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「生きながら人生の墓場に入ったとずっと思っている」…霞が関で"最もブラックな省"に入った若手の悲鳴

プレジデントオンライン / 2024年8月8日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tuaindeed

霞が関で「最もブラックな省」はどこか。元労働省キャリア官僚で神戸学院大学教授の中野雅至さんは「単純に比較はできないが、さまざまな指標から考えて厚労省は霞が関のブラック筆頭と位置づけても間違いはない」という――。

※本稿は、中野雅至『没落官僚 国家公務員志願者がゼロになる日』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■コロナ禍で多忙を極めた厚労省

以下では、職場としての厚労省を取り上げることとしたい。厚労省の長時間労働を特に取り上げる理由は三つある。

1つ目は、厚労省は働き方改革など国民生活に深く関連する政策を扱うことから、そもそも、長時間労働を前提とした働き方をしていること自体、政策立案に負の影響を及ぼすのではないかということだ。

例えば、コロナ禍で厚労省は多忙をきわめたが、同省の2階大講堂に設けられた対策本部はその象徴だったように言われる。24時間態勢で仕事にあたっていて、食事をとる暇もないので講堂入口にはカップ麺や栄養ドリンクなどが山積みになっていたという。省内には体調を崩す職員も多く、妊娠中の職員が急遽、入院したケースもあったという(NHK取材班 2021)。少ない職員で多大な業務を処理することを考えると、現場感覚では致し方ないという受け止めになるのだろうが、こんな状態で有効な子育て支援策が作れるのかという疑問が世間から出てくることは避けられない。

■若手チームの提言が「長時間労働の構造」を示している

実際、類似のケースとして、岸田総理が2023年1月27日の参院代表質問の答弁で、「リスキリングへの支援を抜本的に強化していく中で、育児中など様々な状況にあっても、主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押ししてまいります」と発言したのに対し、野党などから「子育てと格闘している時にできるわけがない」「赤ちゃんを育てるのは、普通の仕事よりはるかに大変。子育てをしてこなかった政治家が言いそうなことですね」などと、育児の実態を理解していないと批判する声が上がった(「朝日新聞」2023年1月30日付)。

政策立案者の背景が問われるケースは従来からあったが、多様性が高まり、ネットなどを通じてさまざまな声が拾われるようになって以来、この傾向はさらに強まっていると考えられる。

2つ目は、19年に公表された「厚生労働省改革若手チーム緊急提言」(以下、緊急提言)では、さまざまな角度から職場としての厚労省の問題が指摘されているが、それらが霞が関の長時間労働の構造を余すところなく示しているからだ。

■厚労省は霞が関のブラック筆頭

3つ目は、緊急提言ではさまざまな具体的な改善策が示されているにもかかわらず、厚労省に限らず、本省勤務者の労働条件の改善に資する抜本的な対策が実行に移される気配がないからだ。民間企業の場合、人的資源の摩耗は、売上の低下、他企業との競争での敗北などさまざまな機会を通じて知ることができるため、労働者福祉という観点だけでなく、生産性の向上や人的資源の確保といった観点からも、労働条件が改善される。だが、公務員の場合にはそういうことがない。人手不足がはっきりする中、人的資本や生産性の向上がすでに大きな課題となりつつあるにもかかわらず、なぜ、官僚に限っては放置されたままなのか。理由の一つははっきりしている。公務員の使用者という意識を、政治家や国民が持っていないからだ。

ところで、どこの役所が最も忙しくてブラックと言えるか、皆さんはおわかりだろうか? もちろん単純に比較はできない。部署によるからだ。忙しい役所でも暇な部署に行けば午後7時に帰ることもできる。その意味で、役所全体で均した比較という前提になるが、さまざまな指標から考えて厚労省は霞が関のブラック筆頭と位置づけても間違いはないだろう。自民党行政改革推進本部によると、中央官庁の中でも厚労省が1位として取り上げられている(業務量が際立って多いということ)のが、国会答弁回数2212回(2位は文科省)、所管委員会出席時間数419時間(2位は財務省)、質問主意書答弁回数38回(2位は文科省)、審議会等開催回数417回(2位は総務省)、訴訟件数1179件(2位は財務省)である。

厚生労働省が入る中央合同庁舎=2019年1月10日夕、東京・霞が関
写真提供=共同通信社
厚生労働省が入る中央合同庁舎=2019年1月10日夕、東京・霞が関 - 写真提供=共同通信社

