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「翔平はじっと黙って僕の話を聞いていた」栗山英樹元監督が大谷翔平の"規格外"を思い知った「あの日の試合」

プレジデントオンライン / 2024年7月25日 9時15分

栗山英樹:1961年生まれ。1984年にヤクルトスワローズに入団。引退後は日ハムの監督を10年務めた後、2022年から日本代表監督に就任。2023年3月のWBCでは、決勝で米国を破り世界一に輝いた。 - 撮影=塚田亮平

大谷翔平選手は今や米大リーグを代表する選手になった。彼の才能はどのようにして花開いたのか。成長を間近で見てきた元日本ハムファイターズ監督の栗山英樹さんは「自身の評価ではなく、選手の理想を意識するのが指導者の役目。思い出されるのは、大逆転でリーグ優勝を果たした2016年の試合のことだ」という――。

※本稿は、栗山英樹『信じ切る力 生き方で運をコントロールする50の心がけ』(講談社)の一部を再編集したものです。

■11.5ゲーム差あったが、ワクワクしていた

思い起こせば、ファイターズの監督5年目の2016年、2度目のリーグ優勝を果たし、日本シリーズを制して日本一になったことがあります。しかしこの年、ファイターズは6月の時点で首位を走っていたソフトバンクに11.5ゲーム差をつけられていました。

プロ野球の長い歴史でも、これほどの大差を跳ね返して優勝したチームは数えるほどしかありません。ほとんどの野球関係者は、パ・リーグの優勝はソフトバンクだと考えていたと思います。

しかし、僕はあきらめていませんでした。むしろ、ワクワクしました。

「ここまで差をつけられて、もしひっくり返したら、これは面白いな」

追い詰められたときのほうが、僕は落ち着いていました。普通にやって勝つ以上に、落ち着いていました。

「そうか、こうなれば、やっちゃいますか」とまで思っていました。

札幌ドームの監督室の壁に、『真に信ずれば知恵は生まれる』と書いた紙を貼りました。僕は自分に問いかけました。お前は本当に勝とうとしているのか? 勝とうとしているんだろう? 選手に喜んでほしいんだろう? 選手を信じているんだろう? それなら、勝つことから逆算していま何をしなければいけないのか、知恵を絞るべきだろう?

■ヤマ場の3連戦に「1番、ピッチャー、大谷翔平」

11.5ゲームの差です。普通にやっていたら流れは変わらない。思い切ったことをやるしかないと思いました。こういうときは思い切れるのです。

ソフトバンクは、2014年、2015年と日本一に輝いていました。僕たちは前年、17もの貯金を作ったのですが、それでも2位だった。ソフトバンクは本当に強かった。そのチームに大差をつけられているのです。

この年もある程度、戦っているのに、こんなに差が開いてしまった。追い越すどころか、追いつくのさえ至難の業。しかも、予算も潤沢にはない僕たちが、知恵と工夫で彼らを上回ることができたら、どんなにうれしいことか。

「何か大きなことをしでかしてやるぞ」と思いました。どこかでインパクトのある戦いをしなければいけなかった。

折しも7月頭にソフトバンクとの3連戦がありました。どうやったら、大きな手が打てるか。1ヵ月ほど前から考えていたことを実行に移しました。

「1番、ピッチャー、大谷翔平」

実は事前にまわりのスタッフに伝えたら、苦笑されました。

「監督、もう何をやっても大丈夫ですから。好きなようにやってください」

僕のことを最も理解している人たちに、こう言ってもらえた。そのくらいインパクトがあるなら、可能性はあるな、と思いました。

■初回、先頭バッターとして入った大谷選手の一振りは…

ソフトバンクの本拠地で流れた先発と打順のアナウンスに、球場がどよめきました。良かったな、と思いました。これで勝ち切ったら何か意味があるな、と思ったのです。

選手たちがどう思ったのかはわかりません。文句を言いたかった選手もいたかもしれない。しかし、面白いと楽しんでくれたのだと思います。こんなことが、本当にやれるんだ、と。

プロ野球の世界では、ありえないことでした。先発ピッチャーが、初回の先頭バッターになるのです。もし、フォアボールで出たりしたら、ずっとランナーで塁上にいる可能性がある。そうなれば、ピッチング練習もしないで次の回に投げるのです。

とんでもないことだな、とみんな思いながら翔平を見つめていたら、もっととんでもないことが起きました。初回の先頭バッターとしてバッターボックスに入った翔平は、いきなり初球を右中間スタンドに放り込んだのです。

