愛想を尽かしたイーロン・マスクは自宅ごと移住…米大企業が「トランプが支配する田舎州」に続々移転する理由
プレジデントオンライン / 2024年7月22日 9時15分
■「カリフォルニア離れ」が起きている
アメリカ・カリフォルニア州のシリコンバレーといえば、泣く子も黙る「ハイテク産業の聖地」だが、最近は様子が変わっている。多くの人や企業がカリフォルニアを離れ、新たな土地に移転する動きが目立っているのだ。
2022年には10万2442人もの人がカリフォルニアからテキサスに移住している。一方でテキサスからカリフォルニアへ転居したのは4万2279人と、差し引き6万163人の超過となっている。
ちなみに米国勢調査局によればカリフォルニア州の人口は全米1位だ。2020~2022年は3年連続で前年割れの減少が続いたが、州政府の発表では2023年に6万7000人以上増えておよそ3913万人と微増に転じている。しかし、増加は勢いに欠ける。
一方、テキサス州の人口は全米2位の3050万人ではあるものの、約47万3500人増と大きく伸びている。
■住居費が高すぎる
なぜ人々はカリフォルニアを脱出しているのか。
最もわかりやすい動機は、住居費の高騰だ。たとえば、テスラ本社の旧所在地であったシリコンバレーのパロアルトでは、2024年6月現在、住宅価格の中間値は前年同月比で21.6%上昇し、330万ドル(約5億2800万円)となっている。
一方、テキサス州の州都オースティンでは前年同月比で5.2%下落して53万7000ドル(約8600万円)と、カリフォルニアと比べて安さが際立っている。
カリフォルニアで持ち家を売却し、テキサスで新規購入しても、かなりのお釣りが来る計算になる。その差額を子供の教育費や海外旅行、老後の蓄えなどに回せるとなると、多くの人の心が動くだろう。
■「カリフォルニアの地位低下」が目立っている
目下、カリフォルニアの経済的地位の低下が目立っている。
2024~28年の全米GDP成長におけるカリフォルニア州の割合は、2015~19年と比較して顕著に減少する見込みだと、米商務省経済分析局と英調査企業のオックスフォード・エコノミクスの推計は示唆している。
一方、近年猛烈な伸びを見せているのがテキサス州だ。
アメリカ南部のテキサス州について、日本人がパッと思い浮かべる定番イメージというと、「カウボーイとロデオ」「おいしい牛肉」「豊富な石油や天然ガス資源」、そして「不法移民の米国へのエントリーポイント」あたりではないだろうか。
![テキサス州といえば「カウボーイとロデオ」だったが](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/3/1200wm/img_b3ad89d4e3f16e49fdfb6b6dbc8ebd0b489656.jpg)
これらのイメージはすべて現実に即しており、間違っていない。
だが21世紀に入り、テキサス州は変わりつつある。上記の田舎っぽいイメージとは違う、洗練された都会と最先端のハイテク集積地としてのテキサスが、全米から、ヒトやモノ、ビジネスを磁石のように吸い上げ始めているのだ。
目下、テキサス州が「全国をリードする米経済の中核州」と呼ばれるゆえんである。
■テキサス経済は「全米ナンバー2」
あまり知られていないが、テキサス経済の規模は全米ナンバー2で、世界の国内総生産(GDP)番付でも9位に入るほか、米国内では最も人気の高い移住先の地位に輝いている。
興味深いのは、ひと昔前までは国内移住先としてあこがれの的であった西海岸カリフォルニア州からテキサス州へ引っ越す人の数が、群を抜いて多いことだ。
ITのメッカであるシリコンバレーから脱カリフォルニアを図る人々や企業のテキサス移転の理由や背景を読み解くと、「カリフォルニア的なもの」と「テキサス的なもの」がせめぎあう米国全体の政治トレンドが浮かび上がる。
これは取りも直さず、「小さな政府(規制緩和)のテキサス」「大きな政府(規制強化)のカリフォルニア」という、それぞれの政策運営の違いが影響していると見る向きもある。
■イーロン・マスク氏が移住した理由
「天才経営者」として名高いイーロン・マスク氏は、長い間カリフォルニアに在住していた。彼の手掛ける事業といえばEVやフィンテック、人工知能(AI)など先端テクノロジー分野が中心だが、それらはサンフランシスコ近郊のシリコンバレーで生み出されてきた。だからマスク氏も「スタートアップの聖地」シリコンバレーの近くに住んでいた、というわけだ。
ところがマスク氏は突然シリコンバレーの自宅を引き払い、テキサスに移り住んだ。コロナ禍の2020年12月ごろの出来事だった。
ロックダウン(経済封鎖)や就労制限など、カリフォルニア州の民主党的な政策に不満を募らせた結果と言われている。
■州都オースティンは「シリコンヒルズ」
さらに2021年には、自身が経営するテスラの本社をシリコンバレーのパロアルトから、テキサス州の州都オースティンに移すと発表した。オースティンはハイテク産業の集積地で、別名「シリコンヒルズ」とも呼ばれており、近年では医薬品やバイオテクノロジー関連企業の事業拠点として成長を遂げている。
