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「中絶手術前に胎児の心音を聞かせる」国内外から批判多数も地元ハンガリーの若者が「妥当」だと語る深い理由

プレジデントオンライン / 2024年7月21日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wsfurlan

欧州のハンガリーは2011年以降出生率が1.23から1.54に上昇した。背景にあるものは何か。ジャーナリストの此花わかさんは「性教育にかける量と質が全然違う。日本の性教育の授業時間は中学3年間で計9時間で、“受精”は教えるのに“性交”は教えない偏った内容。ハンガリーでは“子どもは贈り物”という価値観に基づき日本の10倍を性教育に割き、性交に至る過程はもちろん親の責任、養子縁組、不妊、出産の種類や不安との付き合い方、中絶、ポルノ、売春などをオープンに教えている」という――。

■日本とハンガリー、出生率の差=性教育の違い

ハンガリーで高校生から大学院生15人以上の若者と交流して衝撃を受けたことがある。それは、全員が口を揃えて「将来、結婚して子どもを2、3人作りたい」と言っていたことだ。博士課程の男性(24)はすでに教師の女性と結婚しており、「子どもができたら、育休を妻と交互にとり、育児と家事は平等に分担する。お互いの夢を叶えて夫婦2人で成功したいから」と語っていた。

また、19歳の女子学生は次のようなしっかりとした意見をもっていた。

「いま付き合っている彼は今すぐにでも私と結婚したいと言うのですが、25歳まで慎重に付き合うつもり。私の場合、ポストドクター(博士研究員)を終えるのが29歳くらいなので、25~29歳の間に結婚して子どもを一人は作っておきたい」

この答えに思わず、「パートナーシップで一番大切なことは何だと思う?」と聞くと、「クオリティの高い時間を一緒に過ごすこと」とさらっと返ってきた。大学生とは思えぬ精神的成熟さは日本の同世代には見られないものだ。

こういった学生の声を裏付けるかのように、2010年以降ハンガリーの結婚数は約2倍近く増えており、出生率も1.23(2011年)から1.54(2024年)に上昇している。

反面、日本のそれは1.20であり、婚姻数も出生数も年々減少しているのはご存じの通りだ。それだけではない。日本人は結婚して子どもをもつどころか、パートナーをもたない、あるいは、もてなくなってきたのだ。

日本財団が17~19歳の男女1000人を対象にしたアンケート調査によると、「結婚したい」は男女ともに約4割いたが、「必ず結婚すると思う」と回答したのは男性の約2割、女性の約1割だったことが判明。また、リクルートが20~49歳の未婚男女1200人を対象に行った調査では、34%が恋愛経験をしたことがなかった。3人に1人である。

この日本とハンガリーの違いは何なのか。答えはひとつではないだろうが、ここ10年、ハンガリーが充実させている性教育のプログラムも彼らの恋愛・家族観に影響していると考えられる。本稿では、ハンガリーと日本の性教育の違いを紹介する。

■ヨーロッパNo.1の出生増加率を誇るハンガリー

両国の性教育の違いをリポートする前に、ハンガリーの少子化対策について。2010年のEU経済危機を迎えて、ハンガリーは積極的な移民を受け入れずに、少子化対策として包括的な「家族政策」をとってきた。

この家族政策は、「経済インセンティブ」「住宅購入支援プログラム」「ワークライフバランス」「ひとり親や孤児を支援するNGOなどに対する大規模投資」の4つが柱となっている。

具体的にはこうだ。

「所得税控除」:30歳前に子どもを出産する母親は60歳まで所得税が免除。子どもを4人産むと母親の所得税が生涯無料

「出産ローン」:子どもを出産するほど減額され、3人目で返却免除(最大約436万円)

「住宅購入ローン」:子どもの数が増えれば増えるほど減額される(最大656万円)

ハンガリーはこうした経済インセンティブや住宅購入支援プログラム以外にもインパクトのある施策を展開している(※)。そのひとつが、ハンガリーの性教育だ。性的なことをどこか後ろ暗いものとしてとらえがちな日本とは異なり、極めてポジティブなのが特徴だ。

