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なぜ犯人はトランプ氏の耳を撃てたのか…「地元育ち」の「一匹狼」は暗殺を実行しやすいという新型テロの特徴

プレジデントオンライン / 2024年7月20日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CaseyHillPhoto

2024年7月13日、米国ペンシルベニア州バトラーで行われた共和党の集会で大統領再選を目指すトランプ氏が銃撃され、耳を負傷した。犯人は20歳の白人男性で同州在住。日本大学危機管理学部教授の福田充さんは「今回の容疑者はホームグロウンでローンオフェンダーという、近年のテロリズムの特徴にぴったりと当てはまる。実行前は一般市民だけに、監視対象になりにくい」という――。

■トランプ氏を撃った青年は「地元育ち」で「単独犯」という特徴

ペンシルバニア州での共和党ドナルド・トランプ氏のアメリカ大統領選挙演説会で発生した銃撃事件の容疑者はトーマス・マシュー・クルックス、20歳の白人男性であった。近年のテロリズムの特徴である「ホームグロウン」(事件のあった国内で育った人)の「ローンオフェンダー」(組織に属さない単独犯)にぴったりと当てはまる。このホームグロウンでローンオフェンダーによるテロは成功しやすい。

この特徴をもつテロリストによる犯行がなぜ成功しやすいかといえば、ごく普通に地域で日常生活を送っている地元住民であり、その国で生まれ育った母国民であれば、一般市民として目立たず、監視対象になりにくい。そのように生まれ育った母国で、または居住環境に近い地域で犯行を起こす人のことを「ホームグロウン・テロリスト」と呼ぶ。

かつては、外国人が他国においてテロを実行する事例は多く、中東や各国でテロを繰り返した日本赤軍や、欧米でテロを繰り返したアルカイダなどのテロリストは、外国からやってきたテロリストであった。しかしながら、2001年のアメリカ同時多発テロ事件、すなわち9.11テロ以降、テロリストやテロ組織メンバーが国境を移動することができないように、出入国管理は厳しくなり、テロの水際対策が強化されたことによって、国際テロは困難な時代となった。その結果、国内で生まれ育った一般人が引き起こすホームグロウン・テロでしか、犯行が成功しにくいという時代になった。こうしてテロリズムの潮流は国際テロから、ホームグロウン・テロに移行した。

■国内で生まれ育った一般人が引き起こすホームグロウン・テロ

また、かつてはアイルランド共和国軍(IRA)や赤い旅団などのように、テロリズムは明確な政治目的をもったテロ組織が実行するものであった。しかしながら、これも9.11テロ以後、テロ対策として防犯カメラや、通信傍受など監視が強化されることにより、複数人からなる団体が組織的に、連絡を取り合い、会合するような過程において、犯行が事前に発覚しやすくなった。そのため、現代においては組織的なテロ事件は先進国では困難となり、組織的なテロから、1人で実行するローンオフェンダーによるテロが主流となった。このようにたった1人でテロを実行するテロリストを、かつては「ローンウルフ」(一匹狼)と呼んでいたが、現代では「ローンオフェンダー」と呼ぶようになった。

今回、トランプ前大統領を銃撃した犯人も、FBI等の警察当局や政府で発表されている現段階(7月19日)の情報では、母国の地元育ちのホームグロウンであり、組織的背景のないローンオフェンダーであったといえる。

■ボストンマラソンのテロなど、かつては背景に政治・宗教があった

2017年英国マンチェスター・アリーナでのアリアナ・グランデのコンサートでの無差別爆弾テロの犯人も、イギリス出身のホームグロウンであり、ローンオフェンダーであった。ファンの8歳少女を含む22人が死亡し、120人以上が負傷した。84人が死亡した2016年のフランス、ニース・トラックテロ事件、死傷者304人を出した2013年の米国ボストンマラソン爆弾テロ事件など、このころ発生した世界各国のテロリズムの主流は、イスラム原理主義に共鳴した若者たちによる犯行であった。

つまり当時は、イスラム教徒の若者がそれぞれの生活している欧米各国において孤立化し、過激化(ラディカリゼーション)するというパターンが一般的であった。つまり、かつてテロリズムを実行する個人には、テロを実行する政治的目的があり、社会的に孤立化する環境があり、過激化する原因が存在したのである。しかしながら、その後、2020年代に入り、こうした特徴をもつテロリズムは影を潜めた。

■2020年代に入って起きた一般人によるテロは動機が分からない

現在のテロリズムの特徴は、犯人の動機の不明確さである。日本においても、安倍晋三元首相銃撃事件の翌年に起こった岸田文雄首相襲撃事件の容疑者には、手製の爆弾を使って首相を暗殺するだけの明確な動機が見当たらない。現在においても容疑者は完全黙秘を貫いており、公判手続きも進んでいない状況である。また、警察の捜査等においても、直接的な動機や手掛かりとなるような情報はほとんど見つかっていない。社会的に孤立していたかもしれないが、過激化した形跡は見当たらないのである。

それは今回のトランプ前大統領銃撃事件においても同様である。すでにクルックス容疑者は警察のスナイパーにより射殺されているため、直接の動機を語ることはできないが、FBIの捜査発表などによっても、トランプ前大統領を暗殺しようとする明確な動機、きっかけにつながるような情報は、容疑者のパソコンやスマホ、日常生活の中からは明らかになっていない。

