました(※1、2)。当初、デンマークではHPVワクチンの接種率は95%だったのに、新聞やテレビといった主要メディアが否定的な報道をしたのです。そのせいで2016年には接種率が半分程度まで下がりました。

しかし、デンマークの保健当局の努力によって、わずか1年で接種率は回復。保健当局は、がん患者団体などと協力しながら、迅速にソーシャルメディアを中心としたキャンペーンを行ったのです。その後、デンマークでは男女ともに公費でHPVワクチンを受けられるようになり、2022年の接種率は78%となっています。

※1 朝日新聞「HPVワクチン、控える動きは海外でも 回復したデンマークの場合は」
※2 BuzzFeed「HPVワクチンの接種率激減を1年足らずで回復したデンマーク 日本と何が違ったのか?」

■日本の厚生労働省は無策すぎないか

同様のことがアイルランドでもありました(※3)。アイルランドでは、2010年にHPVワクチンの接種が開始されましたが、ワクチンに反対する団体がソーシャルメディアを駆使し、メディアや政治家に働きかけたのです。そのせいで当初は87%だった接種率が、2017年には54%にまで落ち込みました。しかしアイルランド政府が専門機関を設立したり、ソーシャルメディアを使って発信したり、医療従事者に教育を行ったりしたおかげで回復しました。現在はアイルランドでも男女ともに公費でHPVワクチンを接種することができ、2022年の接種率は79%です。

一方、日本では厚生労働省が及び腰だったことから、8年近く「HPVワクチンの積極的勧奨の差し控え」がありました。この間、他国のように各種学会、がん患者団体などと協力して接種率回復のためのキャンペーンを行うことも、ソーシャルメディアでの発信を行うこともありませんでした。

その結果、当初は70%だった接種率が1%以下と限りなくゼロになった後、現在でもHPVワクチンの実施率は40%です。実施率というのは接種率とは違う計算方法で、「小学校6年生から高校1年生の接種者÷中学1年生の女子人口」で算出されます。「5つの学年の女子のうち接種した人」を「1学年の女子人口」で割るのですから、実施率は接種率よりも高くなります。実際には、日本におけるHPVワクチン接種率は2022年には7%でデンマークやアイルランドの回復にはまったく及びませんし、そのうえ日本は男性のHPVワクチンは定期接種になっていません(※4)

※3 みんパピ!「HPVワクチン接種率向上のための他国における有効な取り組みは?」
※4 WHO「HPV Dashboard」

HPVワクチン
写真=iStock.com/Manjurul
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Manjurul

■費用対効果を考えつつ国民を守るべき

さて、世界にはHPVワクチンの接種を公費で行っている国は138カ国あり、そのうち61カ国は男性も対象です。

ノルウェーにおいては、男女ともに十分に接種率が上がったため、2017年に敢えて2価ワクチンに変更しました。2022年のノルウェーのHPVワクチン接種率は、男女共に91%です。同国は2039年までに子宮頸がんをなくすことを目標としていますが、より高額な4価、9価のワクチンを広くやっても、目標達成が早まることがないからです(※5)。がん以外の疾患も防げる4価、9価のワクチンを受けたいのであれば、希望者が自費で行うように、という考えなのでしょう。

HPVワクチンはとても高価ですが、中国は2021年、インドは2022年に自国産のHPVワクチンを開発しました。これらはずっと低価格なので、周囲の国々もこのワクチンを輸入すれば、国民を子宮頸がんから守ることができます。このようにさまざまな国が、国民を子宮頸がんから守るために、費用対効果を考えながら戦略を練っているのです。

※5 NIPH「Cervical cancer almost eradicated in Norway by the year 2039」

■日本の子宮頸がん発生率は高い

現在日本の子宮頸がんの発症率は高く、HPVワクチンでがん予防ができていない低所得の国々と同程度。一方、子宮頸がんの治療成績は、HPVワクチンを男女ともに公費で行っている高所得国と同等です。これは日本の産婦人科医の努力のおかげですが、子宮頸がんにかかっても治せばいいというものではありません。

もちろん、HPVに感染したからといって、全員が子宮頸がんになるわけではありません。大半の人は無症状のまま自然に治ります。でも、約10%は前がん病態である「軽度異形成」になり、約4%は「高度異形成」になり、0.1〜0.15%は「子宮頸がん」になります。子宮頸がん検診で異形成が見つかった場合、がん化しないかどうか定期的に通院して経過を見る必要があり、精神的にも経済的にも負担が大きいのです。「がんになるかも」という不安を抱えて生活していくのは大変なことです。

また早期発見できず、すでに子宮頸がんが進行していて各種治療をすることになれば、身体的にはもちろん、精神的にも経済的にも負担はいっそう大きくなります。子宮頸がんになりやすいのは小さな子どもを持つ女性で、この病気が「マザーキラー」と呼ばれていることはよく知られています。そもそもHPVに感染せず、異形成にも子宮頸がんにもならないのが一番よいのです。

HPV
写真=iStock.com/Pikusisi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pikusisi-Studio

■大切な接種の機会を失わないで

HPVワクチンは、思春期の子どもが接種するワクチンなので、保護者の意向が大きいといわれています。医師会が実施したアンケート、公衆衛生を研究している医師らの調査によると、HPVワクチンの接種率を上げるためには、かかりつけの医師や看護師が対象者の保護者にすすめるのがもっとも効果的だということがわかっています。

そのため、医師のあいだでは「私たちが接種率向上のためにがんばりましょう」と話しています。医師会や市町村によっては、独自にパンフレットを作ったり、声かけを行ったりと努力をしているほど。

とても素晴らしいことだと思いますが、私は最前線の医師に接種率回復のための責任を負わせないでほしいと思っています。本来、感染症予防は国が国民を守るために方策を決めて行う問題です。なぜ日本政府がデンマークやアイルランドのようにできないのかと大変疑問に思っています。

最後にHPVワクチンは定期接種のワクチンとはいえ、当然ながら強制されるものではありません。しかし、HPVワクチンに関する間違った情報を信じてしまったせいで大切な接種の機会を失い、子宮頸がんなどの病気にかかってから後悔する人がいないようにと心から願っています。

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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。

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(小児科専門医 森戸 やすみ)

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