※参考記事
産めば産むほど減税され、子供4人で所得税ゼロに…10年で出生率1.23→1.5に激増した“フォアグラで有名な国”
7割の別居親が養育費不払いの日本と大違い…渋る親の給料から国が徴収・立て替えもする東欧国に学ぶべき事

ブダペストの街を歩く若い二人組の女性
写真=iStock.com/martin-dm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/martin-dm

■「女性がすべてを手に入れられる」を教えるハンガリーの性教育

その教育は前述のハンガリーの家族政策と強い関連がある。人口問題研究者で、欧州経済社会評議会(EESC)の委員で全国大家族協会(NOE)の国際アドバイザーを務めるキンガ・ヨー氏によると、ハンガリーの家族政策は、「子どもを“リスク”ではなく、“価値のあるもの”という社会意識にシフトする」ことを目標に作られたという。

ハンガリーには家族の絆が強い伝統的な家族観が残っており、現在でも9割以上の女性が結婚して子どもをもちたいと望む。そんなハンガリーでも、10年以上前は出生数が1.23と現在の日本と同程度に落ち込んでいたのだ。

その原因はさまざまだが、「女性が仕事と出産のどちらかを選ばなくてはいけない」「キャリアが落ち着いてから子どもを産もうと思ったころには、妊娠しづらい年齢になっている」ということも大きな要因だったという。

そこでハンガリー政府は、冒頭に述べた「経済インセンティブ」や「住宅購入支援プログラム」以外にも、母親だけでなく、父親や祖父母でもとれる3年間の有給育児休暇(2年目までは給料の7割)、家族と過ごす時間を増やすためのワークライフバランスの啓蒙、妊活の無償化(年齢制限あり)などの包括的な家族政策を、2010年頃から展開し、時勢に合わせてアップデートし続けてきた。

同時に、子ども達、とりわけ女の子たちに「キャリアも夢も家族も、すべて手に入れることができる。ただし、妊娠・出産をしたい場合は、自分のライフステージに合わせた優先順位を決めて、人生をきちんと計画する必要がある」と教える性教育プログラムを2014年から始めたとヨー氏は説明する。

■ハンガリーの「ファミリー・ライフ・プログラム」

「これまでの性教育は、望まないセックス、妊娠や性感染症から身を守る方法といった、性的関係をネガティブに見る視点から語ってきました。しかし、家族をもつこと、子どもをもつこと、性的関係をもつとはどういう意味があるのかなど、性をポジティブな視点からも語るべきだと思うのです」と語るヨー氏。

ハンガリーの性教育は、「ファミリー・ライフ・プログラム」の名のもと、年齢により「生物」や「倫理」の授業として、小学校1年生から高校3年生まで継続して行われている。性と生殖にまつわるトピックスだけではなく、年齢に応じて、個人の自尊心や幸福感、家族、友人、恋愛、セックスなどあらゆる人間関係におけるコミュニケーション、そして、大切な人を亡くした喪失への対処、マスメディアやソーシャルメディアとの付き合い方など、人が人生で直面するあらゆる要素を網羅している。

そして、医療従事者から性科学者や心理学者までトピックスにより講師は変わり、一方的なコミュニケーションではなく、講師と生徒の自由なオープンディスカッション形式で行われているそうだ。

■ハンガリーの性教育は1年間で33時間

例えば、中学2〜3年生が受ける性教育は、家族(12時間)、対人コミュニケーション(9時間)、人格と価値観(9時間)、自己認識と感情的知性(9時間)、ジェンダーとセクシュアリティ(12時間)、ライフサイクルと思春期(7時間)、人生の分かれ道と決断の場面(8時間)と7つのテーマに分かれて合計66時間かけて、人生を教える包括的なプログラムとなっている。

「子どもは贈り物」として親の責任、家族の価値、養子縁組や不妊まで打ち出しているところがハンガリーの性教育の特徴だろう。それ以外は、性交に至る過程はもちろん、セーファーセックス、性自認、ジェンダー、男女平等、出産の種類や不安との付き合い方、不妊、中絶、養子縁組、ボディ・ポジティビティ(自分の身体を愛する)、ポルノや売春などのトピックスを含んだ包括的な内容だ。

