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子供たちの園庭は「ぜいたく品」になった…「雑居ビル保育園」を生み出した安易な"待機児童ゼロ政策"の代償

プレジデントオンライン / 2024年7月24日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/naotto1

近くの公園で代用し、自前の園庭を持たない保育園が都心部を中心に増えている。保育ジャーナリストで「保育園を考える親の会」顧問の普光院亜紀さんは「園庭がないと子供の外遊びが制約され、保育士の負担が増える。保育士の負担が大きい保育園では窒息などの事故や不適切保育が起こりやすい」という――。

※本稿は、普光院亜紀『不適切保育はなぜ起こるのか 子どもが育つ場はいま』(岩波新書)の一部を再編集したものです。

■共働きの増加で保育の規制が緩和

2000年代に入ると、雇用者世帯における共働き世帯と専業主婦世帯の比率が逆転した(図表1)。国が予言したとおり、共働き一般化へと人々の暮らしは大きく変化していった。当然、保育ニーズは急増する。児童福祉法改正直後から、保育の量的拡大を助けるため、認可保育園に関する基準が次々に緩和されていった。

【図表1】共働き等世帯数の年次推移
出所=『不適切保育はなぜ起こるのか 子どもが育つ場はいま』

待機児童問題への対策としては、まず「定員超過受け入れ」が行われた。「定員超過受け入れ」とは、面積基準を下回らない範囲で定員を超過して子どもを受け入れてよいという国による規制緩和だ(面積基準は非常に低いので、通常は面積基準よりも広い面積を子どもに提供できるように定員設定がされていた)。最初は、年度後半に限って認められ、その後、年度当初からの超過も認められるようになった。

こうした受け皿の拡大のために、それまではすべて常勤であることが求められていた保育士配置に2割までパート保育士の導入が認められ、これもすぐに「各クラスに常勤が1名いればよい」とさらに緩和された。

■園庭は近くの公園で代用OKに

株式会社やNPOの認可保育園への参入が認められると、その参入を助けるために、雑居ビルや空き店舗などの賃貸施設での設置が可とされた。園庭に関しては従来の基準でも必須ではなかったが、ほとんどの認可保育園が園庭を備えていた。国は新設しやすくするため、改めて「園庭は近くの公園を代替してもよい」ことを通知した。これを受けて、新規参入事業者の多くが、雑居ビルなどに認可保育園を設置する流れとなっていく。

折しも、構造改革の名のもとあらゆる分野の規制緩和や民営化が推し進められていた。「共働き一般化」に向かおうとする社会の変化と相まって、大きな変革の波が保育の世界に押し寄せていた。

■拙速な待機児童対策が保育環境を悪化させた

「定員超過受け入れ」は、手っ取り早い待機児童対策として、一気に広まった。新しい施設をつくらなくても受け入れ児童を25パーセントは増やすことができるため、自治体は保育園に定員超過での受け入れを求めた。

園としては、多く預かればその分の保育士の人件費は公費から支給されるので経営的には悪い話ではなかったかもしれないが、子どもにとっての環境を重視する園では、面積基準ギリギリでは狭すぎたり、集団の規模が大きくなりすぎたりして子どもが落ち着かないなど、子どもにとっての環境が悪化するというジレンマをかかえて悩んでいた。

面積基準に関しては、以前から「狭すぎる」と言われていたが、保育が足りない局面では、それを改善しようという流れにはならない。それどころか、2009年10月の地方分権改革推進委員会第三次勧告は、保育室面積や保育士の人員などについての最低限度を定めた国の基準を廃止し地方に委ねることを検討するように勧告した。自治体が国の規制に縛られず、それぞれの実情に合わせた保育政策をしたいということだ。

それはつまり、待機児童数が多い自治体は、現行面積基準を超えて子どもを受け入れられるようにするということにほかならない。

■ぐらつく「国の保育基準」

これには、多くの保育関係団体や親たちが反対した。「保育園を考える親の会」も反対の意見表明をした。子どものことがわからない人々が、行政効率だけを考えて、子どもの安全や健やかな育ちのための環境を損なおうとしているという危機感が広がった。

最終的に2011年の地方分権改革一括法は、保育に関する基準を都道府県が条例で定めることを認めつつも、保育室面積や保育士配置などの人権に関わる基準については「(国の基準に)従うべき基準」として区別し、国の基準がなんとか維持されることになった。しかし、その附則四条で、待機児童が多い地域で一定の条件を満たす市町村においては時限的に基準を下げることを容認しており、この「面積基準緩和特例措置」はいまでも継続している(何回も延長され、2025年3月31日が次の期限)。

