なぜ自動車メーカーの「不正」はなくならないのか…8年前から「国交省VSメーカー」の溝が埋まらないワケ
プレジデントオンライン / 2024年7月26日 8時15分
※本稿は、中原翔『組織不正はいつも正しい』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■2016年から相次いで自動車の「燃費不正」が発覚した
そもそも、燃費不正とはどのような問題であったのでしょうか。ここで言う燃費不正とは、とりわけ2016年以降に問題となった、燃費に関する検査段階での不正を総称するものです。
この期間で発覚した燃費不正には、図表1のように国内の自動車メーカーが関わっていました。各社が、わが国における多くの自動車生産を担っていただけに、非常に大きな問題として取り上げられたことを皆さんもご存知かと思います。
特に三菱自動車やスズキの場合には、国が定める測定方法を使用していなかったことによる燃費不正でした。
それ以降の燃費不正は、自動車が完成する段階での燃費不正でした。この段階では、燃費や排出ガスの抜取検査を行うのですが、その検査において不正な測定が行われていたり、除外すべきトレースエラーをそのまま使用していたなどの燃費不正でした。トレースエラーとは、あらかじめ定められた走行モードに自動車の速度が合わせられなかった場合、本来無効としなければならないことを意味します。
■フォルクスワーゲンの排ガス不正が見直しのきっかけに
ですが、マツダやヤマハ発動機では、その試験結果をそのまま使用していたこと(トレースエラーを無効にしていなかったこと)が明らかになっています。もともと、このような自動車メーカーによる不正の発端となったのは、海外の自動車メーカーによるものでした。皆さんもご存知かと思いますが、フォルクスワーゲンの排ガス不正です。
この排ガス不正は、米国環境保護庁(EPA)とカリフォルニア大気資源委員会(CARB)がフォルクスワーゲンのディーゼルエンジン搭載車に対して大気浄化法違反の疑いがあることを指摘したものになります。フォルクスワーゲンは、これらのディーゼルエンジン搭載車に排ガス試験を受けていることを自動的に感知させるソフトウェアを取り付けていました。つまり、排ガス試験の時にだけ窒素酸化物(NOx)が減らせるような装置を作動させ、有害な窒素酸化物(NOx)が基準値よりも低く出るようにしていたのです。
ただし、路上を走る場合には、この装置が作動しないようになっていました。その結果、米国が定める上限値の最大40倍もの窒素酸化物(NOx)が排出されていたのです。このようにフォルクスワーゲンは、排ガス試験を不正に通過するための装置を利用することで、ディーゼルエンジン搭載車が安全であるように見せかけていたのです。
■62万台が対象となった三菱自動車の燃費不正問題
このような排ガス不正の問題が海外においてクローズアップされたことで、わが国においても同じような事案がないかが確認されるようになりました。まず国内において問題となったのが、三菱自動車の燃費不正です。
ここでは、特別調査委員会による報告書や私がこれまでに書いた論文も参考にしながら、少し経緯を押さえておきたいと思います。
三菱自動車は、もともと日産自動車(以下、日産)との合弁事業としてNMKVという株式会社を2011年6月に設立していました。NMKVは、三菱自動車と日産が共同出資することによって、新型軽自動車の商品企画やプロジェクトマネジメント(進拶管理)を行うことが目的でした。
ただし、あくまでNMKVは商品企画とプロジェクトマネジメントだけを行うため、実際に新型軽自動車の開発を行っていたのは三菱自動車でした。三菱自動車では、NMKVから業務委託を受けるかたちで、新型軽自動車を開発・製造していたのです。
![【図表2】NMKVの設立と業務委託](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/9/1200wm/img_c92c2bf6bb55ef2692fc383130680e8e200613.jpg)
■三菱のeKシリーズはヒット商品だったが、日産の指摘が入る
それでは、どのような新型軽自動車が開発されたのでしょうか。
それらは、eKシリーズという車種になります。このeKシリーズは、三菱自動車によれば「excellent K-car」(優れた軽自動車)と「いい軽」を造るという意味がかけ合わされており、利用者にとってより乗り心地を良くし、価格も求めやすい軽自動車という意味がありました。
このシリーズは、いくつかの車種があり、それらは14年型eKワゴン、14年型eKスペース、15年型eKワゴン、15年型eKスペース、16年型eKワゴンなどがあります。このように、これまでに数多くのeK車種が生まれているのです。
このようにeKシリーズは、利用者にとって乗り心地が良く、同時に価格も求めやすいことから、人気車種になっていきました。
ところが、2015年秋に問題が発覚したのです。
日産が燃費を計測したところ、三菱自動車が実際に測定していた実測値と国土交通省へ届け出ている届出値が大きくかけ離れていたことが判明したのです。本来であれば、実測値と届出値は同じものでなければなりません。しかし、三菱自動車では実測値と届出値が違うということを、パートナーでもあった日産に指摘されたのです。
そこで三菱自動車においても社内調査を行ったところ、2016年4月の段階でeKワゴン、eKスペースと日産に供給しているディズ、ディズルークスという4車種において、型式指定審査を申請した際に燃費試験データを不正に操作していた事実が分かったのです。三菱自動車は、このことを「型式指定審査」をしている国土交通省へ報告しました。
![燃費不正問題の調査状況を国交省に報告後、記者会見で謝罪する三菱自動車の相川哲郎社長、益子修会長ら=2016年5月、国交省](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/6/1200wm/img_a6be9b019e68f3cc4833bf27d6370449371245.jpg)
■実測値と届出値が違ったのは試験データを不正に操作したため
