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都知事選は「グレーな裏ワザ」を知っているもん勝ち…常識人には理解不能な「公職選挙法ワールド」の歪さ

プレジデントオンライン / 2024年7月16日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

7月7日に投開票された東京都知事選挙では、現職の小池百合子氏が3選を決めた。早稲田大学公共政策研究所の渡瀬裕哉さんは「今回の都知事選では、公職選挙法違反が疑われるようなグレーな選挙活動が横行した。『裏ワザを知っているもん勝ち』の不公正なルールに基づいて選挙が行われている状況は極めて問題だ」という――。

■摩訶不思議な「公職選挙法ワールド」

7月7日に東京都知事選挙が終了し、小池百合子東京都知事が貫録勝ちという結果になった。今回の東京都知事選挙はショート動画やSNSを用いた初の本格的な首長選挙となった。その影で、もう一つのテーマとして「公職選挙法」の在り方が話題として挙がっている。

公職選挙法は複雑怪奇であり、そして摩訶不思議な法解釈が横行している。まさに知る人ぞ知る閉ざされた世界だ。そのため、普通の感覚を持った人が各立候補者の活動を見ると、「これは公職選挙法に違反しているのでは?」と疑問を持ってしまうのも無理はない。また、全く公職選挙法を知らない人が選挙に立候補しようとすると、意味不明な公選法文言や解釈に立ち往生してしまい、ほとんど何ら有効な活動を行うことができず、そのまま投票日を迎えることになってしまうことにもなる。

公職選挙法はグレーな裏ワザを知っているもん勝ちであり、このような不公正なルールに基づいて選挙が行われている状況は極めて問題である(選挙を行うたびにポスター代の公費負担などの巨額の税金も投入されている)。

そのため、今回の論稿では、東京都知事選挙を通じて多くの人が疑問に思った点を解説し、その公職選挙法の改正ポイントを提案する。

■ポイント① 「選挙活動」と「政治活動」が分かれている

第一の摩訶不思議ポイントは、公職選挙法上、「選挙活動」と「政治活動」が分かれているということだ。

選挙期間とは公示日から投票日までの期間のことで、この選挙期間中には通常の政治活動期間中には禁じられている「選挙活動に当たる行為」が解禁される。

とは言うものの、多くの読者諸氏にとっては。この時点で選挙活動と政治活動の違いについて「???」が脳内に発生しているはずだ。それは極めて自然なことであり、あなたが極めて正常な感覚を持った人であることを保証する。

選挙活動を端的に定義すると、「○○選挙で、○○候補に、一票入れてほしい」と主張することを言う。そのため、選挙活動期間以外の政治活動しかできない間は、この3要件が揃う主張、文書、SNS上の情報発信などを行ってはならない。仮に3要件を含むビラを選挙期間前に配布すると、事前運動に当たると判断されて「文書違反」として摘発されることになる。

■選挙期間前の「事前活動」は禁止されているが…

しかし、現実の問題として、これでは何の選挙に誰が出馬するのかを伝えることができない。そのため、選挙公示前に配布されている政治家のビラは「○○が○○市政に挑戦!」とぼかした表現を記載することになる。これでは市長選挙に出るのか・市議選に出るのかをビラを見ただけでは分からないが、そこは「察してくれ」ということになる。

このような選挙期間前にバラまかれるビラは「政治活動ビラ」と呼ばれる。しかし、事務所によっては隠語として「事前ビラ」と呼ぶこともあり、何も知らないボランティアスタッフがSNS上で「今から事前ビラを配布しに行きます!」などと何の配慮もなく隠語をそのまま使ってしまうこともある。しかし、あくまでも選挙期間前の事前活動は禁止されているので、そのような呼称を使うこと自体が危険な行為だ。

また、上述のように3要件が揃った事前活動の文書違反は明確な物証があるため逮捕されやすいが、確かな物証が伴わない街頭演説やハコモノ演説などでの発言はスルーされている。ただし、近年では街頭演説等が動画に撮られていることも多く、それらの動画が物証として事前運動の証拠に当たるか否かは今後判例が積み上げられていくことになるだろう。