■「国の基準」がそもそも狭すぎる

この間、保育室面積について、根拠のある数値を求めようとする研究もあった。2009年3月、諸外国の制度や国内の認可保育園の保育室の状況を調査した「機能面に着目した保育所の環境・空間に係る研究事業」(全国社会福祉協議会)の報告書が発表された。

この調査では、建築の専門家の指導のもと、子どもの遊び、食事、午睡など一日の活動に密着する視察調査を行った。保育の場面ごとに子ども・保育士の動作空間、家具などを使用するために必要な空間の状況などを計測した。この実測値から、建築設計実務で利用されるデータに基づき、必要面積を算出した。

その結果、子ども一人当たりに最低必要な面積は、2歳未満児4.11平方メートル、2歳以上児2.43平方メートルとなった。なお、ここにはほふく(ハイハイ)や遊びに必要な面積は含まれていない(図表2)。これを現行基準と比較すると、図表3のようになる。

【図表2】建築学的な見地からの面積計算
出所=『不適切保育はなぜ起こるのか 子どもが育つ場はいま』
【図表3】全国社会福祉協議会の研究事業による最低必要面積と現行基準
出所=『不適切保育はなぜ起こるのか 子どもが育つ場はいま』

■保育園が狭いと事故も起こりやすい

折しも、地方分権一括法の緩和が検討されていた時期(2010年)、国の基準を0・1歳児一人当たり2.6平方メートルと誤って解釈していた愛知県の認可保育所で、子どもが過密になって「芋の子を洗うような状態」(施設長談)になり、ごった返す中で保育士の見守りが行き届かず、満1歳の子どもがおやつを喉につまらせ窒息死する事故が起こっている。

地方分権一括法附則四条の緩和を導入した東京都は、認証保育所制度(東京都の基準を満たす認可外保育施設を助成する東京都独自の制度)は0・1歳児一人当たり2.5平方メートルという基準で支障なく運営されていると説明した。しかし、「保育園を考える親の会」が2016年に会員に「見学して預けたくないと感じた施設」があったかどうか聞いたアンケートでは、7割が「感じた」と答え、その理由として最も多かったのが「狭い・きゅうくつ」(25.4パーセント)で、その半数以上が認証保育所の見学者だった。

当時、認可外施設を見学した人が、「赤ちゃんがびっしりいてびっくりした」などと話すことは少なくなかった。待機児童が多い状況下では、基準が低い認可外はどうしても「詰め込み」になりがちで、中には親が見て異常を感じる状態のところもあったということだ。

不適切保育は食事の時間にも起こりやすい。それは、園や保育者が「完食」「好き嫌いをなくす」などの方針にこだわりすぎているケースが多いが、食事時間の慌ただしさが関係している場合もあるだろう。

クラスの保育室で食事も午睡も行う園は多いが、部屋が狭い場合、食事の片付けをしないと午睡の布団が敷けない。食事をとるのが遅い子どもがいると、全体のスケジュールが遅れてしまうので、そういった子どもに厳しくなってしまう保育士もいる。

施設面積にゆとりがある園では、食事室もしくは午睡室をクラスの部屋とは別に設けて、この問題を乗り越えている。

■園庭がない保育園の保育士の負担は大きい

事故が起こらなければ詰め込んでもよいという考え方では、あまりにも貧しすぎる。私は、雨の日に訪れたある園で、子どもたちがそれぞれの遊びをするスペースがなく、時間を持て余して保育士にまとわりついている姿を見たとき、これでは保育所保育指針の求める保育はできないと感じた。

保育所保育指針では、子ども一人ひとりが好きな遊びをする中で、心身の機能を自ら用いることによってその発達が促されることを繰り返し説いている。前述の「機能面に着目した保育所の環境・空間に係る研究事業」が示した推奨値に、遊びに必要な面積を加えたらもっと広い面積になるはずだ。

子どもたちが遊びに集中できる環境があれば、保育士の負担も軽減される。しかし、待機児童問題が深刻になる中で、そんな現場の状況が理解されない時代が続いてきた。

そもそも2歳以上の保育室面積基準一人当たり1.98平方メートルは、2歳未満児よりもさらに狭い。その代わり園庭(屋外遊技場)を一人当たり3.3平方メートル確保しなければならないことになっている。基準設定当時は、幼児は外遊びをする時間が長いから園庭を確保できれば室内は狭くてもよいと考えられたのだろう。

しかし、おそらくその頃と比べて保育時間は長くなり、室内で過ごす時間が多くなっているはずだ。子ども一人当たり1畳強の広さというのは、どう考えても狭い。そのスペースに保育士もいるし、家具や道具も置かれる。しかも、保育室の狭さを補うはずの園庭が、待機児童対策のために削られている。