■トラブルがあれば不夜城と化す

社会保障から雇用にいたる守備範囲の広さに加えて、国民生活に直結するだけにマスコミや世論の目線も厳しく、何かトラブルがあれば厚労省は不夜城と化すからだ。もはや慢性的に人手不足状態が続いていて、ゴマすり大好きの官僚が大臣にさえ気遣う余裕をなくしている始末だ。「日本経済新聞」(2019年3月29日付)によると、根本匠厚労大臣(当時)は幹部職員用の国会答弁原稿を読み込み、自ら書き直すこともあるという話や、厚労相経験者の話として「官僚が従来の説明と矛盾する原稿を作ってくることもある。幹部職員のチェックも不十分で、官僚答弁まで政治家が目を通さなければ危険」という談話を紹介している。

このような状況下で公表されたのが緊急提言である。このチームは、20代・30代を中心とした若手38名、18の全人事グループから構成されているが、その目的は「業務・組織の在り方」などを自主的・主体的に自由な発想で議論し、厚労省の改革につなげていくことである。

■「生きながら人生の墓場に入ったとずっと思っている」

改革の原点としてあげられているのは、「入省して、生きながら人生の墓場に入ったとずっと思っている」「仕事自体は興味深いものが多いと思いますが、このような時間外・深夜労働が当たり前の職場環境では、なかなか、一生この仕事で頑張ろうと思うことはできないと思います」という、職場環境に対する強い不満である。

チームが緊急提言を出すにあたっては、本省勤務者約3800名を対象とした大規模アンケートを2回実施している。また、事務次官などの幹部だけでなく、すべての人事グループの幹部・若手に対してヒアリングを行うとともに、外部の視点を取り入れるため他省庁や企業等の関係者にもヒアリングを行っている。これらからもわかるように、緊急提言は国家公務員総合職試験を経て入省した者だけでなく、さまざまな試験を経た本省勤務者を対象にしたものである。

緊急提言の中身は4つの分野から構成されている。職員の増員、生産性の徹底的な向上のための業務改善、意欲と能力を最大限発揮できる人事制度、「暑い、暗い、狭い、汚い」オフィス環境の改善である。なお、職員の増員については、内閣人事局に対して要請するとだけしているので詳細な説明は割愛し、3つに絞って以下で説明していくこととする。

文書に署名する男性ビジネスマン
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

■幹部の予定表を手書きで作成

まず、1つ目の「生産性の徹底的な向上のための業務改善」では、①審議会等の会場設定などの準備業務の分業・集約化、②給与支給事務の集約・効率化、等の14項目が並ぶ(図表1)。これらをみて何を思われるだろうか? すべての人事グループからヒアリングを行った上での緊急提言であるため、官僚が担う政策の企画立案だけでなく、省内にあるさまざまな仕事が取り上げられている。長時間労働の要因となる業務は多岐にわたっていて、複雑で構造的な問題であることがわかる。

【図表1】厚生労働省改革若手チーム緊急提言で示された「生産性の徹底的な向上のための業務改善」の項目
図表=『没落官僚 国家公務員志願者がゼロになる日』

次に、眉をしかめたくなるほど、デジタル化が進んでいない。ペーパレス化や省内チャットシステムなどの活用などに遅れがみられるのは言うまでもない。

例えば、スケジューラーの活用の徹底については、幹部などの予定表を手書きで作成したりするために手間暇がかかるだけでなく、会議室についても電話・メールで空き時間を確認する必要があるという。何事も上司の許可を得て仕事を進める傾向が強い役所の場合、幹部の了解を得ること自体に多大な労力を費やしがちであることから、幹部日程が日々手書きで更新されていくのは時間のロスが大きいということである。

局長が部屋にいるかどうかを確認するだけのために、何度も局長室と自席を行き来するという経験をした官僚は多いだろう。しかも、忙しい局長のわずかな隙間時間をぬって、仕事を進めるための了解を得たりしなければいけない。そういう何も生み出さない神経だけをすり減らす仕事のために、貴重な時間が潰されているのだ。

■「会議設営」だけで寝泊まりするケースも

3つ目に、少なくとも数十年間にわたって職員の手を煩わせ、業務改善を妨げてきた雑事が依然として、生産性向上の大きな妨げになっている。

例えば、審議会等の会場設営の場合、会議室の机を配置したり、資料を並べる業務だけで多大な時間をとられることは今も昔も変わらない。資料の並べ方などに口うるさい上司がいる場合、こういう雑務の負担はさらに重くなる。資料は右上ホチキス止め、パワポ資料の細かな間違いで青筋を立てるなど、過剰品質を求める上司に当たると、会議が開催されるというだけで役所に寝泊まりするケースさえある。驚くべきは、筆者が入省した1990年と状況がまったく変わっていないということだ。当時も、偉い先生が並ぶ審議会を開催する場合、席順からお茶出し、資料配付まで、雑務に神経をすり減らしたものだが、これだけブラックぶりが批判される昨今でも、仕事のやり方が変わっていないのだ。