■ポイント② 「確認団体」という“ナゾ団体”の活動とは

第二に、確認団体、と呼ばれる謎の団体の活動について触れたい。

この確認団体の活動で有名なものは、選挙活動期間中に配布される「謎の人型シルエットが記載されたビラ」であろう。あのようなコナン君の犯人または『かまいたちの夜』の人型シルエットが記載されたビラはどうして作られてしまうのだろうか。

「名探偵コナン」の"犯人"とのコラボケーキ(中国、2023年11月19日)
写真提供=新華社/共同通信イメージズ
「名探偵コナン」の"犯人"とのコラボケーキ(中国、2023年11月19日) - 写真提供=新華社/共同通信イメージズ

確認団体制度とは、一定の要件を満たした候補者が特定の政治団体を一つ指定し、その政治団体は選挙期間中に特別な政治活動を実施できるようにする、という制度だ。簡単にいうと、選挙管理委員会に各候補者が正式なダミー団体を指定し認めてもらうというトンデモ制度である。

ただし、確認団体は、特定の候補者を宣伝するための活動はできないという縛りがかかっている。そのため、確認団体の名称には特定の候補者名を入れることもできず、そのキャッチフレーズなどを上手く組み込んだ文言などが用いられている。当然、その確認団体が配布するビラには候補者の写真を使うこともできないので、候補者を型取りした人型シルエットが記載されることになる。これを知らないと怪文書にしか見えない気持ちが悪いビラが完成したに過ぎない。

■期間中に正式に配布できるビラは限られている

選挙期間中に候補者事務所本体が正式に配布できる選挙活動ビラは、選管から交付される「証紙」と呼ばれるシールをスタッフが一枚一枚貼り付けたビラのみとされている。この証紙を選挙活動ビラに手作業で貼り付ける作業も発狂しそうな膨大なゴミ作業だ。ただし、この作業には資金力がある陣営に一方的に有利にならないように証紙の数量範囲内に選挙活動ビラの枚数を制限するという建前がある(この選挙活動ビラには候補者氏名、写真、「一票入れてください」、が記載できる)。

ところが、前述の確認団体ビラは、ほぼ予算が許す限り印刷して新聞折り込み等を行うことができる。資金力があれば、確認団体ビラを使って無尽蔵に活動を拡大することが可能だ。そのため、もはや何のために証紙付の選挙活動ビラの枚数を制限しているかすらさっぱり分からない。

おまけに、確認団体が実施するSNS上の広告には候補者の氏名・写真は使用できないが、その広告をクリックした先のランディングページ等にはそれらを使用しても良い等、もはや理解しがたい業界ルールも暗黙の了解で決まっている。常人には全く意味が分からないが、そういうものなのだからそういうものなのだ。

■ポイント③ 選挙期間中でも「書籍の販売」が可能

第三に、選挙期間中であっても書籍を販売することが可能である。

選挙期間中に候補者や確認団体が配布できるビラには上述の通り制限が加えられるが、選挙期間直前や選挙期間中に発売した書籍を選挙区内の本屋に平積みさせることは直ちに違法にはならない。その行為自体は出版社や本屋の経済活動の一環であるため、「○○候補」などを明示して販売しない限り(または出版社や本屋がこれは○○候補の選挙活動だと明言する愚かな行為をしない限り)は、公職選挙法に明確に抵触するとは断定できない。合法・違法は総合的な判断によって行われるというあやふやな基準があるだけだ。

したがって、選挙投票日などが予測可能な選挙の場合、その直前や選挙期間中に狙いを定めて出版物を発行する行為は、公職選挙法上はグレーなものとしてスルーされることになる。

明るくモダンな書店
写真=iStock.com/EXTREME-PHOTOGRAPHER
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/EXTREME-PHOTOGRAPHER

■ポイント④ 仕事仲介サイトで「動画の撮影・編集依頼」

第四に、今回の東京都知事選挙では、インターネット上の仕事仲介サイトで、選挙期間中の動画の撮影・編集依頼などが発注されていたことも話題となった。

ただし、動画の編集依頼だけではやはり直ちに違法になるとは言えないだろう。仮にこの依頼が公職選挙法に抵触するとしたら、それは「運動員買収」との兼ね合いということになる。運動員買収とは公職選挙法で規定された有償スタッフ以外の人に金銭支払いが伴う形で選挙活動をさせることだ。この運動員買収は選挙事務所自体が直接実施しなくても第三者が行った場合も処罰の対象になる。

