NHK大河ドラマを信じてはいけない…紫式部の娘・賢子が異例の大出世を遂げた本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年7月21日 18時15分
■紫式部の娘が藤原道長の子として描かれる理由
第26回「いけにえの姫」(6月30日放送)で、石山寺(滋賀県大津市)を訪問したまひろ(吉高由里子、紫式部のこと)は、藤原道長(柄本佑)とばったり会う。続く第27回「宿縁の命」(7月14日放送)では、2人のラブシーンが描かれ、それを受けて、まひろは女児を出産した。NHK大河ドラマ「光る君へ」の話である。
子は身ごもったものの、妊娠したのが、夫の藤原宣孝(佐々木蔵之介)がまひろに会いに来なかった時期に該当するので、必然的に道長の子ということになる。まひろは悩んだ末に、宣孝に離縁を切り出す。
それに対して宣孝は、「そなたの産む子はだれの子でもわしの子だ」「わしのお前への思いは、そのようなことでは揺るぎはせぬ」などと、度量の大きな言葉を並べた。しかも、宣孝は「その子をいつくしんで育てれば、左大臣様(註・道長)はますますわしを大事にしてくださる」とまで発言したから、子供のほんとうの父親がだれなのか、最初から宣孝は認識しているという設定である。
たしかに、まひろがこれから執筆することになる『源氏物語』では、不義の子が大きなテーマのひとつになっている。たとえば、主人公の光源氏と、彼の憧れの的であった藤壺中宮とのあいだに産まれた子が、桐壺帝の子として冷泉帝になる。
おそらく脚本家は、これから書かれる『源氏物語』の内容が、まひろの実体験と重なるようにしたいのだろう。
■史実である可能性は「かぎりなくゼロ」
しかし、紫式部が産んだ子の父親が道長だった可能性はあるのだろうか。もちろん、男女の逢瀬について当時の記録がないからといって、「なかった」と断じることはできない。ましてや、子供の父親がだれであったかなど、DNA検査でもしないかぎり正確なところはわからない。
その意味では、父親が道長であった可能性を「ゼロ」と言い切ることは不可能である。だが、そもそも、身分差が大きい2人がこうして偶然に遭って子供を宿す可能性は、「ゼロ」とは言い切れないまでも、かぎりなく「ゼロ」に近かったといえる。そもそもこの時代、貴族の女性は、異性にみだりに顔を見せたりせず、出歩くことも少なかった。
![藤原道長](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/c/1200wm/img_1ce227c140c2d35d72babd03cf766335752354.jpg)
「光る君へ」では、韓流ドラマなどでよく見るように、ほぼあり得ない偶然をいくつも重ねて、紫式部の子は道長との不義の子ということにしてしまった。それによる負の影響が心配である。
脚本家は意識していないかもしれないが、今後、「光る君へ」の視聴者は、ことあるごとに「まひろの子は道長の子」だと意識することになってしまうだろう。そうすると、どうなるか。
いみじくも宣孝は、「左大臣様はますますわしを大事にしてくださる」と発言したが、この言葉は、視聴者がこれから誘導される方向を象徴している。宣孝の待遇はもとより、まひろの扱いも、まひろが『源氏物語』を書いた動機も、『源氏物語』の内容が現況のようになった理由も、視聴者はすべて「まひろの娘の父親が道長だから」という1点から理解することになりかねない。
まひろの娘について、「父親は道長」である可能性も残すという程度ならいい。だが、ドラマとはいえ、そこを断定してしまうと、視聴者が歴史、および『源氏物語』の成立について考察する際、かなり濃い色眼鏡をとおすことになってしまう。
■夫・宣孝の急死
むろん、まひろが産んだ娘についても視聴者は、道長自身が自分の娘であると意識していた、という視点を持つ。その結果、歴史的事実に対して広く想像をめぐらせることが困難になるのが怖いが、ともかく、ここでは先入観なしに、彼女の今後がどうなるのか、確認しておきたい。
賢子が誕生する前後、宣孝は重要な任務を帯びて九州に下向し、おそらく礼として、道長に馬2頭を献上。その後も道長に近侍することが多かった。ドラマでの「ますますわしを大事にしてくださる」という発言が真実味を帯びて聞こえてしまう厚遇ぶりだった。
