売り上げの約9割を日本以外で稼いだ…日本発のアクションRPG『エルデンリング』が海外で大ヒットしたワケ
プレジデントオンライン / 2024年7月31日 16時15分
■9000円のゲームが全世界で2500万本も売れた
今、日本のゲーム産業は「輸出産業」となりつつある。
2022年、日本のゲーム会社「フロム・ソフトウェア」が発売した『エルデンリング』が今年までに全世界で2500万本売れたことが発表された。更に同年6月に発売されたばかりの、本作の大型追加コンテンツ『SHADOW OF THE ERDTREE』が500万本も売れたという。
2500万本といえば、『ポケットモンスター ソード・シールド』や『モンスターハンター:ワールド』に匹敵する本数だ。
こうしたタイトルと同様に、『エルデンリング』本体は定価が約9000円、追加コンテンツも約4400円と、決して安い買い物ではない。
一体なぜ、『エルデンリング』はこれほどの成功を得たのか。興味深いのは、『エルデンリング』は日本においてはそこまで売れたわけではない点だ。
■9割以上の売上を海外で獲得
フロム・ソフトウェアは2022年3月に、国内出荷本数が100万本を超えたことを発表して以来、公式には日本国内における同作の売上を明らかにしていない。当初は全世界で1200万本出荷だったことを鑑みるに、日本でも200万本以上売れていても不思議ではないが、いずれにせよ世界全体の売上に対して10分の1。言い換えれば、90%以上の売上を海外で獲得しているということになる。
実は今、日本の(モバイルを除く)ゲーム産業は世界での売上が大多数を占める、圧倒的な「輸出産業」だ。『エルデンリング』ほどではないにしろ、1000万本を超える大ヒットタイトルの多くが、海外での売上を主としている。かつて「貿易大国」とうたわれ、様々な産業を輸出することによって盛えながら、現代では他国に圧されてしまった日本で、なぜゲーム産業は輸出で成功し続けているのか。その理由を『エルデンリング』から問いたい。
■ネット上でゲームの購入、プレイが可能に
①:デジタルプラットフォームの到来
日本ゲームが売れるにあたり、最も重要になった分岐点の1つがデジタルプラットフォームの台頭だろう。
ここでいうデジタルプラットフォームとは、スマートフォンにおける「App Store」や「Google Play」などと同じく、ユーザーがゲームを購入することで、直接ダウンロード・インストールできるプラットフォームを指す。
かつてゲームはロムカセットやCD-ROMといった物理的な媒体を購入して遊ぶことが一般的だったが、デジタルプラットフォームの普及により、流通コストを大幅に抑え、ユーザーも幅広い範囲で発売当日から遊べるようになった。
その象徴が、PCゲームにおける最大のデジタルプラットフォーム「Steam」だ。2003年に北米のValveによってローンチされたこのサービスは、今や世界で同時接続者数が3000万人を超えるプラットフォームに成長。『エルデンリング』も当然ながらSteam上で販売され、ストアページにユーザーが寄せるレビューコーナーには66万5000レビューが集まるなど、売上の少なくない割合をこのSteamで得ていたことが推察できる。
![Steam上のエルデンリングには67万件以上のレビューが寄せられている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/d/1200wm/img_6d30bcae4059a56edcd9a86591e14006395866.jpg)
今やグローバルに展開するデジタルプラットフォームはSteamだけではない。Nintendo Switchでアクセスできる「My Nintendo Store」、PlayStationでアクセスできる「PlayStation Store」、XboxコンソールやPCでアクセスできる「Microsoft Store」「Game Pass」など、コンソールからアクセスできるデジタルプラットフォームはここ20年で大きく発展し、ユーザーの間で定着している。
■Steamの3割は中国語ユーザー
こうしたデジタルプラットフォームにより、日本のゲーム企業でも世界のユーザーに作品を届けることが容易になったことは、日本ゲーム産業の「輸出産業化」において、大きな役割を果たした。特にフロム・ソフトウェアのように(任天堂やSIEのような大企業と比べて)世界に流通できるような資本力のない企業、あるいはもっと小さい、個人で営む独立系ゲームスタジオ(いわゆるインディーゲーム)にとっては、大きな武器となったといえるだろう。
とりわけデジタルプラットフォームで一気に浮上した市場が、中国だ。Steamのユーザー統計情報を確認すると、最も多いユーザー言語が英語で35〜40%程度なのに対し、2番目に多いのが中国語(簡体字)でおよそ30%に昇る。
以前から中国はその圧倒的な人口に対し、政治的な障壁が大きかったものの、Steamを介して中国マーケットに届けられる点は、特に「輸出産業」として大きな進展だ(もっとも、そのデジタルプラットフォームも常に、直接的に規制されうる可能性はある)。
■コアゲーマーは「困難を克服する達成感」を求めている
②:全世界に増えるコアゲーマー
『エルデンリング』の表面的に大きな特徴は、その難易度が非常に高いことである。
『エルデンリング』はいわゆるアクションRPGと呼ばれるジャンルのゲームで、主人公は剣や盾、魔法といったファンタジーではお馴染みの装備を活用し、「狭間の地」と呼ばれる世界を冒険する。しかし、そこで出会う敵は、いずれも一筋縄ではいかない強敵だ。敵の攻撃を数発まともに受ければ死亡してしまうので、プレイヤーは敵の攻撃を見切り、少しずつダメージを与えていく。これがアクションゲームに慣れている人でも至難である。
本作のディレクター、宮崎英高は本作のコンセプトに度々「困難を克服する達成感」を掲げている。これは本作の宮崎英高が、最初にオリジナル作品として手掛けた『Demon's Souls』から一貫した姿勢だ。