ホームランを打ち、ゆっくりベースを回って、歩いてベンチに帰ってきました。そして、悠々とピッチングの準備を始めました。この試合を2対0で勝利しました。

実は前日、翔平を呼んで僕は伝えていたのでした。

「明日、1番ピッチャー、大谷で行きます」

翔平は、ドラフト後の交渉のときのようにじっと黙って僕の話を聞いていました。

■「ホームラン打ってきまーす」で本当にやってしまう

「まあ翔平、いろいろ言われるかもしれないけど、いきなりホームラン打って、ゆっくり帰ってきて、1対0で完封すれば、それで勝ちだから」

翔平はうなずいて、何も言わずに出ていきました。そして、試合当日、

「ホームラン打ってきまーす」

とベンチで僕に告げて、打席に向かったのです。ホームランしか狙っていなかった。そして、その通り打ってしまう選手がいるのです。やっぱり、本当に野球はすごい。想像をはるかに超えることが起こるのです。

オールスター戦の3回、先制の3点本塁打を放ったナ・リーグの大谷翔平(ドジャース)=2024年7月16日、アメリカ・アーリントン
写真=時事通信フォト
オールスター戦の3回、先制の3点本塁打を放ったナ・リーグの大谷翔平(ドジャース)=2024年7月16日、アメリカ・アーリントン - 写真=時事通信フォト

こういったことの中から、「これは何かが起こるぞ」というムードになっていた選手たちが、優勝することを信じ始めた。

「この監督、ムチャクチャだけど、この人の言うことを聞くと、もしかするといいことが起こるかもしれない」

そんなふうに感じてくれたのかもしれません。

監督は、結果なのです。結果を出していくことで、信用は大きく高まっていくのです。いくら監督が「優勝する」と言っても、それを行動に移さないといけない。その様子を見て、選手たちは勝つことをより強く信じられるようになり、本気で勝負していくのです。

僕は、「11.5ゲーム差を絶対にひっくり返す」とメディアの取材で言っていました。「監督はそうは言うけど」と選手は思っていたでしょう。しかし、そこでいかに本気になってもらうか。それには、思い切ったことが必要だったのです。

だから、優勝を信じ切ることができたのです。

■「評価してほしい」という私心は捨てていた

監督というのは、自分の理想の野球を追いかける仕事ではないと僕は思っています。そのときにいる選手でどんな野球をやったら優勝できるのか。それを考えるのが、仕事だと僕は思っています。

選手を下の名前で呼ぶなど、密接なコミュニケーションをとってきた栗山元監督。自身の戦績や采配評価よりも、「選手にとって一番いいもの」を考えてきたという。
撮影=塚田亮平
選手を下の名前で呼ぶなど、密接なコミュニケーションをとってきた栗山元監督。自身の戦績や采配評価よりも、「選手にとって一番いいもの」を考えてきたという。 - 撮影=塚田亮平

だから、チームの理想ではなく、指導の理想、そしてそれぞれの選手にとっての理想を、どこかでしっかり持っておかないといけない。そういうものをしっかり作っておかないと、なかなか前には進んでいきません。

理想がブレてしまうと結果やチームの状況に影響され、右往左往してしまう。

環境に支配されているうちは、人間ができていない証拠だ、と言われることがあります。しかし、人は環境に引っ張られてしまうのです。本来は、チーム状況や勝ち負けに引っ張られてはいけないのです。逆に、人間ができていれば、環境を支配できます。

どこに行くべきか、という形はイメージしたほうがいいですが、それは自分の理想ではありません。むしろ、選手の理想です。選手だったら、どうすることがうれしいか。

僕は監督として持っている価値観や、それを評価してほしいという私心はすべて消していました。「選手にとって一番いいものって何だろう」と常に考えていました。

これだけはさせてあげたい。こういうプレーができたらいい。そうした選手にとっての理想を持つ。指導者は、選手の理想を意識するべきだと考えていたのです。

■褒めることは、心を開く作業でもある

これがブレなければ、「今日ヒットを打ったけど、これは打ち方がちょっと違うな」と言ってあげなければいけないときには、言うことができます。そういうことを強く意識していました。

結果が出る形を考える。新しく選手が入ってきたら、「彼の今のスイングであれば、あのピッチャーに対しての起用ならヒットが出やすいな」と考える。ただ、そんなことは本人には言いません。知らん顔をして、うまく使っていく。結果が出るように持っていく。そういう取り組みは、常にやっていました。

