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「経験の浅いベテラン医師」がどんどん増える…「研修医に診てもらいたくない」という声に指導医が心配すること

プレジデントオンライン / 2024年7月25日 8時15分

誤診した男子高校生が死亡したことについて、記者会見し陳謝する日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院の佐藤公治院長(左から4人目)ら=2024年6月17日午後、名古屋市 - 写真=共同通信社

■メディアは「研修医の誤診」ばかり報じるが…

「経験が浅い医師より、経験豊富な医師に診てほしい」
そう思う人がほとんどだろう。

「初回に診察した若い医者の診断は間違っていたけど、2回目に診てくれたベテラン医師のおかげで助かった」
じっさい、このような経験をした人もいるかもしれない。

さらに先日ネットを賑わせた、1年前に発生した日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院(以後、日赤名古屋第二病院という)での医療過誤事案にかんする報道を見て、「やっぱり研修医には診てもらいたくない」と思ってしまった読者もいるのではなかろうか。

多くの大手メディアが以下のようなタイトルをつけて、研修医の診断と対応が患者死亡の直接原因であるかのように報じたからだ。

・「研修医の勝手な判断・誤診がなければ…」遺族の叫び 医療ミスで16歳男子高校生が死亡 研修医が採血結果の異常を見逃す(CBCテレビ)
・研修医が誤診、高校生死亡 上級医に相談せず―日赤名古屋第二病院(時事通信)
・医療過誤で16歳死亡 研修医が誤診 日赤名古屋第二病院 /愛知(毎日新聞)

■研修医の診断と患者死亡に直接の因果関係はない

当該患者さんの不幸な転帰には心からの哀悼の意を表するとともに、元消化器外科医としては、いずれかの時点で救命できたのではないかと、言葉に尽くせぬやりきれなさが募るが、本事案の責任を短絡的に研修医に負わせることには強い違和感を覚える。

それだけではない。研修医の診断と対応にのみ責任を押しつけて議論を閉じてしまえば、将来、それこそ医療過誤という形で私たちにブーメランが襲いかかってくる危険もあるのだ。

メディアの報じ方が原因で、問題の本質が覆い隠されてしまうことはこれまでもあったが、今回ほどその危機感を覚えたことはない。そこで本稿では、元消化器外科医そして研修医教育を担当する臨床研修指導医としての視点から、本事案とその根底にある問題について論じてみることとする。

これらの報道から約1カ月。すでに多くの医師たちから数々の意見がネットメディアやYouTubeなどから発信されたが、そのほとんどが研修医の診断と患者死亡に直接の因果関係はないとするものであった。

私の意見も同様で、研修医の診断の翌日に入院した以降に大きな問題があると考えている。ただ本稿は、直接死因の分析を主眼としたものではないので、簡単に私見を述べるにとどめておきたい。

■緊急処置が必要だったのに、なぜ内科に送ったのか

この事案は昨年5月に発生したものである。紙幅の都合もあるので、まずは日赤名古屋第二病院の発表した文書で経緯を把握してから、以下にお進みいただきたい。

私がこれを読んで最も違和感を抱いたのは、研修医が診察した翌日、日赤名古屋第二病院を再受診した際に、消化器外科が診察し「SMA症候群の疑い」と診断した後、“消化器内科に入院した”という部分である。

ここで重要なのは「SMA症候群の疑い」と診断した部分ではない。メディアは、この稀(まれ)な疾患を研修医が診断できなかったことが問題であるかのように報じたが、それは極めて的外れである。

重要なのは、「SMA症候群」であろうがなかろうが、近医が診ても「緊急処置が必要」なほど胃がパンパンだったという点だ。それにもかかわらず、緊急処置(場合によっては緊急手術)ができる外科が、内科に担当を振ったという部分に、元消化器外科医だった私は強い違和感を覚えるのである。

■心停止の直前に胃が破裂した可能性

たしかに外科は手術適応でない患者さん、外科的処置を要しない患者さんを積極的に担当することはない。だが、今後の経過によって外科的処置(手術等)が必要になる可能性が少しでもある患者さんについては、まずは外科で入院させて経過をみるのが定石だ。状態の急変に機動的に対処できるからだ。少なくとも、私が在籍していた医療機関すべてで、それが当たり前だった。

過去に私は、急性胃拡張をきたした摂食障害の若年女性を、緊急手術による胃内容除去を行い救命し得た経験がある。開腹すると胃壁は透けんばかりにペラペラに伸びきっており、まさに破裂寸前であった。

また文献的にも本事案と極めて酷似した症例[成人に発症した特発性胃破裂の1例(A case of spontaneous rupture of the stomach in an adult)]がある。当初SMA症候群が疑われた点、不穏状態を示したことや急な心停止など、本事案に重なる部分が少なくなく、その酷似性に震えた。本事案もこの報告と同様に、心停止の直前に胃が破裂したということはなかったか。