『エルデンリング』には強敵を前にしても、仲間を呼んだり、冒険して武器を強化するといった様々な手段が用意されているものの、それでも開発者が自ら「困難」と認める程には困難で、一筋縄ではいかない。特に3Dのアクションゲームに慣れていない人は、クリアする前にプレイを中断する人も少なくない。
※https://www.famitsu.com/news/202402/22335199.html
また今作はゲームそれ自体のみならず、作品を取り巻く世界観もまた「困難」だ。アメリカ有数の作家、ジョージ・R・R・マーティンとのコラボレーションによって生み出された本作の世界観は、残酷かつ冷徹なダークファンタジーで、しかも断片的に語られる物語や謎めいた設定が、作品への理解をより難しくする。強敵を倒したあとにも「困難」は続くのである。
■難しい、でも面白い
一般的に、難しいゲームは売れにくいと考えられてきた。単純に考えて、易しいゲームはどんなプレイヤーでもクリアできる。言い換えればどんなプレイヤーでもお金を出し、「商品」としてゲームを買っても、損をしない。対して難しいゲームは、ゲームに慣れたプレイヤーでなければクリアできなかったり、少なくとも創意工夫を求められる。故にプレイヤーは「商品」に対して不満を抱いたり、購入を躊躇する可能性が高まる。
にもかかわらず、『エルデンリング』は売れた。仮に最大公約数的なゲームでなくても、その内容や品質がきちんと優れている限りにおいて、ゲームは「商品」としてもちゃんと売れ、しかも支持されるという実例の一つだ。
こうした背景を支えているのが、ゲームによく精通したコアゲーマーと呼ぶべき客層だ。1983年にファミリーコンピュータが発売され、コンソールゲーム文化が本格的に花開いて40年以上経過するが、その中でゲーム人口は増えながらも成熟し、ゲームに関する深いリテラシーと鋭いパッションを持つコアゲーマーが増えた。『エルデンリング』の大ヒットは、こうしたコアゲーマーの存在の大きさを裏付けている。
なお、あくまでコアゲーマーが増えているというだけで、より気楽に、短時間だけゲームに触れることを好んだり、友達とのコミュニケーションや何気ない日常を楽しむ目的にするゲーマーも、それ以上に増えつつある。コロナ禍で大ヒットし、4000万本売れた『あつまれ どうぶつの森』はその証左といえる。
■日本の「ゲームの巨匠」に注目が集まっている
③:「ゲームクリエイター」に対する関心の高まり
これは②で述べたコアゲーマー層の拡大に通じるものだが、『エルデンリング』のヒットの裏にあるものが、ゲームクリエイターを映画監督や漫画家と同じように、一人の作家として評価し、それを購入の動機とする潮流である。
①で軽く引用した通り、『エルデンリング』のディレクター(監督)宮崎英高は、現代ゲーム業界の中でも特に評価される存在だ。初めて単独で監督した『アーマード・コア フォーアンサー』以降、『Demon's Souls』、『DARK SOULS』、『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』など、手掛けた作品をことごとくヒットさせ、その度に宮崎の名は世界に広がった。
結果、2024年には『TIME』誌の定める「世界で最も影響力のある100人のリスト」に、日本人として内閣総理大臣の岸田文雄と並んでただ2人選出された。
特に宮崎は、ゲーム作りに忌憚がないことで有名だ。高い難易度や難解な世界観といったものは、彼の作家性のごく表面的なものに過ぎず、実際には至るところまで徹底的にこだわり、プレイヤーに対して納得のいく体験を与えることを目的としている。そうした姿勢から、一部のゲームファンだけではなく世界的に幅広い敬意を獲得することに成功し、ひいては宮崎の手掛けた『エルデンリング』への購入動機になりえた。
なお、国際的に注目を浴びる日本のゲームクリエイターは、当然ながら宮崎だけではない。任天堂の数々の名作を手掛け、今や映画も成功させた宮本茂。独立して以降も『DEATH STRANDING』など独創的な遊びとテーマを内包した作品を手掛ける小島秀夫。言葉による表現を極力減らし、印象的な演出とゲームプレイを楽しませる上田文人。
こうした巨匠たちの能力は、今後ますます国際的なゲーム市場で重要なものとなり、更には文化・芸術分野の日本の立場にも影響するだろう。
■輸出産業としてのゲームの未来
ここまで、「輸出産業」として日本ゲームの国際的ヒットの要因を、主に『エルデンリング』を中心に考えてきた。
こうした要因から理解できることは、ゲーム産業の市場的・文化的な成熟だ。デジタルプラットフォームは最新技術による流通の進化であるし、コアゲーマーの増加はゲームファン側のリテラシーの高まりを裏付けており、かたや作家に対する注目という点では他の文化・芸術と同じく批評性の高まりを意識させる。
言い換えれば、ゲームの産業的なポテンシャルは今後も残されており、ひいては日本ゲーム企業の伸びしろも残されている、ということだろう。なぜか日本の産業、特にエンタメという分野において、ゲーム産業の経済的価値というものは日本のビジネスパーソンにより低く見積もられがちだが、より国際的な視野をもってその真価を見定めていただければと思う。
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作家、ゲームジャーナリスト
noteにて日本初となる独立型ペアウォールゲームメディア「ゲームゼミ」を主宰。1500人もの購読者を抱える。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラーのほか、ラジオ、テレビ、雑誌でも活動する。
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(作家、ゲームジャーナリスト Jini)
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