ハンガリーの学生たちに性教育について聞くと、「コミュニケーションを学んだのでとても役に立ったと思う」「人間関係や恋愛の心理を学ぶのが面白かった」など、肯定的な意見ばかりだった。

実は、ハンガリーのオルバン政権は新保守主義を掲げ、公的な性教育でLGBTQを積極的に教えてはいない。とはいえ、同性愛者やトランスジェンダーも都市部ではよく見かけるし、国会議員にも同性愛者はいる。同性婚はないが、2016年に成立された同性のパートナーシップ制度は、婚姻と同等の法的権利を授けており、何の法的権利もない自治体レベルの同性パートナーシップをもつ日本よりも、ずっと進んでいる。

ハンガリーの中絶手術は公立の医療機関なら2万円未満で受けられ、社会的に困難な人などは無料だ。10万円前後する日本より安いが、手術前にカウンセリングで胎児の心音を聞かなければいけない。これについては国内外で批判の声が上がっている。

超音波検査の画像
写真=iStock.com/brightstars
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/brightstars

中絶について女子学生に意見を聞くと、このような答えが返ってきた。「未成年だと無料で中絶手術を受けられる場合が多いと聞いているし、中絶を気軽に考えないように、胎児の心音を聞くのは妥当だと思う」「私も世論も中絶を支持しているけど、避妊の手段として気軽に使うべきではない。でも当事者だったら嫌な気分になるだろう」。心音を聞かせることに対してやや感情的な反応をする他国の人とは異なり、受けた性教育のベースの上に立った冷静は判断をしているということだろうか。

■日本の中学生が受ける性教育は1年間で3時間

一方、日本でも小学校から高校まで、体育科や保健体育科のなかに性教育の授業はあるが、身体の発達、性感染症や性暴力に特化した内容だ。中学生が受ける性教育の学習時間は1年間で3時間にも満たないし、受精は教えているが、性交は教えていないなど、実践的な内容ではない。ここには理由がある。

通称「はどめ規定」と呼ばれるものだ。1998年、文部科学省は「妊娠の過程を取り扱わない」という文言を中学校の保健体育の学習指導要領に盛り込んだ。これ以降、多くの学校が「性交」を教えておらず、多くの教育者や保護者から批判されている。しかし、近年、「はどめ規定」に忖度しない性教育プログラムを導入してきた小中高が増加し、ソーシャルメディアでは性教育者のインフルエンサーも台頭してきた。

また、2020年より、文部科学省は子どもたちが性暴力の被害者・加害者・傍観者にならないために、「生命の安全教育」を全国の学校(幼児・小中高生・大学生)に対して教材を提供している。幼児から小学校高学年には、「生命の大切さ」「水着で隠れるところは自分だけのもの(境界線・プライベートパーツ)」など、それ以上の年齢の子どもにはSNSとの付き合い方やデートDVなども教えている。

このように日本でも性教育は少しずつ発展しているが、先進国の性教育は中学3年間で15時間~30時間と言われているのに、日本は3年間でたったの9時間程度である。。国が教育課程に性教育の授業数を増やさないと、高校受験を控えた中学校がわざわざ性教育のプログラムを導入するだろうか?

■日本の性教育に欠けているものとは

もうひとつ懸念がある。性感染症や性暴力から自分を守る知識は非常に重要だが、それだけだと、「セックスやパートナーシップは怖いもの」という価値観を生む可能性がある。特に、世界一とも言われるほどの巨大な性産業を抱え、性が簡単に買える日本において、性的関係やパートナーシップの意味を考えることは非常に重要ではないだろうか――。

岸田政権の「異次元の少子化対策」も子育てや妊活支援だけではなく、子ども、パートナーシップや性をポジティブに捉える性教育を盛り込むべきなのだ。

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此花 わか(このはな・わか)
ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。

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(ジャーナリスト 此花 わか)

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