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面白おかしく報じて捨てるだけ…「安藤美姫、16歳教え子デート」報道に見る"劣情に訴えるだけのマスゴミ"の罪

プレジデントオンライン / 2024年7月22日 10時15分

「オーヴィジョンアイスアリーナ福岡」のオープニングセレモニーで演技する安藤美姫さん=2023年4月1日、福岡市 - 写真=共同通信社

なぜ、フィギュアの安藤美姫さんの「16歳教え子デート」は大きく報じられたのか。ジャーナリストの此花わかさんは「メディアの側に『年上女性とのセックスは男の子の通過儀礼』といったバイアスがあり、面白おかしく扱っているところがある。かつてアメリカで実際に起きて今回映画化された事件から何も教訓を得ようとしていない」という――。

■「安藤美姫、16歳教え子デート」過熱報道が映す醜悪

元フィギュアスケート世界チャンピオンの安藤美姫さん(36)が、専任コーチを務める16歳の男性フィギュア選手と遊園地で手をつないでデートをしていたと『週刊文春』(7月4日号)が報じたことは記憶に新しい。

X(旧Twitter)では、

「安藤美姫さんの件、36歳のおじさんと16歳女子高生なら逮捕案件」
「男女が逆だったらデート扱いになるのはなぜ」

など、メディアのジェンダー・バイアスを指摘する声、また、師匠として弟子をこのような状況に陥らせてしまった安藤さんを批判する声もあった。

文春オンラインがこの記事を配信する前日、安藤さんは英文でこのような文言をXに投稿していた。

「誰も信じることができない。誰かの人生や心を打ち砕く可能性についてどう感じているのか。とりわけ、その人物に家族がいる場合には……。微笑みながら人を傷つけられるのはなぜ。あなたたちは真実を知らない。どうしてあなた方みんなは自分の知らないことを信じられるのか……。これ以上耐えられない。燃え尽きたように感じる」(筆者訳)

安藤さんのこの投稿は、27年前にアメリカで起きたある事件を筆者に彷彿とさせた。本稿では、その事件の概要に触れつつ、それが内包するさまざまな問題を指摘したい。

なお、アメリカの事件は安藤さんの件には直接的には関係がないこと、また、安藤さんと教え子との“キリトリ写真”だけを見て彼女を一方的に断罪するような行為に筆者は断固反対であることをあらかじめお断りしておきたい。

■13歳の男子生徒と関係をもち、後にその生徒と結婚した34歳女性教師

今から27年前の1997年、ワシントン州で34歳の女性教師が児童レイプの罪で逮捕され、7年の懲役判決を受けた。教師は4人の子どもをもつ既婚者だった。

女性教師は子育てをしながら夜学に通って小学校教諭の免許をとり、同僚からも尊敬されていた。自身が教えていた12歳のある男子生徒は芸術に才能があり、女性は彼の才能を育てようと自宅に招き、創作を励ましていたという。

ティーンの男子たち
写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen

ある日、この生徒はいとこと「先生を誘惑できたら20ドルもらう」賭けをし、教師を誘惑し始める。10代前半の男の子と30代半ばの大人のちょっとした恋愛ゲームのような関係が続き、ある日女性教師は生徒にキスをし、2人は一線を超えてしまう。やがて教師は妊娠し、生徒との手紙のやりとりが夫の友人に発見されて、「事件」が発覚する。当時13歳になっていた生徒は、教師との関係は真剣な交際だと語り、世間を驚かせた。

さらなる衝撃はその先だ。逮捕の4カ月後に娘を出産した女性教師は、生徒に二度と会わないことを約束に懲役6カ月(うち3カ月執行猶予)に減刑されるが、その翌年、仮釈放中にその男子生徒とカーセックスをしているところを再逮捕されてしまったのである。

しかも逮捕時、パスポートと大金をもち、海外逃亡をするつもりだったとされる2人。この再逮捕で仮出所は取り消されて、7年の懲役刑に服することになった女性教師はまたもや妊娠していた。結局、服役中に彼女が生んだ2人の娘は男子生徒の両親に育てられた。

そして2004年、7年近い服役を経て仮出所を果たした教師(当時40代)は、翌年、21歳に成長していた元男子生徒と結婚。この結婚式はアメリカのエンタメニュース番組により取り仕切られ、報道された。児童レイプ罪が“悲劇のラブストーリー”に転換されたのである。

当時筆者はアメリカにおり、メディアが報じた、厳格すぎる両親、望まぬ妊娠による結婚、浮気の絶えない夫……などといったメアリーの不幸せな生い立ちを知り、その報道姿勢が当初の批判的なものから共感的なものへ変わっていったのを不思議な気持ちで眺めていた。

■当事者をコンテンツとして消費する危険性

ここに第一の問題がある。当事者がコンテンツとして搾取される危険性だ。この部分に関しては冒頭のフィギュアの安藤さんと16歳の男子選手の件も同様で、部数やPVのため興味本位で報じられる対象になっている。

全米を揺るがせた児童レイプ事件は、“コンテンツ”として何年も消費され続け、最後にはシンデレラストーリーとしてハッピーエンドで幕を閉じた。けれども現実はハッピーエンドではなかった。

女性教師が服役中、生徒は高校を中退し、自殺未遂を起こしてアルコール依存症やうつ病に苦しんでいたのだ。「周りの大人は誰も助けてくれなかった」と後年、元生徒はメディアに語っている。

結局、結婚12年後の2017年に元生徒の申立で離婚が成立。元生徒をよく知る人は「彼はやっとクリアに物事が見えるようになり、2人の関係は始めからして不健康なものだったということに気づいた」と話した。マスコミが2人を“悲劇のロマンス”として語り続けたことで、元生徒は悲恋の主人公としての役を無理やり演じ続けてきた可能性があるのだ。