もちろん外科に入院したからといって、救命し得たかはわからない。だが胃管による減圧が困難であれば、緊急開腹による胃内容除去という胃破裂を回避する手段を持ち合わせているのは外科である。入院後の対処を見れば、研修医の「誤診」が若き命を奪った直接原因であるやの報道には、医師として違和感しかない。内科に担当を振った外科医の見解を、ぜひ聞いてみたい。

■研修医の過失ばかりが強調されていないか

次に臨床研修指導医の視点から、救急外来で研修医の判断のみで患者さんを帰宅させたという問題について考えてみたい。

この点についても、メディアは、あたかも研修医が上級医への報告を怠ったとの印象を読者に抱かせかねない報じ方をしているが、私はこれもミスリーディングであると感じている。

日赤名古屋第二病院も前掲の文書において「救急外来で撮影したCTにおける胃の過拡張像は、上級医に相談するべき画像所見でしたが相談していませんでした」、「同日2回目の受診では、ご家族の不安も強かったことから研修医2年次による単独診療で帰宅の判断をせず、上級医へ相談をするべきでした」などと、上級医のチェックなく患者さんを帰宅させたことを研修医のみの過失にあるかのような表現で記している。

これに続けて「相談できなかった背景として、当院では研修医2年次は上級医への報告確認が義務化されておらず、上級医への報告基準が明確なルールとして規定されていませんでした」として体制不備を認めているが、ここでも研修医の報告義務にしか言及しておらず、上級医の「指導義務」には一切触れていない。

ここで念のために確認しておくが、研修医は医師の資格を持ってはいるが「学習者」である。研修医を受け入れる医療機関は、そのことを片時も忘れてはいけない。

■研修医を指導する私が気を付けていること

私も大学病院の研修協力機関である診療所で研修医2年次を指導しているが、いきなり「独り立ち」で外来診療を任せることはしない。まずは私が診療している姿を診察室内で見せつつ、気をつけるべきポイントを教え、その後じっさいに研修医に診療をさせて、患者さんに接する姿勢や診断治療を背後から観察し、独り立ちが可能かを見極める。

医師の話を聞く若い医療関係者
(写真=iStock.com/kazuma seki)
※写真はイメージです - (写真=iStock.com/kazuma seki)

この作業を数回繰り返せば、研修医の性格や技能、思考過程がある程度把握できる。そしてこの際、とくに私が重視するのは、知識や技術はさることながら、いかに患者さんの声を聞こうとするか、自分の意見を押し通そうとしないか、患者さんに害を及ぼさないことを第一に考えているか、という部分である。

いわゆる医師としてのプロフェッショナリズムをキチンと有しているかという点だ(医師のプロフェッショナリズムについては前回記事〈女児の陰毛を診察した「専門医」は、なぜ「今後も見る」と開き直ったか…元大学教授がトンデモ行動に出る根本原因〉参照)。これらに問題を抱えていない研修医には独り立ちさせるべく、その後の指導を重ねてゆく。

■研修医2人が相談しなかったのは、個人の問題ではない

一方で「かっこよく、スマートに」患者さんをさばくべく、知ったかぶり、独善的に患者さんの訴えを否定する研修医は「要注意の医師」として、その後の指導方略を再考することになる。

ただ最近の研修医には、こうした医師はあまり見かけない。というのは医学生時代に医療面接と技能の実技試験が行われており、臨床実習に進むにはこれに合格する必要があるからだ。医師としての基本的な資質に欠ける者は、ここでふるい落とされてしまうのである。

つまり基本的な資質を有している研修医であれば、1年診療したくらいでは、自信過剰で横柄な「お医者様」になってしまうことは、そう多くないというのが、私の経験を通じた実感である。むしろ、じっさいに外来診療をさせてみると、判断に迷った場合は一人で抱え込まずに私に臆せず指示を仰いでくる。

今回、上級医に相談しなかったとされている研修医は、はたしてどうだったのか。私には知るすべもないが、2人もの研修医が続けて相談しなかったという事実を考えると、やはり研修医のプロフェッショナリズムに問題があったというよりは、病院のシステムや組織風土の問題であったと考えるほうが自然だ。

そこで日赤名古屋第二病院の研修医にたいする姿勢を公式サイトで確認してみた。

■現場は上級医に相談できる体制だったのか

すると「病院全体で救急医療の体制を整え、屋根瓦式の教育で研修医の指導を行うことで、すべての研修医が数多くの症例に対して段階的に、安心して対応できるように教育システムが整えられています」そして「管理当直者(診療科部長クラスの中堅以上の医師)が1名、3年目以上の医師が2名、さらに各診療科には院内待機の医師が控えており、安心して当直に臨むことが出来ます」とあった。