テキサス州は共和党が支配する保守的な土地柄だが、オースティンはリベラルで、しかも規制が緩いビジネスフレンドリーな場所であり、テスラにとって理想的な移転先だった。
それから3年以上が経過したが、テキサスにおけるテスラの存在感は増している。スポーツタイプ多目的車(SUV)「モデルY」や、角ばった「サイバートラック」を生産するギガファクトリー・テキサスは、2023年に従業員数を前年比86%増やし、2万2777人と、オースティン最大の民間雇用主となった。
![「サイバートラック」を生産するギガファクトリー・テキサスは従業員数を前年比86%増やした](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/4/1200wm/img_e4ded15b54c11ead46c2be2d69d193ab552034.jpg)
また、テスラはEVバッテリー製造で使われるリチウム精製工場を、同市から南へ350キロメートルのメキシコ湾沿岸の都市コーパスクリスティ付近に建設中だ。
■テキサスが「イーロン・マスク帝国」に
加えて、マスク氏が経営する宇宙開発大手「スペースX」も、本社をテキサスに移転すると発表した。スペースXは宇宙船開発をカリフォルニアのロサンゼルス近郊で行っているが、実際の打ち上げはメキシコ湾沿いのメキシコ国境の町ボカチカの巨大な発射場で実施しており、エンジン試験はダラス近郊のウェイコ付近で行っている。
さらに、マスク氏がオーナーを務めるソーシャルメディア「X(旧ツイッター)」も、本社をテキサスに移転すると発表。Xはオースティンで100人を採用する計画だという。
一方、マスク氏の「ニューラリンク」は、脳とコンピューターをつなぐインターフェイスを開発している企業だが、やはりオースティンで300人を雇用している。ほか、同市近郊ではマスク氏率いるトンネル掘削ベンチャーの「ボーリング社」が事業を続けている。
■コミュニティや学校建設も予定
マスク氏は、オースティン郊外で、スネイルブルックと呼ばれる新たなコミュニティ建設を計画、自身が経営する企業の従業員向けの住宅と、学校やレクリエーション施設を造営するという。
住居のほかに学校の建設も予定されている。オースティンには優良校として名高いテキサス大学オースティン校が存在するが、マスク氏はいわゆるSTEM(科学・技術・工学・数学)に特化した初等・中等教育学校を立ち上げようとしている。また、授業料無料の大学設立も計画中だという。
![授業料無料の大学設立も計画中だという](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/a/1200wm/img_2a2122cec0e8deb436f827bdcf573d18522658.jpg)
■所得税がゼロで規制が少ない
規制の多いカリフォルニアを嫌いテキサスに引っ越す企業はテスラだけではない。クラウド大手のオラクルやパソコン大手のヒューレットパッカード、金融大手のチャールズ・シュワブなどもテキサスに本社を移している。
なぜか。ジェトロ(日本貿易振興機構)によれば、テキサス州では法人所得税と個人所得税がゼロ、電力料金や土地・不動産価格が低廉、ビジネスに対する規制や土地の利用制限の少なさ、豊富で優秀な労働力などにより、事業経費が節約できることが大きいという。
■中国企業の影響も目立つ
最も大きな理由は、テキサス州の都市部がスゴイからだ。
沿岸のヒューストンは「世界のエネルギー首都」と呼ばれている。内陸のサンアントニオは軍事産業と先端製造業が集まっている。ほか、ここまで何度も取り上げた州都オースティンや、製造からサービス、本社機能までなんでも揃う内陸ダラスを加えた「4大都市」が企業と人を吸い寄せ続けている。
こうした中、米旅客鉄道大手のアムトラックは、約380kmの距離があるダラスとヒューストン間を90分で結ぶ「テキサス新幹線」計画を復活させた。これは、日本のJR東海とも提携するテキサス・セントラルが推進する事業で、建設に必要な用地の30%も取得済みだ。
カリフォルニアは中国と米国の貿易摩擦により海運・港湾・運輸などの貨物取扱量が減少している。一方テキサスでは、メキシコ現地生産で米国の高関税を回避しようとする中国企業が、メキシコから陸路でテキサスまで大量の商品を送り込んでおり、中継地として活況を呈している。
![メキシコから陸路で大量の商品を送り込んでいる](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/8/1200wm/img_8856b628005e48a1f45464a34e9900c1614871.jpg)
■カリフォルニアから企業と人を奪っている
テキサス州のグレッグ・アボット知事(共和党)率いるビジネスミッション団は7月に日本を訪問し、「テキサス州はビジネスを行うのに最適な州として、20年連続で全米第1位に選ばれている。また、経済発展でも全米第1位の成長を見せており、輸出は12年連続で全米第1位を保持している」とアピールした。