2001年に国が、屋外遊技場(園庭)は近くの公園等で代替してもよいという通知を出してから、雑居ビルや空き店舗に設けられた、自前の園庭をもたない認可保育園が都市部で急増することになった。このことも保育士の負担を大きくしている。

■「園庭があるかないか」の大きな差

保育室が手狭な施設では、園庭が救いになる。晴れていれば、いつでも園庭を使って子どもたちに外遊びをさせることができるからだ。幼児にとって外遊びが重要であることは言うまでもない。思いっきり身体を動かして基礎的な運動神経を発達させる時期であり、また自然を五感で感じたり、土や動植物にふれたりする体験は、認知面・情緒面の育ちを促す。

もちろん、園庭がなくても近くに公園があれば、そこに散歩に出かけることができる。園庭がある園でも、違う環境を求めて、地域のあちこちの公園に散歩に出かけている園もある。ただし、外の公園等に出かけるためには、安全のため保育者が多めにつく必要がある。クラスの中に体調が悪く散歩に行けない子どもがいれば、残る保育者も必要となるため、散歩を断念しなければならないこともある。

子供
写真=iStock.com/TkKurikawa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TkKurikawa

■「園庭」はぜいたく品になってしまった

園庭があるかないかで、保育のやり方も違ってくる。いつでも安全に戸外遊びができる園庭があれば、子どもたちの状態や希望に合わせて臨機応変な保育ができる。古タイヤなど大掛かりな遊びの素材を持ち込んでダイナミックな遊びの環境を提供している園もある。何よりも自前の衛生的な砂場が持てることの教育的な意味は大きい。

普光院亜紀『不適切保育はなぜ起こるのか 子どもが育つ場はいま』(岩波新書)
普光院亜紀『不適切保育はなぜ起こるのか 子どもが育つ場はいま』(岩波新書)

保育室の窓から園庭が見えることは、室内の子どもたちの視野も広げる。園庭で跳ね回る上のクラスの子どもたちを、小さな子どもたちは興味津々で眺めていたりする。園庭は室内の閉塞感を減らしてくれる。こういったことすべてが、保育士の負担を軽減し、また、保育のやりがい、工夫する楽しみを増やすことにもつながる。ちなみに、幼稚園は園庭がなければ認可されない。

「保育園を考える親の会」では、首都圏の都心通勤圏の市区や政令市など100市区を対象に「100都市保育力充実度チェック」という年次調査を行っているが、この7年間で認可保育園の園庭保有率は著しく低下している(図表4)。特に、千代田区、中央区、港区、文京区などの都心区は、認可保育園のうち基準を満たす園庭をもつ園は2割以下、23区の平均も4割を切っている。

【図表4】認可保育園の園庭保有率(都市部100市区)
出所=『不適切保育はなぜ起こるのか 子どもが育つ場はいま』

これらの自治体では、雑居ビルや空き店舗に入る認可保育園を増やすことで、保育ニーズの急増に対応してきた。いま保育ニーズの増加が頭打ちになり、待機児童数ゼロを宣言する市区が多くなっているが、園庭が少ない地域では、今後も園庭保有率が大幅に改善することはないだろう。園庭は「ぜいたく品」になってしまったのだ。一度劣化してしまった環境を戻すことは難しい。

■商業施設には広大な公共スペースがあるのに…

地価が高い地域で園庭をつくれというのは無理ということが、当たり前のように言われてきた。しかし、それは土地利用に関する価値観の問題ではないだろうか。都心部でも、大規模な商業施設や地域の顔となるような公共スペースは、広々と快適につくられている。そんな大人のための建物群から少し離れた雑居ビルの中に、子どもたちがひしめき合って暮らす保育施設がある。これが、日本という国が子どもに対してとってきた姿勢だ。

地価が高い地域であっても、目先の費用対効果を度外視してでも、子どもが育つ環境を大人が保障しなければならないのではないだろうか。費用対効果は、そこで子どもが健やかに育つことで未来の時代に満たされる。市場原理に任せていてはこの調整は不可能だ。子ども自身はお金を払えない。

通常の市場原理に基づく経営感覚では、保護者の利便性で付加価値をつけることは考えても、子どもの快適さや発達ニーズに応えることは二の次になる。基準を設け、公益性のために公費を支出する行政による調整がなければ、子どもの育つ権利の保障は難しい。

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普光院 亜紀(ふこういん・あき)
保育園を考える親の会顧問(アドバイザー)
1956年、兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務を経て保育ジャーナリストに。著書に『共働き子育て入門』(集英社新書)、『後悔しない保育園・こども園の選び方』(ひとなる書房)などがある。

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(保育園を考える親の会顧問(アドバイザー) 普光院 亜紀)

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