これは研修医にとっては非常に安心できる体制だ。研修医を受け入れていながら「放し飼い」にしている病院もあるなかで、むしろ優れているほうだろう。

だがいくら優れた体制があっても、じっさい運用するのは現場の人間だ。研修医を直接指導する上級医の側に、研修医を「学習者」ととらえて教育する意識がなければ、研修は成立し得ない。研修医をたんなる「労働力」として扱う上級医がいる医療機関では、本事案と同じように、上級医に相談せずに(できずに)患者を帰宅させることが日常的におこなわれてしまうだろう。

もっとも先述したように、研修医教育は時間と手間がかかる作業の繰り返しだ。ただでさえ多忙な現場の医師にとっては、かなりの負担になることは事実でもある。それゆえに、少なくない医療現場で研修医が「放し飼い」とならざるを得ない場合も少なからずあるだろう。

■「そんなこともわからないの?」と言われたことも

忙しそうにしている上級医に、研修医から質問やヘルプの声をかけづらいという風土がなかったかどうかも重要な点だ。「聞いてくるな」という無言の圧力を感じることがあった、じっさい質問したところ「そんなこともわからないの?」と言われてしまったこともあった、という研修医の声も聞く。

それならば、やはり個々の上級医には、学習者を支援する立場との自覚をもって相談しやすい雰囲気を作るとともに、「なんか困ってない?」「大丈夫?」と積極的に声かけしていく姿勢が求められるのではなかろうか。

とはいえ、一定の医師にのみ負担を強いる体制は避けねばならない。そもそもが医師不足という現状に加えて、今後は「働き方改革」だ。業務量が減らないなかで、いかに時間内にタスクをこなしていくかという問題が医療現場には突きつけられている。病院の管理者は、指導医に過剰な負荷がかからないよう、他の業務を軽減する措置等を講じていく必要があろう。

日赤名古屋第二病院が公表した文書に、このような視点が見出せなかったことを、私は非常に残念に感じている。

■「失敗しない」と思っている医師こそ危険である

冒頭に述べたように、ベテラン医師のほうが研修医に比べて、より正確な診断、適切な治療をおこなえる可能性は高いといえる。多くの症例を経験してきたのだから当然のことだ。

だがその数々の経験には、多くの失敗もある。ただの一度も誤診したことがないという医師は、皆無と言っていい。かくいう私も、これまでの30年の医者人生のなかで、誤診してしまった経験は一度や二度ではない。

逆に、某医療系ドラマの主人公のキメ台詞であったような「私、失敗しないので」と本気で思っている医師が実在するなら、その医師は極めて危険だ。その自己無謬思考こそが、誤診と極めて親和性が高く、じっさい誤診した場合でも、謙虚に自己批判する姿勢を妨げるからである。私なら、そんな医師には絶対に診てもらいたくない。

手術室で手術を行う医療チーム
写真=iStock.com/gorodenkoff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

もちろん誤診などしないに越したことはないが、つねにその可能性を考え、かりに誤診した場合も、自分の能力の限界について謙虚に振り返ることは非常に重要である。そういった姿勢こそ、研修医のころから身体に染み込ませておくことが大切であるし、そうした教育こそが、結果として誤診しにくい医師を作ることになる。

■“経験の少ないベテラン医師”が増えてもいいのか

一方で、研修医の誤診を「悪」としてメディアが煽(あお)れば、どうなるか。こうしたメディアの無責任でセンセーショナルな報道は「悪」を隠す方向へと作用する。隠さないまでも、事故を起こさないためにと研修医には診療させないという「自衛」を考える病院も出てきかねない。

加えて「研修医には診てもらいたくない」という人が増えてしまえば、経験を積めない臨床医が、今後どんどん増えていってしまうだろう。そうなれば十数年後、“経験の少ないベテラン医師”にあなたも日常的に出会うことになるかもしれない。そういう未来でも良いだろうか。

研修医の誤診を短絡的に批判するのではなく、医師を育てるには、多くの時間とマンパワー、そして何より上級医のみならず患者さんサイドにも理解と協力が求められることを、すべての人に理解してもらえるよう、メディアは報じ方を再考すべきではなかろうか。

そして日赤名古屋第二病院の本事案に関係したベテラン医師の皆さまには、遺族の方々への真摯な説明はもちろんのこと、ぜひ当該研修医たちにも十分な精神的ケアをおこなうとともに、彼らがその後の医師人生に希望と学習意欲を持てるようサポートしてゆくことを、心からお願いしたい。 

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木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。10年間、外科医として大学病院などに勤務した後、現在は在宅医療を中心に、多くの患者さんの診療、看取りを行っている。加えて臨床研修医指導にも従事し、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。2024年3月8日、角川新書より最新刊『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』発刊。医学博士、臨床研修指導医、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。

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(医師 木村 知)

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