このようにテキサス州はイノベーションと活気に満ちあふれており、①ハイテク製造業、②航空宇宙・防衛産業、③バイオテクノロジー・ライフサイエンス、④エネルギー、⑤情報産業で発展を続ける、ビジネスに極めて有利な州となっている。
規制でがんじがらめとなり、経営コストや生活費の高騰が止まないカリフォルニア州から、多くの企業や人を奪っているのが現状だ。
■暗号資産採掘業者の流入で軋轢
とはいえ、バラ色の話ばかりではないと、地元誌の「テキサス・マンスリー」が論評している。
州政府が小さいということは、住民サービスの質が低いということでもある。カリフォルニアのような教育や道路など公共サービスの行き届いた州と比較して、テキサス州の住民サービスに満足がいかない場合も多いようだ。
また、テキサス州では所得税がないが、その分固定資産税が高いことを不満に思う向きもあるようだ。
一方、新規に流入した人と既存の住人との軋轢も生じている。カリフォルニアなどからテキサスに転入した新住民は、潤沢なキャッシュで住宅を買い漁る。そのためテキサス州の住宅価格が吊り上がり、古参住民が追い出される結果を招いているという。
また、テキサス州の安い物価に引き寄せられて、電力を湯水のように消費する暗号資産採掘業者が大量流入していることも問題になっている。結果、停電や電気代の高騰、データセンターからの二酸化炭素排出量の増加が起こっているからだ。
![暗号資産採掘業者の流入で軋轢が生じている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/1/1200wm/img_b180db275ccf3ac700b1ebd4c75ea5b8597531.jpg)
■電気代がべらぼうな値段に跳ね上がる
電力についても規制の緩いテキサス州だが、裁定取引を取り入れた価格決定メカニズムを導入したことで、今年の猛暑のようなピーク時にも市場原理が働き、電気代がべらぼうな値段に跳ね上がるという。
加えて、環境保護の意識が高いリベラルな人たちがカリフォルニアから転入することで、石油やガスの一大産地で保守的な既存テキサス住民との間で政治的な対立が深まっている。
メキシコの国境の町にあるマスク氏のスペースXのロケット発射場では騒音・環境汚染問題が絶えないという。
こうした中、カリフォルニアを逃れてテキサスに本社を構えたオラクルが、「北の隣人」であるテネシー州の法人税減免に釣られて、オースティンを去る計画があると4月に発表している。
また、同じ4月にオースティン最大の民間雇用者であるテスラがEV販売不振を理由に、ギガファクトリーで2700人を解雇すると告知した。
なおマスク氏は、一度テキサス州に移したテスラのエンジニアリング本部を、2023年に再びカリフォルニア州に戻している。
さらに、オースティンに本社を置く世界ナンバーワンの求人サイトのインディードが5月に1000人をレイオフしている。
オンライン旅行通販会社エクスペディアのオースティン支社でも100人を解雇、本社がオースティンにある出会い系アプリのバンブルも350人を一時帰休にしている。
市場原理を重んじて規制撤廃を行えば、すべてうまくいくわけではない。
■もはや田舎の保守州ではない
このように、カリフォルニアから多くの「テック移民」を引き寄せるテキサスだが、そこには光と影が併存し、新参者と古参住民との対立も激しい。
保守州であるため、11月の大統領選挙ではトランプ氏が勝利する確率が高いだろうが、シリコンバレーからやってきた有権者が投票結果に微妙な影響を与える可能性もある。
![米大企業が「トランプが支配する田舎州」に続々移転する理由(米共和党大会に出席したトランプ前大統領、2024年7月16日)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/4/1200wm/img_64c912f5dede65fea06e8457765678cb581980.jpg)
テキサスはもはや、昔のような田舎の保守州ではない。
米国の未来を読み解く上でも、変化し続ける同州における「カリフォルニア的なもの」と「テキサス的なもの」のせめぎあいから目が離せなくなっている。
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在米ジャーナリスト
米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。米国の経済を広く深く分析した記事を『現代ビジネス』『新潮社フォーサイト』『JBpress』『ビジネス+IT』『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などさまざまなメディアに寄稿している。noteでも記事を執筆中。
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(在米ジャーナリスト 岩田 太郎)
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