ただ、それでも結果が出ないときは出ない。だから、出なかったときの選手への言い方や、そこまで持っていくための話の順番などを最初から考えていました。

「今は結果出なくていいのよ、OK」「よしよし」「何かおかしかった?」といったところから入っていって、次に自分で要因を見つけてくれればいいと考えていました。

褒めるのは、心を開く作業だと僕は思っています。ちょっと心地良くなったときのほうが、人は心を開く。逆に、文句を言われたり、これこれをしろと言われた瞬間に攻撃的になったり、反発しようとする可能性が高くなる。言葉が心に入っていかなくなる。

聞く環境を作ってあげるために、褒める。逆に、聞く環境があるのであれば、あえて褒める作業は必要ないかもしれません。

■「途中で代えたら、絶対に勝ち切る」

プロ野球では、先発ピッチャーがリードを保ったまま5回まで投げてその試合に勝てば、勝ち投手の権利を手にすることができます。ところが、その後、リードしているにもかかわらず、途中でピッチャーを代えざるを得なくなることがある。

こういうときには、絶対に勝ち星をつけてやらないといけないと思っていました。ピッチャーを代えて逆転されたりすると、勝ち星はつかなくなってしまう。こうなると、「少なくとも逆転までは任せろよ」という気持ちが残ってしまう。

野球場の芝生にある野球ボール
写真=iStock.com/Bet_Noire
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bet_Noire

「途中で代えたら、絶対に勝ち切る」

監督として、僕は自分の中でいくつかルールを決めていました。これも、その一つです。たくさんは必要ないと思いますが、自分なりのルールを持っておくことには、大きな意味があると思っています。

自分で思うことと違うことをやっても、試合に勝てれば、それでOKという考え方もあるでしょう。

しかし、自分なりにうまくいっている根拠がなかったとしたら、いずれは崩れていってしまうと僕は思っていました。そんなふうにならないためにも、自分の中で最低限のルールだけは決めておかなければいけない、と。

例えば、人と人とのコミュニケーションでも、もしかしたら嫌な思いをしたのではないか、と思える一瞬の表情があったりします。「はい」という返事が戻って来たけれど、「え?」という顔を実はしていたりすることもある。

■最低限のルールは「絶対に人のせいにしない」

たったこれだけのことで、人間関係が壊れてしまったり、ビジネスでも商談がうまくいかなくなったりしてしまうものだと思うのです。だから、そういうことにならないように、自分なりのルールを定めておくのです。

僕が最も大事にしているのは、「絶対に人のせいにしない」ということです。監督時代にも、絶対に人のせいにしない、と決めていました。

栗山英樹『信じ切る力 生き方で運をコントロールする50の心がけ』(講談社)
栗山英樹『信じ切る力 生き方で運をコントロールする50の心がけ』(講談社)

僕が責任を問われて批判されることはまったく構わないと思っていました。だから、いつも「監督の僕のせいです」「僕の責任です」「オレが悪い」と言っていました。逆に、「オレが悪いじゃねえよ。ちゃんとやらせろ」と批判されることもありましたが。

「僕のせいである」と言うことは、僕自身として大事にしてきたことでした。僕は人間として力不足で、すぐに人に引っ張られたり、環境に左右されてしまったりするから、そう思っているのかもしれません。でも、これは貫きたいのです。

もちろん、人間だから、自分かわいさもあります。自分にとって、それはプラスかマイナスかも浮かぶ。それが浮かぶ自分が嫌ではありますが、浮かぶことはあります。

しかし、監督をやっていたとき、わかったことは、自分より先に選手のことや組織のことを考えないと、絶対に前に進まない、ということです。その意味では、監督になったことで気づけた、大きな転換だったと言えるかもしれません。

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栗山 英樹(くりやま・ひでき)
元野球日本代表監督/野球解説者
1961年生まれ。東京都出身。創価高校、東京学芸大学を経て、1984年にドラフト外で内野手としてヤクルト・スワローズに入団。89年にはゴールデングラブ賞を獲得するなど活躍したが、1990年に怪我や病気が重なり引退。引退後は野球解説者、スポーツジャーナリストに転身した。2011年11月、北海道日本ハムファイターズの監督に就任。翌年、監督1年目でパ・リーグ制覇。2016年には2度目のリーグ制覇、そして日本一に導いた。2021年まで日ハムの監督を10年務めた後、2022年から日本代表監督に就任。2023年3月のWBCでは、決勝で米国を破り世界一に輝いた。

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(元野球日本代表監督/野球解説者 栗山 英樹)

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