また、コールセンター改革では、厚労省への外部電話は1カ月当たり10万件を超え、苦情電話を含む電話に1日平均30分以上応答している若手職員は47%という事実が取り上げられている。このように電話対応が長時間労働の原因の一つになっていると指摘した上で、コールセンターの大幅増員などで対応することを提言している。これも相当昔からの課題である。

電話
写真=iStock.com/kudou
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kudou

■苦情電話と質問電話が無制限にかかってくる

不可思議なことだが、霞が関は物静かで沈思黙考している職場だという印象があるが、本省には一般国民からの質問・苦情電話が無制限にかかってくる。国民の声に応えるのが義務だろう、そんな綺麗事の正論はここでは不要だ。国民生活を左右するかもしれない考え事に没頭すべき労働をしている人間に苦情電話や素朴な質問電話が無制限にかかってくるって……合理的に考えて、常軌を逸している。どんな人間でも思考が寸断されてしまうからだ。

それだけではない。アナログが猛威をふるう霞が関・永田町の世界では、影響力のある政治家などが突然電話をかけてくる。しかも、自分のことは当然知っているだろうと言わんばかりの傲慢な態度か、秘書が電話口に出たあと恭しく政治家本人に代わるといった仰々しいものがきわめて多い。このような電話での応答に相当のエネルギーをとられるため、費やした時間以上に、その後の仕事の生産性に大きな影響を与えていると考えられる。

4つ目は従来から問題となってきた国会対応に関わるものである。ここでは、答弁資料審査の効率化、オンライン議員レクの実証実験の実施、国会業務効率化について国会に対する申入れ、(国会質問に関連して)議員別の質問通告時間・空振り答弁数の分析・公表について言及されているが、一向に進む気配はない。

■オンライン会議も長続きしなかった

新型コロナウイルスの感染拡大に対応するため、2021年与野党合意で「対面での質問取り自粛」のおふれが出たのを契機として、オンライン会議が一時増えはしたものの長続きせず、結局元に戻ったと言われる(「日本経済新聞」2022年8月19日付)。

対面がなくならない理由はさまざまだが、国会議員が面子にこだわるというのは大きい。日本のような暴力が否定された民主主義社会においては、権力の象徴はどれだけ人が集まるかだ。議員会館の事務所前に数多くの役人を立たせて、自分の権力を示したがる議員は今も昔も健在だろう。オンラインは基本的に民主主義下の権力と相性が悪い。

中野雅至『没落官僚 国家公務員志願者がゼロになる日』(中公新書ラクレ)
中野雅至『没落官僚 国家公務員志願者がゼロになる日』(中公新書ラクレ)

役人側にしても事情は大して変わらない。国会議員と直接話したほうが濃い情報が取れるし、質問取りにしても微妙なニュアンスがくみ取れる。上司に報告する時に高く評価されるだろう。仲良くなれば、何かと自分にプラスになるかもしれないというスケベ心もあるだろう。

結局、お金がリアルに絡む商談はオンラインではできない。それと同じ理屈だ。民主主義社会では国会議員は権力の象徴であり、彼らの合意がないと、どんな些細な仕事も進まない。

提言では「厚生労働省における「国会業務」効率化努力は最大限行った上で、国会議員の先生方のご協力もいただけるよう、政治レベルでの申入れを行っていただきたい」としており、丁寧な言葉遣いながら、踏み込んだものとなっている。だが、果たしてどこまで実現できるものだろうか……。

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中野 雅至(なかの・まさし)
神戸学院大学現代社会学部 教授
1964年奈良県大和郡山市生まれ。同志社大学文学部英文科卒業、The School of Public Polich, The University of Michigan 修了(公共政策修士)、新潟大学大学院現代社会文化研究科(博士後期課程)修了。経済学博士。大和郡山市役所勤務ののち、旧労働省入省(国家公務員I種試験行政職)。厚生省生活衛生局指導課課長補佐(法令担当)、新潟県総合政策部情報政策課長、厚生省大臣官房国際課課長補佐(ILO条約担当)を経て、2004年公募により兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科助教授、その後教授。14年より現職。07年官房長官主催の「官民人材交流センターの制度設計に関する懇談会」委員、08年からは国家公務員制度改革推進本部顧問会議ワーキンググループ委員を務める。『天下りの研究』『公務員バッシングの研究』『没落するキャリア官僚』といった研究書から、『1勝100敗! あるキャリア官僚の転職記』『政治主導はなぜ失敗するのか?』『財務省支配の裏側』など一般向けの本も多数執筆。

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(神戸学院大学現代社会学部 教授 中野 雅至)

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