2024年7月14日、米ペンシルベニア州バトラーで開催された集会で耳を撃たれたドナルド・トランプ前米大統領。
写真提供=© Artem Priakhin/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
2024年7月14日、米ペンシルベニア州バトラーで開催された集会で耳を撃たれたドナルド・トランプ前米大統領。 - 写真提供=© Artem Priakhin/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

■クルックスがトランプ氏を撃ったような事件は防げるのか

クルックス容疑者は高校卒業後、介護職に就き、働いていた。ライフル銃を父親に買ってもらい、合法的に取得し、射撃クラブで練習をしていた。そして、かつて、共和党員に登録した経歴もある(編集部註:民主党系組織に寄付した経歴もある)。そのような20歳の白人男性が、なぜ共和党のトランプ前大統領を銃撃せねばならなかったのか。トランプ氏の大統領選挙勝利を阻止したかったのか、第1回テレビ討論会の結果がトリガーとなったのか、それらは犯行動機の仮説の一つであるが、それを裏付ける合理的根拠は何一つ存在しない。

このような、犯行の動機が不明確である「新しいテロリズム」と私たちは向き合わねばならない。それが要人暗殺テロであれば、なぜ明確な動機のない暴力によって、民主主義社会における市民のリーダー、指導者が標的となり、命を奪われなくてはならないのか。全く不可解で理不尽な政治的暴力を防ぐ手立てはあるのか、考えなくてはならない。

アメリカの投票会場
写真=iStock.com/adamkaz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/adamkaz

■ローンオフェンダーに対する今回の警備体制は甘すぎた

事件発生時、クルックス容疑者とトランプ前大統領との距離は、約130m前後だったといわれている。これは、プロのスナイパーなら容易に標的を仕留められる距離である。なぜこの演説会場から130mしか距離のない建物の屋上が、要人の警護隊によって、地元警察によって、事前に確認され、封鎖されていなかったのか。この場所はアクセスできない状態でなければならなかった。それが要人警護の基本であり、警備態勢の構築である。これを危機管理学では「セキュリティ」という。

この警備計画の不備により、クルックス容疑者は自動小銃を持って堂々とこの場所に上り、悠々と射撃の準備をして、トランプ前大統領を銃撃することができた。それを許したこと自体が警護隊や警察の過失であり、失敗である。

確かに日本においては、首相や大臣クラスの警備では、ここまでの広範囲な封鎖は行わない。それは日本が銃社会でないことも影響している。しかしながら、そんな日本でも天皇や皇室であれば、首相の警護では実施しないレベルの警護体制が敷かれる。また外国の要人が集まるサミット会場や、外国の要人が宿泊する迎賓館の周辺では、かなり広範囲に高度な警護体制が敷かれる。

■警備態勢のミスをきちんと解明しないと、今後も安心できない

つまり、日本では首相や大臣という、国民が選んだリーダーに対する警護は非常に適当な扱いを受けていると言わざるを得ない。そんな状況の中で、安倍晋三元首相銃撃事件や、岸田文雄首相襲撃事件は起きた。

日本とは違い、アメリカでは普段の大統領警護や、大統領選挙キャンペーンにおいて、銃社会に対応した徹底した要人警護体制が構築されるはずであるが、今回なぜその警護計画、警備態勢にミスが起きたのか、これから調査、研究による解明が必要不可欠である。

これはアメリカの歴史を変える銃弾であり、アメリカの歴史を変えるテロリズムとなるかもしれない。トランプ前大統領の暗殺は失敗し、このテロリズムに立ち向かい、銃撃の直後に立ち上がり、耳から血を流しながらも右手を高く突き上げたトランプ候補の姿は、世界に大きなインパクトを与えた。この銃撃をかわし、生き残ったトランプ候補の存在は奇跡的である。

■アメリカの民主主義の分断が極まったことを世界が目撃した

これがトランプ候補の大統領再選が実現しないように計画された銃撃テロならば、決して許されない行為であり、民主主義の破壊行為である。アメリカの民主主義の分断はここに極まった。このテロ事件をアメリカ国民の多くが、そして世界中の人々がメディアを通じて視聴した。

このテロリズムは世界中の人々が経験を共有する劇場型犯罪となった。このテロリズムの劇場のオーディエンスとして、アメリカの市民はこの暴力に対して団結するかもしれない。または反対に分断を深めるかもしれない。いずれにしても、このテロリズムはアメリカ国民に対してそのいずれかを選択させる影響をもたらした。そのように政治に対して暴力が影響力をもつことは許されず、民主主義において政治家が、また国民のリーダーが暴力によって倒れることがあってはならない。

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福田 充(ふくだ・みつる)
日本大学危機管理学部 教授
1969年、兵庫県西宮市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は危機管理学、リスク・コミュニケーション、テロ対策、インテリジェンスなど。内閣官房等でテロ対策、国民保護、感染症等に関する委員を歴任。元コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員。著書に『リスクコミュニケーション~多様化する危機を乗り越える』(平凡社新書)、『メディアとテロリズム』(新潮新書)、『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』(慶應義塾大学出版会)、など多数。

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(日本大学危機管理学部 教授 福田 充)

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