型式指定審査とは、簡単に言えば、自動車を製造・販売する際に国土交通大臣へ申請や届出を行って、保安基準などに適合しているかについての審査を受けることを指しています。
つまり、実測値と届出値が違ったのは、型式指定審査を申請する際に燃費試験データを不正に操作してしまったがゆえに、届出値の方が変わってしまったものであったのです。
そして、2016年6月には、三菱自動車が過去10年間に製造・販売していた自動車においても燃費試験の不正が行われていたことが分かりました。結果的に、すでに販売されていた軽自動車の台数は62万5000台に及ぶとされ、世間の耳目を集めることとなったのです。ここまでの経緯を示すと、図表3のようになります。
このような燃費不正が行われていたのは、三菱自動車にあった性能実験部と呼ばれる部門でした。調査報告書において、性能実験部は、「動力性能、排出ガス性能、燃費性能、ドライバビリティ等の自動車走行機能を最適化する、『適合』と呼ばれる業務を担当している」とされています。やや難しい説明ですが、簡単に言えば、自動車を走らせるために必要な性能がきちんと備わっているかを確認するための部署と言えるかと思います。
![【図表3】三菱自動車による燃費不正の経緯](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/4/1200wm/img_e4684a8521b0d9414812b5ae973b6331292915.jpg)
■国交省の性能実験で定められたのとは違う方法で測定した
この性能実験部では、燃費測定について本来定められている測定方法とは異なる方法を用いていたとされています。本来定められていたのは、惰行法と呼ばれるものです。この惰行法とは、国土交通省が1999年に定めていた測定方法のことです。
もともと、自動車の燃費を測定するためには、自動車にどれくらいの抵抗がかかるのかを知っていなければなりません。それらの抵抗は、「走行抵抗」と呼ばれ、自動車が走る時に空気が当たることの「空気抵抗」やタイヤが地面をころがる時にかかる「転がり抵抗」など、様々な抵抗をまとめて走行抵抗と呼びます。
国土交通省が定めていた惰行法では、この走行抵抗をまず実際に試験路で測っておいて、その走行抵抗値を試験室内に設置されたシャシダイナモメータと呼ばれる燃費測定装置に使用するものとなっていました。
惰行法とは、その名の通り、ゆっくりと自動車を走らせる測定方法を指しています。ゆっくりと走らせると言えば誤解があるかもしれませんが、アクセルでも、ブレーキでもなく、それまでの勢いで自動車が走っている状態(惰行している状態)のことです。この惰行法では、試験自動車によって実際に試験路を走って得られた走行抵抗をもとに目標走行抵抗の値を算出するようになっています。
■三菱の性能実験部は「高速惰行法が正しい」と思って続けていた
その走り方は、毎時20キロメートル、30キロメートル……90キロメートルというふうに10キロメートル単位での速度を基準とし、試験自動車を指定速度+5キロメートルを超える速度から、ギアをニュートラルにした状態で指定速度が+5キロメートルから15キロメートルまで惰行させるようになっています。
つまり、一定の速度で走ったあとにどのくらい、そのままの勢いで自動車が走っているのかをもとに惰行する時間を算出するというものです。これを最低各3回ずつ繰り返して、平均惰行時間を求めます。
![中原翔『組織不正はいつも正しい』(光文社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/2/1200wm/img_2209396138dd8131140e1cf9f823d442146334.jpg)
走行抵抗は、(詳しい数式は省略しますが)平均惰行時間と試験自動車の重量をもとに計算され、さらにシャシダイナモメータに設定する目標走行抵抗は必要な係数をかけるなどして求められています。簡単な説明にはなりますが、ここまでが惰行法の概要説明になります。
それに対して、性能実験部が用いていた測定方法とは「高速惰行法」と呼ばれるものでした。三菱自動車では、1978年から高速惰行法を使用していたと言われており、これは試験自動車を毎時150キロメートル(もしくはその自動車の最高速度の90%)とかなりの高速域まで上げてから5秒間保持したあとに惰行を始めるという方法になります。
高速と言うくらいですから、高速域の走行抵抗を計算するのに適していたものの、惰行法のように低速域の走行抵抗を求めるのには適していなかったとも言われています。三菱自動車では、このような独自の測定方法が使用されていたのです。
つまり、三菱自動車の燃費不正とは、本来定められている惰行法を使用することなく、高速惰行法に基づいた測定方法を使用していたというものであったのです。
![【図表4】排ガス・燃費測定の方法](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/1/1200wm/img_b167dd2065b8840e1a8645c194eacb46279053.jpg)
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立命館大学経営学部准教授
1987年、鳥取県生まれ。2016年、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。同年より大阪産業大学経営学部専任講師を経て、19年より同学部准教授。22年から23年まで学長補佐を担当。主な著書は『社会問題化する組織不祥事:構築主義と調査可能性の行方』(中央経済グループパブリッシング)、『経営管理論:講義草稿』(千倉書房)など。受賞歴には日本情報経営学会学会賞(論文奨励賞〈涌田宏昭賞〉)などがある。 光文社新書X(旧Twitter)
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(立命館大学経営学部准教授 中原 翔)
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