ところが、長保2年(1001)4月25日に宣孝は急死する。九州からはじまった疫病に感染した可能性があり、重度の内臓疾患に見舞われたようだ。紫式部はこのころ30歳前後だったと思われる。
翌長保3年(1002)の春から初夏には、「光る君へ」で岸谷五朗が演じている父の為時が、4年にわたる越前守(福井県北東部の長官)の任期を終えて帰京しており、以後は以前から住み慣れた家で、為時、紫式部、賢子という3世代(弟の惟規もいたであろう)が暮らすことになったと考えられる。
■娘を思って詠んだ歌
紫式部の親としての感情が込められた歌が残っている。宣孝が死去した年の12月には皇后定子が急死し、1年を経て長保3年12月には、一条天皇の母で道長の姉であった東三条院詮子も亡くなった。その間に疫病も猖獗(しょうけつ)をきわめた。
そんなあるとき、女房が唐竹を花瓶に生けて祈ったのを見た紫式部は、自分を「世を常なしなど思ふ人(世の中を無常だと感じている人)」だと評価。そして、娘の賢子が病気になってしまった不安を綴ったうえで、こう詠んだ。
その後、紫式部は一条天皇の中宮である彰子のもとに出仕した。『紫式部日記』の寛弘5年(1008)12月29日の条に、「初めて参りしも今宵のことぞかし(はじめて出仕したのも同じ日でした)と書いているから、おそらく寛弘3年(1006)か同2年(1005)に、彰子の女房になったと考えられる。
■母親譲りの歌の才能
その後、賢子の消息はあまり確認できないが、長和6年(1017)ごろ、十代半ばの賢子は母と同様に、彰子のもとに出仕した。それまでのあいだ、祖父の為時は寛弘6年(1009)に左少弁に任じられ、寛弘8年(1011)年にはふたたび越後守として赴任しており、このため賢子は「越後の弁」と呼ばれることになった。
![百人一首58番より大弐三位(藤原賢子)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/7/1200wm/img_9745b064152adaef93dec091088e60d3383559.jpg)
賢子も歌人として評価された。母と並んで女房三十六歌仙の一人で、歌集『大弐三位集』を残しており、そこには祖父の為時とのやりとりも載せられている。賢子は「年いたく老ひたる祖父のものしたる、とぶらいに(ひどく年をとった祖父が訪ねてきたので、慰めの言葉として)」、こう詠んだという。
これに為時は、こう返している。
■「中下級貴族の娘→天皇の乳母」に大出世
貴公子たちと次々と浮名を流したことでも知られる。道長の次男(母の源明子)、藤原頼宗。藤原公任の子、定頼。道長の正妻である倫子の兄の子、源朝任。そして『栄花物語』によれば、道長の次兄、道兼の次男であった兼隆と結婚し、その娘を産んだという(「左衛門督と呼ばれるその相手が別の人物だという説もある」。
また、万寿2年(1025)、誕生した親仁親王(道長の六女、嬉子の子)の乳母に任ぜられた。これで一段格が上がった感がある。その後、東宮権大進の高階成章と再婚し、一男一女をもうけたのち、寛徳2年(1045)に親仁親王が即位すると(後冷泉天皇)、典侍(後宮の事実上の長官)になり、さらに従三位にまで上り詰めている。
母はおろか、祖父の為時の従五位下よりはるかに上で、中下級貴族としては異例の大出世であった。むろん、天皇の乳母だからだが、「道長の娘だから」と考えれば納得がいってしまう。だからこそ、その設定が危険なのだが……。
その後、承暦2年(1078)に開催された歌合に参加しており、没年はわからないが、80歳近くまで存命であったことは確認されている。長寿をふくめ、かなりのものを手に入れた人生であったことはまちがいない。
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歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
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