■報道に潜むジェンダー・バイアスが男子の性被害を矮小化する

第二の問題点は、報道に潜むジェンダー・バイアスが男子生徒の性被害を矮小化したことだ。例え、最初は生徒から誘ってきたとしても、仮に教師が34歳の男性で、相手が13歳の女の子だったら、マスコミはその教師を糾弾し、2人をラブストーリーとして何年も追いかけなかっただろう。本来なら、男子生徒は“守られるべき”子どもだったのに、男の子だから彼の被害は“なかったこと”にされた。

結局、2020年、58歳にして女性教師はガンで死去したが、彼らの物語はこのたび映画化されている。映画は実際の事件をそのまま映画化したのではなく、脚色されている。

その最新作は、7月12日に公開される、『メイ・ディセンバー ゆれる真実』。この映画は今年のアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。

映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』ポスタービジュアル
画像提供=HAPPINET CORPORATION
映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』ポスタービジュアル - 画像提供=HAPPINET CORPORATION

■『メイ・ディセンバー ゆれる真実』が描くもの

映画のタイトル『メイ・ディセンバー』は若さ=春(May 5月)と老い=冬(December 12月)を表現しており、脚本家のサミー・バーチが年の離れたリレーションシップを象徴するものとして名づけたものだという。

ナタリー・ポートマン演じる女優エリザベスが、23年前に13歳の少年と性的関係をもち逮捕されて獄中出産し、今はその少年(ジョー)と結婚して幸せに暮らしているグレイシー(ジュリアン・ムーア)に会いに行く。美しいがどこか恐ろしい旋律、視覚的なメタファー、サバンナのつややかな自然や淡い色の衣装が盛り込まれ、物語はサスペンス調で進む。

非常に興味深いのは、この映画が、少年と女性の関係を「レイプか純愛か」と追及せず、2人の事件が世間にどのように消費されたのか、またそれが2人にどのように影響を与えたのかに焦点を当てた点だ。

例えば、エリザベスはマスコミのメタファーとも言えるだろう。エリザベスの目を通して私たちはグレイシーとジョーの世界に入りこんでいく。最初は傍観者だったエリザべスは2人に近づき、彼らの内面をさらけ出そうとする。そしてエリザベスは、グレイシーと同化していき、2人の世界に影響し始めるのだ。

けれども、エリザべスは自分が真相に近づいたと思うたびに、自分の考察がひとりよがりなものであることに気づく。この映画は、メディアで報道される事実はほんの一面であり、真実は人により、時により、変わりゆくことを示唆する。

■愛という名の支配

さらに、この映画は第3の問いかけをする。それは、大人と子どもの間に本当の恋愛関係は存在するか――というものだ。

チャールズ・メルトンが演じるジョーは大きな身体をした大人だが、仕事をしているとき以外はビールを飲み、蝶のサナギを眺めているだけの幼い男性だ。体は成熟しているが、中身は子どもでいつもグレイシーの言いなり。

グレイシーは普段は無垢なお姫様のように振る舞うのに、娘や夫が自分の意見をもとうとすると、彼らの自己肯定感を下げるような言葉を吐き、精神的に支配する。一方、エリザベスも成年特有のしたたかさを発揮してジョーを利用する。

ジョーの精神的未熟性と2人の女性の計算高さを対照的に見せることによって、愛という名のベールに包まれた「支配欲」をこの映画は表現していると思う。

映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』場面写真
画像提供=HAPPINET CORPORATION
映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』場面写真 - 画像提供=HAPPINET CORPORATION

■性加害者を「美人シングルマザー」と呼んだ日本のマスコミ

女性教師と男子生徒の実際の事件は、この『メイ・ディセンバー』以外にも映画化されている。ジュディ・ディンチとケイト・ブランシェットのダブル主演による『あるスキャンダルの覚え書き』(2006)だ。

この映画にも、実在の事件の報道と同様にアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)が存在する。メアリーを模したケイト・ブランシェット演じる女性教師は、不幸な結婚生活を送っている悲劇の女性として描かれている反面、教師と関係をもった15歳の少年は“被害を受けた子ども”として描写されていない。

実は、似たような事件が日本でも起こっていた。

2019年、香川県在住の23歳の女性が小学6年生の男子に対する強制性交と児童ポルノ法違反容疑で逮捕された。しかし、2人の間に「将来は結婚しよう」「愛してる」などのやりとりが残されていたことから、「悪質性が低い」と判断されて女性には懲役3年に執行猶予5年がついた。この女性は他にも複数の未成年と性的関係をもっていたと疑われていたが、マスコミはこの女性を「美人シングルマザー」と呼んだ。

しかし、もしこの女性が男性だったら、どうか――。

メディアは「イケメンシングルファーザー」と呼び、司法も2人が交わした愛の言葉を「悪質性が低い」と判断することはないだろう。むしろ、成年男性が少女を洗脳するチャイルド・グルーミングだと認定するにちがいない。

「男性はレイプされない」
「年上女性とのセックスは男の子の通過儀礼だ」

そんなジェンダー・バイアスをなくさない限り、男子の性被害の矮小化は続く。同時に、当事者に対する報道のあり方について、私たちはもっと議論していかなければならない。

冒頭で触れたフィギュアの安藤さんが16歳の男性選手と「デートした」と報じられた後、例によって他媒体による後追い記事は今も続、興味本位の構成に終始している。結局、アメリカも日本もメディアの本質はいつの時代も下衆ということなのだろうか。

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此花 わか(このはな・わか)
ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。

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(ジャーナリスト 此花 わか)

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