筆者の個人的見解では、動画の「撮影・編集」だけでは運動員買収とすることは難しく、「投稿」(特定候補者に対する投票の実質的な働きかけ)まで含めなければ何らかの違法性を見出すことは困難だと思う。ただし、このケースは過去に判例がないので、実際にはどのように判断されるかは未知数だ。

スマートフォンでYouTubeを再生中
写真=iStock.com/5./15 WEST
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/5./15 WEST

また、これとは別に公職選挙法の動画関連の課題としては、候補者本人、事務所関係者、第三者が選挙活動に関する動画で広告収益等を得ることについての法整備も今後の課題となることだろう。

■ポイント⑤ 事実上無意味化している「政治献金の上限規制」

第五に、今回の選挙期間中の一部報道を通じて、公職選挙法以外にも政治資金規正法上の課題も浮上した。個人からの政治献金上限は年間150万円と決まっている。ただし、候補者本人や政治団体がその政治献金を行った同一の個人から巨額の貸し付けを受けることは合法だ(少なくとも直ちに違法とは断言できない)。

実は政治家または政治団体に対する貸し付けが野放しとなっていることで、永田町界隈では政治献金の上限規制は事実上無意味化している。極端な話、大金持ちが友人知人の金持ちと合わせて候補者本人に巨額の貸し付けを行う形を取れば、政治資金規正法に何ら抵触することなく政治献金上限を超える資金が集まり、その貸付資金によって選挙活動のための費用の全てを賄うことが可能だ。

これは合法というよりは、単なる政治資金規正法の「穴」が塞がっていないだけであり、政治とカネの問題として何らかの規制が新しく検討されるべき課題である。

■合法・違法判断は「捕まってみないと分からない」

以上のように、公職選挙法は真っ当な神経をしている有権者には何が正しいかor間違っているかの判断は困難である。では、誰が公職選挙法に関する合法・違法のジャッジができるのだろうか。実はそのような判断を下せる組織は選挙管理委員会ではない。彼らはあくまでも一般論としての法解釈しか述べることができず、そのジャッジは一義的には司法当局によって行われる。そして、公職選挙法違反で逮捕起訴された場合の有罪率はほぼ100%だ。そして、過去に類がない行為についての合法・違法判断は、実際には捕まってみないと分からないのが実態だ。

筆者は、このように複雑怪奇、摩訶不思議な公選法ワールドは、公選法に関する知識の有無によって、立候補者に著しい不公平を与える不公正な制度であるため、早急な法改正が必要であると考える。

特に重要な点は、選挙活動と政治活動を区分することをやめるべきだ、ということだ。公選法の複雑さの大半は、この両者を区分することによって生まれている。

■無意味な規制を維持するより、シンプルな内容に法改正すべき

本来、選挙期間を規定している理由は、選挙期間が廃止または長期化した場合に、資金面の豊富な候補者が著しく有利にならないようにするためだ。しかし、上述の通り、現状においても、公職選挙法上の様々な知識(=裏技)を駆使することで、そのような規制はほとんど無意味となり、実際の活動は資金力勝負となっている。そして、それをさらに規制しようとしても、イタチごっことなるばかりで、さらに一般人には分からないルールが追加され続けるだけだ。

そのような無意味な規制を維持して不明瞭な活動を是とするよりは、投票日のみを定めて、全立候補者が同投票日に向かって選挙活動を常時行うことができる制度にしたほうが遥かに公平・公正である(幸いにも東京都知事選挙では、個人献金によって巨額の資金が集まることも証明されたため、選挙期間を設ける資金面の理由は無くなったはずだ)。

今回の東京都知事選挙を受けて、旧態依然とした公職選挙法の在り方を改め、よりシンプルで誰もが参加できる内容、そして法律違反の疑義が生まれにくい内容に法改正することが望まれる。国会では現代の民主主義のふさわしい内容に選挙の在り方について議論していただきたい。

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渡瀬 裕哉(わたせ・ゆうや)
早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員
パシフィック・アライアンス総研所長。1981年東京都生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。

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(早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 渡瀬 裕哉)

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